2013年10月16日水曜日

ドクウツギ (1/5) 地方名,武江産物誌,本草綱目啓蒙,梅園画譜,農家心得草,救荒並有毒植物集説・中毒症状

Coriaria japonica
雄花 2007年5月 ひたち海浜公園
日本三大有毒植物の一つ,ドクウツギ.江戸の本草書での記載は少ないものの,八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)には,64個の地方名が収載されている.その毒性への警鐘と利用法が数多くの地方名を生み出したものと思われる.

植物毒そのものに由来すると思われる名は,どぐうずぎ[秋田],どくうつぎ[岩手(気仙),宮城(本吉)],どくのき[能登],どくぶつ[富山(黒部)]
人への作用由来としては,いちろーベーごろし[千葉(安房・清澄山)],いちろべごろし[山形(最上・飽海)],ひところばし[能州,青森(上北),岩手(和賀),山形(北村山)],ひところばす[岩手(岩手)],ひところび[福井(大野)],ばーころし[福井(今立)]
その他の動物への毒性発現由来としては,うしころし[静岡],おにころし[岐阜(大野・白川)],さるころし[西国,新潟(佐渡)],ねじころし[越中,千葉(君津),富山],ねずころし[千葉(安房)],ねずみころし[甲斐,富士山麓,富山,山梨,愛媛],ねずみとり[千葉(安房・小湊)]
毒性の利用法としては,上記の殺鼠のほかに,肥壷に入れての,うじきり[富山(砺波)],うじころし[富山(射水)]
また,馬の体を洗う際にこの木を用いると,体表面の寄生虫を除くことができたのか,馬に関連した名前も多く,うまあらいうつぎ[佐州],うまあらいくさ[佐州],うまおどかし[岩手(上閉伊)],うまおどろかし[青森(津軽),羽後,秋田(山本)],うまおどろきゃす[秋田(北秋田)],うまおんどろがし[青森(津軽)],うまのき[秋田(北秋田)],まおどろかし[秋田(北秋田),青森(津軽)],まおどろげあーし[秋田(鹿角)],まんどろかし[青森(中津軽)],むまあらいうつぎ[加賀]
一方,人が舐めると舌が麻痺することからか,したまがり[富山(東礪波)],したわれ[静岡(小笠)],なべくだき[山梨(南巨摩・富士吉田市)],なべっつる[静岡(富士)],なべはじき[千葉],なべわり[千葉(夷隅),神奈川(愛甲),新潟,富山,石川,静岡],なべわりうつぎ[新潟(佐渡)],なべわれ[千葉(清澄),山口(河口)]の名もあり,「なべ」は「鍋」ではなく「舐め」が訛ったものと考えられる*.
また,その毒をトリカブトの附子に例えてか,ぶす[木曾],ぶすうつぎ[岩手(江刺)],かわらぶし[山形(東田川)],かわぶし[青森(上北)]
川原などの生育地から,かーらうつぎ[青森(八戸),岩手(上閉伊・釜石)],かわうつぎ[岩手,宮城,新潟(佐渡)],かわらうつぎ[羽後,木曾,山形(飽海・北村山),茨城(水戸),新潟(佐渡),長野],かわらぎ[静岡(土肥)],さわうつぎ[新潟(佐渡)]の名もある.

上の分類に入らない名も多く,おどろかし[青森,秋田(仙北)],かさな[防州],かなうつぎ[北国],からうつぎ[陸中,青森,岩手,宮城],さーうつぎ[静岡(富士)],ななかまど[青森(上北)],なのかまんじゅ-[山形(飽海)],のーしろたん[高知(吾川)],まいどーかいん[青森(中津軽・南津軽)],まし[上州,伊香保,群馬(佐波),新潟(南魚沼)],ましっぺー[上野,群馬],まちん[栃木(芳賀)],まどろのき[陸奥,青森],まんじゅー[山形(飽海)],みそやかず**[新潟(東蒲原・刈羽)]が挙げられる.栃木(芳賀)の地方名「まちん」は,ストリキニーネを含む中国の毒草「マチン-馬銭(マセン)」から来たのだろうか.
武江産物誌 NDL
* ビャクブ科ナベワリ(Coomia heterosepala)の名の由来,「舐めても唇舌は裂ける。それで舐破(なめわり)【訛って鍋破という】という(和漢三才図会)」と同様であろう.
** 後の『救荒並有毒植物集説』参照

この様に多くの地方名を持ち,庶民の生活に密接であった植物の割には,本草書での言及はあまり見つけられなかった.
磯野教授の「ドクウツギ」の初見***は,
★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)で,
「井ノ頭邊ノ産 鈎吻一種 どくうつぎ 金井道 大毒アリ」の記事となっていて,漢本草の「鈎吻一種」と比定されている(左図).

