中国原産の羊躑躅(トウレンゲツツジ,R. molle)は,江戸時代及び明治初期まで,日本の本草ではとレンゲツツジ,特にキレンゲツツジは,同一とみなされていたが,レンゲツツジは雄ずいが花冠より短かく,成葉の裏面は脈上に毛があるほかは無毛であるが,トウレンゲツツジは雄ずいが花冠と等長かより長く,葉の裏面は灰色柔毛を密生するので別種である.トウレンゲツツジの名は牧野富太郎が『国訳本草綱目』六冊九八頁に新しくつけた.(北村四郎『北村四郎選集Ⅱ 本草の植物』保育社1985)).
現在は,レンゲツツジはトウレンゲツツジ亜種とするのが一般的.従って厳密にいえばレンゲツツジの漢名を羊躑躅とするのは誤りだが,その毒性や薬効には共通点が多い.従って古くからレンゲツツジは,中国本草書にある羊躑躅として扱われたので,中国文献における「羊躑躅」を追った.
羊躑躅は★『神農本草經』はじめ,古くから中国本草書に毒草・薬草として記録された.明代に書かれた唯一の勅撰本草書★『本草品彙精要』にも,中国本草書の集大成とされる★李時珍『本草綱目』にも勿論収載されているが,後者では花をその毒性・薬効の根源として記し,さらにその毒性が「羊躑躅」の名の由来であるとしている.また,「山躑躅」についても追記しており,「躑躅」が無毒のツツジ類をも表している事を示している.
最古の本草書の一つ『神農本草經』は,後漢から三国の頃(西暦 700 頃)に成立した中国の本草書であり,神農氏の後人の作とされるが,実際の撰者は不詳である.一年の日数に合わせた365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述している.上品は無毒で長期服用が可能な養命薬,中品は毒にもなり得る養性薬,下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている.中国正統の本草書の位置を占めるようになったが,現在みることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない.それらを元に復元を図ったものとしては,明代の盧復,清朝の孫星衍,日本の森立之によるものなどがある.
「羊躑躅。味辛溫。主ル下賊風在リ二皮膚中ニ一。淫淫トシテ痛ミ。
溫瘧惡毒。諸痺上。」とある.勿論この返り点は江戸時代の日本で施されたものであり,原文は「羊躑躅。 味辛溫。主賊風在皮膚中.淫淫痛.溫瘧惡毒。諸痺。」であったと思われる.
盧復の生没年は明確ではないが,錢塘(今浙江杭州)出身の,若いうちから才能を発揮した医学者で,当時の著名な医師繆希雍 (1546 - 1627) や王紹隆等と親交を結んだ.『醫種子』『芷園醫種』など多くの医書を著したが,14年かけて復元した『神農本草經』は現存する最古の復元書として知られている.
また,喜多村直寛(1804 - 1876年)は,江戸時代末期の幕府医官.幕府医学館考証派の重鎮.なお,天保六年
(1835) の干支は,乙未であり,干支が癸丑なのは,嘉永六年(1853) で,齟齬が見られる.(京都大学附属図書館,https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00003569)
「下經
下藥一百二十五種爲左使主治病以應地多毒不可久服
除寒熱邪氣破積聚愈疾者本下經」とあり,
「羊躑躅 味辛,溫。主賊風在皮膚中,淫淫痛,溫瘧,惡毒,諸痺。生川
谷。
吳普曰︰羊躑躅花,神農、雷公︰辛,有毒。生淮南。治賊風、惡毒,諸邪氣(御覽)。
名醫曰︰一名玉支,生太行山及淮南山。三月採花,陰乾。
案︰廣雅云︰羊躑躅,英光也。古今注云︰羊躑躅花,黃羊食之,則
死;羊見之,則躑躅分散,故名羊躑躅。陶弘景云︰花苗似鹿蔥。」とある.
ここにおいては,「吳普曰」以降は,孫星衍及び孫馮翼による追記である.
江戸時代後期から明治時代にかけての医師・書誌学者。森立之(もり りっし,1807 - 1885)も『神農本草經』を復元し,さらに和書も含めて各本草についての異同を別冊の『神農本草經 攷異』で著わした.
★森立之 編『神農本草經』 3巻とその注釈本『神農本草經 攷異』1巻(嘉永7 [1854] 序)
『神農本草經』草部下品
「羊躑躅。味辛溫有毒。主治賊風在皮膚中淫淫痛,溫瘧,惡毒,諸痹。生川谷。」
『神農本草經 攷異』下
「羊躑躅 躅醫心作〇(足+属).同書諸醫藥和名篇同.然本草和名反作躅.皮膚 長生療方無膚字 諸痺 諸御覧作淫.而在惡毒上.」とある.
