2016年4月2日土曜日

サクラソウ (23) 錦鶏鳥,江戸後期のサクラソウ文献.儒学者 藤森弘庵『如不及斎文鈔』,青い花,八重の花

Primula sieboldie cv. “Kinkei-chou

江戸時代後期には,関東の地方でもサクラソウは愛玩され,種々の品種が見出された.その中にはい色のものや,八重のものもあったとの記録が残る.

品種名:錦鶏鳥,認定番号:56,品種名仮名:きんけいちょう,表の花色:白,裏の花色:紅,花弁の形:記載なし,花弁先端の形:深かがり,花容:抱え咲き,花柱形:僅長柱花,花の大きさ:大,作出時期:江戸後期,類似品種:錦葉集,その他:花弁の表に紅がにじむ
昨年の春に近くのホーム・センターで購入.良く増えて,今春に二鉢に分け植え.それぞれが早くも咲きだした.大ぶりの花と,表裏のはっきりとした配色でよく目立つ.香りもよい.

右図:花の大きいものより,錦鶏鳥,駒止,小桜源氏,松の雪,異端紅,南京小桜 いずれも2016年3月開花


江戸時代,利根川の河畔に群生地が見出されたサクラソウは,その流域に生育していて,好事家によって愛玩された.現在の埼玉県行田市にあった忍藩城下を訪れた,江戸後期の儒者,藤森弘庵17991862)は,著作『如不及斎文鈔』に,城下の医師,三浦泊翁を訪問して彼が培養している種々の「草櫻」数百種を見せてもらった記事を残している.変わった花としては,青いもの,ぼかしの入っているものなどがあり,粗密の八重のものの記述がある.以下にフル原文(適宜句読点を入れた.返り点は省略)と現代語訳の一部を載せる.最後に文明批評の一文を記しているのが,安政の大獄に連座した彼らしい.

藤森天山 (大雅)如不及斎文鈔』(明治三年,和泉屋金右衛門刊)NDL 
記三浦氏草櫻
路歴忍城.訪芳川襄齋.聞市醫有三浦泊翁者.善培
養草櫻多珎異.拉襄齋往觀焉.草櫻俗間所稱余未
詳漢名爲何.而其状肖我邦櫻花.而色紅者其常也.
今三浦氏之草櫻.其爲辧.有單有重有大有小有疎
有密.其爲状.有如海棠者.有如金沙羅者.如酴釄者.
如茉莉者.如麗春者.或棣棠者.或如梔子.其他殊類
詭形不可縷状.其爲色.有紅有白有紫有碧而紅有
肉紅有嬌紅.有淡紅有鮮紅.有殷紅有粉紅.深紫浅
紫不同其色.雪白月白各従其類.水碧石青或暈或
纈.或倒暈.或間雑.或色同而状異.或形肖而彩殊.其
爲品幾三百.栽以磁盆.盆各挿一小牌.以標其名.架
閣三面.擺列於其上.前低而後昂.花彩爛斑.如張錦
繍.奇異珎詭.過於所聞.余因問其術.翁曰.是無他術
也.能蓈其乾濕.時其寒温.擇其肥土之物.勿過勿不
及.如愛子如育嬰.而見其有稍異者.輙別而栽培之.
使以成其異.見其有小珎者.則分而植養之.使以成
其珎.如斯而已矣.大凡者之有珎異.不止草櫻也.唯
其珎異者.尤難於栽培.而養之者不知其珎異分別
而培養之.之以雖有珎異不能自成其珎異.與凡卉
同歸於腐朽.豈不悲哉.余聞而歎曰.翁蓋以諷世也.
乃記之.

金沙羅:ナニワイバラ(右図,2006年4月)
酴釄(とび,どび):トキンイバラ
麗春:ヒナゲシ
棣棠:ヤマブキ
倒暈:(花弁の)先端を濃くする花の暈描法
擺列:順に従って陳列する


梅園図譜 夏 四 NDL
忍城城下の芳川襄齋を訪れたところ,町には三浦泊翁という医師がいて,「草桜」を栽培していて,珍しいものが多いと聞いた.そこで,襄齋とともに見に行った.
「草桜」は俗にいう名で,漢名で何というのかはまだ分からない.その花の形は我が国の桜の花に似ていて,色は紅色が普通だ.しかし,三浦氏の「草桜」は,花弁は一重も八重も,大きいのも小さいのも,疎らのも密生しているのもある.形もカイドウのようなもの,ナニワイバラのようなもの,トキンバラのようなもの,マツリカのようなもの,ヒナゲシのようなもの,ヤマブキのようなもの,クチナシのようなものなど,言葉にはつくせない.
また,その色は,紅・白・紫・碧色があり,紅にも肉紅・嬌紅・淡紅・鮮紅・殷紅・粉紅がある.深紫・浅紫はおなじ色ではなく.雪白・月白もその類に従う.水碧・石青もあり,ぼかし・絞り・逆ぼかし(花弁周辺の色が薄い).或はそれらの間の雑種.或は色は同じだが形状が異なり,或は形は肖而が彩が特殊である.
浜千景 加茂花鳥園作出
その品種は300を超える.磁器の植木鉢に植え,夫々に小さな札を立てその名前を記している.陳列棚は三面でその上に前には背の低いものを,後ろには背の高いものを,列をなして置いてある.花の彩は色とりどりで,錦繍を張ったようである.非常に珍しい異形のものもある.?.
その方法の因を尋ねたところ,三浦泊翁が言うには,これと云って特殊な方法はない.湿めりけを制御し,温度に合わせて肥料や土を選び,多すぎも少なすぎもよくない.子供を愛するように,嬰児を育てるように,よく見て少しの変わり者を見つける.それを選び取って栽培する.その中で少し珍しいものがあるのを見つけたら,直ぐに分けて培養する.そうして珍しい株とする.このようにしてやるだけだ.普通のものの中にも,変わった珍しいものもある.(私訳:以下略)

サクラソウ (22) 小桜源氏,江戸中期のサクラソウ文献.六義園々主 柳沢信鴻 『宴遊日記』

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