2025年11月14日金曜日

ヤマグルマ-4(仮),農商務省山林局『日本樹木名方言集』,白井光太郎『樹木和名考』,田本秋實『最近の臺灣に於ける鳥黐採取試驗二、三の管見』

Trochodendron aralioides

 ★農商務省山林局編『日本樹木名方言集』大日本山林会(1916)には,日本各地の樹木の地方名が収載されており,ヤマグルマに関しても多くの名前が挙げられている.黐が作られることからそれに関連する名前が多いが,ロウソクノキという,油を搾って燈にしたという,白井光太郎『樹木和名考』の記述に会う名前も屋久島と越後東南蒲原郡にあって,興味深い.また,器具材として鏇作に用いられている事も記されている.
番號】三五七 【通称ヤマグルマ 【漢名】大黐樹,山車,山黐. 【學名Trochodendron aralioides S. et Z.  科名】イハグルマ. 【樹性】常喬.【用途】器具材,鏇作用 樹皮より黐ヲ製ス,庭園樹及び盆栽とす 
方言】イハグルマ,イハヤン(大隅鹿屋),イハモチ(四國、肥後八山黐代芦北上下益城及玖磨郡、豐後直入及大野郡、大隅加治木屋久島及ノ浦、薩摩川、日向飫肥),イハモチノキ(豐後直入及大野郡),ロウソクノキ(屋久島),ホソバヤマグルマ(肥前藤津及杵島),ホンモチ(四國、豐後直入及大野郡),トリモチ(筑前嘉穗及鞍手郡),トリモチノキ(石見西郡),オホトリモチ,オホムネモチ,オホモチノキ,ラウソクノキ,ヤグルマ,ヤマオカラ(越後東南蒲原郡),ヤマクルマ,コハビラ(伊豆七島),アカモチ(大隅鹿屋),モチノキ(松本市,越後長岡市,及北蒲原郡,四國,大隅大根古,薩摩出水)

 ★白井光太郎樹木和名考』内田老鶴圃(1933)には,図,先行文献や地方名の紹介と共に,
ヤマグルマ 物品識名拾遺
【別名】イハモチ 日光採?品錄 一名モチノキ 識名拾遺、 一名オホモチ、 一名
 オホトリモチノキ 以上二名熊野物初志 一名イハグルマ 同上、一名ヤマバイ
 八丈、 一名ヤマザコ 三倉島、 一名ヲヤマダコ 同上、 一名カシモチ 神津島 
 以上四名 豆州諸島産物圖

熊野物初志に云、オホモチノキ、樹二三丈皮灰褐色剝で黐を製
 す、水田の泥中に埋み置き、搗きて皮を去り黐とす、葉冬靑*に似
 て太にして濶く綠色光澤あり、鋸齒あり、枝梢に集り互生す、夏
 葉の本に、穗をなし五瓣白花を開後、實を結て綠色苦楝子に似て
 小なり、雄木は不實、黐を取に雄木皮を用ゆ、
 白井曰、畔田氏の圖を見るに雄木と稱するものは正にイハグルマ
 なれども雌木と稱するものはコバンモチなり宜なり其黐なしと云
 ふこと事實なり、
 伊豆海島草木魚島圖に云、ヤマバイ、大木あり花は夏開き實は
 秋なる.島人此
 木の用を不知、
 肌は槻の如き紋
 あり、皮をつき
 水に晒せば黏の
 如し、此油を加
 へて紙燭とす、
 火光最よし、
 皮を絞り其汁を
 煎し詰れば漆
 如くなり、物を
 塗るに甚艶あり
 白井曰、日本物志に、此木に就き詳解あり、此木多く斷崖
 に生ず、山中賤民岩黐を採集するを職業とするものあり、其危險
 を侵すこと岩茸取りに同じと云、秩父山民の談に約尺圍り立木
 十五本を剝き、黐一樽分を得べし、而して一樽は黐六貫目を納む
 又明治廿八年熊野山中にて聞く所によれば正味十貫目の代價八圓なりと」
とあり,島では黐とする事を知らないが,油を搾って燈にすると興味深い知見を記す.

