2021年12月14日火曜日

エナガ-2 江戸中期・後期,明治.蘭山禽譜,水谷禽譜,武江産物誌,鳥名便覧,諸鳥飼養法秘傳,保護鳥圖譜

Aegithalos caudatus


幕末最大の本草学者★小野蘭山の『蘭山禽譜』には,エナガが図と共に形状と「数十羽で群れをなす.声は短くて鑑賞に値しない」との記述が記載されている.

★本草学者,水谷豊文の鳥類図譜『水谷禽譜』(1810)には,「形が丸い小さな鳥で声がいい」と図と共に記載されている.

 ★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)には,江戸近辺,綾瀬近くでエナガが見られるとある.

 薩摩藩の第八代藩主★島津重豪『鳥名便覧』(1830)には,エナガの「属品」として島エナガ,ヱゾエナガ ,ヱビシヤクが挙がる.

岡本綺堂の父親★岡本半渓『諸鳥飼養法秘傳』(1899)には,『喚子鳥』(前記事)を基にした文章で,飼い餌や性状が記されており,「いかにも愛らしい鳥である」とある.

 日本鳥類学会の創立メンバーの一人で初代会長を務めた★飯島魁『保護鳥圖譜』(1905)には,学名と共に「夏は山地で繁殖し,冬は平地に下りてきて,他のカラ類と混じって群をなす.北海道には産しないが,シマエナガという別種がいる」と図と共に説明し,次の項ではシマエナガについて述べている.記載した学名は現在のそれとは異なる. 

★小野蘭山の『蘭山禽譜』は蘭山(17291810) の自筆本天地二冊が明治42年(1909)の蘭山没後百年記念会までは存在していたが,現在は行方不明である.しかし,諸書の検討によって,天之巻(水鳥)と地之巻(水鳥以外の鳥類と獣類)の二冊から成り,鳥類計307品・獣9品と推定されている.その「地之巻」には,鳥171品と獣7品を含み,各品とも雌雄を描く例が多い.記文では産地や渡来年,形状や色彩を簡潔に記す.

この書には「ヱナカ
  コカラ大ノ小鳥,目黒,觜短,足漆黒
  全身灰色,翅上尾筒辺淡赤之,数十
  群飛,声短不足賞
  頂腰白喉下白」と,数十羽群れをなして飛来するが,声は鑑賞するに値しないとある.(冒頭図①)

 尾張藩士・水谷豊文(通称は助六,17791833)は,若い頃に名古屋で医学を学び,小野蘭山に師事して本草学を学び,後に藩の薬園監督となる.文政9年(1826)宮駅で,江戸に向かうシーボルトに会い植物標本を見せ,シーボルトよりボタニストとして高い評価を受け交流が始まる.また彼は「嘗百社」(ひょうひゃくしゃ)と名づけた本草学研究サークルを主宰して,彼を中心にして薬草を見つけるフィールドワークを行ない,領内をくまなく歩いた.伊藤圭介の師匠である.

彼の禽譜,通称★水谷豊文『水谷禽譜』(1810)には,図とともに
「ヱナガ
 四十雀ノ類圓キ小ナル鳥背モヽ色カシドリノ色ノ如シ頭上白ク
 ムネハラモ白シ觜短ク尾長シ背色ウグヒスニ似タリ声ヨシ」冒頭図②
と簡潔に性状が記されている.蘭山と異なり,声は豊文の気に入ったようだ.


 
★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)は江戸とその周辺の動植物誌.観察された動植物を,野菜并果・蕈(キノコ)・薬草・遊観(花の名所)・名木・虫・海魚・河魚・介・水鳥・山鳥・獣の各類に分け,それぞれの品に漢名を記し,和名を振仮名で付け,多くは主要産地を挙げる.合計で植物約

520品,動物約 230品.薬草類は採集地別で,道灌山(上野駅の北)の119品が群を抜いて多く,ついで堀之内・大箕谷(おおみや,現杉並区)と尾久(JR山手線田端駅の北)が各29品.鶴には本所・千住・品川,鸛(コウノトリ)には葛西,紅鶴(トキ)には千住の地名がそれぞれ記されている.

この書の「山鳥類」の章に
 「ゑなが 綾瀬邊」とある.

 島津氏二十五代当主(薩摩藩の第八代藩主)★島津重豪(1745 - 1833)の著わした『鳥名便覧』(1830)の「衣行」には

 「エナガ 柄長とも書たり
   属品 ○島エナガ ○ヱゾエナガ ○ヱビシヤク」とある.島エナガとヱゾエナガはシマエナガの事であろうが,ヱビシヤクはエナガの地方名であろう.(冒頭図③)
重豪は,十一代将軍徳川家斉の正室・広大院(茂姫)の父であり,将軍家の岳父として高輪下馬将軍と称されるほど権勢を振るう一方で,蘭癖大名・学者大名として知られ,1826年には江戸参府したシーボルトと会見した.シーボルトは「重豪公は八四歳の老人でおられたが、たいへんに話がお好きで、耳も目もなお完全に元気で強壮な体格をしておられたので、せいぜい六五歳ぐらいだろうと思う。(中略)対談中にはところどころでオランダの言葉を使い、侯の注目を集めたいろいろな品物の名をたずねられた。使節との話が終わると、こちらに向き直って私の名を呼び、自分は動物や天産物の大の愛好者で、四足の獣や鳥を剥製にしたり、昆虫を保存する方法を習いたいと言われたので、私は喜んで助力を申し出た。」と述べている.

