2019年11月10日日曜日

イチハツ-16 洋-4 仮 フランスの屋根の上のイチハツ.藤森照信『天下無双の建築学入門』ノルマンディー,小トリアノン宮殿,実はジャーマン・アイリス-2

Iris tectorum


Iris germanica
Left: P. J. Redouté, “Les Liliacées”, vol. 6, t. 309 (1816)
Right: Amédée Masclef, “Atlas des plantes de France.” Vol. 1 (1893)

自然との共生を目指す建築を提唱し,多くのユニークな建物を作っている藤森照信1946 - )は,その著書や講演で,草ぶき屋根の上に育つ植物について言及し,これは,古代竪穴住居の屋根の上に土を載せ,草を生やし,寒さを防ぐ伝統のなごりであると考え,現代に生かした建築構造物を考案した.
彼の著書★藤森照信『増補版 天下無双の建築学入門(2019) 筑摩書房の,「その昔、屋根には花が咲いていた(芝棟)」「フランスのシバムネ・ハウス(芝棟)」の中で,草ぶき屋根の天辺の芝棟は,日本だけではなく,フランスの大西洋側ノルマンディー地方でも見られ,その上には,イチハツが植えられている.またパリのベルサイユ宮殿内,マリー・アントワネットが農村生活を楽しむために建築した「アモー」の草ぶき屋根のいくつかの芝棟にはイチハが植えられているとし,水戸光圀も別荘の西山荘の草葺屋根の芝棟にイチハツを植えていたので,「世界の有名人のうち,二人の人物がイチハツの芝棟の家に住んでいたことが明らかになった.西山荘の水戸黄門とベルサイユ宮殿のマリー・アントワネット。二人は芝棟兄弟だったのである。」と記した(前記事).
                                                                                   
彼の考察は卓見だが,現在ノルマンディー及びベルサイユの芝棟に植えられているアヤメ科の植物は,その画像の性状からジャーマン・アイリスと一般に呼ばれる Iris germanicaで,イチハツ (Iris tectorum) ではないと思われる事は前記事で考察した.

フランスのノルマンディー地方の草ぶき屋根,及びパリ,ヴェルサイユ宮殿の「アモー」の芝棟に咲くアイリスは,イチハツではなく,ジャーマン・アイリス (Iris germanica) であると判断できる根拠の後半を記す.
3)「アモー」の建築を命じたしたマリー・アントワネットによって「蒐集品室画家」に任命された「花のラファエロ」 P. J. ルドゥテの著作『ユリ科植物図譜 Les Liliacées』には,ジャーマン・アイリスは「屋根に生育する」と書かれている.
4)複数のフランスの植物誌に,ジャーマン・アイリスの生育場所として,「屋根 Le toit」「草ぶき屋根 Toit de chaume」が挙げられている.
5エリザベット・ド・フェドー著『マリー・アントワネットの植物誌(2012) の「アイリスIris spp.」の章に,「ヒゲのあるジャーマンアイリス I. germanica も、トリアノンの庭園で生育す(ママ)が、特に「農村」の草ふき屋根で花が咲く。」とある.

3)★P. J. Redouté, “Les Liliacées”, vol. 6, t. 309 (1816)
「ルドゥテがマリー・アントワネットの蒐集品室画家に任命されたのは,大革命の正に前夜であった.その肩書はまったく名誉上のものであった.王妃は柄にはほとんど興味を示さず,たまたまルーブル宮の画廊を通ることがあっても,足を速めたといわれた.しかし王妃は花を愛した.タンブル獄に監禁されていた陰鬱な何週間の間に,ルドゥテを呼び寄せて,ことのほか気に入っていたサボテンを描かせた.(中略)
ルイ十六世の宮廷とルドゥテとのつながりは短期間で大した益もなかったが,ナポレオンの妃ジョセフィーヌのもとでルドゥテは熱烈で惜しみない後援を受けることとなった.(中略)
この時期には素晴らしい八巻本『ユリ科植物図譜』(Les Liliacées 1802 - 16)も出版され,これは次に出た有名な『バラ図譜』(Les Roses 1817 - 24)ほど知られていないが,それに劣らず見事なものである.」 (ウィルフリッド・ブラント『植物図譜の歴史 芸術と科学の出会い』森村健一訳,八坂書房 (1986)
この『ユリ科植物図譜』には,ユリ科のみならず,アヤメ科や,ヒガンバナ科など,観賞価値の高い単子葉植物の花が,ルドゥテが開発した「点刻彫版」の格調高い手法の多色で収められているが,その第六巻にはジャーマン・アイリスが数種描かれていて,その最初の紫色の花の図(冒頭図,左)の説明には

IRIS GERMÁNICA.
FAM. des IRIS, JUSS. – TRIANDRIE MONOGYNIE. LIN.
(中略)
HISTOIRE.
L'Iris Germanique croil naturellement en Frmnce, en Allemagne, en Suisse,
en Italie el en Barbarie. Dans beaucoup d'endroits ou en plante sur les toits
et sur le haut des murailles , où elle se propage ensuite d'elle-méme. De toutes
les especel es du ntérilc genre, e’est la plus anciennement et la plus géneralement
répandue dans du jardins, dont elle fait un des plus beaux ornement. Sa racine
est souvent employee en médecine â la place de celle de l'Iris de Florence. Sa
fleur donne la couleur que les peintres connaissent sons le nom de bleu d'lris.

On en connait un grand nombre de variétés, parmi lesquelles les plus marquantes
sont celles que nous avons indiquées.
Elle fleurit à la fin de mai el au commencement de juin.” とあり,屋根や土壁の上部で繁茂する事が特徴とされている.