田本秋實最近の臺灣に於ける鳥黐採取試驗二、三の管見』臺灣総督府林業試験所(1942)は,総督府林業試験所の田本が,臺灣に生育する黐を生産できる各種の樹木の生育状況や収率を検討し,ヤマグルマが最も生産量が見込める優秀な原材と考察し,採取から製造までのプロセスを提案した興味深い冊子である.その中で,彼は,臺灣産のヤマグルマから得られた黐は生皮重量に對する製品收得率は、内地に比し遙かに多く,皮をはいだ後の幹はベニヤ、パルプ資材として使えるので経済性にすぐれている.用途として,小鳥や小動物の捕獲用だけではなく,「繃帶液、絆創膏、傷膏、腫物吸出、解熱劑、脚氣劑、整胃劑、毒消劑等の藥用」など,戦争を意識した使用法への展開を意識しているようだ.

「最近の臺灣に於ける鳥黐採取試驗 二、三の管見
                       
林業試驗所 田本秋實
     
 

鳥黐事業は、地に於ては沖繩、鹿兒島、宮崎、和歌山、
奈良、
三重、大分、德島、高知縣の溫暖地方にし、古來よ
り事業は續けられ、屋久島では、官行製黐を行ひ從來は、一
進一退であつたが近次增
徑路を辿ると聞く。
 本島には、大正年代阿里山に於て、若干事業化せんとした
沿革を有ち、是が事業域に達し得られなかつたと傳へられる
が記錄なき爲め其の程度の確證は得られない。
 本島林
資源は、時局の要求に應へて近次飛躍的發展を遂
げ、資源開發に向つて隈なく前進してゐる、斯かる時局には
未だ埋れてゐる資源を全面的角度から探究し、以つて資源の
開發と確保に向つて努力を傾注する必要性を、吾人は痛感す
ると共に、
其の責務の重大さを常に銘記するものである.
 玆に筆者は、事變以來本島に廣範圍の分布面積と蓄積を有
せる、ヤマグルマ樹より鳥黐採取の有望性に着眼したるも
途中支障を生じ、其の採取方法、設備、經濟的價値等に亙つ
て永年研究を進め、漸く昭和十六年から本格試驗を開始する
を得た。
 素より本試驗は未だ途上にして判然せず、從つて不備連續
となるが、命によつて中間報告として、試驗經過を明する
と共に將來の見透しに關し、多少の愚見を述べることにす
る。
 著者元より其の任に非らざるに係らず本試驗實行の任に當
らしめ、種々懇切なる助言と援助を與へら
れたる林業試驗所

長關文博士、竝に、種々懇切なる助言を得たる林業試驗所技
師松浦作治郞氏、當所囑託永山規矩雄氏に銘記して深甚なる
感謝を捧げ、援助を得たる當所雇謝阿才氏に謝意を表する。
    本島産黐の木の選擇と主要樹種分布の概要
 内地は、九州地方の主
地で特に下屋久營林所の黐の木は
ヤマグルマ、コバンモチ、ネズミモチ、クロガネモチ、モチ
ノキ、イヌツゲ等である。就中ヤマグルマは、最多にして品
質も最優良品と稱せられ、殆んどヤマグルマ一樹に依存した
製黐事業を續け、此の製品は、ヤマグルマ黐と稱へられる。
 近畿地方は奈良、三重、和歌山諸縣下に於ては
、モチノキ
から製黐し、製品は、本黐と呼ばれてゐる。
 此の地方には、ヤマグルマ黐をもする。
 四國地方は高知、德島縣方面には、イヌツゲ、タラエフを
主とせる、靑黐製品が
出せられる。
 本島に黐の木として採擇出來ると思ふ樹種を、拾へば次の
二十數種が擧げられる。

