2017年9月5日火曜日

ミゾカクシ-(1) 半邊蓮.本草綱目,多識編,和漢三才図会,稲生若水『本草綱目』,本草綱目啓蒙,本草綱目紀聞,武江産物誌,梅園草木花譜,本草図譜,薬品手引草,草木図説,本草要正,日本植物方言集成

Lobelia chinensis Lour.
2005年6月 茨城県南部
ミゾカクシの漢名である「半邊蓮」は,李時珍『本草綱目』の第十六巻 草之五 隰草類下に記されていて,毒蛇に咬まれた時の特効薬とされている(ミゾカクシ-2).
日本では1612年の林羅山『多識編』では,「半邊蓮」には和称は記されず,また貝原益軒の『和刻本草綱目』(1672)でも和称は記されていなかった.一方,1714年刊の稲生若水の『本草綱目』では「からくさ」の和称が記されている.
故磯野慶大教授によるミゾカクシの初見は『本草綱目啓蒙』であり,その記事には「半邊蓮」の和名として「カラクサ ハタケムシロ アゼムシロ ミゾカクシ」など多くの和名・地方名が記録されている.その後は多くの本草書・植物書に「半邊蓮」はこれらの名前で収載されている.(挿図は何れも NDL の公開デジタル画像の部分引用

★林羅山『多識編』(1612, 1649)の「巻之三」の「半邉蓮」に「ハンヘンレン」との読み仮名は振られているが,「(本草)綱-目」にあるというだけで,和称は記されていない.

貝原益軒『本草綱目』1672)の「半邉蓮」には和称はない.

★寺島良安『和漢三才図会』1713頃 の「巻第九十四の末,隰草類」には,
「半邊蓮
(はんぺんれん)(ハアン ペン レン)
急解索
本綱・半邊蓮は陰濕●(土+巻)塹の邊に生ずる小草なり.地に就き,細き梗,
蔓を引き節節にして細なる葉を生ず.淡き紅紫色なり.但だ半邊有り.
蓮の花の狀の如し.故に名づく.
気味(辛く平) 蛇傷を治す.汁に搗き飲み滓を以って囲み,之れを塗る.
△按ずるに,半辺蓮は和州,河州の堤辺に之れ有り.一莖叢生して蔓
の如く,葉は砕米薺に似て秋に淡紫の花を開く.刀豆の花の様の如く
にして小さく,半蓮に似たり.」とある(原文は漢文).
砕米薺:レンゲバナ(レンゲソウ,ゲンゲ Astragalus sinicus の別称)
図に描かれている植物は殆どゲンゲ.(左図).



★小野蘭山『本草綱目啓蒙(1803-1806) の「巻之十二 草之五 隰草類下」には,
「半邉蓮 カラクサ ハタケムシロ サンセウグサ 藝州 キクガラクサ レンゲヅル アゼムシロ ミゾカクシ カタイカリ 播州 ヂシバリ 加州同名アリ 〔一名〕半枝蓮 農圃六書
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ」ミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草(スズナ)ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲヒラク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象ヲウツセリト云.一種江州ノ産,葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ.」とある.(読みやすいように句読点を入れた)
漢名及び和名の由来及び地方名の記載があり,更に工芸品の唐草模様はこの草の形状を写したものだとして,「カラクサ」の名も記す.

★水谷豊文(17791833)『本草綱目紀聞』は,上記『本草綱目啓蒙』の増補改訂を試みた書であるが,その
「半邉蓮            半枝蓮 農圃六書
[集解]急解索
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ及びミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲ開ク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象(カタチ)ヲウツセリト云.
一種江州産葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ」と,ほぼ蘭山の文と同一であるが,地方名を記していない.豊文のこの書では多くの植物に絵が添えられているが,この項には残念ながら見当たらない.

★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)には,江戸上野近辺の産物として「半邊蓮 あぜむしろ 谷中」とあり,アゼムシロの名も一般的に使われていたと思われる.

このブログで度々引用している★毛利梅園(1798 1851)『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)の「夏之部三」には,「丙戌(1826年)夏五月二日」に「野新田」を望む場所で梅園が写生したとする「ミゾカクシ」と考えられる草本の美しい図が収められている.

左:梅園草木花譜:遠志(実はミゾカクシ)右:地錦抄附録:遠志


ただ,梅園はこれを『本草綱目』にある「遠志」の「小葉の種」としている.「遠志(おんじ)」とは,漢方では去痰作用がある生薬で,その起源は中国原産の「イトヒメハギ Polygala tenuifolia」とされ,日本では類縁の「イトハギ P. japonica」が「遠志」とされて使われていた.梅園が引用している『地錦抄附録』の「遠志」の圖の花には,「イトハギ」の特徴である下側の1個の花弁の先端が細裂する房状の付属体が描かれていることから,「イトハギ」である.
しかし,梅園に描かれた草本は,葉の先端が尖っていること,及び花の形状(付属体がなく,一方に花弁が偏ること)や色(紫色ではなく淡紫色)からして「イトハギ」ではなく,「ミゾカクシ」であることは疑いない.江戸時代に描かれた「ミゾカクシ」の図としては,最も美しい物であろう.

