タチアオイの仲間と人類の関わりは古く, 1950年代に発見されたイラクのシャニダール洞窟にある 5 万年前のネアンデルタール人の埋葬地では,人骨と共に赤いタチアオイの仲間(Althea 属)と, ノコギリソウ,ヤグルマギク,ムスカリ,マオウ(麻黄)等の花粉が発見され,死者を悼む花束に用いられたと考えられている(シャニダール4号骨格遺残・千葉大学園芸学部・花卉園芸学研究室 http://www.h.chiba-u.jp/florista/shanidar4/shanidar4.html).
多くの薬効が伝承されていて,ローマ時代の著名な博物学者,ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)”Naturalis historia 『博物誌』” (77 A. D.) にも以下のような記述がある.
第20巻の14節 XIV. ウスべニタチアオイ(Marsh mallow)
「野生のタチアオイ“や “πλειστολοχεία” (プレイストロケイア)と呼ぶ人もいるウスべニタチアオイはニンジンに似て,潰瘍,軟骨や骨の損傷の治療薬である.その葉を水に漬けたものを飲むと,排便をよくする.(その葉は)ヘビを追い払い,またミツバチ・スズメバチ・クマンバチの刺し傷を治す塗り薬として使う.その根を夜明け前に掘って,雌の子ヒツジを生んだヒツジの生成りの羊毛で包んで,瘰癧の部位(たとえ化膿していても)に結びつける(と効果がある).ある人々は,このような目的のためには,根は黄金の道具で掘り起こし,その際,それが土に触れないように注意すべきだと考えている.
ケルスス Celsus(前一~後一世紀の百科全書家)も,腫れを伴わない痛風には,これの根をブドウ酒で煎じたものを塗り薬として処方している.」
第20巻の222-229節
LXXXIV タチアオイ(Mallow)
「malva (マルウア,タチアオイの仲間)は栽培種*も野生種も高く評価されている.この両種はその葉の大きさによって見分けられる.ギリシア人は栽培種のうち大きいほうをmalopenマロペと呼び,もうひとつの種類は,便通をよくすると考えられていたので malache マラケと呼ぶ.一方野生種のうち葉が大きくて根が白いものは althaea アルタエア(ギリシア語のアルタイノ「癒す」の派生語)と呼ばれ,ある人々からは,優れた効能ゆえにプリストロキアと呼ばれた(上記 第20巻の14節)。」
効能としては,第20巻の14節に述べられた昆虫やサソリの刺し傷に塗布薬として用いるほかに,「オリーブ油に混ぜて塗布したり,身につけていることで害虫除けになり,また,葉をサソリの上に乗せるとサソリは麻痺する.white lead 白鉛(炭酸鉛)や sea-hare ウミウシの毒を消す.」他にも色々不思議な効用が記載されて居り,「健康飲料としてその汁を飲む事,尿に入れて腐敗させたマルウアは頭にできた滲出性の潰瘍に,ハチ蜜と混ぜたもの苔癖および口中の潰瘍に,その根の煎じ汁は歯を固定し,根で痛む歯のまわりを突くと痛みがなくなる.」などと記されている.
変わったところでは,「葉のひと握り分をオリーブ油とブドウ酒に混ぜて飲むと,女性の月経を促進する.出産間近の妊婦はマルウアの葉を下に敷くとより早く分娩できる.種子を遺精患者の腕に結びつける.マルウアは非常に性欲を増大させるので,一本茎のマルウアの種子を治療のためにふりかけると女性たちの性欲は限りなく強くなり,また三本の根を局部のすぐ近くに結びつけても同様である.」との伝聞記述もあるなど,多くの薬効が記されている.
最後に “It is remarkable that water to which this root has been added thickens in the open air and congeals.” と根の水抽出液を放置すると粘度を増し凝固することが指摘されているのが興味深い.*Garden-mallow タチアオイか?
(英語訳版 "PLINY Natural history with an English translation" by Rackham & Jones. )
根に含まれる多糖類が粘凋な液を作ることから,古代エジプトでもこの植物の根の抽出物にナツメヤシの実で風味をつけ,咽の痛みを和らげる薬としてもちいていた.これが,菓子のマシュマロ(Marshmallow)の源であり,名前はその植物の英語名(marsh-mallow (湿地のタチアオイ類,和名ウスベニタチアオイ) Althaea officinalis) に由来する.
0 件のコメント:
コメントを投稿