2016年12月20日火曜日

オシロイバナ-7 『遠西醫方名物考』-2 ヤラッパと誤考定.ヤラッパの処方・主治.駆虫藥としても.葯剌巴華爾斯(ヤラッパ樹脂)の製法

Mirabilis jalapa

シーボルトの来日前からヤラッパ根はじめ多くの西洋医薬品が主に中国経由で輸入され,薬種店で売られていた.ヤラッパ根やヤラッパ樹脂はその強い薬効ゆえ高価で取引されたと見え,偽物や偽薬も売られていて,以下の書には真物の見分け方も記されている.

宇田川榕菴
藤浪剛一編『医家先哲肖像集』
(1936)NDL
★宇田川玄真 (1769-1834) 著,宇田川榕菴 (1798-1846) 校補『遠西醫方名物考』(1822) には,西洋の薬物が名前のイロハ順に記載され,産地や形状,製法,薬効,処方が述べられ,西洋の薬学を集大成した書として日本の医学に計り知れぬ貢献をした.その「巻之十 〔也〕」の部には,蘭藥の下剤(瀉下薬)として尋用されていたヤラッパ」の記事がある.その中で榕菴は「オシロイバナ」を「葯剌巴(ヤーラッパ)」と誤考定し,和産の葯剌巴(オシロイバナの根)に薬効がないのは,気候のせいで根が大きくならないためであろうとし,舶来特にインド及び米国の品を推奨している.

既に〔形状〕と〔物〕については,「オシロイバナ-5 『遠西醫方名物考』-1」に述べているので,以下に[主治〕を記す.この項には瀉下作用の他にサナダムシの駆虫作用もあることが取り上げられている.ヤラッパ根にはサントニンなどとは異なり,直接の駆虫作用はないものの,瀉下に伴い,寄生虫が排泄されるものと思われる.

巻之十 〔也〕」
葯剌巴(ヤーラッパ)羅 「ヤーラッペ」蘭
〔形状〕(略,『遠西醫方名物考』-1
〔物〕(略,『遠西醫方名物考』-1

[主治〕根性熱.味辛.留飲停水.粘液膽液ヲ瀉下シ又小便ヲ利ス故ニ水腫ニ多ク良効ヲ稱ス
〇黄疸痛風傷冷毒痛ヲ治ス
〇體中粘液或ハ水液過多ニシテ血液ノ運行怠慢ナル症或ハ粘液腫或ハ粘壅滞シテ發スル諸症等總(スベ)テ粘液諸病ニ効蟲ヲ殺シ殊ニ絛蟲*(スンバクチウ)ヲ驅泄ス  *サナダムシ
〇壯實ニシテノ壅塞アル等.總テ峻下劑ヲ用フベキ者及ビ壯-熱ナク寒冷ニ屬スル諸病ニ尤
〇此藥甚ダ刺戟衝動スル故ニ脆弱ニシテ感動シ易キ人ハ是ヲ用ヒテ腹痛攣急ヲ發スルコトアリ或ハ肺及ビ腹部諸藏ニ焮衝アル者ハ是ヲ用テ大ニ害アリ
〇葯剌巴(ヤーラッパ)ハ甚ダ粘ル華爾斯(ハルス)ヲ含ムコト多キ故ニ是ヲ服シテ胃腸ノ●(ネ+辟)襀(ヒダ)ノ膠著シテ溶化セザルコトアリ故ニ沙糖或ハ石鹸.扁桃.雞子黄*等ノ石鹼質ノ品ヲ是ニ研和シ良   *雞子黄:鶏卵の黄身
〇服量末トシ五■ヨリ半錢ニ至ル.或ハ他ノ下劑ニ加ヘテヨク瀉下ス或ハ桂ノ少許ヲ加ヘ用ヒ或ハ桂ト山柰ノ末ヲ加テ燒酒ニ浸シ藥氣ヲ出シ用ヒテヨク停水ヲ瀉下シ胃腸ヲ健運ス水腫ニ尤モ驗アリ
〇水煎ニハ一二錢ヲ用フ
〇葯剌巴(ヤーラッパ)ヨリ華爾斯(ハルス)ヲ取リ(製法次ニ出)用ヒテ峻下ノ藥トス然レドモ凡ソ華爾斯(ハルス)ノ下劑中ニ於テ此物.性緩ニシテ害ナシ服量一■ヨリ十二■ニ至ル.五歳以下ノ兒ハ半■ヨリ一二■マデ用フ」水液ヲ瀉下スルニハ是ヲ末トシ十■ヨリ十六■マデ用フ」少年虛人等ノ感觸シ易キ者ハ右服量ノ半バヲ用フ」此華爾斯(ハルス)ノ質.甚ダ膠粘ニシテ溶解シ難キ故ニ是モ亦沙糖.雞子黄*石鹼.扁桃ノ如キ石鹼質ノ品一倍ノ量ヲ加エ用フベシ」丸薬ト爲スニハ石鹼ヲ等分ニ研和シ三■ヲ一丸トシ病ノ輕重ニ隨ヒ一丸ヨリ七丸マデ一服トシ用ヒテ瀉下ノ良劑トス」或ハ此末十六■ヲ適宜ノ雞子黄*ニ研和シ或ハ葡萄酒二錢ニ溶化シ用ヒ或ハ雞子黄石鹼ニ研和シテ丸トシ或ハ雞子黄適宜接骨木花水,遏爾託亞(アルタア)舎利別各二錢ニ是ヲ研和シ一服トス
〇險重ノ咽喉焮腫脳焮衝等ハ初發刺絡*ヲ施シ速ニ右ノ諸方ヲ擇ミ用レバヨク其病毒惡液ヲ下部ニ導泄シテ治ス.是レ初發速ニ用ヒザレバ終ニ薬劑ヲ嚥(ノミ)下スコト能ハザレバナリ」或ハ是華爾斯(ハルス)十六■ヲ燒酒二錢ニ溶(トカ)シ菫菜舎利別三錢ヲ和シ一服トシ用ルモ良 [叔][技][依][伍][叔][福]
*刺絡:刺絡鍼法

