Lycoris x albiflora Koidz.
文献画像は NDL, 中国哲学書電子化計劃,Internet archives の公開デジタル画像の部分引用
牧野富太郎が,自身が九州の知り合いから貰って育てていたシロバナマンジュシャゲの観察結果を,『シロバナマンジュシャゲの記』(植物分類,地理 Vol.13, p. 17 (1943))に「此シロバナマンジュシャゲは其種名の albiflora が示してゐる樣に,其花は先づ先づ白色であると謂って可いが,然かし雪の樣な純白色であるとは謂へなく常に微しくウルミがある事を免がれ得ない,そして隠々微黄色を帯ぶる者が多く其黄采は花の咲き初めに於て稍濃厚であるを覺ゆる。叉株により始め微黄色で後ち白色と成る者も多い,叉株によりては多少淡紅色を帶ぶるものも見られるが,然かし花蓋片の邊縁は漸次に淡白色と成つてゐる,叉株により花蓋片の上部極淡紅で下部多少極淡黄色を呈する者もある,叉株によつては花蓋片の中部と下部とが淡紅色を呈し上部幷に其邊縁の方は次第に淡く成つてゐる者もある,或は叉株によつて白色花蓋片の一に一,二條の紅色線を出現さす者も見られる,要するに其花色は各,株の異なるに從つて多少の相違ある事が認め得られる。」と述べたように,親のヒガンバナとショウキズイセンの血の濃さに従ってか,花色に変異が多い.(冒頭図.左より帯黄色株,淡紅色株,紅色線出現株)
白いヒガンバナの記述は,古くから漢文献や和文献にもみられる.ヒガンバナの本草書での名称は,薬用とされる鱗茎「石蒜」で呼ぶのが一般的だが,漢園芸書では「金燈花」が使われていて,その白色種は「銀燈(花)」と記されている.
中国唐代の随筆,段成式の『酉陽雑俎』には,「金燈」の項があり,ヒガンバナと考定できる記事が載る.『三才図会』の「金燈花」には,ヒガンバナ類とは程遠い図が添付されているが,「銀燈は色白」とあり,また,図を見る限りヒガンバナに近い「石垂」には,根は石蒜とされるとある.一方『花史左編』の「金燈花」の記述は,ヒガンバナ類と合致する.『秘伝花鏡』の「金燈花」の記述と図はヒガンバナ類に合致し,「銀燈色白」と,白い花をつける「銀燈」があるとする.一方『植物名實圖考』の「金燈」は,キンポウゲ科の植物かミズキンバイと考えられ,むしろ「天蒜」の方がヒガンバナ科と思われるが,葉と花が同時に見られる様に描かれているので,ヒガンバナ連ではないと思われる.
★段成式『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』(860年ごろ成立)は唐代の随筆.前集20巻,続集10巻からなる.宰相で蔵書家であった父をもち,宮中の図書係である校書郎の職について,無類の読書家であった著者が,その該博な知識を駆使して,奇事異談から衣食風習,医学,宗教,動植物に至るまで,世事万端についての見聞,考証を記したもの.なかには非現実的な記事も見受けられ,前集にある「盗侠篇」などはほとんど小説といえる内容も含むが,多くは唐代の社会風俗を知るための貴重な記録である.
この書の「卷十九 廣動植類之四 草篇」の「牡丹」の項に,行を改めず
「金燈一曰九形花葉不相見俗惡人家種之一名無義草」とある.現代語訳では「金燈。あるいは、九形という。花と葉と会わない。世俗では、人家にこれを植えることをきらう。別名、無義草という。」とされている.(東洋文庫397 「酉陽雑俎3 段成式 今村与志雄訳注」(1981) 平凡社)
なお,訳注者の今村氏は,この項の註として「金燈 未詳。」としているが,『本草綱目』に「山慈菇」の項に「段成式酉陽雜俎云」として全文引用されているが,以下の記事からも,アマナではなく,ヒガンバナと考定できる.アマナは,葉と花が同時に見られる.
「山慈姑,此モノ種類多シ,古人用ユル所ハ多ク石蒜根(シビトハナ子)ナリ獨リ時珍ニ至ッテ根顆辧解アルモノヲ以テ之充ツ,和名甘菜(アマナ)ト云モノ是ナリ, 然レトモ臞-神-隠傳紫-金-錠ノ方下ニ花紅ク花ト葉ト相ヒ見不故無義草ト名クルノ説ヲ見ルニ石-蒜-根是ナルベシ,」ともある.
★王圻『三才図会』(1607)は,中国,明代の図解百科事典.王圻の子王思義の続集とあわせ106巻.天地人の三才,つまりこの世界の事物を,天文,地理,人物,時令,宮室,器用,身体,衣服,人事,儀制,珍宝,文史,鳥獣,草木の14門に分け,図絵を添えて簡略に説明する.とくに器用,儀制,衣服などは有用である.中国では低く評価されがちだが,日本では寺島良安の『和漢三才図会』の手本となった.