臺灣黐の木選擇推木表

ヤマグルマ,コパンモチ,ハリミコバンモチ,ネズミモチ,クロガネモチ,モチノキ,タイワンモチノキ,ナガバニンドウモチノキ,ニンドウモチノキ,マツダモチノキ,カネヒライヌツゲ,ヒヽランイヌツゲ,ナガバイヌツゲ,ケイヌツゲ,サカキバイヌツゲ,ニヒタカツゲ,ムシチマイヤヌガツゲラ,ウスパアリサンソヨゴ,タイワンウメモドキ,ヒヽラギソヨゴ,リウキウソヨゴ,ウチダシソヨゴ,クサノソヨゴ,タイワンタマミヅキ,ロクジヨウソヨゴ,不明,マパリミズ
(上記文献画像参照)

前表中には、試驗未着手の種類が多いので、明言は許され
ぬが、事實黐成分を多量に含有する種類は、極僅かに極少せ
られ、且つ採取の出來そうな種類は、分布面積が極狹く、疎
立である。從つて、本島斯業の有望なる發展性は、ヤマグル
マ一樹に限られるものと想像される。
 故に、本稿には、本島のヤマグルマ樹を主題に、其の分布
概況を述べて見る。
 本島に自生するヤマグルマ(トリモチノキ)Trochodendron
aralioides S. et Z
は、常綠大喬木で日本地小笠原、琉球
に分布する種と同種とされ、全島熱帶林上部界より暖帶林、
溫帶林下部に跨り、溫帶林上部の半に達する。
 卽ち、一、二〇〇米
- 二、七五〇米餘の廣範圍に亙る分布勢
を示してゐる。是が地理的局限は、北部、中部、南部地域別
に其の分布範圍を異にする。筆者嘗て數次の踏査實績に基け
ば北部地域太平山、挿天山を中心とせる一帶は、一、二〇〇米
 -
二、五八〇米の範圍に在るを認め、中部地域八仙山、木瓜山
林田山を中心とせる一帶は、一、五二〇米 - 二、七五〇米に在
り、南部地域新高山阿里山を中心とせる一帶は、一、六七○米
 -
三、〇三〇米の範圍に亙つてゐる。又本樹の蓄積狀況を、
八仙山事業地に敢行したる所、左表の通りである。

やまぐるま一陌當り本數竝に樹勢分配表(八仙山事業地)((昭和一七、八、二〇、二一、二二調査)

(上記文献画像参照)

 右表に依り、中部地域の代表的ヤマグルマ樹の本數、樹勢
概要の大方は察知し得られるが、個體としては、徑四米餘に
達し得る喬木である。
 要約して本樹は、本島濶葉樹帶の最上部に生育し、展、タ
イワンヒノキ及びべニヒと相接するか混淆してゐる。時とし
て純林を形成し、特殊地域に於ては、硫黃泉植物として
現出する。
 又本樹の分布面に表はれた特性は、各地域共通して濃霧、
多降雨地域を好み、局所には北面、西北面、東北面に集團の
傾向が顯著の樣見受けられる。
 更らに、日蔭地の崩壞地、根返跡地、人工露出地の隨所に、
多數の稚樹發生地を認め、恒續力の最も旺盛な種類である。

鳥黐主成分竝に用途
 鳥黐は前節に述べた樣に地製品は、其の採取原木種別に
ヤマグルマ黐、本黐、靑黐に分類せられ、本黐を最優良品と
し、ヤマグルマ黐是に次ぎ、靑黐は劣等品と稱せられる。其
の主成分は、左記の如くである。
  