結局『神農本經』には,「羊躑躅 味辛溫主賊風在皮膚中淫淫痛溫瘧惡毒諸痺」とあったと思われる.
中国明代に書かれた唯一の勅撰本草書★『本草品彙精要』(1505) 「巻之十三
草部下品之上」には,
「羊躑躅 有大毒 植生
毒諸痺 以上朱字神農本經 邪氣鬼疰蠱毒 以上黒字名醫所録 [名]玉支 [苗][圖經
曰]春生苗高三四尺葉似桃葉夏開花似凌霄山石
榴旋複?輩而正黃色羊誤食其葉則躑躅而死故以
為名一種今嶺南蜀道山谷遍生皆深紅色如錦繡然或云此種不入藥[地][圖經曰]生太行山川谷及淮南山今所在有之[道地]関州海州[時][生]春生[採]三月四□苗□□□月取花[収]陰乾[用]花[色]黄[用]辛[性]温散[氣]古氣之厚者陽也[反]惡諸石及麪[禁]古不入湯服」とある.
明朝(1368–1644)の第10 代皇帝孝宗弘治帝は,弘治16 年(1503)8 月9 日,薬典の勅撰官修を命じた.その命に応じて太医院院判の劉(りゆう)文泰らが編集にあたり,その薬典は,およそ1
年8 ヶ月の歳月をかけ,弘治18 年(1505)3 月3 日に皇帝に上表進呈された.皇帝の御製の序が付けられて成ったこの薬典の名前は,『御製本草品彙精要』と言う.
しかしながら,弘治帝に上表進呈された約2 ヶ月後,すなわち4 月29 日に思わぬことに弘治帝は不豫(病気)にかかり,刊行の詔を出さぬまま翌月5 月6 日に大漸(危篤)となり,更に翌日5 月7 日には崩御してしまったのである.
この弘治帝の崩御をきっかけとして編纂に当たった太医院医官が弾劾を受けたため,完成した書は日の目を見ぬまま宮中に秘され,ついに世に刊行されることがなかった.彩色原図を付した豪華本であったが,明,清時代には刊行されることなく秘蔵され,その後,数奇な運命をたどり,現在は日本に陳蔵されている.文章だけは1937年に上海で出版され,このとき初めて本書が世に知られた.
『証類本草』などと比較すると,その内容はきわめて簡素で,別名,形状,薬効などが項目別に記され,それまでの本草書のおもかげはまったく残されていない.
中国本草書の集大成とされる★李時珍『本草綱目』(明代,1596)の「草之六 毒草類」には,
「羊躑躅 本經下品
(釋名)黃躑躅 綱目、黃杜鵑 蒙筌、羊不食草 拾遺、鬧羊花 綱目、黃躑躅 綱目、黃杜鵑 蒙筌、羊不食草 拾遺、鬧羊花 綱目,驚羊花 綱目,
老虎花 綱目,玉枝
別録.(弘景曰)羊食其葉,躑躅而死,故名。鬧當作惱。惱,亂也。
(集解)(別錄曰)羊躑躅生太行山川谷及淮南山。三月採花,
陰乾。(弘景曰)近道諸山皆有之。花、苗似鹿蔥,不可近眼。(恭
曰)花亦不似鹿蔥,正似旋花色黃者也。(保升曰)小樹高二尺,葉似桃葉,花黃似瓜花。三月、四月採花,日乾。
(頌曰)所在有之。春生苗似鹿蔥,葉似紅花,莖高三四尺。夏開花似凌霄花、山
石榴輩,正黃色,羊食之則死。今嶺南、蜀道山谷遍生,皆深紅
色如錦繡。然或云此種不入藥。(時珍曰)韓保升所說似桃葉
