Hibiscus coccineus
モミジアオイが炎天に負けず,緋色の一日花を華麗に開くことを賞してか,多くの歌人・俳人が紅蜀葵にこころを託した.特に「紅蜀葵播種三年を焦れて待ち 布川直幸」は実際に種を採り育てて,ようやく花を咲かせた,早く花が見たいという私の経験・心情にぴったり.短歌の多くは原典を確認したが,俳句はネットで調べて採取したので,出典等に不備があるかも知れない.
短歌
初戀の日よりつづきてめざましき心の如き紅蜀葵かな 与謝野晶子『青海波』
あまりにも今日を滿たして樂しみを明日に残さぬ紅蜀葵かな 与謝野晶子『火の鳥』
朝さきてゆうふべはしぼむ紅蜀葵つぼみふくらめる今日さへに見む 窪田空穂『鏡葉』
白露のしげき朝明(あさけ)を咲きいでて夕べにはあらぬ紅蜀葵の花 窪田空穂 『朴の葉』
老槻は燒けて芽ぶかず下くさの繁縷(はこべ)のなかに
紅蜀葵もえぬ 植松寿樹 『光化門 歌集』
すがれ野や紅蜀葵のもゆる緋にすずろ我が世のたのまれもしつ 金子薫園
わが庭に今咲く芙蓉紅蜀葵眼にとめて世を去らむとす 吉野秀雄 『含紅集』 昭和42年
紅蜀葵日をためてゐて赤ければ誘れきてこころを展く 生方たつゑ
紅蜀葵眼にしてともに立ち止まる父のみ墓にゆく朝の道 佐藤ヨリ子
いふことのなけれさはいえ紅蜀葵雲間明るく色にじむなり 馬場あき子
紅蜀葵の茎のふりたる紅の透きてありしを忽ちたふす 森岡貞香 『珊瑚数珠』
俳句では仲夏(芒種から小暑の前日まで)の季語
精選版 日本国語大辞典では,初出の実例として「紅蜀葵肱またとがり乙女達」中村草田男『火の島』(1939)を擧げる.
雷鳴の一夜のあとの紅蜀葵 井上 雪
夜降つて朝上がる雨紅蜀葵
河合正子
紅蜀葵眞向き横向きはなやかに 鈴木花蓑 『ホトトギス雑詠選集』
紅蜀葵常住はだかなる昼を 臼田亜浪 『石楠』
うみやまのあはひの寺の紅蜀葵 七田谷まりうす
伊那へ越す塩の道あり紅蜀葵 宮岡計次
沖の帆にいつも日の照り紅蜀葵 中村汀女
夕立の前ぶれ雨や紅蜀葵
中村汀女
花びらの日裏日表紅蜀葵
高浜年尾
紅蜀葵肱まだとがり乙女達 中村草田男 第二句集『火の島』(1939)
汝が為に鋏むや庭の紅蜀葵 高浜虚子
引き寄せてはじき返しぬ紅蜀葵 高浜虚子
ぬかあめのけさまたふれり紅蜀葵 久保田万太郎 『流寓抄以後』
一病を強気に生きて紅蜀葵 阿部美恵子
佗び住みてをり一本の紅蜀葵 深見けん二
夕日もろとも風にはためく紅蜀葵 きくちつねこ
書を典じこのひと得たり紅蜀葵 加藤郁乎 『江戸桜』
無雑作に馬籠にひらく紅蜀葵 小池文子 『巴里蕭条』
紅蜀葵いたるところに目立ちけり 大場白水郎 『散木集』
紅蜀葵いまだ花なき暑さかな 林原耒井 『蜩』
紅蜀葵花なき萼の数ふべし 林原耒井 『蜩』
紅蜀葵閉ぢて静けき夕ベ来ぬ 林原耒井 『蜩』
蜩や紅蜀葵は落ちて燃ゆ 林原耒井 『蜩』
紅蜀葵芙蓉の花の姉ぢやとよ 碧梧桐 『新纂俳句大全 秋之部』
紅蜀葵たたみて長き夏逝きぬ 池辺 マツエ
紅蜀葵は郎女の花磐余道 佐藤鬼房 『何處へ』以降
紅蜀葵一朶の雲が日を蔽す 千代田葛彦 『旅人木』
紅蜀葵上目づかひに山童女 岸田稚魚 『筍流し』
紅蜀葵六つのはなびら確然と 伊沢修
紅蜀葵咲き尼の身のいたはり季 加倉井秋を
紅蜀葵咲く地の影に暑を残し 石原八束
紅蜀葵女二人して墓に狎れ 竹中宏 句集未収録
紅蜀葵子の見上ぐるに撓ひ咲く 西森請子
紅蜀葵宵弘法も近づきて 臼田亜浪 『旅人』
紅蜀葵常住はだかなる昼を 臼田亜浪
紅蜀葵日に向く花の揺れて居り 土方花酔
紅蜀葵明るき雨となりてやむ 高野彩里
紅蜀葵燃え落つだるき眼中より 野澤節子 『花季』
紅蜀葵砂浴び鶏の寄りどころ 田島秩父
紅蜀葵老いぬのこりし青つぼみ 木津柳芽 『白鷺抄』
紅蜀葵花をきられてたつゆふぐれ 横山白虹
紅蜀葵軽き拳の寝入りばな 井沢ミサ子
絶望も生き甲斐ならむ紅蜀葵 平井照敏
草にねて山羊紙はめり紅蜀葵 飯田蛇笏 『春蘭』
蜂の巣を蜂がはこびて紅蜀葵 和知喜八 『同齢』
触れ合はぬ空間を持ち紅蜀葵 小檜山繁子
野球部の坊主頭や紅蜀葵 冨田正吉
開くだけひらき真昼の紅蜀葵 河野照代
雨に咲いて一日の花紅蜀葵 小林白宇