この書の「草木十二巻 花卉類」には
「金燈花
金燈花 一名忽地笑 有二種花開一簇五朶金燈色紅銀燈色白」とある.
図からはそうとは見えないが,現在の「忽地笑」は「ショウキズイセン」(Lycoris aurea (L'Hér.) Herb)との事なので,文にある「銀燈色白」が白いヒガンバナかもしれない.
また,「草木六巻 草類」には,小野蘭山がヒガンバナと考定した「岩垂」の項がある.
「岩垂
岩垂 福州山中三月有花四月採子焙乾用其根即石蒜文具水麻條下彼人用治蟲毒甚佳」とあり,根が「石蒜」の原料とされている.
図には二つの植物が描かれ,下のそれは葉と花が描かれたヒガンバナ類とも考えられる.
この書の「草木十二巻 花卉類」には
「金燈花
金燈花 花開一簇五朶金燈色紅銀燈色白皆蒲生分種開
時無葉花完發葉如水仙」とあり,ヒガンバナ類の特徴である,「花時には葉がなく,花が終わってから水仙に似た葉が群生する」とあるので,この「銀燈」は「白色」なヒガンバナであろうと思われる.
★陳淏子(1612 - 没年不明)は中国.清代の博物学者.園芸家.浙江省杭州の人.字は扶揺.号は西湖花隠翁.経歴は知られていない.晩年杭州の西湖の湖畔に住み多くの花草果木を育てた.1688年.77歳の時に刊行した『秘傳花鏡』は花木・花草の種類.栽培法と.鳥・獣・魚・昆虫の飼育法を述べた書物.日本に伝わり、平賀源内が校正し1773年に『重刻秘伝花鏡』を刊行した.
この書の「卷五 花草類考」には
「金燈花
金燈 一名山慈菰。冬月生葉似車前草。三月中枯。根
即慈菰深秋獨莖直上。末分數枝。一簇五朵。正紅色
光焰即金澄。叉有黄金燈。粉紅紫碧五色者。銀燈色
白。禿莖透出即花。俗呼爲忽地笑。花後發葉似水仙。
皆蒲生。須分種。性喜陰肥。即栽於屋脚墻根。無風露
處亦活」とあり,ヒガンバナと考定できる図が添えられている.文からすると「金澄」はヒガンバナ,「黄金燈」はショウキズイセン,「粉紅紫碧五色者」はナツズイセン,「銀燈」は白いヒガンバナと考えられる.なお,平賀源内が校定した『重刻秘伝花鏡』のこの項では,返り点・送り仮名は付されているものの,和名は記されていない.
★呉其濬 (1789-1847)『植物名實圖考』清末(1848)三八巻は,薬草のみならず植物全般を対象とした中国初の本草書として名高い.『図考』には実物に接して描いた,かつて中国本草になかった写実的図もある.この書にはヒガンバナと考定できる項目は見当たらず,関連がありそうな項目は,
「天蒜
天蒜 雲南圃中植之根葉與佛手蘭無異唯花色純白紫鬚繚
繞橫綴黄蕊按閭中金燈花亦名天蒜未知與此同異」とあるが,図では葉と花が同時に見られ,花茎の出方からするとヒガンバナの類よりはアマリリス(Hippeastrum)屬のように見える.なお,現在の中国での「天蒜」はツルボ(Barnardia japonica)やネギ屬のAllium paepalanthoides を云うようだ.また,
「金燈
金燈 細莖裏嫩葉如寓壽菊葉而顯開五小辨黄花圓扁頭有
小缺如三葉酸葉」もあるが,キンポウゲ科の植物かミズキンバイと考えられる.現代中国でこの「金燈」の記述に該当する「金燈」の名の植物は見つけられなかった.
これらの文献に出ている「銀燈花」は白いリコリスと思われる.”eFloras.org” の “Flora of China” によれば,アジアを中心に全世界には約20種の,中国にはその内15種のリコリスが分布する.その内白い花を着けるリコリスとしては,シロバナマンジュシャゲ以外にもいくつか中国に分布するとある.以下の四種は何れも白い或は白っぽい花を着ける.
L. albiflora:乳白石蒜
L. straminea:稻草石蒜
L. caldwellii:短蕊石蒜
L. longituba:長筒石蒜
Lycoris x houdyshelii:江苏石蒜
なお,ネットを引いても,現代中国で「銀燈花」が何の植物を指すのか調べきれず,また,張宗緒『植物名彙拾遺』(1919)にも「銀燈花」は記載されていなかった.
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