2022年7月8日金曜日

ウラシマソウ(8)江戸中期(6)本草鏡,本草正譌,本草正々譌,本草正正譌刊誤,千金方薬註

 Arisaema urashima


斎藤憲純『本草鏡』(1772)では,ウラシマソウは,由跋(ムサシアブミ)の類とし,花の裏に縞柄があるのでウラシマソウ(裏縞草)と名づけられたという.名古屋の本草学者,松平君山『本草正譌』(1776)ではウラシマソウは天南星の一種とした.松岡恕庵の子の定庵が著わした『千金方薬註』(1787)においても,同一の見解が支持され,「イヌノチンポ,アブラカヽノフドシ」など,面白い地方名も収められている.一方,成長過程をよく観察したらしく天南星類の実は「仏の頭の螺髪のようで,初めは緑で熟すと赤くなる」と表現し,また,「ウラシマソウの花茎は,二つに分かれた枝の間からではなく,地面から直接出てくる」とムサシアブミとの類似性を指摘した. 

★斎藤憲純(生没年不詳)『本草鏡』(1772)は「本草綱目」所収品について市販薬材の良否・産地・由来などを記す.文中の年記や引用文献から安永(1772-80)の頃の著作らしい.巻1-9が現存するが,もとは10巻か.憲純は京都の人で,号は東渓,ほかに「名物拾遺」「物類彙考」などの著作があるが,これも「本草鏡」と大同小異の内容である.著作には松岡玄達およびその門下の名を挙げることが多いので,玄達の弟子かも知れない.


この書の「草之六 毒草類四十七種」には,

虎掌 天南星
 虎掌南星本一類別種ナリ證類本草分ケテ別条トナス綱目一条トスルハ非也天南星和
名トラノヲ 一名ヤマニンジン クチナワノシヤクシ イヌノチンポ 山科追分実形 テンナイソウ轉? 所在○
中湿地ニ生ス莖葉花根共ニ蒟蒻ニ似テ莖頭三五葉ヲツク其葉細長
七八葉繞生スルモノヲ俗ニ北斗草ト云紹興本草所図ノ南星是也山城八幡
ノ山中ニ多シ共ニ莖淡白或ハ淡褐ノ斑点アリ或ハ斑ナキモノアリ四月紫花ヲ開
ク匙ニ似テ末細ク尖レリ秋実ヲ結霜ヲ被テ赤シ万年青(ヲモト)ノ実ニ似テ小也其
莖紫斑点アツテ実微大ナルモノヲ虎掌トス俗名ヘビノ大八又マムシソウト云一名
斑杖蒟蒻下南星ト一類別種ニシテ毒ハ尤不可用凢テ南星半夏由跋等
ノ類何レモ葉ノマワリ(図)如此一トカコミノ理アルモノ也
「一名」半夏精 輟―1) 蛇頭草根 藥性奇方2 豆也麻末注只 郷藥3
也麻造作 村家救急方3

由跋
ムサシアブミ 花肆 大半夏 菜肆 菜肆其根ヲ偽リテ半夏トナシテ售用ヘカラズ春
莖ヲ抽端ニ二三葉ヲツク南星葉ニ似テ大光沢アリ花紫色蹬ニ似タリ花肆
ユキモチ草 花純白 布袋草 ウラシマ草 花辧ノ裏ニシマスジアリ 抔称スルモノ皆此類也」とある.
1)輟―:輟耕録(てっこうろく)中国,元・明間の人 陶宗儀の随筆集.30巻.1366(至正26)の序がある.《南村輟耕録》ともいう.
2)藥性奇方:『花彙』始め多くの本草書に参照されているが,探しきれなかった.
3)いずれも朝鮮の民間薬物書,『本草綱目啓蒙』でも参照文献として挙げられる.
4)「浦島草」ではなく,花の裏の縞模様が「裏縞草」が名の由来とする.ウラシマツツジ(裏縞躑躅,Arctous alpina var. japonica)は葉の裏面の目立つ網目模様の特徴からの名.

