Arisaema urashima
サトイモ科テンナンショウ属のウラシマソウは,仏炎苞に包まれた肉花穂の上部の付属体の先が糸状に長く伸び,その様子を浦島太郎の釣り糸に見立てて名づけられた.古くはオホホソミ(於保々曽美)と言われ,漢方の「虎掌」と考定されていた.なお,カラスビシャク(Pinellia ternata)の古名がホソクミ(保曽久美)であるので,オホホソミ(於保々曽美)とは大型のカラスビシャクのオホホソクミの意味で,その転訛であろうか.
虎掌は,『神農本草經』(後漢(25-220)から三国(220-263)の頃に成立)にも記載される,古代から知られた薬草で,この書の「虎掌」には「味苦。溫、生山谷。治心痛。寒熱結氣。積聚伏梁。傷筋痿拘緩。利水道。」とある.日本に飛鳥初期までに伝来されたと考えられる陶弘景の『本草経集注』(500頃成)の「虎掌」には性状として「近道亦有,極似半夏,但皆大,四邊有子如虎掌」とあり,奈良時代に渡来し,以降,平安時代にかけて本草書の標準になったと考えられる,唐の蘇敬が著した『新修本草』(659成)には,「虎掌」の性状として,「〔謹案〕此藥,是由跋宿者,其苗一莖,莖頭一葉,枝丫夾莖。根大者如拳,小者若卵,都似扁柿,四畔有圓牙,看如虎掌,故有此名。其由跋是新根,猶大於半夏二、三倍,但四畔無子牙耳」とある.
これらの記述,及び/或は渡来した「虎掌」を基に,於保々曽美(ウラシマソウ)と考定されたのであろう.
★深根輔仁撰『本草和名』(918頃成)は,現存する日本最古の本草薬名辞典である.本書は『新修本草』の薬物名とその配順に従い,70余の中国書から薬物の別名を網羅.各々には和名を同定して万葉仮名で記し,国産のあるものは産地まで記してある.中国本草学の本格的受容は,まさしく同書によって口火が切られたといえよう.
この書の〈十/草〉には,『本草経集注』を引用し「虎掌」を記述し,和名は「於保々曾美」であるとした.また,「半夏」の和名として「保曾久美」(ホソクミ)とある.
「虎掌 陶景注云四畔有圓牙如看虎掌故以名之
一名虎卷
出釋藥 和名於保々曾美」
★源順(みなもとのしたごう)編『和名類聚抄』は,平安時代中期の承平年間(931年 - 938年)に,順が勤子内親王の求めに応じて編纂した辞書で,中国の分類辞典『爾雅』の影響を受けている.名詞をまず漢語で類聚し,意味により分類して項目立て,万葉仮名で日本語に対応する名詞の読み(和名・倭名)をつけた上で,漢籍(字書・韻書・博物書)を出典として多数引用しながら説明を加える体裁を取る.今日の国語辞典の他,漢和辞典や百科事典の要素を多分に含んでいるのが特徴.
この書の「二十/草」には,「虎掌 陶隱居云虎掌 和名於保保曾美 四畔有圓牙如看虎掌故以名之」と,前書と同じ記述がされていて,また,「半夏」の和名として「保曾久美」とある.
★丹波康頼 (912 - 995) 撰『医心方』(984)は,平安時代の宮中医官である鍼博士丹波康頼撰による日本現存最古の医学書である.この書の「諸薬ノ和名 第十」には,「虎掌 和名於保々曽美」とある.
★惟宗具俊『本草色葉抄』8巻(1284)は,平安の『本草和名』をさらに発展させた鎌倉時代の本草薬名辞典である.すなわち,漢音読みのイロハ順に配列した薬物につき,『大観本草』での記載巻次とおもな条文を記して検索の便がはかられている.また,それ以外の薬名も『本草和名』から転録するほか,独自に『本草衍義』(1119)など各種漢籍より引用する.出典にあげられた文献は転録も含め約140種で,うち平安末以降に新渡来の中国医書が18種ある.中でも漢方医学のバイブルとされる『傷寒論』の引用は注目に値し,日本へ渡来していた証拠記録として今のところ最も早い.
この書の〈古部第卅三 草部〉の部には,「●虎掌 「證?* 味苦溫有大毒主心痛積聚伏梁 唐本云此是由跋宿者其苗
一莖 一名天南星 冀州人菜圃中種之呼爲天南星 圖經**云天南星如本草所説即虎掌也小者爲由跋
同類也圖經云又有一種天南星」とあり,中国本草の引用のみで,和名は記されていない.
*唐慎微撰『證類本草』(1082):『嘉祐補註本草』(掌禹錫,1060)と『図経本草』(蘇頌)の2書を合揉して処方を加えた書
**蘇頌撰『図経本草』(1061)
★東麓破衲編『下学集』(1444)は,日本の古辞書の一つ.著者は,序末に〈東麓破衲〉とあるのみで不明.京都東山建仁寺の住僧かといわれる.ただし,その成立には『壒囊鈔』と密接な関係があると推定される.内容は「天地」「時節」以下18の門を立てて,中世に行われた通俗の漢語の類を標出し,多くの場合それに注を加えてある.
この書の巻下之三「艸木門」第十四には,「虎掌 ヲホヽソミ」とある.また同じページに「半夏 ホソクミ」ともある.
江戸以前の記述では,虎掌の和名はヲホヽソミとあり,その記述は中国本草書の虎掌に基づく.故磯野慶大教授による「ウラシマソウ」の初出は,菊池成胤『草木弄葩抄』(1735)であるが,この書では虎掌=ウラシマソウとの記述はない.
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