Arisaema urashima
稲生若水・丹羽正伯編『庶物類纂』(1747)において,著者らは多くの中国本草書を精査し,李時珍が『本草綱目』に述べた「虎掌と天南星は同一物である」との見解に「これは誤りで,虎掌と天南星は一類二種である」とした.
上記書籍の約50年後に,幕府に献上された戸田祐之著『庶物類纂図翼』(1779)において,祐之は上記叢書に記された物品の写生図を収載した書籍を献上したが,その「草部第十五虎掌」の項で,二種の「虎掌」の図を掲げた(冒頭図).その一つ「俗名也布古無尓也久」(ヤブコンニャク)と標された植物はその形状からウラシマソウと同定できる.
★稲生若水・丹羽正伯編『庶物類纂』延享4 年(1747)成立
日本の本草書.動植物・鉱物の中から薬効のあるものを選んで分類し,それぞれについて中国の文献から関係する記事を収集して記した書.元禄10年(1697),本草学者の稲生若水は加賀藩主前田綱紀から命を受け,『庶物類纂』の編纂に着手した.しかし,正徳5年(1715),若水は作成途中で病死し,のちに藩主綱紀も死去したことにより,事業は中断した.それを惜しんだ八代将軍徳川吉宗は,若水の弟子である丹羽正伯らに編纂事業の継続を命じ,延享4年に完成した.全1054巻(465冊).
『庶物類纂』延享4 年(1747)の「巻五十三 虎掌」の項には,
「虎掌
虎掌陶隠居云近道亦有リ形似二半夏一ニ但皆大四邊有レ
子如二虎掌一今マ用ルニ多破ルレ之或ハ三四片爾方藥亦不一正用二
也唐本草注ニ云此ノ藥是レ由跋宿ナル者其苗一莖莖頭一葉
枝丫(音鴉)脥(古協切)莖根大ナル者如レ拳小ナル者如二雞卵一都テ似二扁
柹ニ一四畔有二圓牙一看ルニ如二虎掌一故ニ有二此ノ名一其由跋ハ是レ新根
猶大ナルヲ二於半夏一ヨリ二三倍四畔無キ二子牙一爾陶云虎掌似ル二
半夏一即由跋以二由跋一爲二半夏一釋スルニ二由跋ノ苗ヲ一全ク二説ク二鳶尾ヲ一南
人至テレ今猶用テ二由跋一爲二半夏ト一也臣禹錫等謹按ルニ蜀本圖
經ニ云其莖端有二八九葉一花生ス二莖間ニ一根周圍有レ牙然若シ二
獸掌一也(嘉祐補注本草)
虎掌生二漢中山谷及ヒ冤句ニ一今河北州郡亦有レ之初生
根如二豆ノ大一漸クレ長サレハ大似テ二半夏ニ一而扁累ルレ年ヲ者根圓及フレ寸ニ
大ナル者如二雞卵一周匝生ス二圓牙二三枚ヲ一或ハ五六枚三四月
生スレ苗ヲ高尺餘獨莖上有レ葉如レ瓜五六出分布ス尖テ而圓
一窠生ス二七八莖ヲ一時出シ二一莖ヲ一作レ穗ヲ直上如二鼠尾ノ一中生ス二一
葉ヲ一如レ匙裹ミ莖ヲ作レ房ヲ旁開キ二一口ヲ上下尖中有レ花微青褐
色結レ實ヲ如二麻子ノ大熟スレハ即白色自落チ布クレ地ニ一子生ス二一窠ヲ一
九月苗殘ル取テレ根ヲ湯ヲ入レ二器中ニ一漬スコト五七日湯冷レハ乃易ユ日
換ルコト三四遍洗二去涎一暴乾用ユレ之或ハ再ヒ火炮ス今ニ冀州ノ人菜
圓中種ユレ之亦呼テ爲二天南星ト一江州有二一種ノ草一葉大如レ掌
面青背紫四畔有牙如虎掌生三五葉爲一本冬青
治二心疼寒熱積氣一不レ結二花實ヲ一與レ此名同故ニ附二見ス之一(本草
圖經)
虎掌因ル二葉形似ルレ之非レ根ニ也南星トハ因ル三根圓白形如キニ二老人
星ノ狀一故ニ名ク二南星ト一即虎掌也蘇頌說甚明白宋ノ開寶不
レ當二重一出ス南星ノ條ヲ今ニ併入ス(明李東壁本草綱目)
大ナル者爲二虎掌一南星一ト小ナル者爲二由跋ト一乃一種也今ニ俗又言フ
大者ナル爲二鬼臼ト一小者爲二南星ト一殊?爲二謬誤ト一(同上)
謹按虎掌天南星苗根相似差?不レ同カラ乃一類二種
也由跋似テ二半夏ニ一而根苗極テ大三種各異李東壁以
爲二一物ト一誤也
虎掌花如二蛇頭一兩枝相抱(明李中立本草原始)
虎掌根蒟蒻根皆似二天南星一人雜采ニテ以爲二南星一淆賣シ
了不レ可レ辧ス火炮シ易キレ裂ケ者ハ是南星炮シレ之不レレ裂ケ者ハ是虎掌
蒟蒻也(同上)
虎掌南星根極テ相似葉逈然ナレド不レ同而攻効相近シ古人
通ニ用ス之一故ニ頌曰天南星ハ即本經ノ虎掌也(同上)
天南星之名始マルレ目二開寶一即本經之虎掌也以レ葉ヲ取レ?レ象ヲ
則名ク二虎掌ト一根類取ルレ名ヲ故曰二南星ト一雖具スト二二名ヲ一實ニ係ル二一物ニ一
爲下開二滌スル風痰ヲ一之耑藥ト上(清張路本經逢原)
其新生之芽曰二由跋ト一(同上)
謹按此レ亦承ク二李東壁之誤ヲ一也」とある.
★戸田祐之著『庶物類纂図翼』安永8 年(1779)成立は幕臣の戸田祐之(とだ-すけゆき,1724-1779)が描いた薬草類の写生画集.『本草綱目』(李時珍著)所載の植物を写生している.本書の献上を幕府へ願ったところ,上記『庶物類纂』(稲生若水・丹羽正伯編)の参考図録として有用であるとの評価を受け,『庶物類纂図翼』の書名を与えられ,安永8年に紅葉山文庫に収蔵された.平成8年(1996)に『庶物類纂』とともに国の重要文化財に指定された.各地での呼び名も付記してあり,図はやや装飾的ではあるが,地下部などは実物に基づいたと思われる.全28冊(添書含む).紅葉山文庫旧蔵.
祐之は『庶物類纂図翼』(1779)の「草部第十五 虎掌」の項に二種の虎掌の図を掲げた.(冒頭図)「虎掌 俗名也布古無尓也久」(やぶこんにゃく,右方図)とあるのは,形状から見てウラシマソウと思われ,もう一種「虎掌 右虎掌俗名波久奈無世宇 」(はくなむせう,左方図)とあるのは,テンナンショウ属(ユキモチソウ?)の白花種と思われる.
ウラシマソウの場合は花序の付属体が釣り糸のように垂れ,マイヅルテンナンショウの場合は長く上に向かって直立して伸びるのが特徴であり,仏炎苞の色も前者は暗紫色,後者は緑色である.また,木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』(1991)によれば,ヤブコンニャクの名称を持つのはウラシマソウとマムシグサである.マムシグサの仏炎苞は葉より上に咲くので,この図とは合わない.
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