2015年12月20日日曜日

マルバアサガオ-6 蔓の巻き方.太陽の運行方向,グッドイヤー,パーキンソン,トーマス・ジョンソン,ダーウィン,方以智「蔓艸皆左旋」,貝原益軒「蔓草ハ皆左旋ス」

Ipomoea purpurea
2015年10月千葉県北部 マルバアサガオ園芸種
マルバアサガオ Blog-1 に述べたように,新大陸から移入されたこの植物の支持物への巻きつき方は,歐州で親しまれていた蔓植物ホップと逆になるためか,注目されたようで, 英国の園芸家,★ジョーン・グッドイヤーは,1621年の日記で,Convolvulus coeruleus(マルバアサガオ)が windinge wrappinge and turninge them selves against the sunne, round sticks or poles”,と,またジョン・パーキンソン『太陽の園,地上の園』 (1629) Convolvulus caeruleus major rotundifolius,    it climbeth and windeth upon any poles, herbes, or trees, that stand neare it within a great compasse, alwaies winding it selfe contrary to the course of the Sunneと記した.更に,★トーマス・ジョンソンは,ジェラードの『本草あるいは一般の植物誌』の増補改訂版(1663)に,” windings, wrapping it selfe against the Sun, contrary to all other things whatsoever,” と記し(ジェラードの『本草あるいは一般の植物誌』の初版には,この記述はない),いずれもマルバアサガオの蔓の巻き方を against the sunと,(北半球の)太陽の運行(東→南→西)とは逆の方向としている.

また,進化論で有名な★チャールズ・ダーウィン 1865 年(第1版)と,1876年(改訂版)の “On the movements and habits of climbing plants.” (左図),多くの巻きつき植物の旋回運動と巻きつき運動を観察・実験し(旋回運動と巻きつく向きは同じ),” Convolvulus major* (Convolvulaceæ), Ipomoea purpurea (Convolvulaceae) moves against the sun.” と記述し(データより同一植物),一方ホップはこの逆の運動をするとした.(*1版での名稱)
Chap. I. TWINING PLANTS.
 (DICOTYLEDONS.)
Ipomœa purpurea (Convolvulaceæ) moves against the sun. Plant placed in room with lateral light. (改訂版)
1st circle was made in 2 hrs. 42 m.
Semicircle, from the light in 1 hr. 14 m., to the light 1 hr. 28 m.: difference 14 m.
2nd circle was made in 2 hrs. 47 m.
Semicircle, from the light in 1 hr. 17 m., to the light 1 hr. 30 m.: difference 13 m
彼は,この旋回し,巻く方向には光は関係していないが,蔓が上方向に伸びるには重力が関係していると推測した.

この様に,英国では,マルバアサガオの蔓の巻き方は,「太陽の運動方向と逆方向」と観察されていた.但し,太陽の運行方向を基準とすると,南半球では北半球とは逆になり,絶対的な巻き方の定義とはならない

巻きつき植物の蔓の巻き方を右巻きとするか,左巻きとするかは,成長方向の根元から見るか(見上げるか),先から見るか(見下ろすか)で,逆になる.現在ではこの「太陽の運行方向と逆方向」の巻き方は,「右巻き dextrorse」と記述するのが適切と考えられる(日本植物学会「学術用語集植物学編」(1956).なお,左巻きはsinistrorse).したがって,アサガオ類の蔓の巻き方は,右巻きである.

一方,中国や日本では巻きつき植物の巻きかたには,あまり注意は払われなかったようで,本草綱目,和漢三才図会,本草綱目啓蒙での「蔓草」のジャンルの各植物にはそのような記述は見つけられなかった.(最下段 追記参照)

しかし,★貝原益軒『大和本草』巻之一(1709)に「論物理」(もののことわりを論ず)の章があり(右図,WUL),以下のように書かれている.(最下段 追記参照)

