2013年11月13日水曜日

ドクウツギ (5/5) 毒性,マオリは Tutu の果汁を薬用・調味料・酒に,種子撒布はテン・キツネ・サル・鳥?,子孫繁栄の戦略,共生菌で窒素固定

Coriaria japonica
2005年5月 ひたち海浜公園
ドクウツギの類は種々の点で興味深い植物である.

3.有毒物質

ドクウツギはイチロベゴロシ等の別名があり,中毒死が報告されているように,猛毒の植物として名高い.その主たる有毒成分は,コリアミルチン(Coriamyrtin)で,始めはセイヨウドクウツギ (C. mirtefolium) から単離・構造決定されたが,ドクウツギ(C. japonica)にも含まれていることが確認された.ツチン(Tutin)はニュージーランド産の C. arborea など(マオリ名は Tutu )から単離・構造決定された,両者ともラクトンを有するセスキテルペン(炭素が15個からなるテルペン類)化合物である.
この毒性を,日本三大有毒植物の他の二つ,トリカブトのアコニチン(Aconitine),ドクゼリのシクトキシン,シクチン(Cicutoxin, Cicutine)と,いくつかの動物種の文献上の値で比較してみた.

Coriamytin 1)

Aconitine 3)
動物種
毒性指標
投与経路
作用発現量(mg/kg)

動物種
毒性指標
投与経路
作用発現量(mg/kg)

ウサギ
LD50
i.v.
0.371

イヌ
LDLo
i.v.
0.35
ウサギ
LD50
s.c.
0.93

ウサギ
LDLo
s.c.
0.131
マウス
LD50
i.p.
3

ヒト
LDLo
p.o.
28
マウス
LDLo
i.v.
1

マウス
LD50
i.p.
0.27
マウス
LD50
s.c.
3.234

マウス
LD50
i.v.
0.1
モルモット
LDLo
s.c.
2.439

マウス
LD50
p.o.
1
ラット
LDLo
i.v.
0.7

マウス
LD50
s.c.
0.27
ラット
LDLo
s.c.
1

モルモット
LD50
i.v.
0.06





モルモット
LDLo
s.c.
0.05
Tutin 2)

ラット
LD50
i.v.
0.08
動物種
毒性指標
投与経路
作用発現量(mg/kg)

ラット
LDLo
i.p.
0.25





ウサギ
 MLD
s.c.
1.5





ウサギ
 MLD
s.c.
2.5

Cicutoxin 4)
ウサギ
 MLD
s.c.
1.7

動物種
毒性指標
投与経路
作用発現量(mg/kg)
ウサギ
 MLD
i.v
1.25

ウサギ
 MLD
p.o.
 ~ 6

マウス
LD50
i.p
48.3
マウス
 MLD
s.c.
4





マウス
 LD50
i.p.
3

Cicutine 5)
モルモット
 LD75
p.o.
1.2

動物種
毒性指標
投与経路
作用発現量(mg/kg)
モルモット
 MLD
p.o.
 >1.5

モルモット
 LD75
s.c.
0.75

ウサギ
LDLo
i.v.
15
モルモット
 MLD
s.c.
2

ウサギ
LDLo
s.c.
80
モルモット
 LD50
i.p.
0.7

マウス
LD50
i.v.
19
ラット
 LD50
p.o.
 ~20

マウス
LD50
p.o.
100
ラット
 LD50
s.c.
 ~4

マウス
LD50
s.c.
80
ラット
 LD50
i.p.
 ~5

モルモット
LDLo
s.c.
50

各データの引用原文献は以下のサイトで得られる.
1)http://www.lookchem.com/Coriamyrtin/
2)http://maxa.maf.govt.nz/sff/about-projects/search/L07-041/technical-report.pdf
3)http://www.lookchem.com/newsell/search.aspx?key=Aconitine
4)http://www.lookchem.com/newsell/search.aspx?key=Cicutoxin
5)http://www.lookchem.com/newsell/search.aspx?key=Cicutine

勿論,植物体での部位毎の含有量や,化合物の吸収効率などは異なるので,植物体を摂取したときの毒性の単純な比較は出来ないが,単品の化合物としてこれらの値から見ると,一番強いのがトリカブトのアコニチンであり,ドクウツギの毒成分の毒性は,ドクゼリのそれらとほぼ同程度で,青酸カリ・青酸ソーダの数分の一の毒性を示す「猛毒」であると言ってよいであろう( KCN: LD50=5mg/kg(ラット・経口)(Merck Chemicals),NaCN: LD50=5.733mg/kg(換算)(ラット・経口)(CICAD 61 (2004)).

「毒物及び劇物取締法」における毒物、劇物の指定審査過程では、経口投与の半数致死量を基準とし、LD50=50mg/kg以下程度を毒物,LD50=300mg/kg以下程度を劇物としているので,当然毒物の範疇に入る.

ドクウツギ類の場合,毒成分は全部位に含まれているが,特に種での濃度が高いとされている.日本でも,またニュージーランドの初期の入植者の間でも,子供たちの死亡例が多く伝えられているのは,黒く熟した甘い果実を食したためとされている.しかし,ニュージーランドの先住民,マオリは野生の実から種を注意深く除いた果汁を,薬用,調味料に用い,また発酵させて酒にしていた(http://journal.nzma.org.nz/journal/126-1370/5554/).
Maori were certainly aware that the berries contained highly toxic seeds and that careful separation was needed to avoid poisoning. The strained juice though was valued and used for medicinal purposes, to flavour bland foods, and to brew a sweet wine.
Alfred Saunders, the first settler to step ashore in Nelson from the Fifeshire in 1842, described his initial encounter with the local Maori:
“But we soon gave the Maoris another and more real cause for uneasiness by our eagerness to taste their nice-looking tutu berries. They knocked them out of our hands as we lifted them to our lips. They took a handful of the seeds, and turned up their eyes with an expression of horror. They squeezed out some juice through a suspicious looking cloth, and offered us a drink, which was really delicious, at the same time holding the seeds in one hand and fencing us off with the other, which we understood to mean that we must not eat or touch the seeds. We thought that their actions were most likely based on some superstitious reason. We little knew, as we left them, how much real anxiety we had given them, or that we owed our lives to their extreme vigilance. ”

4. 種子撒布法
前川文夫博士 (1908 – 1984)は,ドクウツギ類の世界での隔離分布を説明する際,「この類は有毒であるから鳥が運ぶことは考えられない」として,分布が大きく広がらず,古赤道説の根拠の一つとした(前川文夫『植物の来た道』八坂書房 (1998)).では,どうやってドクウツギの類は種子を撒布し,子孫を増やすのだろうか.黒く熟すると甘い汁を含む宿存した花弁で包まれた種(以下,果実)をつけるので,風撒布や水撒布ではないと考えられる.
そこで,「何の草花?掲示板」(http://www2.ezbbs.net/18/jswc_3242/)にいくつかの仮説と共に質問したところ,パールさん,kiki-さんが興味深い情報をおよせ下さった.

パールさんから情報は,石川県の白山の野生動物の糞の内容物を調べたら,テンとキツネの糞中からドクウツギの種が数多く検出されたという,白山自然保護センターの上馬康生氏の報告(「はくさん」第34巻第2号,p2 (2006))で,この中には「テンは特にドクウツギの実を好んでいるようで」との文もあり,数種の野生動物がドクウツギの実を食餌の一つとしている事が判明した.
kiki-さんが教えてくださった,ショルティアさんのブログには,奥多摩のサルの糞から大量のドクウツギの種が見つかったという驚くべき事実が,写真と共に記されていた(http://blogs.yahoo.co.jp/ishortia/24853967.html).

日本三大毒草の一つとも言われ,地方名の一つに「サルゴロシ」と名前があり,また人に対する毒性も非常に高いとされているドクウツギの実を食する哺乳類がいると言う,これらの情報は驚きであった.これらの動物は,上手に種を噛み砕かないようにして飲み込み,身のみを消化しているのかも知れない.

岡村はた・橋本光政・室井綽『図解植物観察事典』地人書館(1982)のドクウツギの項には,「葉をご飯に混ぜてネズミに食べさせると死ぬが,鳥は死なない.」との記述があり,鳥がドクウツギの毒に対する耐性が高いので,鳥が果実を食して撒布するとも考えられる.一方,Tutin の毒性に関しては,”It will be seen that the highest dose recovered from was 10 mlgm. per kilo, and the lowest dose that killed was 10.25 mlgm. per kilo. It may be taken as proved, then, that birds are not really immune, as has been supposed, but they are able to withstand a very high dose of the poison by oral administration.(Frank Fitchett, M.D. Edin. Transactions and Proceedings of the Royal Society of New Zealand, Volume 41, p 286-366 (1908))と 毒成分に対する耐性は,鳥でも哺乳類でもあまり差はないが,鳥は経口での毒成分摂取には耐えられるとされている,つまり消化管からの吸収率は低いのかもしれない.

実際に,ニュージーランドでは, Tutu の果実が熟する時期には,鳥が種を含んだ紫色の糞をするのが観察されていて,これが播種の方法の一つであろうとされている(C. J. Burrows,New Zealand Journal of Botany, Vol. 33, p265-275 (1995)).Tutu の果実を食するのは,在来種のみではなく,英国から移入されたクロツグミ (Blackbird)も同様であるとの事で,鳥は歯が発達していないので,種は噛み砕けず,その毒成分は吸収されないと考えられる.

日本産のドクウツギを鳥が食しているとの報告は調べだせなかったが,ドクウツギ類の子孫繁栄の戦略は
1. 植物体全般が有毒であるため草食動物に葉や茎を食べられない.
2. 未熟な果実は有毒なので,赤い警告信号を出して,鳥や動物に食べられない.
3. 熟すると黒くなって毒成分は果肉(肥大した花弁)から消えて,鳥や動物に食べてもらう時期を示す.
4. 種は有毒で,種まで噛み砕くような動物には食べられず,種を intact で排泄する鳥や動物に食して貰い,糞-初期の栄養分-と一緒に排泄されて,発芽する.
であろうか.

マオリの人たちは,経験から得られた知恵で,熟した Tutu の実を布で絞ることによって,注意深く種を除き,得られた果汁を食用にしていたわけだ.

*実験は自己責任で.

5.共生菌
カワラウツギの地方名があるように,ドクウツギは河原や海岸近くの砂礫地など貧栄養土壌にもよく生育する.これは根に共生し,根瘤を作る菌が大気中のチッソを固定するためである.マメ類でよく知られている共生菌は,グラム陰性細菌の根粒菌(Rhizobia)である.
一方ドクウツギでは放線菌であるフランキア菌(Frankia)が共生し放線菌根(actinorhiza)という根粒をつくる.フランキア菌はそこで窒素固定を行い,大気中のチッソをアンモニアに還元して宿主に供給する.世界では、8 科25 属の樹木が放線菌根を形成するが,日本では,ドクウツギ属(ドクウツギ)の他にハンノキ属,ヤマモモ属およびグミ属の植物が放線菌根性植物である.

海外においては,インド亜大陸に生育する C. nepalensis の根粒からのフランキア菌の分離が報告されているが,ドクウツギと共生する菌の分離は試みられてきたが,未だ菌の分離は出来ていないそうだ.「ドクウツギの根粒は、全体が薄黄土色をしており表面は、薄茶色の鱗片に覆われている(Photo 13c‒f)。径は1.5~ 2 mm 程度、ハンノキの根粒のように個々の裂片が密集した形状をしている。根粒内部では、維管束は、根粒の中心を伸びず、偏在しており、感染細胞は、維管束を均一に取り囲んで分布はしていない。」(山中高史・岡部宏秋,「森林総合研究所研究報告」Vol.7 No.1 (No.406) 67 - 80 March 2008,根瘤の図などが見られる).九町健一,「生物工学」第91巻(2013)第1号,24-27の「共生窒素固定放線菌フランキア」という文も興味深い.

ドクウツギ (4/5) 科名の由来,プリニウス,リンネ,隔離分布,前川文夫,古赤道説
ドクウツギ (3/5) カーチスのボタニカルマガジン,有用植物図説,W. J. Bean, E. T. Cook
ドクウツギ (2/5) 欧米では庭木として.ツンベルク,グレイ,サージェント,ビーン
ドクウツギ (1/5) 地方名,武江産物誌,本草綱目啓蒙,梅園画譜,農家心得草,救荒並有毒植物集説・中毒症状

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