ヤマグルマ黐 外面淡灰褐色にして、永く空氣中に曝露す
れば表面暗赤褐色に變ず。
 粘着性及び彈力性に富み、指間に粘着する傾向少し。是を
硝子板上に塗附し薄屑となし、顯微鏡下に檢するに、實質は
本黐と大差無く、只、石核細胞は分岐し、又蓚酸カルシウムの
含有せざるを相違點とする。
 各種溶劑に對する可溶分は、水分四一·
%、ベンゾール
可溶分五五·二%、酒精可溶分八·一%、ベンゾール不可溶分
三·五%である。
 本黐 柔軟なる粘塊にして、白色を呈し、微かに灰色を帶
び、永く空氣中に曝露する時は、表面暗赤色に變ずる。
 水分三八%、カウチユク質六%及び主成分たる粘質物より
成る、此の粘質物はイリシルアルコール C22H35O 及びモチル
アルコール CxxHxxO のパルミチン酸エステルより成る。
 靑黐 不明なるも其の成分は、右二種に大差なきが如し。
總括して鳥黐は、樹種を異にして多少石核細胞の形狀と結晶
の有無及び含有成分量を異にするものなれども、大體モチル
アルコール竝にイリシルアルコールとパルテイン酸の化合に
依つて生じた二種の蠟成分を含有し、此の他、少量の彈性「ゴ
ム」及び樹脂を含んでゐる。

鳥黐の粘着力は、前記二種の蠟成分の特性である。
 又夫々加工工程に依つて赤褐色を呈する普通種赤黐と是を
曹達で煮て漂白した白黐の、二種に區分されるとも稱せられ
る。
 臺灣島黐の成分は、當所林化學試驗室で試驗研究の途
上であるから不日是が分析試驗結果が發表されるであらう。
 
用途 繃帶液、絆創膏、傷膏、腫物吸出、解熱劑、脚氣劑、
整胃劑、毒消劑等の藥用
(主に白黐を使ふ)其の他菓子原料
と蠅取紙及びベイントに混じて、乾燥による龜裂防止に使用
されるので、此の方面には多量の消費があると推定される。
 又從來小獸類、鴨獵、小鳥、昆虫類捕獲に鳥黐製品の其の
儘を使用することは餘りに有名な話題である。
 其の他藥用は、エキホス原料には、最も特效あるものと考
へられるし、科學の進歩と物資不足の今日、此の種蠟成分を
有效に按排利用した新用途の速かに發見されるのを期待する
所である。

試験方法竝に成績
 試驗方法竝に成績最初豫め地域別に、其の成績の相異する現象を認め、臺北
州文山郡ハロー山綾線北面海拔高一、二七〇米、臺中州東勢
郡八仙山國有林北面海拔高二、三〇〇米、花蓮港廳木瓜山東
北面海拔高一、八七〇米近在の三區に供試林を設定し、試
驗資料を、當所に月々送付して水漬、加工試驗を實行せし所、
遠方の地は、送付期間中に亞皮部の醱酵或は、·徴を生じ所期
の目的を達し得られず、遂に、臺北州文山郡を除いては、夫
夫現地に於て剝皮、水漬、加工試驗の一貫作業を成す可く其
の設備を變更し、試驗を繼續してゐる其の地域別に求めんと
する試驗事項は、左記の通りである。
 一,剝皮時期と島黐含有量との關係
 二、個體別樹皮部分と含有量との關係
 三、個體別樹皮層の厚さと含有量との關係
 四、氣象、環境諸因子と含有量との關係
 五、水漬期間及び水溫、水濕と含有量、質との關係
 六、製造加工に關する研究
 七、剝皮方法及び器具の研究
 八、樹種別鳥黐成分の定性に關する研究
 九、經濟的價値と經營運用法の研究
 更らに試驗進行の經過に基き、其の試驗工程の順序を追ひ、
多少の意見を加へ乍ら詳述すると左記の通りである。