蔓草ハ皆左旋(サセン,左ニメクル)ス 天ノ左旋ニ順フ也 左旋トハ左ヨリ上リ右ニ落ルヲ云  天道ハ左旋ス 日月星皆同シ 人ハ北ヲ背(ウシロ)ニシ南ニ向ヘハ左ハ東 右ハ西ナリ 日月天行皆東ニノホリ西ニヲツ 是レ左旋ナリ順ナリ  茶臼ノメクルモ蔓艸ノ物ニマトフモ皆左旋ナリ 右ヨリ上リ左ニ落ルハ右旋ナリ 逆ナリ 或ハ茶臼ノ旋ルモ蔓草ノ物ニマトフモ皆右旋ト云人アリ 非ナリ ヨク思フヘシ 人力ヲ以テセスノ天氣ト茶臼ト蔓草トノメクリヲ以テ考フヘシ」
大和本草 第一巻 目録 蔓艸
(つる草は皆左旋する.天の左旋にしたがう.左旋とは左より上り右に落ちることである.天道は左旋する. 日月星皆同じ,人は北を背にして南に向かえば左は東,右は西になる.日月の天行は皆東に登り西に落ちる,これが左旋であり,順方向である. 茶臼(ちゃうす)を回すのもつる草が物にまといつくのも皆左旋である.右より上り左に落ちるのは右旋である.逆方向である. 茶臼を回すのもつる草が物にまといつくのも皆右旋という人があるが,間違いである. よく考えてみよ,人力の及ばない天気と茶臼とつる草のまといつきかたで考えるべきである.)

益軒はアサガオに限らず,すべての巻きつき植物が左巻きであると断じている.その左巻きの定義として日月の天行の向き(東→南→西)を挙げているのが,英国での観察と同じように,太陽の動きと関連付けているのは興味深い.「左旋」は「左へ向う」ではなく,「左から」動くのであるのだが,結果的に現在の「左巻き」と同一である.

貝原益軒『大和本草』巻之八 草之四 蔓艸 には,37種の蔓草とされる植物が記載されている(上左図,WUL)が,そのうち巻きつき植物は15種と考えられ,現在確認されているそれぞれの巻き方は表の右端に示した.「蔓草ハ皆左旋ス」と益軒は言っているが,実際は「右旋」の方が多い.

『大和本草』巻之八 草之四 蔓草 のうち,巻きつき植物と確認された植物の巻き方
大和本草 蔓艸 巻きつき植物と巻き方
わが国の植物学の草分けとして名高い貝原益軒でさえ,こと蔓の巻き方に関しては,教条的に「太陽の動き,臼の回り方と同じ」と,実際の巻き方を見ないで,左巻きと断定している.
物理小識

我が国の植物図鑑における,右巻き・左巻きの定義は,時代により,また著者により一定していない.参考サイト 2. に詳しい.

参考サイト
1. アサガオの茎の旋回運動と巻きつき行動の微速度撮影動画.
morning glory tendrils showing thigmotropism (https://www.youtube.com/watch?v=m2xKjA69jNM),
 Twining motion of vines (https://www.youtube.com/watch?v=dTljaIVseTc)
2. 図鑑の推理 〔左右巻定義における、図鑑記載での混乱理由・牧野式定義の原点、などを推理する〕 (homepage2.nifty.com/syokubutu-kensaku/topic22.htm)
3. 広島の植物ノート特集-Ⅰ つる植物の右巻きと左巻き (forests.world.coocan.jp/flora/issue/issue-1b.html)

マルバアサガオ-5 種子は幻覚剤? Flowers and Their Histories,フランシスコ・エルナンデス,オロリウキ,ウルビナ,ホフマン,LSA含量=0.
マルバアサガオ-7 条斑点絞咲き,トランスポゾン,曜斑点咲き(ミルキー・ウェイ),花色の変化

以下は2016年1月19日の追記

一方,中国明時代の哲学者★方以智 (16111671) の『物理小識』(画像は康煕三 (1664) 年序刊本,NDL)の「卷九 草木類 草木通理」には「藤刺之用○蔓艸皆左旋 盖體天左旋也 陰而承陽也 藤能入筋 象筋也 有刺者辛而走竅 夜合楊梅刺 其葉夜合 辛而属陰 其性破血」とあり,蔓草は皆左旋し,これは天体の動きと同じだとあり,幾つかの例が挙げられている(ようだ).

上記の★貝原益軒『大和本草』巻之一(1709)の「論物理」(もののことわりを論ず)の章は,これを参考にした可能性がある.

0 件のコメント: