2020年5月10日日曜日

レンゲツツジ(11)漢-2,羊躑躅,黃杜鵑,黃躑躅,捜山虎,杜鵑,映山紅,躑躅.祕傳花鏡,三才圖会,花史左編,祕傳花鏡,佩文齋廣群芳譜,植物名實圖考

Rhododendron molle
Azalea sinensis from LODDIGES' BOTANICAL CABINET v.9 (1824) Tab. 885
欧州最初のトウレンゲツツジの図譜 次記事
中国原産の羊躑躅(トウレンゲツツジ,R. molle)は,江戸時代及び明治初期まで,日本の本草ではレンゲツツジ,特にキレンゲツツジと,同一とみなされていた.
しかしレンゲツツジは雄ずいが花冠より短かく,成葉の裏面は脈上に毛があるほかは無毛であるが,トウレンゲツツジは雄ずいが花冠と等長かより長く,葉の裏面は灰色柔毛を密生するので別種である.トウレンゲツツジの名は牧野富太郎が『国訳本草綱目』六冊九八頁で新しくつけた.(北村四郎『北村四郎選集Ⅱ 本草の植物』保育社1985)).
現在は,レンゲツツジはトウレンゲツツジ亜種とするのが一般的.従って厳密にいえばレンゲツツジの漢名を羊躑躅とするのは誤りだが,その毒性や薬効には共通点が多い.従って古くから,レンゲツツジは中国本草書にある羊躑躅として扱われたので,中国文献における「羊躑躅」を追った.

羊躑躅は★『神農本草經』はじめ,古くから中国本草書に毒草・薬草として記録された.明代に書かれた唯一の勅撰本草書★『本草品彙精要』にも,中国本草書の集大成とされる★李時珍『本草綱目』にも勿論収載されているが,後者では花をその毒性・薬効の根源として記し,さらにその毒性が「羊躑躅」の名の由来であるとしている.また,「山躑躅」についても追記しており,「躑躅」が無毒のツツジ類をも表している事を示している.

三歳圖会』は,絵を主体とした中国の類書.王圻(おうき,1530 - 1615)とその次男の王思義(生没年未詳によって編纂され,明の万暦35年(1607年)に完成し,1609年に出版された.全106巻から構成される.

★王圻編『三歳圖会』巻之草木四 草類
羊躑躅
羊躑躅.生太行山谷及淮南山.今近道諸山皆有之。春生苗似
鹿蔥,葉似紅花,莖高三四尺。夏開花似凌霄花、山石榴旋葍
輩,正黃色,羊食其葉,躑躅而死故以為名。三月、四月
採花,陰乾。今嶺南、蜀道山谷偏生,皆深紅色如錦繡。然或
云此種不入藥。一名玉支.辛,溫,有大毒。」

三才圖会』巻之草木十二 花卉類
杜鵑
杜鵑一名山石榴一名山躑躅一名映山紅其性畏熱喜
陰不畏霜雪自初夏至深秋冝口以河水潅之一種山鵑*
花大葉稀先開一月一名石岩然實非也石岩先敷葉後
著花其色丹如血杜鵑先著花後敷葉色差淡潤州鶴林
寺有杜鵑花寺僧相傳云正元中外國僧自天台鉢中以
藥養其本來植此寺人或見女子紅棠隹麗遊於花下裕
傳花神」
*鵑:「能」のつくり(ヒヒ)を「鳥」


明の★王路『花史左編(1617完成) には,花の形状・変異・栽培法・病害虫・月別の園芸作業・園芸用具などについて記されると共に,花にまつわる故事や名園・名勝が収録されている.文学色が濃く,一般の園芸書とは趣を異にする.ヒマワリが丈菊の名で記載されている.
この書の「第巻之一」の「花叢脞」の項には
「紅蓼 牽牛 鼓子 芫花 蔓陀羅 金燈 
射幹 水葒 地錦 地釘 黃踟躅 野薔薇 
薺菜花 夜合 蘆花 楊花 金雀兒 菜花 」
が挙げられ,この「黃踟躅」は,羊躑躅と思われる.この「花叢脞」がどういう特徴を持つ花卉類のグループなのかは確認できなかったが,字からすると,花をいっぱいにつける背の低い花草・花木類と思われる.
さらに,「巻二十二 花之毒能傷人者亦宜査験記憶」には
羊躑躅
生諸山中花大如盃盞類萱色黄羊食則躑躅而
死或云羊食則疾若癇」
と,大型の赤みがかった黄色の花をつけるとある.