 ★松平君山(16971783)『本草正譌』(1776

君山(秀雲)は江戸時代中期の儒者.尾張名古屋藩書物奉行.藩命で『士林泝洄(そかい)』『張州府志』を編集.著作はほかに注疏『孝経直解』,本草,詩文『三世唱和』など多数.
『本草正譌』は,明の李時珍の『本草綱目』をとりあげ,君山自身の見聞をもって考察弁明したものである.『本草綱目』は不朽の名著ではあるが,著者が多病なため,文献本位に傾く欠陥もあった.また,我国でも,貝原益軒・松岡恕庵などの著書が行われているが,独断に出づる説が少くない.君山は,それらの正論を志して,老躯を啓蒙にささげたわけであるが,さすが一代の大家だけに,本書の編集も大がかりなもので,門下の秀才が給動員された観がある.
本書刊行の意義は,徒らに先人の説に依存していた斯界に一大警告を与えたもので,画期的な著述といえる.


この書の「巻之二 草之二」には「虎掌」「天南星」の項があり,「浦島草」を「天南星」の一種としている.

虎掌 天南星.是亦一類二種ナリ.○ 虎掌ノ形状蘇頌カ
説ノ如シ.莖葉ハ天南星ト同ジ,花實大ニ異ナリ,莖生スルコト
遅シ,五月花ヲ開ク,莖頭ニ出テ形芋ノ花頌カ説ノ如シ.實白色ニシテ
小ナリ ○ 天南星 是亦,形状蘇頌カ説ノ如シ但,莖ヲ生
スル早シ,二月花ヲ開ク,莖ノ傍ニ出テ紫色,長鬚アリ,花肆ニ
浦島草ト云釣絲ニ喩フ.其實穂ヲナシ紅色,甚大ナリ.松岡氏,
天南星ハ莖ノ色ウス色,或ハ白色,實モ亦小ナリト云ハ虎掌ヲ錯
認ス.貝原氏二種アリ,一種芋ノ葉ノ色ニ似テ光アリ,岐アリテ
三ツニワカル,實紅ナリト云,真ノ南星ナリ.一種菎蒻ニ似テ莖ニ
黒點多シト云ハ,本草菎蒻集解ノ斑杖草ナリ,花莖頭ニ出テ
紅實ヲ結ブ,南星ト同シテ小ナリ.二種共ニ可用卜見ユ.松岡氏ハ斑
杖ハ毒甚シ,不薬用ト云.然レトモ山中ノ人,虎掌・南星・斑杖,三
種雑ヘ採ル,根形一般ナリ,薬店ニモ同ジク*,功用亦,相同
ジ.」
*グ(ひさぐ):売る.商いをする

「由跋 俗名ムサシアフミ花ノ形ヲ以テ名ツク一名大半夏ト云
半夏ノ大ニ非ス」①とある.

★山岡恭安『本草正々譌』草部 1778)は,上記君山の『本草正譌』に対する反論である.その動機は,ことさら先輩の説に異を立てたというほどではなく,すでに書き上げてあった『本草和産考』のうちから,(特に草木部で)所見を異にするものを摘出して世に問うたものといわれる.(名古屋市教育委員会『名古屋叢書 第十三巻 科学編』より部分引用)この書に

虎掌.マムシ草,俗天南星ト覺タル物ナリ,所々ニ多シ.莖班多キ者班
杖ト云,相似テ葉繁密ナル者蒟蒻,俗称コンニヤクナリ.虎掌ニ似テ花
白玉ノ如キモノ,俗ユキモチ草,叉クワンキ草ト云,是真ノ天南星ナリ.両枝
ヲ分ツ者,花又異ナリ,俗名ムサシアブミ,則由跋ナリ.以上四種,一類別種
ナリ.○菩薩草,和産未詳.正譌ニ坐禅草ト.坐禅草ハ花鏡ノ一瓣蓮*
ナリ.」と,『本草正譌』に追記・訂正の文を記した.
*花鏡ノ一瓣蓮:陳扶揺『秘伝花鏡 五巻』(1688)に「一瓣蓮
一瓣蓮.一名旱金蓮.又名觀音芋.葉大如芋.秋間開
白花.只一大瓣.狀如蓮花其大瓣中花蕊.遠視之頗
類佛像.故有観音之稱.」と図もある.クワズイモと思われる.

