1978年2月 英国ケンブリッジ |
古代ギリシャの博物学者テオフラストス* (Theophrastus, 371 B.C. – 287 B.C.) は紀元前 300 年以上も前に、『植物原因論』(Historia Plantarum (Enquiry into Plants / Inquiry into Plants) 左図) に,この花を purse-tassel ** に似た球根性の植物として記している.
“Enquiry into plants, and minor works on odours and weather signs, with an English translation” by Sir Arthur Hort (1864-1935), The Loeb classical library; London,G. P. Putnam's Sons,1916.
BOOK VII, “Of Herbaceous Plants, other than Coronary Plants : Pot-herbs and similar Wild Herbs”, ‘Of herbs which have fleshy or bulbous roots’,
“Of purse-tassels it is plain that there are several kinds ; for they differ in size colour shape and taste. - - -
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There are also several kinds of plants of the same class as purse-tassels* . . . . such as snowdrop starflower opilion kyx and to a certain extent Barbary nut***. These belong to this class only in having round roots ; for in colour they are white, and the bulbs are not formed of scales.”
古ギリシャ原文でこの植物は “λευκόίον (leucoion)” (leuco =White, ion=violet) とされていて,この leucoion という名は,プリニウスに引き継がれ,中世以降の欧州本草にもこの名で記述された.また,Alice M. Coats "Flowers and Their Histories" Adam & Charles Black (1956) には,「この花はイミトス (Hymettus) の山に生えているとテオフラストスは書いている」とあるが,上記の英訳文では確認できなかった.
** 財布の飾りボンボン の意味で,形状からムスカリの花を言った.
***+ Moraea sisyrinchium, syn. Gynandriris sisyrinchium 地中海沿岸に自生するアヤメ科の植物,毛で覆われた球根状の根茎は食べられる.
Hans Holbein the Elder, 1500–01 |
キリスト教では,レビ記の戒律に従って,聖母がヨセフと共に誕生後四十日のキリストを伴ない,エルサレムの神殿に参拝し,犠牲を捧げ,蝋燭を灯し,産後の汚れの潔めの式を行った日をグレゴリウス暦,二月二日として,これを祝う聖燭祭 ”Candlemas” をとりおこなった.この祝日は,エルサレムでは5世紀に,ローマでは7世紀に祝われるようになり,西方典礼では10世紀以来、「マリアの清めの祝日」(ラテン語: Purificatio Mariae, 英語: Purification of the Virgin)と称した.
この祭日を,この日に初めて咲いたという伝説があり,マリアの純潔を象徴する純白の花である Snowdrop で祝ったので,修道院や教会ではこの花を必要とし,英国に持ち込んだと考えられる.その祭典では,聖母の像を祭壇から下ろして,その像のあとへ,純潔(purity)の象徴たるこの花をまき散らしたという.
The snowdrop in purest white array,
First rears her head on Candlemas Day,
-Old Adage; f Lizzie Deas "Flower Favourites: Their Legends, Symbolism and Significance" (1898).
(純白の装いを凝らしたスノードロップは/マリアのお清めの日に初めて頭を持ち上げる)
ここからこの花を Mary’s tapers(聖母マリアの小ロウソク),Purification flower(お清めの花),Candlemas bells(聖燭祭の鐘), February-fair-maids(二月のかわいい乙女) ともいい,ヘリフォードシアでは, Candlemas Dayにボウル一杯のスノードロップを家へ持ち帰って魔よけとした.この花が咲くころは1年じゅうでも最も寒く,みぞれや強風ばかりなので,その時期の天候を ‘snowdrop weather’ という。
一方この真っ白い花は死衣とも通じるので,一般に英国の田舎では「スノードロップは死衣を着ている」(‘Snowdrops wear shrouds)といってきらう.だから屋内に持ち込むのを忌み,今でも,特に1輪だけ持ち込めば,必ず家族に不幸があるという.春先に初めて見かけた Snowdrop だけを忌む地方もあり,ウェイルズ国境地帯では,この花は人だけでなく,家禽類にも縁起がわるく,メンドリが抱卵中に持ち帰れば,卵はすべてかえらないという.また死の象徴だから,異性に贈ることもしないそうだ.
スノードロップ (4/10) "Leucoium Bulbosium triphilla Mimus” 「三弁の球根性小型白スミレ」 16世紀フランドル ドドエンス,デ・ロベル,クルシウス,ベスラー ,ヴァインマン
スノードロップ(3/10) ディオスコリデス,プリニウス,ブルンフェルス,フックス,マッティオラ,ボック
スノードロップ (2/10) 伝説・神話,アンデルセン童話
*テオフラストス:紀元前 370 年頃、レスボン島のエレススで生まれたとされる。プラトンやアリストアレスとも親交があり、数多くの書物を著わした。『植物原因論』は初期の作品で、かつ現存するヨーロッパの植物書として最も古いものである。扱われている植物は地中海沿岸のものだけでなく、エジプト、ベルシア、インドのものにまで及ぶ。
A. M. コーツ「花の西洋史 <草花編>」白幡洋三郎・白幡節子訳,八坂書房(1989)より引用
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