★陳淏子『祕傳花鏡』(1688)全六巻
陳淏子(ちん こうし,1612 - 没年不明)は,中国,清代の博物学者・園芸家で1688年,77歳の時に,園芸書『祕傳花鏡』を刊行した。後に平賀源内は,渡来したこの書に校正・訓点を加えた『重刻秘伝花鏡』(1773)を出版した.
この叢書には,「羊躑躅」の記載は見出せなかったが,第三巻には,「杜鵑」と「山躑躅」が収載され,それぞれの図も掲載されている(上図右方).源内は,前者には「サツキ・ツヽジ」,後者には「キリシマ」の和名が充てられている(上図左方).

杜鵑
杜鵑一名紅躑躅.樹不高大.重辦紅花.極其爛漫.毎
於杜鵑啼時盛開.故有是名.先花後葉.出自蜀中者
佳花有十數層.紅艶比他處者更甚.性最喜陰而惡
肥毎早以河水澆.置之樹陰之下.則葉青翠可.觀亦
有黃白二色者.春鵲亦有長丈餘者.須種以山黃泥.
澆以羊糞水方茂.若用映山紅接者.花不甚佳.切忌
糞水.宜豆汁澆

山躑躅
山躑躅.俗名映山紅.類杜鵑花而稍大單辧色淡.若
生満山頭.其年必豊稔.入競採之.亦有紅紫二色.紅
者取汁可染物.以羊糞爲肥.若欲移植家園.須以本
山土壅始活.

★汪灝・張逸少・汪・黃龍睂等『佩文齋廣群芳譜』(1708)は,明の王象晉の著書『二如亭群芳譜』を基に,改編擴充した百卷からなる園芸書.当時の皇帝は清の第10代穆宗(在位:1861 - 1875年)
その「三十九 花譜 十八」の「杜鵑」の追録「黄杜鵑」として「羊躑躅」が記載されているが,記述は「本草綱目」に似ている.「」は『二如亭群芳譜』には,収載されていなかった品目であろう.

「御定佩文齋廣群芳譜卷三十九
花譜
杜鵑
[本草]杜鵑花,一名紅躑躅,一名山石榴,一名映山紅,
一名山躑躅。處處山谷有之,高者四、五尺,低者一、二尺,
春生苗,葉淺綠色,枝少而花繁,一枝數萼,二月始開,花
羊躑躅,而蒂如石榴花,有紅者、紫者、五出者、千葉者,
小兒食其花,味酸,無毒。
(以下略)

附録 黃杜鵑
[本草]黃杜鵑,一名黃躑躅,一名老虎花,一名驚羊花,
一名羊不食草,一名玉枝,一名羊躑躅,一名鬧羊花,陶弘
景曰,羊食其葉,躑躅而死,故名。鬧當作惱,惱,亂也。韓保升曰,小樹,高二尺,葉似
桃葉,花黃,似瓜花,蘇頌曰,所在有之,春生苗似鹿蔥,葉
似紅花,莖高三、四尺,夏開花,似凌霄花、山石榴輩,正黃
色,李時珍曰,其花五出,蕊瓣皆黃,氣味皆惡,有毒。

★呉其濬『植物名實圖考』清末 (1848).清末・呉其濬(1789-1847)著の『植物名實圖考』三八巻と『同長編』二二巻は、薬草のみならず植物全般を対象とした中国初の本草書として名高い。『図考』には実物に接して描いた、かつて中国本草になかった写実的図もある。幕末~明治の植物学者・伊藤圭介はこれを高く評価し、植物に和名をあてて復刻。のち伊藤本から中国で再復刻された.
その「巻之二十四 毒草」には,
羊躑躅
羊躑躅本經下品南北遍呼閙羊花湖南謂老虎花俚醫謂
之捜山虎種蔬者漬其花以殺蟲叉一種大葉者附後」とあり,次項には
捜山虎
捜山虎即羊躑躅一名老虎花古方多用今湯頭中無之具詳
本草綱目 按羅思舉草藥園搜山虎春日發黃花青葉能治
跌打損傷傷要藥重者一銭半輕者一錢不可多用霜後葉
落但存枯□湖南俚醫以為發表入陽明經之藥是此藥俗方
中仍用之中州呼閙花取其花研末水浸殺菜蔬蟲老圃多
蓄之其葉稍痩産長泌者葉闊厚不似桃葉花罷結寶有棱」と,図と共にある.

この「捜山虎」は,やや大型の「羊躑躅」の別名と思われる.花を採り粉末にして水に浸し,殺虫剤として用いたとある.
「羊躑躅」の図は,蜜標の斑点が花全面に拡がっているのが気になるが,「三才図会」に比べると花弁の先端や葉など,ずっと写実的である.
なお,現代中国では「捜山虎」はアヤメ科の「白射干Iris dichotoma」を指すとされる.(http://atomigunpofu.jp/ch6-foreign%20flowers/ltn-iris%20dichotoma.html

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