Arisaema urashima
出版後数年で,日本に渡来し,本草書のバイブルとして,日本の本草学(博物学)にも大きな影響を与えた.『本草綱目』は,動植物の形態などの博物誌的記述が従前の本草書より優れている.この点が日本人に大きな影響を与え,中国からたびたび輸入されるとともに,和刻本も続出し,幕末に至るまで基本文献として尊重された.
この書では,「虎掌」の項のなかに「天南星」が含まれ,このため和書ではテンナンショウ科の植物が広く「虎掌」と称されることもあった.
世界に十冊程度しか現存を確認されていない『金陵版本草綱目』①は NDL でデジタル公開されているが,その「第14冊(第17巻)毒草類」には,
「虎掌 本經 下品 天南星 開寶
【釋名】虎膏(《綱目》),鬼蒟蒻 (《日華》).
恭曰︰其根四畔有圓牙,看如虎掌,故有此名.
頌曰︰天南星即本草虎掌也,小者名由跋.古方多用虎掌,不言天南星.南星近出唐人中風痰毒方中用之,乃後人采用,別立此名爾.
時珍曰︰虎掌因葉形似之,非根也.南星因根圓白,形如老人星狀,故名南星,即虎掌也.蘇頌說甚明白.宋《開寶》不當重出南星條,今併入.
(以下略)」とあり,
白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳)『国訳本草綱目』(1929)では,【釋名】の部分は以下の様に和訳されている.
「【釋名】虎掌(《綱目》)、鬼蒟蒻きくしやく
(《日華》)。
恭曰く根の四畔に圓牙があつて,一見虎の掌のやうなところからこの名稱がある.
頌曰く天南星(てんなんしやう),即ち本經にいふ虎掌であつて,小なるものを由跋(ゆばつ)と名ける。古方には多く虎掌を用うとあつて,天南星とは言つていない.南星なる名稱は近代に起つたもので,唐時代の中風,痰毒の方の中にこれを用ゐて以来,別にこの名稱を採用したのだ.
時珍曰く,虎掌とは,葉の形が似てゐるからの名稱で,根が似てゐるのではない.南星とは,根が圓く白く,形が老人星(らうじんせい)のやうな形状だから南星と名けたものだ.即ち虎掌であつて,蘇頌の說に甚だ明白である。宋の開寶に,南星の條を重出したのは當を得ない.本書にはこの條中に併入した。」とある.
即ち,時珍は「虎掌」が正名で,「天南星」は別名で,「虎掌」「天南星」「由跋」は同一物である.また「虎掌」の名は根の形ではなく,葉の形に由来するとの立場をとった.
最も信頼性が高いとされた★稲生若水『本草綱目』(1714)④では,和名は「マムシグサ」とされている.稲生版では「天南星 宋開寶」「虎掌 本經下品」と二種の図を掲げて,いずれも金陵本の「虎掌 天南星」とは異なっており,★(明)李中立纂輯『本草原始』(1638)の「天南星」の項⑤の図を復刻している.
この図には,天南星
「宋開寶
根圓クシテ
而白」
とあり,もう一つの図には
「虎掌本經下品
花如シ二蛇頭一
兩枝相抱」とあり,この第二図の記述として
「虎掌根蒟蒻根.皆似二天南星.人雜ヘ采テ以爲二南星ト一淆賣リ了ル不
レ可レ辧ス.火炮シ易キレ裂ケ者是レ南星.炮レ之不ルレ裂ケ者是虎掌蒟蒻也
虎掌南星.根極ニ相似葉逈然不レ同.而功効相近.
古人通?用ユレ之.故ニ頌曰.天南星即本經虎掌也」とある.
これ等の図を引用した『本草原始』(1638)には「虎掌」の項はなく,
「天南星,生平澤.今處處有之.苗起數莖,毎莖端六七葉.高一尺
許.結實作包.梢如鼠尾.根比芋而圓.肌細膩且白.炮之
易裂.本經云.葉似蒟蒻.兩枝相抱.五月開花似蛇頭黃色.
六月結子作穗似石榴子紅色.根似芋而圓.是虎掌.非南
星也.然南星多生南方
根圓如星.故以名之.
〔氣味〕苦
温.有毒.」とある.
一方,日本では,「天南星」の方がなじみ深かったと見えて,★下津元知『図解本草』(1685)では,「天南星」の別名として「虎掌・虎膏・鬼蒟蒻」が挙げられ,和名として「オホソヒ」(ウラシマソウの古名)が記されている⑥.添付図は,『図解本草』は,穂実と葉と根茎の図である.
★岡本一抱『広益本草大成』(1698)では,「天南星」が項となっていて,目次では「虎掌・虎膏」がその下の小項目となっているが,本文では別名としても記されていない⑦.文中に日本では大きいものを「(天)南星」,小さいものを「由跋」とするのが妥当であろうとしている.また金陵本と同じ図が「天南星」として掲げられている.
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