賤家のもみぢあふひにありにける 松澤昭
初盆やもみぢあふひに子が遊ぶ 岸本尚毅 『鶏頭』
以下出典は,http://www.haisi.com/saijiki/koshoki.htm
作品
紅蜀葵好色黄蜀葵おゝショック 藤田守啓 『船団』 199902
紅蜀葵観音びらきの女人塚 中村祭生 『ぐろっけ』 199910
紅蜀葵水路の水の痩せ細り 田中よしとも 『酸漿』 199911
纏足てふ女の昔紅蜀葵 森洋子 『朝』 199912
紅蜀葵あさの目覚をたしかにす 阿部ひろし 『酸漿』 200009
紅蜀葵きそふともなき花二つ 阿部ひろし 『酸漿』 200109
建前の家の庭先紅蜀葵 松崎鉄之介 『濱』 200110
紅蜀葵車道を見張る如く咲く 松崎鉄之介 『濱』 200112
御僧の花街通ひ紅蜀葵 須佐薫子 『帆船』 200208
紅蜀葵ダンプの風に揺れてをり 船山博之 『百鳥』 200208
紅蜀葵を乳母車の子の眩しめり 河原一夫 『濱』 200209
紅蜀葵篠栗線の鉄路添ひ 古賀寿代 『濱』 200210
葉隠れにこちら窺ふ紅蜀葵 金澤明子 『火星』 200210
照りつける日ざしまともに紅蜀葵 小滝奈津江 『酸漿』 200211
背のびして莟数ふる紅蜀葵 中尾廣美 『ぐろっけ』 200311
癒えゆくや眸(め)にあけぼのの紅蜀葵 淵脇護 『河鹿』 200410
薙刀の部員は一人紅蜀葵 中村昭義 『百鳥』 200410
庭石のでんと据ゑられ紅蜀葵 細野恵久 『ぐろっけ』 200507
くすりくさき家に日毎の紅蜀葵 瀧春一 『菜園』 200509
逝きし人偲ぶ一花や紅蜀葵 松山正江 『河鹿』 200510
紅蜀葵毎日咲くを毎日撮る 松崎鉄之介 『濱』 200511
末生りも大きさ変へぬ紅蜀葵 松崎鉄之介 『濱』 200511
完璧にさらに完璧紅蜀葵 松崎鉄之介 『濱』 200512
紅蜀葵日のさす中に咲きてをり 山嵜ヤス子 『酸漿』 200512
水の辺にいまごろ咲いて紅蜀葵 山尾玉藻 『火星』 200607
紅蜀葵きりきり飛ばしてをりしかな 豊田都 『峰』 200609
来る人を見張るが如し紅蜀葵 松崎鉄之介 『濱』 200710
過ぎゆくは大いなる蝶紅蜀葵 上原重一 『峰』 200710
紅蜀葵の終の一花の天仰ぐ 松崎鉄之介 『濱』 200710
紅蜀葵こころの花と仰ぎけり 入澤正 『菜園』 200710
一朝に限りを尽す紅蜀葵 堤陽子 『遠嶺』 200711
日々撮れり一つづつ咲く紅蜀葵 松崎鉄之介 『濱』 200810
青空をカンパスにして紅蜀葵 鈴木セツ 『峰』 200810
語尾ながきをんなの挨拶紅蜀葵 高橋秋子 『火星』 200811
日盛はまたきはやかや紅蜀葵 阿部ひろし 『酸漿』 201010
門川の水の豊かや紅蜀葵 岡野里子 『末黒野』 201012
太陽におうと呼応の紅蜀葵 布川直幸 『峰』 201107
紅蜀葵播種三年を焦れて待ち 布川直幸 『峰』 201107
紅蜀葵一日花にてかく装ふ 中尾廣美 『ぐろっけ』 201112
紅蜀葵邪気払ふ色に咲きにけり 近藤紀子 『槐』 201210
母を背に二階へ上がる紅蜀葵 亀田やす子 『ははのこゑ』 201306
掻きこんで子が箸置けり紅蜀葵 河崎尚子 『火星』 201310
いろまちのいろのひとつに紅蜀葵 山本耀子 『絵襖』 201404
紅蜀葵空気自在にしてゐたり 大畑善昭 『沖』 201408
粛々と神過ぐ風か紅蜀葵 上原重一 『峰』 201410
トタン葺き納屋に雨降る紅蜀葵 大島英昭 『やぶれ傘』 201609
紅蜀葵わが胸に湧く母郷の風 割田容工 『春燈』 201710
荒れ庭に紛るる一花紅蜀葵 岡井マスミ 『末黒野』 201711
紅蜀葵鳥居くぐれば道真すぐ 篠崎志津子 『六花』 201810
壮年の雄雄しさありぬ紅蜀葵 沼田巴字 『京鹿子』 202108
生き生きて力強さよ紅蜀葵 沼田巴字 『京鹿子』 202209
紅蜀葵わが晩年の自画像に 沼田巴字 『京鹿子』 202209
けふの日を閉ぢ込め暮るる紅蜀葵 枇杷木愛 『沖』 202209
泣く赤子庭を占めたる紅蜀葵 五味紘子 『末黒野』 202212