4-1) 1826ジャン・バティスト・ボワデュヴァルJean Baptiste Alphonse Dechauffour de Boisduval1799 1879 Flore française. Ou, Description synoptique de toutes les plantes phanérogames et cryptogames qui croissent naturellement sur le sol française ... “
Iris の章には p. 57
“2. IRIS GERMANIQUE (I. Germanica, L. sp. 55).
Tige de 2 pieds ; feuilles glabres, ensiformes, cour-
bées en faulx , plus courtes que la tige, qui porte plu-
sieurs fleurs bleues; tube plus long que l'ovaire. *.
Commun sur les toits de chaume.” とあり,「草ぶき屋根によくみられる」事が記されている.

4-2) Amédée Masclef, (1858 – 1901) Atlas des plantes de France.” Vol. 1 (1893) -273- には
Pl . 329. — IRIS D'ALLEMAGNE
IRIS GERMANICA L . — N. Fl. p. 149.
Iris armes de France, Iris des jardins, Glaïeul bleu, Flambe, Grande Flambe,
Flamme.
Plante herbacée, vivace, à souche rampante, épaisse, noueuse et charnue, à
tige dressée, rameuse, haute de 4 à 8 décimètres, à fleurs d'un beau violet,
spontanée sur les rochers et les lieux incultes dans une grande partie de la
France, particulièrement dans le midi; souvent subspontanée sur les toits de
chaume et les vieux murs et généralement cultivée dans les jardins. — Fleurit
de mai en juin.

L'Iris d'Allemagne est :

I. utile . — La lige soulerraine acquiert par la dessiccation une odeur de
violette assez prononcée ; on l'emploie pour parfumer la poudre d'amidon,
pour faire des sachets odorants, etc.
Les fleurs donnent le vert d'iris employé dans l a peinture.       
II . nuisible . — A l'état frais, la tige souterraine, qui a une odeur forte
et désagréable, est dangereuse et toxique. Il faut éviter de la donner aux
animaux.
III . ornemental . — Cet Iris est souvent cultivé dans les plates-bandes ;
il convient admirablement à la décoration des rochers, des ruines, des toits
de chaume ou des chalets rustiques et des pentes arides.
On en cultive des variétés à fleurs blanches et d'autres à fleurs pana-
chées de bleu et de violet.

= EXPLICATION DE LA PLANCHE 329. — A) Base de la plante ; B) tige fleuriei” 

とあり,「草ぶき屋根や古い塀に半自生している」,「岩石,廃墟,草ぶき屋根,崩れかかったコッテージに彩を与えている」と記されていて,冒頭図右側の図が別冊に収められている.

5) Elisabeth de Feydeau (Auteur), Alain Baraton (Sous la direction de) , “L'Herbier de Marie-Antoinette” (2012).” は,花を愛する若き王妃マリー・アントワネットに,ルイ16世が贈った小トリアノン宮.そこに花咲いた80種類の植物を切り口に,彼女の日常に迫る書であり,稀代の植物画家ルドゥテらの絵画や細密画が満載されている書であるが,
その和訳,川口健夫訳『マリー・アントワネットの植物誌』(2014) 原書房の「フランス式庭園
アイリス
Iris spp.
ペルシアアイリスはトリアノンで特に人気の高い植物でヒヤシンスと同様に、赤、純白、青、黄、白磁、瑪瑙(めのう)など、花の色で分類されている。
ペルシアアイリスIris persicaは、フランス式庭園の花壇で2月頃から輝きを放つ。ヒゲのあるジャーマンアイリス I. germanicaも、トリアノンの庭園で生育す(る)が、特に「農村」の草ふき屋根で花が咲く
ジャーマン種は、ベルシア種に代わって4 月からフランス式庭園の花壇を彩りはじめる。美しい切り花用に栽培されるジャーマン種は、独特の火炎様の花弁の形から、フランスではフランベFlambeという。」とあり,「アモー」の草ぶき屋根に生育していたと述べている.

以上要約すると 1)イチハツが歐州に移入されたのは19世紀以降で,マリー・アントワネットの時代にはなかった.
2) ノルマンディー及びベルサイユ宮殿の芝棟に咲くアイリスは,その性状からイチハツではなく,ジャーマン・アイリスである.
3)古くからフランスでは,ジャーマン・アイリスが草ぶき屋根に生育することが記録されていた.
4)マリー・アントワネットに縁あるルドゥテの『ユリ科図譜』にもジャーマン・アイリスが草ぶき屋根に生育するとあるが,イチハツの記事はない.
5)『マリー・アントワネットの植物誌』に,彼女が作った「アモー(農村)」のの草ふき屋根でジャーマン・アイリスの花が咲くとある.
の事から,フランスの芝棟に咲くのは,ジャーマン・アイリスで,イチハツではないと結論づけられよう.
従って,水戸光圀とマリー・アントワネットは,実際に草ぶき屋根の建物に住んでいた時に,芝棟に植物を生やしていたとしても,「芝棟兄弟」「アイリス兄弟」ではあっても,「イチハツ兄弟」ではないと思われる.

 なお,英国にも草ぶき屋根の家があるが(マーガレット・サッチャーの Thatcher は,草ぶき屋根職人の意味),芝棟はないようであるし,古い植物書のジャーマン・アイリスの項を見ても,これが草葺屋根の上に生育するとの記事は見つけられなかった.

 一方,川崎市日本民家園の旧清宮家の草ぶき屋根の芝棟では,ジャーマン・アイリスがイチハツと混栽され,両者とも立派に育ち,花をつけている.

芝棟の最上部で,花茎を高く伸ばし,黄色い花を着けているのが,ジャーマン・アイリス Iris germanica. その下方で,葉から僅かに出る背の低い紫の花を着けているのが,イチハツ Iris tectorum である.葉の質も色も異なる.

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