Mirabilis jalapa
Johannes de Gorter (1689-1762) Wikimedia Commons |
玄随の没後,息子の玄眞(1769-1834),弟子の藤井方亭(1778-1845)の校定・増訳を得て『增補重訂内科撰要 18巻 (1810)』が完成した.初版で「哥爾都(コウルツ)」となっていた部分を「熱病」と改めるなど、よりわかりやすい文章になっている.
ゴルテルは,オランダのライデン大学で学位をとり,ハルデルウェイク(Harderwijk)大学の教授を務め,一時はロシア王室からペテルスブルグに招聘されるほど,その名は高かった.ハルデルウェイク大学にいたころには,カール・フォン・リンネが学位を取得するために来訪して,息子の
David de Gorter (1717–1783) と親交を結び,後にDavid は医師兼植物学者として活動した.リンネはゴルテル父子に,南アフリカ北西部に自生する一年生のキク科植物のゴルテリア属(Gorteria)を献名した.
この書は内科書であるので,治療法としては薬物療法が主である.原著を確認すると,ひとつの病状(XII. HOOFDSTUK. VAN DE WATERZUCHT. (Hydroprs)),即ち「水腫」の治療劑としての瀉下藥に,ヤラッパ根樹脂(Resinae Jalapae)が配合されていたことが判明した.
XII. HOOFDSTUK.
VAN DE WATERZUCHT. (Hydroprs)
76. Wanneer in de natuurlyke hollighe- Bepaling.
den van ons lichaam in plaatze van
damp ‚ of in de vette zak (I) in plaats van
vet,
een wateragtige of slymige vocht wordt ver-
gadert; of by aldien in de kleine
watervaten
zoo een overvloed van waterige of slymige
stof
wordt gevonden, dat daar door dat deel of
die deelen zwellen, wordt deeze ziekte WA-
TERZUCHT genaamt. Dit gebeurt over het
geheele lichaam of in een byzonder deel,
waar-
uit dan tot bezwaring van het geheugen veel
namen worden gemaakt , welke veelmalen noch
met het deel,noch metde ziekte
overeenkomen.
(中略)
Ten anderen Purgeer middelen. Als,
℞. Gum. Galbam', Dracbm. i.
Scammonei,
Resinae Jalapae, aa. Dracbm. ?.
Sal Tartari, Scrup‚ i.
Ol. Carui. Gtt. v.
M. F. Pilulae. Gr. iij. "
(以下略,Googlebooks)
これを手掛かりに,早稲田大学図書館.古典籍総合データベースの『内科撰要12巻 (1798年版)』と『增補重訂内科撰要 18巻 (1822年版)』を確認したところ,興味深い知見が得られた.宇田川玄随が訳した原著そのものも,早稲田大学図書館.古典籍総合データベースで見ることができた.(リンク先は早稲田大学図書館.古典籍総合データベース)
宇田川玄隨 藤浪剛一編 『医家先哲肖像集』(1936) NDL |
「水腫篇 第十二
水腫ノ病.羅甸(ラテン)ニ是ヲ非獨碌布私(ヒドロプス)ト謂フ.凡ソ吾人ノ身體ニ徧ク自然ノ玄孔有テ.發出ノ蒸気ヲ含有シ.又脂胞ナルモノアリ.脂有テ焉(ココ)ニ充ツ.其發出ノ蒸気ヲ含有スヘキ玄孔.及其脂ノ有ヘキ脂胞中ニ.入リ代テ水液或ハ粘稠液コヽニ聚リ.又ハ細小ナル水道ニ.水液或ハ粘稠液アルコトヲ得ルニ因テ.各部ニ於イテ腫張スルコトヲ爲ス.此ヲ名テ水腫ト曰フナリ.
(中略)
○第二ヲ下剤トス便チ左ニ示ス.
瀉水丸方
瓦而抜奴謨(ガルバヌム*) 一錢 世醫石榴樹脂ヲ用テ之ニ代フ必ズ以(ユエ)有ン
蘇甘謨扭母(スカムモニウム**) 西洋ニ没食子ヲ代用ス
各五分
火炭母根脂
三分錢之一
酒石鹽
五滴
葛縷子(カリュイ)油***
藥店ニ貨スル所真ノ防風ナル者即是ナリ.多ク江州伊吹山ヨリ之ヲ出ス.故ニ伊吹防風トモ云.西昼?ニ据ルニ茴香及ヒ蒔蘿ヲ代用スヘシ.
右件合シテ調匀シ.毎一錢.二十丸ト爲シ.日ニ三次コレヲ三丸ツヽ用フ.須ク下利ノ多少ヲ視テ其服度ヲ増減スヘシ.即チ日ニ圊ニ上ルコト三回ナルヲ以テ度トス.其夥ク水液ノ泄除シテ大ニ従来(コレマテ)ト証候(ヨウタイ)ノ變ルニ至ルマテハ.此薬ヲ渝ズシテ用ヘシ.若シ患者罷困耗損シテ気力虚極スルコト有ルニ至ラハ.廼チ二度ニ一度交逓(ウチマセ)シテ一二ノ強壯ナラシムノ剤ヲ用テ可ナリ.爰ニ又其兩効ヲ兼子全セル喜賞スヘキノ良方アリ.其運行ヲ強壯ニシ又能ク下利セシム.即チ左ニ示ス.(以下略)
*ガルバヌム:GALBANUM,独特の強いにおいのするゴム性樹脂,アジア産セリ科オオウイキョウ属
Ferula galbanifluaの植物から採る.
