2017年8月16日水曜日

カタクリ(9)江戸晩期-3 草木図説前編,増訂草木図説,生写四十八鷹

Erythronium japonicum
2010年4月 筑波山
飯沼慾斎『草木図説前編』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))は,草部20巻(草類1250種),木部10巻(木類600種)の植物学的に正確な解説と写生図から成る.草部は1856(安政3)から62(文久2)にかけて出版された.
この書は,江戸末期の植物図譜としては,岩崎灌園の『本草図譜』九六巻と双璧をなす名著として評価が高い.『本草図譜』が蘭書を参考にしながらも,中国本草のシステムを脱し切れなかったのに対し,『草木図説』はリンネの分類体系を組み入れ,学名(ラテン名)を入れるなど,より近代の西洋植物学に範をとった.図も植物の特長をよく現し,また,芸術性も高い.図にも部分図のあるものが多く,このために慾斎はある場合は顧微鏡を用いた.灌園の図とくらべると,花部の描写は丁寧で正確である.リンネの分類体系のためには雄しべ雌しべを正確に数える必要があったことが,慾斎の図を正確にした.
★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(1852頃成稿)
巻之五
           カタクリ ハツユリ 車前葉山慈姑
啓蒙草狀ヲ説可見.花無萼六辧ニシテ.三辧ハ狭ク三辧ハ濶.各辧爪實礎ニアタル處
陥凹ニシテ蜜槽ヲナス.然トモ外位ノ三ハ.ソノ狀不著.故ニ林氏蜜槽三辧ノ語アリ
實礎三稜.本末豊.一柱頭三裂.雄蕋六莖.三者短三者長.葯暗紫色.根圓長横行大サ
小指ヨリ小ニシテ白色.質大サギサウノ根ノ如シテ.山慈姑ノ類ニアラズ. 附 一
蜜槽 二實礎并柱 三両蕋 共本分圖
エレートニユム・デンスカニス 羅 ケウーン・ホンヅタンド 蘭」
とあり,より植物学的に詳しい記述がなされ,ラテン語名(学名)は,セイヨウカタクリと同じく Erythronium dens-canis としている.また,漢名は「車前葉山慈姑」ではるが,「山慈姑ノ類ニアラズ」とアマナの類ではないと明言している.

慾斎の『草木図説』を半世紀後に牧野富太郎が増補改訂した『増訂草木図説』(1907-22)は四巻本として出版された。文には「補」として牧野の記事が加わり、学名の変更も多いが、牧野による部分図も多く加えられていることは注目すべきである。
★牧野富太郎校訂『増訂草木図説』(1907-22)には,
「〇第八十四圖版 Plate XXXIV
カタクリ カタコユリ 車前葉山慈姑
Erythronium japonicum Makino.
ユリ科(百合科) Liliaceae
啓蒙草狀ヲ説可見.花無萼六辧ニシテ.三辧ハ狭ク三辧ハ濶.各辧爪實礎ニアタル處陥
凹ニシテ蜜槽ヲナス.然トモ外位ノ三ハ.ソノ狀不著.故ニ林氏蜜槽三辧ノ語アリ.實礎
三稜.本末豊.一柱頭三裂.雄蘂六莖.三者短三者長.葯暗紫色.根圓長横行大サ小指ヨリ
小ニシテ白色.質大サギサウノ根ノ如シテ.山慈姑ノ類ニアラズ. 附 (一)蜜槽 (二)實礎
并柱 (三)両蘂,共本分圖 (四)萼片ノ一(補) (五)花辧ノ一(補) (六)長短ノ雄蘂,廓大圖(補) 
(七)子房,廓大圖(補) (八)鱗茎(補)

エレートニユム・デンスカニス  ゲウーン・ホンヅタンド

補〕
多年生草本ニシテ通常樹陰ノ地ニ生ズ.襲重鱗莖ハ狭イ長肥厚ニシ卵狀圓柱
形ヲ成シ直立シテ凡二寸内外ノ長アリ基部ニハ前年ノ舊莖ヲ遺存シ數個相連
テ彎曲セリ.葉ハ一株二片アリテ葉柄ヲ有シ卵狀長橢圓形或ハ長橢圓ニシテ
鋭尖頭ヲ有シ表面ニ濁紫斑アリ.葶ハ単一ニシテ頂端一花ヲ著ケ點頭ス,花蓋片ノ
基部ニ暗紫色ノ采アリテ分明ニ三叉狀ニ見ハス是 Erythronium dens-caniis L. ト異
ナル主標ナリ,花辧ノ基部ニ前面ニ斗出セル二耳アリテ三花辧ノモノ三方ヨリ子
房ヲ圍ミテソノ周邉ヲ塞ゲリ,子房ハ倒卵狀橢圓形ヲ成シ緑色ニシテ三鈍稜アリ花
柱ハ子房ノ凡四倍長アリテ柱頭ハ三裂ス(牧野)」
と多くの追補がされていて,本文中のラテン語名は慾斎の記述のままセイヨウカタクリと同じとしているが,首記の学名は Erythronium japonicum Makino と,牧野が新たに命名したとある.セイヨウカタクリとは「花蓋片ノ基部ニ暗紫色ノ采アリテ分明ニ三叉狀ニ見ハス」と濃色の蜜標の有無が違いの主標であるとしている.

偶々,この牧野が付けた学名は,既に,ベルギー出身のフランスの植物学者であるジョセフ・ドケーヌJoseph Decaisne1807 – 1882)が 1854 年に “Rev. Hort. [Paris]. Ser. IV. iii. 284” に初記載したカタクリの学名と合致した.現在の標準的な学名は Erythronium japonicum Decne. とドケーヌが命名者ではあるが, IPNI Erythronium japonicum の項には,ドケーヌの原記載の記録と共に,Makino in Iinuma, Somoku-Dzusetsu, ed. 3, fasc. i. 441, vol. v. t. 84 (1907), japonica.” と,上記『増訂草木図説』の記載にも言及されている.

★嵩岳堂落款『生写四十八鷹』(1859, 安政6)の「冬の部 啄木鳥 かたくり」には,渓流の岸に咲くシロバナカタクリとコゲラが描かれている.『生写四十八鷹』には,各季節それぞれ十二種の花と鳥類が描かれていて,木版画の限界はあるものの,何れの描写力も優れている.
嵩岳堂については,以下のような情報がある.

【作画期】安政 中山氏、名は浪江、嵩岳堂と号し、浅草伝法院地内に住す。安政六年版の錦絵「生写四十八鷹」は、彼の落款を用ゐたれども、実は田崎草雲(1815 - 1898)の筆なる由、『浮世絵志』第十一・第十二両号に、遠堂主人の考証あり 田崎草雲門人

挿図三点は NDL デジタル公開画像より部分引用.

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