 ★岡本半渓『諸鳥飼養法秘傳』(1899)には,『喚子鳥』(前記事)を基にした文章で,飼い餌や性状が記されて


「ゑなが
餌飼
                            
一生餌 壹匁        一粉 壹匁
                            
一あをみ 適宜 聊多量になるも苦しからず
大きさ、鷦鷯(さゞい)に似(に)て、毛色白黑柿色交(まじり)にて、嘴(はし)短(みじ)かく尾ながし。囀(さへづり)聊にて地鳴(ぢなき)同様なり.如
何にも愛らしき鳥なり。あら鳥は冬(ふゆ)より春迄出るものにて巣子は夏いづる、此を子飼(こがい)にする尤(もつとも)もよし.
聊:いささか
 半渓は,明治大正に活躍した,小説家・劇作家の岡本綺堂(1872 - 1939)の父親で,本名は岡本敬之助,のち純(きよし),明治元年5月の上野のいくさ,彰義隊に参加するも,奥州にて敗走負傷し,江戸へ戻り,英国商人ブラウンにかくまわれる.その紹介もあってか,明治2年,当時高輪・泉岳寺に置かれていた英国公使館の日本語書記として雇われ,以後34年間に渡り勤務した.趣味人として知られ,小鳥の飼い方のほか,小説,芝居評論,音曲解説,盆栽の作り方などの本を著わした.

日本鳥学会を創設し,1912年から1921年まで,初代会長を務めた飯島魁(いいじま いさお,1861 - 1921)は明治・大正期の動物学者,魚類学者.海綿の研究と,鳥・寄生虫に関する研究が多く,日本動物学の前進に大きな役割を果たした.

 ★飯島魁『保護鳥圖譜』(
1905)には,
(十五)尋常柄長
             
ゑなが叉ゑびしやく,まつさがり
             
 Acredula trivirgata (T. & S.)
Japanese Long-tailed Tit
             
   (第四版,十六圖,全形二分一)

本邦ニ産スル柄長ニ二種アリ.通常ノ柄長及ビ島柄長是レナリ.通常柄長ハ我國ニ棲息スル極
小鳥ノ一ナルガ尾ハ本體ノ一倍以上ノ長サアリ.額ヨリ頭上ハ純白ニシテ其両側則チ眼上
ヨリ後方ニ伸延シテ黒色部アリ.背ハ黒ト淡紫赤ヲ雜ヘ,頤以下々面ハ一體ニ白色ナルモ腹部
ニ至リ淡白ナル紫赤色ヲ帯ブ.翼羽ニハ全羽黒色ノモノト一部分白色ノモノトアリ,尾羽ノ中
央ノ四枚ハ全黒ナルモ外側ノ三枚ニハ多少ノ白色部アリ且ツ其長サハ外側ニ至ルニ随ヒ漸ク
短シ
此鳥ハ多數ノから類ト同ジク夏季山地ニ於テ繁殖シ秋季群ヲ爲シテ平原ニ下リ渉冬ス.時ニ
四十雀若クハ菊戴(キクイタダキ)ノ群ニ混ジテ之ヲ見ルコトアリ.朝鮮ニハ此種アリト雖モ我ガ北海道ニハ未
ダ産スルヲ聞カズ但シ該道ニハ別種ナル島柄長アリテ之ヲ代表ス.

(十六)島柄長
                しまゑなが
             
    Acredula candata (L.)
                  Continental Long-tailed Tit
             
   (第四版,十七圖ノ全形二分一)

島柄長 ハ形狀羽色共ニ前出通常柄長ニ同ジ,唯ダ通常柄長ト異ナルハ全頭純白ニシテ
黑色部ヲ雜ヘザルニアルノミ
此鳥ハ四時北海道ニ在テ其中稀レニ冬季中津輕海峡ヲ横過シテ内地東北部ニ彷徨スルモ
ノ之レアリ,但シ我ガ北海道ニ限リ産スルニ非ズテ廣ク西比利亞及ビ歐州ニモ亦産ス」とある.

日本鳥学会(目録編集委員会)編『日本鳥類目録改訂第7版』(2012)によれば,エナガの学名は Aegithalos caudatus trivirgatusシマエナガの学名は,Aegithalos caudatus japonicus で何れも欧州産の基本種の亜種となる.

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