一、剝皮 本島には、未だ材の利用が確立してゐない從つて
立木の剝皮試驗を行つてゐる。
先づ立木の枯死せぬ範圍に、樹周の三分ノ二を剝皮し、三
分ノ一を殘し、其の深さは亞皮部に達せしめてゐる。樹皮
癒着の狀態は、特に注意してゐるが、一箇年經過のもので
に周圍の卷込みと相俟つて剝皮面の中央部に、樹皮層の
新形成突起を無數に認め得るのがある。
個體別の樹皮部分は、梢に向ふ程薄くなる、步止りも著し
く減じる樣であるが、確定してゐない。
老大木、生長劣等なるもの及び根元は、何れも厚く、若木
及び生長良きものの樹皮は、稍、薄いが、各樹體別樹皮の
厚さと歩止り關係は、未だ確然としてゐない。
剝皮最適期は、樹液流動旺盛時が、剝げ易く最もよい。本
島では、四月上旬より十月下旬迄は、比較的簡單に剝げ、
夫れ以外の月は、困難が伴ふ。
剝皮器具は、未だ暫定措置として本島人使用の薄型突鑿
を試用するが、一長一短があり改善を要する。立木の樹周三
分ノ一を剝皮し、苔及び表皮粗皮部を除去して、立木材積
立方米から約一〇瓩の生皮が得られる。
剝皮は、出來る丈大きく、長さ四〇糎、幅一〇糎程度に剝
ぐのが運搬、水漬操作、步止りに理想的である。
 二、漬込 樹皮の乾燥、醱酵竝に黴を生ずると黐成分は、放
散し著しく步止りを減じ、延いて黐成分は全く消失する
ので、極力剝皮當日に漬込み、適當期間腐敗せしめることが
最も肝要である。
 三、黐池及び水漬竝に漬込期間 本島山元の、立木地附近に
池を作ることは、地形急峻、地質及び土質の關係或は、水
運の不利が伴ふ箇所多く、難事である。
本試驗は、主として當所植物園内池を利用し、現地は、地
域に應じて交通の便利な平地に簡易池を造り水漬試驗を行
つてゐる。
其の方法は先づ亞皮部と亞皮部を合せて五〇-六〇瓩に改
束して黐池の底に縱列し、一樣な腐敗促進に努めてゐる。
此の際池底に直接着かぬ如く、底部に横木を並べ且つ、水
面に皮の上面が表れない樣注意する。
池水には、冷水の清水が良く池の上方に沈澱池を設け、此
處から淨水を池底に尊き、其の水溫が、常に一定溫度を下
らぬ樣注意し、池水の流れは、極力靜かにして鳥黐の流


失防止に心掛ける可きである。
水溫を保つ爲め、腐敗した水に長時間漬ける場合は、製品に
惡臭を發し、品質を徒らに底下するので嚴格に云へば水守
人を附け、常に水溫の調節に當る必要がある。
腐敗度合は、漬込皮の一部を取り出し、亞皮部の折れ具合
によつて其の程度を定めてゐるが、此の度合の鑑定にも最
も熟練した感應を要する。卽ち步止り多く、良製品を得ん
爲めには、適切な管理と、周到なる用意を要し、水溫と漬
込期間の關係は、細心の注意を拂はねびならぬ。
當所植物園池では冬季C一五 - 二〇度、夏季C二五 - 三〇
度の水溫を保ち、夏季で二〇日 - 四〇日間の漬込期間で充
分腐敗するが少くとも、四〇日間の漬込を要する。
現地の平地池では、冬季はC一〇度、夏季はC一五度の水
溫に低下するので、夏季でも三〇日-五〇日間の水漬期間
を、要するものと推測する。
叙上の如く、本島水溫と漬込期間の關係は、未だ試驗の途
上であるが何れにしても、地の三 - 四箇月の水漬期間に
比較して、半數で足りると考へられる。又水質と品質の關
係試驗に進む豫定である。

