Erythronium
japonicum
日本薬局方註釈 内務省衛生局 明23 澱粉 (NDL) |
かたくり粉は品質が高く,比較的容易に得られるデンプン(Amylum, Starch)のソースとして,1886年制定の『第一版日本薬局方』から薬局方に収載された.この収載は『第四改正日本薬局方』(1920)
まで続いたが,『第五改正日本薬局方』(1932)
には収載されず,この時期には入手が難しくなったと考えられる.更にこの『第五改正』では「○Amylum Solani 馬鈴薯澱粉」の項に,「【五】單に澱粉と記載せる場合には本品を用ふべし」とあり,かたくり粉は局法の澱粉ではなくなった.
起源植物の名称も「Erythronium dens canis Linn. (山慈姑)」→「Erythronium dens canis Linn. (カタクリ)」→「カタクリ澱粉 Erythronium
japonicum Makino.」と表記が変遷したが,現在有効な学名,Erythronium japonicum は記載されなかった.
試験法はほぼ『第一版』から『第四改正』まで,検鏡とヨウ素デンプン反応による確認,1%水及びエタノール溶液の官能試験,灰分などによる純度試験が課せられているが,『第一版』にのみ,「刺屈謨斯紙を變色す可からす」という試験が必要であるとされる.この,「刺屈謨斯」は,欧州原産の地衣類から得られる色素であることは分かったが,内容は調べきれなかった.『日本薬局方註釈』によれば,溶液の中性を担保する試験である.
なお,澱粉の薬学的・医学的利用法としては,『第三改正日本薬局方:標異便覧』(1907)
に「
澱粉
【効用】栄養料となすの外ヨード中毒に一五・〇を水一五〇.〇に和し與ふ,又腸加答兒に灌腸〓となす,撒布こなとして單味に或は収斂藥に和し擦傷・濕疹等に外敷す.」とある.
★『第一版日本薬局方』(明治19年-1886) 省令 内務省 第10号 日本藥局方創定
「澱粉
Amylum
(甲) Erythronium dens canis Linn. (山慈姑)
本品は純白色無臭無味細微の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは多少扁平なる卵圓形の單一顆粒を爲し其狭端に近き處に核點を有し不同心性の層を現はす
(乙) Pueraria Thunbergiana Beruth. (葛)
本品は白色細小不整の塊片にして之を粉砕すれは純白色無臭無味の粉末となる顯微鏡下に檢視すれは圓形の集合顆粒を爲し同心性の層を現はす間ゝ分離して單一の顆粒を爲すものあり
澱粉は冷水及酒精に溶解す可からす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは微に〓濁し異臭異味を有せさる希薄の粘漿と爲るへし此粘漿は刺屈謨斯紙を變色す可からす又沃度溶液を加ふれは暗藍色を呈すへし
本品を灰化するも百分に付き一分以下の固性物を残留す可からす」
★『日本薬局方註釈』 内務省衛生局 明治23年 (1890) の「澱粉試験法」には,冒頭の画像と共に,以下のような試験法が記されている.
「〈試檢〉葛及ヒ車前葉山慈姑澱粉ハ右ニ掲クル顕微鏡的ノ徴候ヲ以テ侘ノ澱粉ト互ニ比較鑒別スルノ外之ヲ百倍ノ水ニ和シテ煮沸スレハ稀薄ノ粘漿ヲ生シテ異味異臭ヲ有セス殊ニ鹽酸ヲ加フルモ異臭ヲ放タス(粗悪ノ蕃藷澱粉等ヲ雑ヘサルノ徴),叉其粘漿ニ刺屈謨斯紙ヲ没スモ全ク中性ノ反應ヲ微シ沃度丁幾丟児ヲ滴スレハ深藍色ヲ呈シ(實性反應及ヒ「アミロデキストリン」及ヒ之ヲ含有スル侘種ノ澱粉ヲ雑ヘサルノ徴)叉本品ヲ燒灼スルモ一「プロセント」以上ノ殘灰ヲ留ム可カラス(石膏等礦性物質ヲ混セサルノ徴)」
この書の冒頭には,「本書ハ本邦ニ於イテ初度發行セタレタル日本藥局方ノ理會(ママ)ヲ容易ナラシムルノ目的テ日本藥局方編纂委員中特別委員トシテ同方稿案撰定ノ任ニ當リタル元東京大學教師勲四等和蘭人ドクトル,ヨハン,フリードリヒ,エークマン Dr. Joh.
Fried. Eykuman 氏(現職蘭國アムステルダム大學藥學部教授)ニ嘱託シテ編輯セシメタルモノナリ」とあり,『日本薬局方第一版』を使うにあたってその試験法の意味や意義を,初めて局法に接する医師や薬剤師に説いた書として大きな意味を持っている.
なお,『第十七改正日本薬局方』(2016)の「日本薬局方沿革略記」には「明治 23 年になって内務省衛生局は,エーキマンの起稿に係る第一版日本薬局方註釈を発行した.」とあり,現在の薬局方では「エーキマン」の表記となっている.