者最的。其花五出,蕊瓣皆黃,氣味皆惡。蘇頌所謂深紅色者,即山石榴名紅躑躅者,無毒,與此別類。張揖《廣雅
謂躑躅一
名決光者,誤矣。決光,決明也。按唐《李紳文集 言︰駱谷多山枇杷,毒能殺人,其花明艷,與杜鵑花相似,樵者
識之。其說似羊躑躅,未知是否要亦其類耳。
花(氣味)辛,溫,有大毒。(權曰)惡諸石及麫,不入湯使,伏丹砂、硇砂、雌黃,畏梔子。(主治)賊風
在皮膚中淫淫痛,溫瘧惡毒諸痺 本經。邪氣鬼疰蠱毒 別録
(發明)(頌曰)古之大方多用躑躅。如胡洽治時行赤散,及治五
嗽四滿丸之類,並治風諸酒方皆雜用之。又治百病風
濕等,魯王酒中亦用躑躅花。今醫方捋腳湯中多用之。南方
治蠱毒下血,有躑躅花散,云甚勝。(時珍曰)此物有大毒,曾有
人以其根入酒飲,遂至於斃也。和劑局方
治中風癱瘓伏 虎丹中亦用之,不多服耳。
(附方)新四。風痰注痛 躑躅花、天南星,並生時同搗作餅,甑上蒸
四五遍,以稀葛囊盛之。臨時取焙為末,蒸
餅丸梧子大。每服三丸,溫酒下。腰腳骨痛,空心服;手臂痛,食後服,大良。續傳信方 痛風走注 黃躑躅根一把,
糯米一盞,黑豆半盞,酒、水各一碗,徐徐服。大吐大泄,一服便能動也 医學集成 風濕痺痛,手足身體收攝
不遂,肢節疼痛,言語蹇澀︰躑躅花酒拌蒸一炊久,晒
乾為末。 每以牛乳一合,酒二合,調服五分。聖惠方 風蟲牙
痛 躑躅一錢,草烏頭二錢半,為末,化臘丸
豆大。綿包一丸,咬之,追涎。海上仙方
(附錄)山躑躅 (時珍曰)處處山谷有之。高者四五尺,低者一、二尺。
春生苗葉,淺綠色。枝少而花繁,一枝數萼。二
月始開花如羊躑躅,而蒂如石榴花,有紅者、紫者、五出者、千
葉者。小兒食其花,味酸無毒。一名紅躑躅,一名山石榴,一名
映山紅,一名杜鵑花。其
黃色者,即有毒羊躑躅也。羊不喫草 拾遺 藏器曰︰生蜀川山
谷,葉細長,在諸草中羊
不喫者,是也。味苦、辛,溫,無毒。主一切風血補益,攻諸病。煮之,
亦浸酒服。(時珍曰)此草似羊躑躅而云無毒,蓋別有此也。
★白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳),牧野富太郎(植物考定)『頭註国訳本草綱目』(1929)春陽堂
「第六冊 草部 第十七巻下 毒草類」には,
「羊躑躅(一)(本經下品) 和名 たうれんげつつじ(新称)
學名 Rhododendron molle G. Don.
科名 しゃくなげ科(石楠科)
【釋名】黃躑躅(綱目)、黃杜鵑(蒙筌)、羊不食草(拾遺)、鬧羊花(綱目),驚羊花(綱目),老虎花(綱目),玉枝(別録).弘景曰く,羊がその葉を食へば躑躅(二)(てきしょく)して死ぬところから名けたものだ。鬧(だう)とあるは惱(たう)と書くべきで,惱亂の意味である。
(一)牧野云フ,羊躑躅ハ我邦ノれんげつつじノ中ノきれんげつつじニ酷似シタ品デアルガ,固ヨリ別種デ我邦ニハ産セヌ.きれんげつつジニ充テルハ不可デアル.
(二)躑躅,トドマリテ足ニテ地チウツコト.叉行キツモドリツスルコト.