★岩崎灌園(17861842)『本草図譜(刊行1828-1844) の「巻之二十 隰草類」には
「半邉蓮(はんへんれん)かたはくるま
又はたけむしろともいふ.田野水側に多し.小草なり.葉は水揚梅(はなひりぐさ)に似て尖り,苗地に搨す.長さ三四寸.夏月葉の間に花をひらく.五辧淡紅色.かた〓へよりて,車の半輪の如し.故に此名あり」とある.
「かたはくるま」と「はたけむしろ」の二つの和名を収録している.なお,通常「水揚梅」は「ダイコンソウ Geum japonicum」(バラ科)の漢名であるが,この草の葉はミゾカクシとは全く異なる.一方「はなひりぐさ」は「トキンソウ Centipeda minima」(キク科)の名の一つで,その地を這う性状や,葉の形状はミゾカクシと似ている.

★加地井高茂『薬品手引草 上』(1843)の「ハ」の部には,「半邊蓮(ハンヘンレン) はたけむしろ 唐艸也」とある.

★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))の「巻之十七」には
「ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
庭際田野普ク生スル雑草.莖就地テ長ク延ヒ,節々絲根ヲ出シ深ク地中ニ入リ,片
根地ニアルモノヨク生殖ス.故ニ除之ニ尤難シ,擡頭四五寸葉互生形披針状ニシテ細
ク細鋸齒アリ夏莖梢葉腋ヨリ長梗ヲ出シ毎梗一花アリ.蕚圓長卽裸子室ニシテ上
ニ五尖葉アリ.花缺筒様ニシテ五裂一邊ニ並ヒ向ヒ,ソノ狀一花ヲ半裁シタルガ如
シ.故ニ半邊蓮ノ名アリ.色淡紫ニシテ,雄蘂五莖蕚ト弁爪トニ出テ,上ツテ缺邊ノ上
ニ見(アラハ)レ,葯ハ五箇連併シ,一柱長クソノ中間ヲ貫キ,頭葯外ニ出テ開哆ス.附子室
両蘂,廓大圖
第二十一種
Lobelia Erinus. (ロベリア エリヌス)羅              Langsteelige Lobelia. (ラングステーリハ ロベリア) 蘭」
とあり,「ミゾカクシ」が第一の和名となっているとともに,学名として Lobelia Erinus が採用されている.この名称はリンネによって米大陸産の「ルリミゾカクシ」につけられた学名で,ツンベルクの “Flora Japonica” で,「ミゾカクシ」に採用された学名でもある(後述).

なお,後年刊行された★牧野富太郎校訂・増補『増訂草木図説』(1907-22)の「ミゾカクシ」においては,学名が『頭註国訳本草綱目』と同じく Lobelia radicans Thunb. となり,科名が追記され,蘭名が削除されている事を除いて,本文・挿絵は原著と全く同一である.
「〇第五十九圖版 Plate LIX
ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
Lobelia radicans Thunb.
キキヤウ科(山梗菜科) Campanulaceae.
(以下略)」

和名を発音表記とした和漢名辞典として知られる★泉本儀左衛門『本草要正』(1862)の
「巻之四 草類 安之部」には「アゼムシロ シャジクソウ                    半邉蓮」
「巻之五 草類 美之部」には「ミゾカクシ                                            半邉蓮」
とあり,ミゾカクシ,アゼムシロ以外に「シャジクソウ」と呼ばれていたことが分かる.岩崎灌園の『本草図譜』には「かたはくるま」の和名が「(花の形が)車の半輪の如し.」とあり,花が車輪を想起させていたようだ.

以上,ミゾカクシの漢名は半邉蓮とされ,和名・地方名として,カラクサ,ハタケムシロ,サンセウグサ,キクガラクサ,レンゲヅル,アゼムシロ,カタハクルマ,カタイカリ,ヂシバリ,シャジクソウが,江戸時代までの本草書や植物書に記録されている.

一方,★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)に収載されているミゾカクシの方言は,「あぜむしろ 和歌山(西牟婁),こごめぐさ 周防,こめぐさ 広島(比婆),さんしょ-ぐさ 芸州,じじのふんべつ 新潟(西蒲原),じしばり 加州,はいまり 和歌山(東牟婁),へびんした 熊本(球磨),やなぎじしばり 山形(東田川)」の9種であり,葉の形状や湿地に這い拡がる草状を示したものが多い.
また,★梅本信也氏『紀州里域植物方言集』(2002) には,「しがらみ,はいまり,みずかくし,よばいぐさ」が収載されている.

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