2016年2月18日木曜日

アスパラガス-6 アピーキウス ”De Re Coquinaria”,下ごしらえ,パイとカスタードのレシピ

Asparagus officinalis
Merian, M., Der Fruchtbringenden Gesellschaft, t. 67 (1646) die spargeln
地中海沿岸原産と考えられるアスパラガスは,古代ギリシャから野生種の若い芽が食材として利用され,ローマ時代には現在と同じ種が広く栽培されていたと考えられる.

帝域が拡大するティベリウス帝の時代(14 37) に,美食家・料理人として著名なマルクス・ガウィウス・アピーキウス (Marcus Gavius Apicius) が残したとされる古代の最も著名な料理本『デ・レ・コクィナリア (De Re Coquinaria)』にもいくつかのレシピが残る.この書はアピーキウスが書いたものではないとの説が有力だが,ローマ帝政時代の料理を記録したものと考えられる.以下に Project Gutenberg's, Cooking and Dining in Imperial Rome, by Apicius“Apicius. Cookery and Dining in Imperial Rome. ”Trans. Joseph Dommers Vehling (1879 - 1950) . 1936) より,関連の英文を掲げ,私訳を添える.

ポンペイの壁画 宴会風景
“BOOK III. THE GARDENER (Lib. III. Cepuros), CHAP. III. ASPARAGUS には,アスパラガスの下ごしらえとして,” ASPARAGUS [IN ORDER TO HAVE IT MOST AGREEABLE TO THE PALATE] MUST BE [peeled, washed and] DRIED AND IMMERSED IN BOILING WATER BACKWARDS.” (アスパラガスを料理に最適にするためには,皮をむき,洗って,乾かし,根元の方向から沸騰している湯に浸す事が必要だ.)としている([Tor]. deviates from the other texts in that he elaborates on the cooking process).

また,アスパラガスを使った料理としては,Book IV. MiscellaneaLib. IV. Pandecter),II. Dishes of Fish, Vegetables, Fruits and so forth Patinae Piscium, Holerum & Pomorum)に,以下の二つのレシピが載る.
[132] ANOTHER COLD ASPARAGUS [and Figpecker](ズグロムシクイ属) DISHALITER PATINA DE ASPARAGIS FRIGIDA
COLD ASPARAGUS PIE IS MADE IN THIS MANNER TAKE WELL CLEANED [cooked] ASPARAGUS, CRUSH IT IN THE MORTAR, DILUTE WITH WATER AND PRESENTLY STRAIN IT THROUGH THE COLANDER. NOW TRIM, PREPARE [i.e. cook or roast] FIGPECKERS [and hold them in readiness]. 3 [3] SCRUPLES OF PEPPER ARE CRUSHED IN THE MORTAR, ADD BROTH, A GLASS OF WINE, PUT THIS IN A SAUCEPAN WITH 3 OUNCES OF OIL, HEAT THOROUGHLY. MEANWHILE OIL YOUR PIE MOULD, AND WITH 6 EGGS, FLAVORED WITH ŒNOGARUM, AND THE ASPARAGUS PREPARATION AS DESCRIBED ABOVE; THICKEN THE MIXTURE ON THE HOT ASHES. THEREUPON ARRANGE THE FIGPECKERS IN THE MOULD, COVER THEM WITH THIS PURÉE, BAKE THE DISH. [When cold, unmould it] SPRINKLE WITH PEPPER AND SERVE.
(私訳:冷製アスパラガス・パイ,鳥肉添え.
良く洗い下ごしらえをしたアスパラガスを乳鉢ですりつぶし,水を加え,直ぐに水きり器で濾す.一方,カットしローストした Figpecker(ズグロムシクイ属の鳥)の肉を用意しておく.三スクループル*のコショウを乳鉢で挽いて,肉汁(ブロス)を加え,更にグラス一杯のワインを加える.この汁を三オンスの油と共にソースパンに移し,よく熱する.その間にパイの生地をオイルで湿らせ,オエノグラム(魚醤とワインの混合液)で風味をつけた卵六個,上記の処理をしたアスパラガスを加える.熱い灰の上でこの混合物を(熱して水分を蒸発させ)とろみをつける.そしてパイの台の上に鶏肉を並べ,このピューレを掛けて皿ごと天火で焼く.冷めたらパイを皿から出してコショウを振りかけて,食卓に供する.)
Figpecker:ズグロムシクイ属の野鳥
COLANDER:水切り器,わんの形をして下の方に小さい穴がいくつもある料理用具,洗った野菜などの水切りに用いる
SCRUPLES:スクループル 古代ローマの重量単位: 1/24 ounce
ŒNOGARUMgarum(古代ローマの魚醤) diluted with wine
PURÉE:ピューレ 野菜,果物,肉などを煮て裏ごししたもの

ポンペイ壁画 食材.調味料
[133] ANOTHER ASPARAGUS CUSTARD (ALIA PATINA DE ASPARAGIS)
ASPARAGUS PIE IS MADE LIKE THIS [1] PUT IN THE MORTAR ASPARAGUS TIPS CRUSH PEPPER, LOVAGE, GREEN CORIANDER, SAVORY AND ONIONS; CRUSH, DILUTE WITH WINE, BROTH AND OIL. PUT THIS IN A WELL-GREASED PAN, AND, IF YOU LIKE, ADD WHILE ON THE FIRE SOME BEATEN EGGS TO IT TO THICKEN IT, COOK [without boiling the eggs] AND SPRINKLE WITH VERY FINE PEPPER.
[Tor. ](私訳:アスパラガス・カスタード.アスパラガスの芽と粗びきコショウ,ラベージ,緑のコリアンダー,セイボリーと玉ねぎを乳鉢に入れ,すりつぶし,ワイン,肉汁(ブロス),油を加える.十分に動物性油を引いたパンに移し,お好みで火で熱している間に溶き卵を加えてとろみをつける.そして卵が煮立ないうちにコショウを振りかけて,食卓に供する.)
LOVAGE:ラベージ,ロベージ,ラビッジ,ラベッジ,学名: Levisticum officinale はハーブとして使われるセリ科の多年生植物
SAVORY:キダチハッカ,セイボリー

どちらの料理でも,アスパラガスは乳鉢(mortar, mortaria)で擂り潰されるが,特に最初のレシピでは,繊維質だけが残り,あまりアスパラガスの風味を生かしているとは思えない.いくつかのサイトでこのレシピを再現しているが(左図),画像や感想を見る限り,どちらもあまり美味とは思えない.

なお,前記事で,プリニウスが述べたアピーキウスの「フラミンゴの舌」「ボラの魚醤絞め」「豚のフォアグラ」の調理・調整法はこの書には見いだせなかった.
また,調理器具の乳鉢については,福井工業高等専門学校の荻野繁春さんの「古代ギリシア・ローマのテキストとモルタリア」の論文が興味深い.


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