 松平君山の門に学んだ★杉山維敬(??)は『本草正正譌刊誤』(1779)をあらわし,上記山岡恭安の『本草正正譌』に対し師を擁護した.

この書には簡明に
「虎掌.天南星ノ別種ナリ,正譌ニ詳ナリ.」③とある.

 松岡恕庵の子の定庵(松典)(生没年不詳)が著わした★『千金方薬註 全四巻』(1778)は,中国唐代の代表的医書『千金方』中の薬物の名義を説いたものである.『千金方』は,孫思邈 (581682) によって 650年頃に著された書で,30巻からなり,医学の修業,医の倫理より論を起こし,病理,薬物療法,鍼灸,あんま,食餌療法など当時の医学知識を網羅した一大医学全書である.


『千金方薬註』の「巻之三 草部下」には,

天南星 〔和名〕ヘブス 陸奥 一名狐ノ杓子 河内 一名犬ノチンホ 近江追
一名アブラカヽノフドシ 醍醐 一莖直チニ抽テ兩岐ヲ作シ毎枝
五葉或ハ七葉ヲ生ズ葉面濃ク背薄シ紋脉周邉(マハリ)ニ約(クヽリ)アリ絡
石葉*1ノシベニ似タリ兩岐ノ正中ヨリ花ヲ抽デ一辧ニシテ匕(サジ)
ノ如シ倒ニ見レバ鐙ニ似タリ色淡青ニシテ紫色ノ間道アリ
莖ニ薄斑アリ故ニ又マムシクサト呼フ其(ノ)斑色濃紫ナルヲ
越後ノ人ヘビノ大八ト呼ブ叡山鞍馬其ノ外處々山中陰地ニ
生ズ土地ニ随テ形狀少異アリトイヘドモ皆一物ナリヘビ
ノ大八ハ殊ニ大毒アリトイヘドモ總テ南星ハ毒草ナリ半
夏ニ比スレバ毒尤モ甚ダシ熱湯ニ幾回モ泡シテ後姜汁ニ浸シテ
其ノ毒ヲ和ラゲ藥ニ入ベシ大凢ヘビノ大八ハンゲウラシ
マサウムサシアブミユキモチサウ北斗草皆兄弟姉妹ナリ
南星虎掌由跋皆親戚ナリ土地ニ因テ形異ナリ故ニ本草諸
家其ノ見ル所ニヨリテ論ズ皆花謝*2ニシテ後實ヲ結ブ佛頭ノ螺髪
ニ似タリ生ハ青ク熟ハ赤シ」

虎掌 一名斑杖  〔和名〕ヘビノ大八越後 南星ノ一種ナリ故ニ綱目
ニ虎掌ヲ南星ノ一名トス莖ニ深紫斑アリ狀甚タ惡ムベシ
虎掌虎薊虎杖皆斑アルヲ以テ虎ノ字ヲ昌ラシム清少納言枕
草紙*3ニ杖ナクトモアリキナンカホツキニト云ヘルハ戯言
ナリ漏籃子*4亦虎掌ト名ク」

由跋 一名東海鳶頭一莖兩岐一枝三葉南星ノ葉多キト
異ナリ花紫縦文アリ背至テ白色ナルヲ種樹家ニ雪モチト
呼ブ又浦島草アリ兩岐ノ中ヨリ花莖ヲ抽デズ別ニ根ヨリ

生シテ花一辧中ヨリ長鬚一條ヲ抽デ半夏花ト一般其末地ニ
垂レ魚ヲ釣ルニ似タリ故ニ名ク亦南星ノ類ナリ」とある.

*1 絡石葉?:絡石はテイカカズラの漢名だが,その蘂とテンナンショウの葉が似ているとは???
*2 
花謝:花が散ること.

*3 清少納言枕草子:〔百四十七〕

「見るにことなき物の、もじにかきてことごとしき物、いちご。つゆくさ。水ふゞき。くも。くるみ。もんじやうはかせ。とくごふの生。皇太后宮権大夫。やまもゝ。いたどりは、まいてとらのつえとかきたるとか、つえなくともありぬべきかほつきを。」

*4 漏籃子:トリカブトの根の小さい物

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