葯剌巴(ヤーラッパ).華爾斯(ハルス) 「レ シーナ.ヤーラッパ」羅
 「製法」      葯剌巴(ヤーラッパ)根 粗末  四▲
                          燒酒 三十度者                                 十▲
右硝子壜ニ内(イ)レ固封シ沙火上ニ置キ.時々其壜ヲ振蕩シ浸スコト三日.濾(コシ)テ其液ヲ取リ又其滓ニ燒酒十▲ヲ加ヘ沙火ニ置コト前法ノ如クシ濾テ其液ヲ取リ終ニ其滓ヲ搾(タキ)ニテ搾(シボ)リ其液ヲ取テ前ノ液ニ合シ硝子壜ニ内(イ)レ静定シテ垽(オリ)ヲ去リ濾過シ蒸露罐(ランビキ)ニ内(イ)レ雨水八▲ヲ加ヘ文火ニテ蒸餾シ蓋ク其燒酒ヲ滴シ去レバ華爾斯(ハルス)ハ罐底ニ残ルナリ是ヲ取リ蒸餾水ニテ洗ヒ其水少シモ味ナキニ至ルベシ其罐内ノ液モ亦華爾斯(ハルス)ヲ含ム故ニ又蒸餾シテ其液ヲ引テ去レバ華爾斯(ハルス)自ラ罐ソコニ凝結シテ粒ヲ爲ス是レヲ取リ洗フコト前法ノ如クシテ前ニ取ル華爾斯(ハルス)ト合シ是ニ二十度ノ燒酒少許ヲ加テ溶(トカ)シ文火ニ上セ乾シ貯フ幾那(キーナ)ノ華爾斯(ハルス)ノ製法モ是ト同シ」新鮮ノ葯剌巴(ヤーラッパ)根.二十▲ヨリ華爾斯(ハルス)三十六▼許出ツ  *文火: 弱い火力
〇此華爾斯(ハルス)ハ赤赭ニシテ黒色ヲ帯ビ碎ケバ光澤アリ燒酒ニ溶化シ易ク日ニ投シテヨク燃.粘着セザルヲ上品トス」或ハ◆(滸ノ午を旨)(チャン).格碌波尼亞(コロポウニア).藤黄等ヲ以テ是ヲ贋造セル者アリ然レドモ是ヲ火ニ投スレバ松脂様ノ香氣アリ
[技][叔][伍][叔][依]」

遠西医方名物考.
巻-36 アルタア
「華爾斯(ハルス)」:オランダ語Hars,樹脂
「蒲里阿尼亞(ブリオニア)」吐剤・下剤として用いられるヨーロッパ産ウリ科の蔓草“Bryony
「的列面底那(テレメンティナ)」:スペイン語 trementina,テレピンテイナ.松杉類のヤニから作る油脂,テレピン精油
「亜尓多亜(アルタア)」:アオイ科植物アルテア(ウスベニアオイ?)の根より得られる多糖類
「格碌波尼亞(コロポウニア)」:オランダ語Kolophonium, ロジン(英: Rosin).松脂(まつやに)等のバルサム類を集めてテレピン精油を蒸留した後に残る残留物で,ロジン酸(アビエチン酸、パラストリン酸、イソピマール酸等)を主成分とする天然樹脂
「藤黄」:タイ・ベトナムなどに産するフクギ属(Garcinia)の植物からとった黄色の樹脂.GAMBOGE

本文中の秤量単位は蘭原書そのまゝを用いていて,記号も原文に近い記号を新たに作成して使用している.記事中では,■や▲の記号を用いているが,本文中の単位との対応関係は以下の通り.なお,一錢は3.75gと考えられる.

また,[技][叔]などは引用文献で,フランスの著述家ノエル・ショメル(Noël Chomel1633 - 1712)の『日用百科辞典』 Dictionnaire œconomique)をシャルモ (J.A. de Chalmot, 1730-1801) が蘭訳した“Huishoudelijk Woordenboek” が主らしいが,調べきれなかった.

オシロイバナ-8 シーボルト『薬品応手録』 ヤラッパ 鬼茉莉

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