【集解】別錄に曰く,羊躑躅は太行山(三)の川谷,及び淮南(わいなん)の山に生ずる。三月花を採つて陰乾する。
弘景曰く,近道の諸山にいづれもある。花は黄色で鹿蔥(ろくそう)に似てゐる.眼に近づけてはならない。
恭曰く,花は一向に鹿蔥には似てゐない,正に(四)旋花に似て色の黃なる者だ。
保升曰く,小さい樹になる.高さ二尺ばかり,葉は桃葉に,花は黃色で瓜花(くハくわ)に似てゐる。三月、四月に花を採つて日光で乾かす。
頌曰く,所在にあつて,春苗が生える.苗は鹿蔥に,葉は紅花に似て,莖の高さは三四尺のものだ。夏花を開き,その花は凌霄花(りょうせうくわ)、山石榴などに似て,正黃色だ.羊がこれを食へば死ぬ。今嶺南、蜀道の山谷に到る處に生えてゐて,一帯に深紅色に見え,さながら錦繡(きんしう)のやうだ。或はこの種は藥には入れないともいふ。
時珍曰く,韓保升の說に桃葉に似たものとあるが最も的確だ。花は五出,蕊,瓣は皆黃色で,氣,味いづれも惡い。蘇頌の所謂る深紅色のものとは山石榴のことで,紅躑躅(こうていしょく)と名くるものだ.これには毒はない.此にいふ羊躑躅とは別類の植物だ。張揖の廣雅に『躑躅,一名決光』とあるのは誤で,決光とは決明をいふのである。按ずるに唐の李紳の文集に『駱谷(らくこく)に山枇杷といふが多く,毒があつてよく人を殺す.その花は明るいあでやかのもので,杜鵑花(とけんくわ)によく似たものだ.樵夫などがその植物を識つてゐる』とあつて,其說は羊躑躅のことらしいが判然しない.要するにやはりその類のものに相違なからう。
花
【氣味】辛し,溫にして,大毒あり。
權曰く諸種の石及び麫を惡む,湯使には入ない,丹砂、硇砂(たうしや)、雌黃(しわう)を伏し,巵子(しし)を畏る。
【主治】賊風が皮膚の中に在つて淫淫として痛むもの,溫瘧,惡毒,諸痺(本經)。邪気・鬼疰(きしゅ)・蠱毒(こどく)(別録)
【發明】頌曰く,古代の大方に多く躑躅を用ゐてあつて,胡洽の時行を治する赤散,及び五嗽を治する四滿丸の類の如き,并に風を治する諸酒の方にいづれもこれを雜へて用ゐ,また百病風濕等を治する魯王酒中にもやはり躑躅花を用ゐてある。
今の醫方では捋腳湯中(らつきゃくたうちう)に多くこれを用ゐる。南方地方に蠱毒下血を治する躑躅花散といふがあつて,甚だ効力の勝れたものだといふ。
時珍曰く,この物には大毒がある.曾てある人が,その根を酒に入れて飲んで遂に死亡した。和劑局方の中風癱瘓(なんくわん)を治す伏虎丹中にもこれを用ゐてあるが,多く服してはならないものだ。
【附方】新四。
風痰の注痛︰躑躅花、天南星(てんなんしやう)を,いづれも生の時に共に搗いて餅にして,四五遍蒸して甑上,以稀(あら)い葛布の囊に盛り,必要に應じてそれを焙じて末にし,蒸餅で梧子大の丸にし,三丸づつを溫酒で服す。腰脚の骨痛には空心に服し,手臂の痛むには食後に服するが大いに良し。 (續傳信方)
痛風走注︰黃躑躅根一把,糯米一盞,黑豆半盞,酒、水各一碗を徐徐に服す。大いに吐し大いに泄し,一服で直ちに効力が發生する.(医学集成)
風濕の痺痛:手,足,身體の收攝が意の如くならず,肢節が疼痛し,言語が蹇澀(けんじふ)するには,躑躅花に酒を拌ぜて一炊き蒸し,それを久しく晒し乾して末にし,五分づつを,牛乳一合,酒二合で調へて服す。(聖惠方)
風蟲の牙痛︰躑躅一錢,草烏頭二錢半を末にし,化した臘で豆大の丸にし,一丸を綿で包んで咬(か)み之,涎を追ふ。(海上仙方)
【附錄】山躑躅(八) 時珍曰,處處の山谷にある。高きは四五尺,低きは一、二尺。
春苗が生え,葉は淺綠色で,枝が少く,花が多く,一本の枝に數箇の萼が着き,二月に始めて花を開く.その花は羊躑躅のやうで,蒂(たい)は石榴花のやうだ,紅のもの,紫のものがあり,辧の五出のもの、千葉のものがある。小兒はこの花を食ふが,味酸くして毒がない。一名紅躑躅,一名山石榴,一名映山紅(えいざんこう),一名杜鵑花といふ。その黃色のものは即ち有毒の羊躑躅だ。
(八)牧野云フ,山躑躅ハ山地ニ野生セル種種ノつつじ類ヲ汎称シタルモノデ,必ズシモ一種ノモノヲ限定シタモノデハナイ事ハ其行文デ能ク解カル.支那ノ品ト我邦ノ品ト必ズシモ同種デナイカラ,我邦山生ノつつじ類ヲ以テ早急ニ支那ノ品ト呼ブ事ハ出來ヌ.支那ノ品ノ中ニハ Rh. indicum, Sweet. ナドモアルノデアラウト思フ.
羊不喫草(拾遺)藏器曰く,蜀川の山谷に生ずる,葉は細く長い,諸種の草の中で羊が喫(く)はぬものである。味は苦く辛し,溫にして毒なし。一切の風,血補益,諸病を攻むるに主効がある。煮て用ゐ,また酒に浸しても服す。時珍曰くこの草は羊躑躅に似て毒がないといふのだから,蓋し別にかかる草があるのだらう.」とある.
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