*** 磯野直秀『資料別・草木名初見リスト』慶應義塾大学日吉紀要 No.45, 69-94 (2009)

蘭山もこの植物は漢本草書にある有毒のつる性植物「鈎吻****」の一種と考えていて,
★小野蘭山『本草綱目啓蒙 巻之十三 草之六 毒草類』(1803-1806) の「鈎吻」の項には
「(鈎吻には)蔓生、黄精葉、芹葉等、数種アリ。蔓生ノモノハ、ツタウルシ (中略)黄精葉ノ釣吻ハ草、木二種アリ。木本ノ者ハナべワリ 加州 一名ヒトコロビ ヒトコロバシ 能州 ドクノキ 同上 ネヂコロシ 越中 サルコロシ 西国 ウマオドロカシ ウマアラヒウツギ 佐州 カナウツギ 北国 ミソヤカズ 同上 ブス 木曽 マシツペイ 上野 カハラウツギ 水戸 トリオドロカシ 市郎兵衛ゴロシ 
梅園画譜 NDL
東北国二多シ。移栽レバ繁茂シ易シ。高サ五六尺、叢生ス。葉両対シテ竜胆葉ニ似テ、尖長シ、三縦道アリ。夏ノ初花穂ヲ成、紅色、長サ六七寸、枝アリ。実ハ円二扁ク、二三分許、熟シテ色赤シ。誤テ食フトキハ死ス。葉ヲトリ飯ニ雑へ鼠ニ飼モマタ死ス。故ニ、ネジコロシト云。」とある.
ここで云う「木本の釣吻」は「ドクウツギ」であることが,葉に三本の脈が走ることが特長とされている事から明白である.そこで,『大和本草』や『和漢三才図会』で「釣吻」を調べたが,前者では見出せず,後者では草本のナベワリが「釣吻」に比定されていて,結局「ドクウツギ」の記述は見出せなかった.

**** 世界最強の植物毒を持っていると言われるゲルセミウム・エレガンス Gelsemium elegans,別名「冶葛」

★毛利元寿『梅園画譜』(春之部巻一序文 1825)(図 1820 – 1849)の「春之部巻三」には,庭で育てたのか,「鈎吻」の名でこの植物の花の写生図が描かれ(右図),『和漢三才図会』が引用されているが,さらに「ドクウツギ」の名も記載されている事は注目に値する.

多くの記述が現われるのは,飢饉の際でも「食べてはいけない植物」として,農民たちに警告を与える書物においてであり,
農家心得草 復刻版 NDL
★大蔵永常『農家心得草』(1834)の「有毒草木の事」の項には,ツタウルシ,ナベワリなど何種かの有毒植物の図と共に「木本黄精葉鈎吻(もくほんわうせいえふこうふん)どくのき,大毒あり」として「ドクウツギ」の図が掲げられていて,特徴的な三つの葉脈が描かれている.(左図).なお,「木本黄精葉鈎吻」というのは,和製漢名.

明治時代に出版された
★京都府『救荒並有毒植物集説』(1885)には
「どくうつぎ 木本鈎吻科
ドクノキ(州) ひところはし(同) なべわり(加州,豆州) ねじころし(越州,豆州) ねずみころし(甲州) いちろべころし わうれんじ○ かはらうつぎ(水戸,木曽) ふろしきつゝみ(左州) みそやかず(奥州) たにうつぎ 木本黄精葉鈎吻(漢名)
コレヤリヤ,ヤポニカ(洋名)

武州(玉川練馬)相州(金澤)勢州濃州信州其の他東北諸国の山野殊に川原に多志.又北海道にも生す.小木にして叢生し高さ四五尺,葉形竜胆(リンダウ)葉に似て三縦道あり.両對○生す.夏初紅色の穂を抽き細花簇生し雄花雌花あり.赤色扁円の莢を結ぶ.熟して鮮紅甚美なり.故に児童採りて是を玩弄し誤り食して斃るゝことあり.其の中毒の症たるや身體大熱,精神錯乱,揺搦痙攣,額上粘汗,唇口紫黒,大頻渇,吐血吐涎,脈沈微等の諸症を発するなり.叉此の葉を飯に雑へて鼠に食はしむれは鼠亦斃る.奥越諸州にては此の木は毒なりとて薪となさす.若し此の木にて味噌を焼食ふとき○怱死すと云ふ.叉(イワシ)を焼食ふも叉怱斃ると云へり.故に「いわしやかず」の方言あり.此の實を疣に敷くれは疣落つ.故に「いぼのき」木曽の名あり.」(○は解読不能文字)とある.

単に「死す」ではなく,中毒症状の詳細な記述は,実例に基いたものと見られ,また,漢本草の引用でない薬用・民間薬として,疣落しの効用は興味深い.

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