雄花 2007年5月 ひたち海浜公園 |
植物毒そのものに由来すると思われる名は,どぐうずぎ[秋田],どくうつぎ[岩手(気仙),宮城(本吉)],どくのき[能登],どくぶつ[富山(黒部)]
人への作用由来としては,いちろーベーごろし[千葉(安房・清澄山)],いちろべごろし[山形(最上・飽海)],ひところばし[能州,青森(上北),岩手(和賀),山形(北村山)],ひところばす[岩手(岩手)],ひところび[福井(大野)],ばーころし[福井(今立)]
その他の動物への毒性発現由来としては,うしころし[静岡],おにころし[岐阜(大野・白川)],さるころし[西国,新潟(佐渡)],ねじころし[越中,千葉(君津),富山],ねずころし[千葉(安房)],ねずみころし[甲斐,富士山麓,富山,山梨,愛媛],ねずみとり[千葉(安房・小湊)]
毒性の利用法としては,上記の殺鼠のほかに,肥壷に入れての,うじきり[富山(砺波)],うじころし[富山(射水)]
また,馬の体を洗う際にこの木を用いると,体表面の寄生虫を除くことができたのか,馬に関連した名前も多く,うまあらいうつぎ[佐州],うまあらいくさ[佐州],うまおどかし[岩手(上閉伊)],うまおどろかし[青森(津軽),羽後,秋田(山本)],うまおどろきゃす[秋田(北秋田)],うまおんどろがし[青森(津軽)],うまのき[秋田(北秋田)],まおどろかし[秋田(北秋田),青森(津軽)],まおどろげあーし[秋田(鹿角)],まんどろかし[青森(中津軽)],むまあらいうつぎ[加賀]
一方,人が舐めると舌が麻痺することからか,したまがり[富山(東礪波)],したわれ[静岡(小笠)],なべくだき[山梨(南巨摩・富士吉田市)],なべっつる[静岡(富士)],なべはじき[千葉],なべわり[千葉(夷隅),神奈川(愛甲),新潟,富山,石川,静岡],なべわりうつぎ[新潟(佐渡)],なべわれ[千葉(清澄),山口(河口)]の名もあり,「なべ」は「鍋」ではなく「舐め」が訛ったものと考えられる*.
また,その毒をトリカブトの附子に例えてか,ぶす[木曾],ぶすうつぎ[岩手(江刺)],かわらぶし[山形(東田川)],かわぶし[青森(上北)]
川原などの生育地から,かーらうつぎ[青森(八戸),岩手(上閉伊・釜石)],かわうつぎ[岩手,宮城,新潟(佐渡)],かわらうつぎ[羽後,木曾,山形(飽海・北村山),茨城(水戸),新潟(佐渡),長野],かわらぎ[静岡(土肥)],さわうつぎ[新潟(佐渡)]の名もある.
上の分類に入らない名も多く,おどろかし[青森,秋田(仙北)],かさな[防州],かなうつぎ[北国],からうつぎ[陸中,青森,岩手,宮城],さーうつぎ[静岡(富士)],ななかまど[青森(上北)],なのかまんじゅ-[山形(飽海)],のーしろたん[高知(吾川)],まいどーかいん[青森(中津軽・南津軽)],まし[上州,伊香保,群馬(佐波),新潟(南魚沼)],ましっぺー[上野,群馬],まちん[栃木(芳賀)],まどろのき[陸奥,青森],まんじゅー[山形(飽海)],みそやかず**[新潟(東蒲原・刈羽)]が挙げられる.栃木(芳賀)の地方名「まちん」は,ストリキニーネを含む中国の毒草「マチン-馬銭(マセン)」から来たのだろうか.
武江産物誌 NDL |
** 後の『救荒並有毒植物集説』参照
この様に多くの地方名を持ち,庶民の生活に密接であった植物の割には,本草書での言及はあまり見つけられなかった.