**スカモニア:Scammony アジア産のヒルガオ科の蔓植物,スカモニア
Convolvulus scammoniaの樹脂.下剤に使われる.
***葛縷子(カリュイ)油:キャラウェイ- 西アジア原産のセリ科の二年草,Carum carvi の未熟果実より得られる油.
宇田川玄眞 藤浪剛一編 『医家先哲肖像集』(1936) NDL |
水腫篇 第十三
羅甸名「ヘイドロプス」
和蘭名「ウァートルシュクト」
水腫ノ大較ヲ論ス
夫レ平全ノ身體ニ在テハ諸腔中ニ蒸気アリテ發出シ脂膜中ニハ脂肪アリテ焉(ココ)ニ充ツ 諸腔ハ頭胸腹ノ三腔.其他諸器ノ空間ヲ爲ス處ヲ云.其腔ノ裏面周圍ヨリ常ニ蒸気ヲ發出スルナリ.惣身ノ皮ト肉トノ間ニ周ク脂膜アリテ脂肪充ツ或ハ内部諸蔵ニモ亦コレアリ然ルニ水液若(モシ)クハ粘稠液.其諸腔或ハ脂膜中ニ聚リ或ハ水脉ニ於テ水液若(モシ)クハ粘稠液アルコト過多ナルトキハ其部腫張ヲ爲ス.是ヲ名テ水腫ト曰フ
(中略)
○第一ニ吐劑ナリ.
(中略)
○第二ニ下劑ナリ左ノ方効アリ
瀉水丸ノ方 [瀉水丸]
瓦而抜奴謨(ガルバヌム) 一錢
蘇甘謨扭母(スカムモニウム)【名】****
葯刺巴(ヤーラッパ)華爾斯(ハルス)【名】 各半錢
酒石鹽【名】 一●
葛縷子(カリュイ)油【名】 五滴
右仵調匀シ.毎一錢.二十丸トシ三丸宛用ルコト日二三次(ド).是ヲ用テ患者圊(カハヤ)ニ上ルコト日二三回(ド)ヲ度ス.故ニ下利ノ多少ヲ視テ服度ヲ増減スベシ○患者甚ダ虚脱スルヲ以テ右ノ劑ヲ用フル間ニ非レバ此劑ヲ變ゼズ其剰餘多ノ水液ヲ多ク驅除スベシ○若(モ)シ患者虛衰スルヲ以テ右ノ劑ヲ用フル間ニ一二ノ強壮劑ヲ交(ウチマゼ)シテ用フベキ症ナルトキハ其兩効ヲ兼タル藥劑ヲ用フベシ.左ノ劑良驗アリ
(以下略)
****【名】:『遠西医方名物考』(1822)に記載の薬物か
ゴルテルの原著での “Resinae
Jalapae” (ヤラッパ根樹脂)は,『内科撰要 12巻 (1798年版)』では,「火炭母根脂」と訳され,『增補重訂内科撰要 18巻 (1822年版)』では,「葯刺巴(ヤーラッパ)華爾斯(ハルス)」と訳されている.この20年間に,「ヤラッパ Jalapa =火炭母草」から,「ヤラッパ Jalapa =葯刺巴(ヤーラッパ)」に蘭医の間での認識が改められた.
前記事に述べたように「火炭母草」はオシロイバナと誤校定された植物であり,その正体は「ツルソバ」とされているが,18世紀終わりには,まだその知識は著名な蘭学者の間でも共有されていなかったようだ.しかし,19世紀に入っては,多くの西欧科学の導入,和蘭薬物の輸入によって,“Resinae Jalapae” が「葯刺巴(ヤーラッパ)華爾斯(ハルス)」の名で専門店で売られ,比較的容易に得られていることが推察できる.(華爾斯(ハルス,hars):オランダ語で樹脂)
国立国会図書館「あの人の直筆 」, 第一部近世,第3章科学の目 ②横文字との格闘」○宇田川玄随 及び NDL 所蔵の『宇氏秘笈第一冊』に「内科撰要」の草稿の一部を見ることができるが,和綴じの罫紙を横にしてオランダ語の原文と訳語を記し,胡粉で修正した部分も見られる.刊本と比較すると、訳文ができあがるまでの苦心が見て取れる.残念ながら水腫の項は見ることができない.
オシロイバナ-7 『遠西醫方名物考』-2 ヤラッパと誤考定.ヤラッパの処方・主治.駆虫藥としても.葯剌巴華爾斯(ヤラッパ樹脂)の製法
オシロイバナ (5) 伊藤圭介『泰西本草名疏』,草稿.シーボルト & ツッカリーニ“FLORE JAPONICAE, FAMILIAE NAURALES”
国立国会図書館「あの人の直筆 」, 第一部近世,第3章科学の目 ②横文字との格闘」○宇田川玄随 及び NDL 所蔵の『宇氏秘笈第一冊』に「内科撰要」の草稿の一部を見ることができるが,和綴じの罫紙を横にしてオランダ語の原文と訳語を記し,胡粉で修正した部分も見られる.刊本と比較すると、訳文ができあがるまでの苦心が見て取れる.残念ながら水腫の項は見ることができない.
オシロイバナ-7 『遠西醫方名物考』-2 ヤラッパと誤考定.ヤラッパの処方・主治.駆虫藥としても.葯剌巴華爾斯(ヤラッパ樹脂)の製法
オシロイバナ (5) 伊藤圭介『泰西本草名疏』,草稿.シーボルト & ツッカリーニ“FLORE JAPONICAE, FAMILIAE NAURALES”
0 件のコメント:
コメントを投稿