四、製造 池から取り出す前、約一時間池水を切り置き、
腐敗した樹皮を取り出すのを理想とするが、本試驗では、
便宜陸揚げした皮を一時間程水切りして、石白で搗き漬し、
是を、六-七寸徑に丸めて水を滿した箱の上部に、僅かに
水に浸る樣裝置した竹女護の上で、幾囘となく揉み、粘度
を增さしめ、木片其の他の夾雜物を極力水で洗ひ流し、更
らに同法を數回操り返し、水洗試驗をなす。
是丈では、粗黐魂の部に夾雜物が集り色澤も未だ、黑灰
色を帶びてゐるので、
C四〇度の溫湯に約四十分間、C
○度の溫湯に約三十分間、C六〇度の溫湯に約二十分間入
れて、よく棒で攪拌して微細な夾雜物を除去し、良質の灰
白色黐を得てゐる。C六〇度以上の高溫湯に入れ攪拌試驗
の結果は、色澤を變じ、品質を落し、流失損失を多く出し
其の效果は、大であるのに反し、却つて惡結果であつた。
溫湯攪拌後再度水中にてよく洗ひ仕上をし、其の製藥を桶
に入れて板にて極力一方に押して水を切り、純良黐を得る
のに成功した。
此の製造操作は、皮揚げ、搗き漬し、水洗、湯洗、仕上げ、
水切りと幾多面倒な徑路を辿るが、順序よく正確に行ふこ
とが肝要で手を省くと、品質に惡影響すること顯著であ
る。要は、技術の熟練で最も大切な操作は、最初水洗前の
揉み方で叮嚀に何囘も反覆して、充分粘度の增し盡す迄揉
まねばならぬ。其の程度の感得は最も大切なことで、未だ
不充分のうちに水洗に移り或は其の揉み方に失敗すると、
鳥黐は、夾雜物と共に指間、竹女護より綺麗に流れ去つ
て、遂に一物をも掌中に殘さぬ結果となり、細心の注意を
要するものなることを特記する。
五、試驗成績 既往試驗成績優良なものを選み其の一端を茲
に示す。

(上記文献画像参照)

結論
 鳥黐事業が往に發達しなかつた主因は、其の利用途が廣
く拓けず、經濟的に不成立であつた樣に考へられる。
 挽近の科學は、一大躍進を遂げ、嘗つて省みられなかつた
物資にさへ、其の利用面は擴張し、今は、國を擧げて、國

資源の開發增進時代に移つてゐる。
 從つて、
内地の斯業も急速に增産に向つて發展してゐる樣
であるが、飛躍的需要の擴大した今日は、屢、資材の不足を、
耳にする所である。
 本島に於ける、島黐事業の前途を要約考
察するのに、
 一、黐の木原木は、奧地は、山間僻地に僻在する。
 ニ、未だ立木の利用が確定してゐない、從つて立木の剝皮
 を要する。
 三、地形、地質其の他の關係上黐池を、現場に設置するの
 は困難で、平地設備の遠方の黐池に短期間剝皮の山元運
 搬を行はねばならぬ。
 等の、不利を伴ふが黐の木は、本島獨特に設備の完備した
阿里山、八仙山、太平山、木瓜山、林田山其の他の針葉樹斫
伐事業地に集團するので、斫伐輸送の利便と提携すれば、
ち不可能ではない。
 先づ、全面的資材調査の後事業地を決定し剝皮、水漬、精
製加工製造の一
貫した試驗研究を進め方法、設備の確立を
計ると共に、技術の練磨向上に努め物的、質的に最も、有效

適切なる集約作業を企て得れば、將來、有望な事業を起し得
るものと思はれるのである。
 只だ、本島産黐の品質には未だ疑問が殘るけれども、比較
的四季高溫に惠まれ剝皮有效期間は、長期の特點を有し、

往の試驗結果を總合すると、生皮重量に對する、製品收得率
は、内地に比し遙かに多いのである。
 且つ、本島
産濶葉樹利用の提唱に相呼應して、當所利用科
に試驗中の、ヤマグルマ樹はベニヤ、パルプ資材に最も、有
望性が傳へられる。
 更らに、材の伐出利用の實現を見る秋は、本業は副
産物と
して
一層躍進出來得るものである。
 終りに、島内に數年前組織された、特用林産開發會社大和
會社に於ては、當所試驗成績に基き、臺北州文山郡ハロ
ー山事業地から、曩に第一囘製黐事業試驗を敢行し三、〇〇
瓩の生皮から四五〇瓩餘、約一五
%のヤマグルマの製黐加
工に成功したのである。
 本島に於ける斯業の發足と前途を祝して、玆に、稿を寄せ
ると共に本試驗研究に當り、十數次に亙る研究資料の提供と
全面的援助を惜まれざる社員小池司郞氏及び職員各位に謹し
んで謝意を表する。(第一四七囘林業懇和會講演要旨)
(以下略)」