2021年10月6日水曜日

ビヨウヤナギ19 西欧-2 Hypericum,St. John’s-wort,H. perforatum名称の由来と民間伝承

Hypericum monogynum

 Hypericum perforatum, St. John’s-wort 


 ①:Fuchs, L., “New Kreüterbuch” (1543)
 ②:Vietz, F.B., “Icones plantarum” (1800)
 ➂:Masclef, A., “Atlas des plantes de France” (1890-93)

この大きな Hypericum 属のほぼすべての種に共通する黄金色の花被と,特徴の一つの数多い放射状の雄しべ,そして開花の最盛期が夏至の頃である事より Hypericum は自然に太陽や夏至に関連付けられたと考えられる.
  太陽が上がると悪魔や悪霊,妖怪が退散するとの伝承により,この「地上の太陽(Sol terrestis)」は,悪魔・悪夢払いの効果がある霊草として使われていた.
 


キリスト教が広まると,夏至の祭りと,洗礼者聖ヨハネの誕生日624日の “Feast Day of Saint John the Baptist” にちなんで “St. John’s-wort, 聖ヨハネの薬草との名が付いたのであろう.キリスト教がそれ以前の土着の宗教のシンボルや祝日を巧みに取り入れて拡大していったのは,冬至の祭りをクリスマスに結び付け,ヤドリギもクリスマスの装飾とした事にも見える

(当ブログ.セイヨウヤドリギ(2/6) クリスマス,kissing under the mistletoe,北欧神話,サートゥルナーリア祭 http://hanamoriyashiki.blogspot.com/2012/12/23kissing-under-mistletoe.html).

属名 Hypericum とはギリシャ語の hyper (=over)とereike (=heath)合成語で「荒地に生える植物」の意味だというが,一説では,この草を神像や聖人の肖像画の上に着けたことから,hyper(=over)とeicon(=icon or image)の古いギリシア語に由来するともいう.中世紀の著述家はfuga dæmonum(魔よけの草),Sol terrestis(悪魔を払う地上の太陽)と呼んでいた.イギリスでも古くはdevil-fugeDevil’s flightと呼で,ドアや窓につるして魔よけとした.ウェイルズではこれをthousand holesといい,また,魔よけの草としてy Fendigedi(=the blessed)とも呼んでいる.この草の魔よけの効はMidsummer Day前後が最も強いといい,断食して,StJohn’ s Day の早朝,露が乾かぬうちに採取した.採取した草は戸口や屋内につるして魔よけ・火難よけ・雷よけとしたし,地方によってはこの草を燃やしてその煙や炎で厄払いをしたり,スコットランドでは常時これを護符として肌身に着けた.昔はまた, St. John’s Eve にこれを子どもの首に下げて,向こう1年間の病封じとした.ドイツやフランスの農民は,St. John’s Day にこの草を集めて,小屋のドアの上や,窓の内側につるし,守護聖人の機嫌をとる.

この草には芳香があって,古くから薬草とされ,デヴォンシアではtutsan または titsum  (< F toute saine, heal-all)と呼んで万能薬としたし,地方によっては,その煎じ汁を躁病・ヒステリー・神経症.肺病などの薬とした.また,子どもの夜尿症には特効があるといって,寝る前にこの煎じ汁を飲ませることもある.

傷やけがにも用いたので,この草を balm of the warrior’s wound, herb of war, all-heal と呼ぶ地方もあった.ドン・キホーテが滞在先の公爵のいたずらから,猫から顔面に傷を負わされた際には,この草を主成分とする油剤を塗られた.

また,この草は恋占いや,子宝を祈るまじないにも用いられた.子のない女が素足のまま,この草を摘んでくれば,翌年のSt. John’s Dayまでには子宝に恵まれるといい,スイスでは乙女がSt. John’s Eve St. John’s Wortを含む七種の草を別々の処で摘んで,枕の下へ入れて眠れば,未来の夫を夢に見るといった.

次の一節は,あるドイツの生活暦から英訳した詩だという.

聖ヨハネの薬草


若い乙女は戸口からそっと忍び出て,
頬を染めながら霊力を持つその草を捜した.
 
「銀色のホタルよ,光を貸しておくれ.
  
今夜はオトギリソウを摘まなくては.
  
あの霊験あらたかな草,その葉は
  
来年,私が花嫁になれるかを決めるのだから」
    
蛍がやってきて
    
その銀の炎で
    
キラキラと周りを照らしていた
    
聖ヨハネの夜,一晩中
そしてその乙女はすぐに愛の結び目を薬草で作った

音も立てない忍び足で
乙女がへやへ帰ってみると,
怪しの月が白い光を投げていた.-
 
「ここで咲いておくれ,霊験あるこの草よ,
 
祝言の席の若い花嫁を飾るために.」
 
だが,くしき力のその草は頭を垂れ,
 
黙したまま,ひっそりと枯れ果てた.
 
地面に置かれた花輪も枯れてしまった
 
婚礼よりも埋葬にふさわしいように

そして一年の月日が流れるうちに,
若い乙女は顔青ざめて死の床に横たわった
    
蛍がやってきて
    
その銀の炎で
    
キラキラと周りを照らしていた
    
聖ヨハネの夜,一晩中
冷たいむくろは冷たい墓に埋められた

参考文献

Phillips, Henry (1775-1838), “Flora Historica; Or the Three Seasons of the British Parterre” 2nd ed., rev. (1829)
   Hone, William (1780-1842), “The Every Day Book : or, A guide to the year: - - - “ (1878)
 Coats, A. M., “Garden Shrubs and their Histories” (1973)
 Folkard, Richard “Plant Lore, Legends, and Lyrics Embracing the Myths, ----” (2020)
 加藤憲一「英米文学植物民俗誌」(1976

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