磯野教授の「ドクウツギ」の初見***は,
★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)で,
「井ノ頭邊ノ産 鈎吻一種 どくうつぎ 金井道 大毒アリ」の記事となっていて,漢本草の「鈎吻一種」と比定されている(左図).
*** 磯野直秀『資料別・草木名初見リスト』慶應義塾大学日吉紀要 No.45, 69-94 (2009)
蘭山もこの植物は漢本草書にある有毒のつる性植物「鈎吻****」の一種と考えていて,
★小野蘭山『本草綱目啓蒙 巻之十三 草之六 毒草類』(1803-1806) の「鈎吻」の項には
「(鈎吻には)蔓生、黄精葉、芹葉等、数種アリ。蔓生ノモノハ、ツタウルシ (中略)黄精葉ノ釣吻ハ草、木二種アリ。木本ノ者ハナべワリ 加州 一名ヒトコロビ ヒトコロバシ 能州 ドクノキ 同上 ネヂコロシ 越中 サルコロシ 西国 ウマオドロカシ ウマアラヒウツギ 佐州 カナウツギ 北国 ミソヤカズ 同上 ブス 木曽 マシツペイ 上野 カハラウツギ 水戸 トリオドロカシ 市郎兵衛ゴロシ
梅園画譜 NDL |
ここで云う「木本の釣吻」は「ドクウツギ」であることが,葉に三本の脈が走ることが特長とされている事から明白である.そこで,『大和本草』や『和漢三才図会』で「釣吻」を調べたが,前者では見出せず,後者では草本のナベワリが「釣吻」に比定されていて,結局「ドクウツギ」の記述は見出せなかった.
**** 世界最強の植物毒を持っていると言われるゲルセミウム・エレガンス Gelsemium elegans,別名「冶葛」
★毛利元寿『梅園画譜』(春之部巻一序文 1825)(図 1820 – 1849)の「春之部巻三」には,庭で育てたのか,「鈎吻」の名でこの植物の花の写生図が描かれ(右図),『和漢三才図会』が引用されているが,さらに「ドクウツギ」の名も記載されている事は注目に値する.
多くの記述が現われるのは,飢饉の際でも「食べてはいけない植物」として,農民たちに警告を与える書物においてであり,
農家心得草 復刻版 NDL |
明治時代に出版された
★京都府『救荒並有毒植物集説』(1885)には
「どくうつぎ 木本鈎吻科
ドクノキ(州) ひところはし(同) なべわり(加州,豆州) ねじころし(越州,豆州) ねずみころし(甲州) いちろべころし わうれんじ○ かはらうつぎ(水戸,木曽) ふろしきつゝみ(左州) みそやかず(奥州) たにうつぎ 木本黄精葉鈎吻(漢名)
コレヤリヤ,ヤポニカ(洋名)
武州(玉川練馬)相州(金澤)勢州濃州信州其の他東北諸国の山野殊に川原に多志.又北海道にも生す.小木にして叢生し高さ四五尺,葉形竜胆(リンダウ)葉に似て三縦道あり.両對○生す.夏初紅色の穂を抽き細花簇生し雄花雌花あり.赤色扁円の莢を結ぶ.熟して鮮紅甚美なり.故に児童採りて是を玩弄し誤り食して斃るゝことあり.其の中毒の症たるや身體大熱,精神錯乱,揺搦痙攣,額上粘汗,唇口紫黒,大頻渇,吐血吐涎,脈沈微等の諸症を発するなり.叉此の葉を飯に雑へて鼠に食はしむれは鼠亦斃る.奥越諸州にては此の木は毒なりとて薪となさす.若し此の木にて味噌を焼食ふとき○怱死すと云ふ.叉(イワシ)を焼食ふも叉怱斃ると云へり.故に「いわしやかず」の方言あり.此の實を疣に敷くれは疣落つ.故に「いぼのき」木曽の名あり.」(○は解読不能文字)とある.
単に「死す」ではなく,中毒症状の詳細な記述は,実例に基いたものと見られ,また,漢本草の引用でない薬用・民間薬として,疣落しの効用は興味深い.
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