★『第二版日本薬局方』(明治24年-1891)改正日本薬局方
「澱粉
Amylum
(甲) Erythronium dens canis Linn. (カタクリ)
本品は純白色無臭無味細微の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒を爲し其狭端に近き處に小孔を有し不同心性の層を呈す
(乙) Pueraria Thunbergiana Beruth. (葛)
本品は白色細小不整の塊片にして之を粉砕すれは純白色無臭無味の粉末となる顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる有角性の顆粒を呈す
澱粉は冷水及酒精に溶解す可からす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは異臭異味を有せさる中性希薄の粘漿となり此粘漿は沃度溶液を加ふれは暗藍色を呈す
本品を灰化するも百分に付き一分以下の固性物を残留す可からす」
★『第三改正日本薬局方』(明治39年-1906)
「○Amylum
澱粉
(甲) カタクリ
Erythronium
dens canis L.
かたくりは本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無臭無味細微の粉末をなし顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒をなし著明ならさる紋理を現はし通例其狭端に近き處に小孔を有す
(乙) 葛
Pueraria
Thunbergiana Beruth.
葛は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無臭無味の粉末をなしる顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる有角性顆粒を呈す
(丙) 馬鈴薯澱粉
Solanum
tuburosum L.
馬鈴薯澱粉は微に光澤を帯ふる白色の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは貝殻形或は卵圓形或は梨子形をなせる巨大の顆粒をなし著しく外心性の紋理を現はし通常其狭端に臍點を有す
澱粉は冷水竝酒精に溶解せす本品一分を水百分に攪和し煮沸して放冷するときは中性の粘漿となり其粘漿は「ヨード溶液に由て暗藍色を呈す
本品を灰化するに百分に付き一分以上の固性物を残留す可からす」
★『第三改正日本薬局方:標異便覧』(明治40年-1907)
「澱粉 【効用】栄養料となすの外ヨード中毒に一五・〇を水一五〇.〇に和し與ふ,又腸加答兒に灌腸〓となす,撒布こなとして單味に或は収斂藥に和し擦傷・濕疹等に外敷す.」
★『第四改正日本薬局方』(大正9年-1920)
「○Amylum
澱粉
(甲) カタクリ澱粉
Erythronium
japonicum Makino.
かたくり澱粉は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒をなし直徑〇・〇〇七乃至〇・〇九二みりめーとる (0.007-0.092 mm) にして著明ならさる紋理を現はし通例其狭端に近き處に小孔を有す
(乙) 葛澱粉
Pueraria hirsuta
Matsum.
葛澱粉は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる顆粒をなし直徑〇・〇〇二乃至〇・〇一八みりめーとる (0.002-0.018 mm) なり
(丙) 馬鈴薯澱粉
Solanum
tuburosum L.
馬鈴薯澱粉は微に光澤を帯ふる白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢すれは貝殻形或は卵圓形をなし直徑〇・〇七乃至〇・〇九みりめーとる (0.07-0.09 mm) にして往々〇・一みりめーとる (0.1
mm) を超ゆる顆粒をなし顕著なる偏心性の紋理を現はし核は通常其狭端に存す.叉間々複合性顆粒を混有することあり
澱粉は冷水竝酒精に溶解せす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは中性の粘漿となり其粘漿は「ヨード溶液」に由て暗藍色を呈す
本品を灰化するに百分に付き一分以上の固性物を残留すへからす」
★『第五改正日本薬局方』(昭和7年-1932)
「○Amylum Oryzae
米澱粉
(以下略)
【一】米澱粉は米より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは多角形にして直徑 3~10μ 多くは4~6μの小顆粒より成り互いに集團して大顆粒をなる核及紋理を認めす
【四】本品をグリセリン及ヨード溶液各等分の混液を以て顯微鏡下に装し檢するに顆粒は暗藍色を呈す若し暗藍色を呈せさる植物砕片を混することあるも極めて少數に止まるへし
【五】本品を 100°に於て乾燥するに其重量を減失すること 15% に過くへからす叉本品を灰化するに 1%以上の固性物を残留すへからす
○Amylum Puerariae
葛澱粉
【一】葛澱粉は Pueraria hirsuta Matsumura 米(クズ)の根より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは大小不同多くは數面より成れる顆粒をなし直徑2~18μ 多くは8~12μなり
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し
○Amylum Solani
馬鈴薯澱粉
【一】馬鈴薯澱粉は馬鈴薯より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは貝殻形或は卵圓形をなし直徑70~90μ にして往々 100μを超ゆる顆粒をなし顕著なる偏心性の紋理を現はし核は通常其狭端に存す叉間々複合性顆粒を混有することあり
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し
【五】單に澱粉と記載せる場合には本品を用ふべし
○Amylum Tritici
小麥澱粉
【一】小麥澱粉は小麥より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは大小不同球形或はレンズ形をなし直徑50~60μ 多くは25~35μの顆粒よりなり核及紋理は明瞭ならす
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し」
これ以降カタクリ鱗茎由来の「澱粉」が薬局方に収載されることはなかった.
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