Mirabilis
jalapa
★宇田川玄真 (1769-1834) 著,宇田川榕菴 (1798-1846) 校補『遠西醫方名物考』(1822)
宇田川玄真は,旧姓安岡,師である宇田川玄随の養子となる.大槻玄沢に蘭書を学び,オランダ語に堪能.解剖学の訳書『遠西医範堤綱』(1805)は有名で,膵,靭帯などの解剖名の創案者である.
遠西名物圖 WUL |
それまで日本に概念が無かった植物学(『菩多尼訶経』,『理学入門 植学啓原』),化学(『舎密開宗』)等の書物を翻訳し,日本に存在しなかった学術用語(元素,酸化,還元,溶解,分析といった化学用語.酸素,水素,窒素,炭素,白金といった元素名.細胞,属といった生物学用語)を新しく造語し,多くは現在も使われている.シーボルトとの交流,日本で最初にコーヒーという名を使ったこと,温泉の効用について日本で初めて述べたことなどの逸話がある.
『遠西醫方名物考』には,西洋の薬物が名前のイロハ順に記載され,産地や形状,製法,薬効,処方が述べられ,西洋の薬学を集大成した書として日本の医学に計り知れぬ貢献をした.その「巻之十 〔也〕」の部には,蘭藥の下剤(瀉下薬)として尋用されていた「ヤラッパ」の記事がある.その中で榕菴は「オシロイバナ」を「葯剌巴(ヤーラッパ)」と誤考定し,和産の葯剌巴根(オシロイバナの根)に薬効がないのは,気候のせいで根が大きくならないためであろうとし,舶来特にインド及び米国の品を推奨している.
この叢書の第36巻『遠西名物圖』には本編で取り上げられた薬物の図が収載されているが,「葯剌巴」の図は「オシロイバナ」で Ipomoea purge ではない.
本文中の「華爾斯」はオランダ語の Harsで樹脂の事で,「蒲里阿尼亞(ブリオニア)」は吐剤・下剤として用いられるヨーロッパ産ウリ科の蔓草ブリオニア
“Bryony” である.
「葯剌巴(ヤーラッパ)羅 「ヤーラッペ」蘭
〔形状〕
此草。春月莖ヲ抽(ヌク)コト二三尺許。節高ク是ヨリ枝ヲ分チ。葉楕圓ニシテ末尖リ本濶ク稍(ヤヽ)厚ク光澤アリ互ニ對生シテ十字様ヲ爲シ龍葵葉ノ如シ花筒様。五出。一心蕊。五鬚蕊アリテ枝梢ニ攅簇シ煙草花ニ似タリ其色淡紅或ハ深紅或ハ紫或ハ黄或ハ白或ハ紅白ノ纈文アリ或ハ黄紅ノ條理駁雑ナル等ナリ。皆夕ニ開キ朝ニ萎ム。香氣アリ。花後圓子ヲ結ブ。黒色ニシテ皺アリ内ニ白色ノ髄アリ。
根太ク尖リ外黒色。或ハ赭黒ニシテ皮ニ皺アリ。裏灰色ニシテ赭色ノ條理(或六黒色ノ條理アリ)及ビ細點アリ。其條理多ク。赭色ナルハ華爾斯(ハルス)多ク且ツ上品ニシテ新鮮トス或ハ云黒色多キハ華爾斯(ハルス)モ亦多クシテ効力峻ナリ。是ヲ割レバ華爾斯(ハルス)滲出シテ細點ヲ見ハス者ハ上品トス。斯ノ如キ根ハ脂多クシテ光澤アリ或ハ是ヲ切庁トシテ販(ヒサ)グ。火ヲ點スレバ燃(モエ)易シ。味辛。咽喉ヲ刺戟シ微(ヤヽ)嘔スベク惡ムベキ不佳ノ氣アリ肥實ニシテ重ク固(カタ)ク華爾斯(ハルス)(脂氣多キヲ云)多ク破砕シ難キヲ上品トス
根太ク尖リ外黒色。或ハ赭黒ニシテ皮ニ皺アリ。裏灰色ニシテ赭色ノ條理(或六黒色ノ條理アリ)及ビ細點アリ。其條理多ク。赭色ナルハ華爾斯(ハルス)多ク且ツ上品ニシテ新鮮トス或ハ云黒色多キハ華爾斯(ハルス)モ亦多クシテ効力峻ナリ。是ヲ割レバ華爾斯(ハルス)滲出シテ細點ヲ見ハス者ハ上品トス。斯ノ如キ根ハ脂多クシテ光澤アリ或ハ是ヲ切庁トシテ販(ヒサ)グ。火ヲ點スレバ燃(モエ)易シ。味辛。咽喉ヲ刺戟シ微(ヤヽ)嘔スベク惡ムベキ不佳ノ氣アリ肥實ニシテ重ク固(カタ)ク華爾斯(ハルス)(脂氣多キヲ云)多ク破砕シ難キヲ上品トス
L: Jalapa. Köhler (1890) (Plantillustration) R: Bryony, Thomé (1885) (Plantillustration) |
〇或ハ蒲里阿尼亞(ブリオニア)根ヲ以テ是ヲ偽造スルモノアリ眞品ニ比スレバ切庁輕虚ニシテ灰白ナリ。
○印度地方及ビ南亞墨利加(アメリカ)洲ノ諸国ニ産ス。根數年ニシテ漸ク肥大トナル(按ニ舶来ノ品ヲ見ルニ形チ蕃薯ノ如シ)
○榕按ニ先輩此草ヲ以テ紫茉莉(俗閒オシロイバナ」ト呼ブ)ニ充(ア)ツ是ヲ和蘭ノ諸書ニ參攷スルニ紫茉莉ニ隱當ナルコト右ノ譯説ノ如シ。和蘭ノ醫書ニ此根留飲停水ヲ瀉下スル効ヲ称ス其洋舶ノ品ヲ試ミ用ルニヨク瀉下ス。和産ノ紫茉莉根ハ瀉下ノ効ナシ
〔物〕云ク此根。印度地方及ビ亞墨利加(アメリカ)洲ニ産スル者ハ峻下ノ効アリ和蘭地方ノ者ハ其効ナシコレ風土氣候ノ異(コト)ナル因ルト。然レバ和産ノ者モ風土ノ異(コト)ナル因テ効ナキカ此レ猶和産ノ大戟甘遂ハ瀉下ノ効ナキガ如シ。故ニ此物。舶来ノ品ヲ用ヒ或ハ留飲停水ヲ瀉下スル藥ヲ擇テ代用スベシ或ハ和産ノ者モ暖國ニ産シ數年宿根シテ脂氣多ク肥大ナル者ハ瀉下ノ効アランカ今ダ悉ク試用セズ。
〔主治〕根性熱.味辛.留飲停水.粘液膽液ヲ瀉下シ又小便ヲ利ス故ニ水腫ニ多ク良効ヲ稱ス.」
以下略すが,多くの処方と適用症が記載されていて,葯剌巴(ヤーラッパ)が蘭医の治療薬として汎用されていたことが伺える.
以下略すが,多くの処方と適用症が記載されていて,葯剌巴(ヤーラッパ)が蘭医の治療薬として汎用されていたことが伺える.
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