2013年7月17日水曜日

トキワハゼ アキハゼ,物品識名拾遺,ツンベルク,牧野富太郎,二つの学名の不思議

Mazus japonicus, Mazus pumilus

古くはハゼナ(サギゴケ)の一種として認識されていて,花期が長く秋まで花が見られることから,アキハゼともトキワハゼとも呼ばれていた.

磯野の初見は1825年刊の『物品識名拾遺 乾』にある「トキワハゼ 通泉草(サギゴケ)一種」である(左図).
しかし,この名は一般的ではなかったようで「サギゴケ(3)」に記したように,牧野富太郎は,岩崎灌園(1786-1842)の著作『本草図譜』(巻5-10は文政13 (1830)刊)の「通泉草」の項に「一種 あきはぜ 形状なつはぜ(アゼナ)に似て小なり」,あるいは,小野蘭山『本草綱目啓蒙(1803-1806)』(巻之十六 草之九 石草類)の「通泉草」の項に「其秋ニ至テ花ヲ開ク者ヲ秋ハゼト云」とあるアキハゼが「(和名)ときははぜ(物品識名拾遺),Mazus rugosus Lour. (=Lindernia japonica Thunb.)」であると『植物学雑誌』(第百廿九号 (1897年))に記している.

この Lindernia japonica Thunb. とは,江戸時代出島に滞在していた医師ツンベルク(Thunberg, Carl Peter, 1743 - 1828) が『日本植物誌 Flora Japonica』(1784)のp253-4   に,Lindernia(ゴマノハグサ科アゼナ属)japonica と記した植物である.その記述は,右図の如くで,日本での名称はオカサギソウ,オカロ(ン)ギソウ,ハセであると記した.

L. foliis obovatis dentatis, infimis petiolatis (obovate toothed leaves, the lowest petiolate)
Japonice: Oka sangi So, et Oka Longi So, it. Hase
Crescit in Nipon hinc inde in rimis murorum (Growing in the cracks of the walls on either side Nipon)
Floret Martio, Aprili, Maio (Flowering in March, April and May)
Radix fibrillose, annua. (Root fiber, annual.)
Caulis herbaceus, ramosus, debilis: ramis alternis, patulis, erectiusculis, parum villosis, pollicaribus usque spithamaeis. (Stem Herbaceus, branched, weak; alternate branches, spreading, erectiusculis little villous pollicarbus up spithamaeis)
Folia radicalia plurima, petiolata; caulina pauca, sessilia; omnia obovata, obtusa, dentate, vix manufesta villosa, unguicularia. (Leaves radical many petiolate, stem few, sessile, all obovate, bluntly, toothed, scarcely show shaggy, unguicularia)
Petioli longitudine foliorum, sensim in folium abeuntes. (Petioles length of the leaves, gradually going into leaf)
Flores: in ramis terminals, racemosi, aphylly (Flowers: in the branches of the terminal, racemes clustering flowered, leafless)
Bractea sub pedunculis minutissima. (Bract under peduncles minute)
Corolla ringens labio inferiori maiori, rufescens. (Corolla: gaping lower lip more, reddish)
Capsula ovata, obtuse, didyma, bivalvis, I-locularis glabra. (Capsule ovate, bluntly , in pairs, 2 valves, glabrous 1-locularis)
(括弧内は Google 翻訳 http://translate.google.co.jp/#la/en/ でラテン語を英語に自動翻訳した文)

この『日本植物誌』に所収された植物を学名のアルファベット順に配列し,その和名・漢名を記した伊藤圭介訳述『泰西本草名疏 巻下』(1829)では,この Lindernia japonica は「○云詳カナラズ 「ヲカサギサウ」」とされ,この時点では和名は未詳であった.

一方,Kuntze (Carl Ernst Otto (1843-1907)) は 1891 年に,ツンベルクの Lindernia japonica の属はアゼナ属ではなく,サギゴケ属(Mazus属)であるとして,” Revisio Generum Plantarum” で学名を Mazus japonicus と改め,牧野はこれの和名は Tokiwa-haze(トキワハゼ)であるとした(Makino “Observation on the Flora of Japan”, B. M. T. 16: 170 (1902)).

現在,トキワハゼの学名としてMazus japonicus (Thunb.) Kuntze を採用している主な図鑑は以下の如くである.
沼田真・吉沢長人編『新版 日本原色雑草図鑑』 初版:1975年 全国農村教育協会
長田武正『原色野草観察検索図鑑』 初版:1981年 保育社
岡村はた他著『図解植物観察事典』 初版:1982年 地人書館
長田武正『検索入門 野草図鑑 (5) すみれの巻』 初版:1984年 保育社
牧野富太郎著 小野幹雄・大場秀章・西田誠改定・増補・編集『改定増補 牧野 新日本植物図鑑』初版:1989年 北隆館
林 弥栄ら編『日本の野草 (山渓カラー名鑑)』 初版:1999年 山と溪谷社
牧野富太郎著 邑田仁編集『CD-ROM 原色牧野植物大圖鑑』 北隆館/ニュー・サイエンス社

一方, Y-list で標準とされている学名は Mazus pumilus (Burm.f.) Steenis であり,Wikipedia でもこれを採用している.
インドに産するこの植物の原記載文献は Burman (Nicolaas Laurens (1734-1793)) の,1768 年刊行の “Nicolai Laurentii Burmanni Flora Indica : cui accedit series zoophytorum Indicorum, nec non prodromus florae Capensis.” で,そこではキキョウ科ミゾカクシ属の植物と分類され,“Lobelia pumila” と命名されたが,1958年に Steenis (Cornelis Gijsbert Gerrit Jan van (1901-1986)) によってニューギニア産のトキワハゼがこれに当たるとされた上,ゴマノハグサ科 Mazus 属に変更された.Burmanによる命名が 1768 年なので,これが先行し Mazus pumilus がトキワハゼの標準学名になったと考えられる.

ところが,Burman の ”Flora Indica” の該当部分(右図)を見ると,記述はともかく,図はまったくトキワハゼとは思えない.すなわち,花冠の上弁が細く三裂し,下弁は殆んど見えず,ミゾカクシ属の花の特長を示している.
従って,Steenis の “Lobelia pumila” のトキワハゼへの比定は,この図が正しいとすれば誤りとしか言いようがない.なお,種小名の Pumilus とは,「矮性の」と言う意味.

現在,トキワハゼの学名として Mazus pumilus を採用している主な図鑑や情報源は以下の如くである.
北村四郎,村田源『原色日本植物図鑑 草本編2』 初版:1961年 保育社
佐竹義輔ら編『日本の野生植物―草本』 初版:1985年 平凡社
大井次三郎著『エンロン自然シリーズ 植物Ⅰ』 初版:1995年 保育社
米倉浩司・梶田忠『BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)』 2005年より
http://ja.wikipedia.org/wiki/トキワハゼ

また,Google Chrome で検索のヒット数を見ると,Mazus japonicus は,約 40,500 件,地域:日本 約 2,070 件,Mazus pumilus は,約 32,200 件,地域:日本 約 1,440 件,と全世界・日本とも Mazus japonicus の方が優勢である.

個人的には,Mazus japonicus の方を標準的な学名として採用した方がすっきりすると思うが.

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