Asparagus officinalis
asperge sauvage |
地中海沿岸原産と考えられるアスパラガスは,古代ギリシャから野生種の若い芽が食材に,根がハーブとして利用され,ローマ時代には現在と同じ種が広く栽培され,富裕層の食卓を飾っていた.現在でもフランスなどでは野生種(A. acutifolius)の新芽が「アスペルジュ・ソヴァージュ,野生アスパラガス(asperge sauvage)」の名で食されていて,細いが栽培種より味が濃くて風味があると販売され,日本にも輸入されている(左図).同名のasperge sauvage 或は森のアスパラガス(asperge des bois) と呼ばれる食用野草もあり,こちらはオオアマナ科の
Ornithogalum pyrenaicum の花茎と蕾で,土筆に似た形をしている.
西暦 23 年ヴェローナに生まれ,ローマ帝国のさまざまな要職を歴任したガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)はたいそうエネルギッシュで好奇心旺盛な人物であったらしく,食事中も耳から知識を吸収しょうと本を読ませる人物を雇っていた.またどこに出かけるにも筆記者を伴ったし,服を着替えながらでも口述筆記させた.西暦 79 年,ヴェスヴィオ火山の噴火を観察しようと近づきすぎたため死亡したといわれる.
プリニウスの著作で唯一現存しているのが,自然と芸術についての百科全書的な37巻の大著『博物誌 “Naturalis historia”』である.ローマ皇帝ティトゥスへの献辞の中で彼自身がのべているように,この書物には,100人の著者によるおよそ2000巻の本からえらびだした2万の重要な事項が収録されている.最初の10巻は77年に発表され,残りは彼の死後おそらく小プリニウスによって公刊された.この百科全書がとりあげている分野は,天文学,地理学,民族学,人類学,人体生理学,動物学,植物学,園芸,医学と医薬,鉱物学と冶金,美術にまでおよび,余談にも美術史上,貴重な話がふくまれている.
この中で,彼はアスパラガスについて,誰もが採取できた野生種と,高価で金持ちしか食べられない肥え太った栽培種があり,後者には産地ブランドが在ること,また栽培には丁寧な手入れが必要である事を記している.農民や小作人が手をかけて育てる価値があるほどの野菜として高く評価されていたのであろう.
VIII-54
but have distinctions been discovered even
in herbs, and has wealth established grades even in articles of food that sell
for a single copper? The ordinary public declares that even among vegetables
some kinds are grown that are not for them, even a kale being fattened up to
such a size that there is not room for it on a poor man's table. Nature had
made asparagus to grow wild, for anybody to gather at random ; but lo and
behold ! now we see a cultivated variety, and Ravenna produces heads weighing
three to a pound. Alas for the monstrosities of gluttony! It would surprise us
if cattle were not allowed to feed on thistles, but thistles are forbidden to
the lower orders ! (以下英文は,Pliny:
Natural History, with an English translation” by H. Rackham (1868-1944). The
Loeb Classical Library; London: W. Heinemann,1938-63 より)
左: 野生種 Sibthrop, J. Flora Graeca Vol. 4: t. 37 (1823) 右:Prof. Dr. Otto Wilhelm Thomé Flora von ---(1885) |
VIII 繊維作物と野菜 54
では、野菜(菜園植物)に関しては差別が見られただろうか。たった一アスで売られているような食物にまで富による差別ができたのだろうか。市民たちが言うところによると、このような食物においても、自分たちのために作っていない作物があるという。というのも、カウリス (キャベツの類) は貧乏人の食卓にはのりきらないほど大きく育てられるからである。自然はコルグ(野生アスパラガスの類)を野につくり、誰でもあまねく刈り取ることができた。だが見よ、肥え太ったアスパラガスが作られ、ラウェンナ(アドリア海に面する町。現ラヴェンナ)産のアスパラガスは三本で一リブラ(約三二七グラム)にもなる。ああ、何という貪食の怪物がいることか。家畜にカルドゥウス(チョウセンアザミ属)を食べることを禁止することさえ驚くべきことかもしれないのに、平民が食べられないとは。(以下和訳は 大槻真一郎編『プリニウス博物誌 植物薬剤篇』八坂書房 (1994より)
また,その栽培法について,既に記した大カトーの記述を元に,詳しく述べている.ここで,栽培種のアスパラガス(Asparagus officinalis)は野生のアスパラガス(A. acutifolius)の改良品としているのが注目される.
XLII. Of all cultivated vegetables
asparagus needs the most delicate attention. Its origin from wild asparagus has
been fully explained, and how Cato xvi. 173. recommends growing it in
reed-beds. There is also another kind less refined than garden asparagus but
less pungent than the wild plant, which springs up in many places even in
mountain districts ; the plains of Upper Germany are full of it, the emperor
Tiberius not ineptly remarking that in that country a plant very like asparagus
grows as a weed.
145 菜園における仕事のなかで、最も細やかな手入れが行なわれるのはアスパラガスの栽培である。アスパラガスの起源については、コルダ(野生アスパラガスの類)から生じたことを前に述べたし(「植物篇」V・173 参照)、またカトーがそれをアシの茂みの中に播くよう指示した(カトー『農業について』六・三)ことも同様に述べた。また、ほかにも比較的野生種に近いアスパラガスがあるが、コルダよりは柔らかい。このアスパラガスは、山の中にも広く生えており、ゲルマニア・スペリオル(高地ドイツ)の平原にはいっぱい生えている。ティベリウス・カエサルが、ゲルマニアの平原にはアスパラガスに似た草がびっしり生えていると言ったのは、なにも大袈裟なことではない。
In fact the kind that grows wild in the island
of Nisita off the coast of Campania is deemed far the best asparagus there is.
Garden asparagus is grown from root-elumps. for it is a plant with a large
amount of root and it buds very deep down. When the thin stem first shoots
above ground the plant is green, and the shoot while making a longer stalk
simultaneously tops off into grooved protuberances. It can also be grown from
seed.
146 さて、カンパニア地方のネシス島(小さな火山島で現ニシダ島)に自生しているアスパラガスは、極上品とされている。栽培用のアスパラガスは根(根塊)から栽培される。なぜならアスパラガスには根がたくさんあって、非常に深いところから芽を出してくるからである。最初、とげのような茎が突き出たときは緑色である。一定の時間が経つと、茎が長く伸び、筋のついたこぶができるようになる。種子から栽培することもできる。
No subject included by Cato is treated more
carefully, and it is the last topic of his book, showing that it was a novelty
just creeping in. His advice is to dig over a place with a damp or heavy soil
and sow the seeds six inches apart each way, so as to avoid treading on them ;
and moreover to put two or three seeds in each hole, made with a dibble along a
line—obviously at that time asparagus was only grown from seed.
147 カトーは他の何よりもアスパラガスを入念に記述している(カトー『農業について』161〜162)。そして、これが著作の最後の部分にあることから、新しく入ってきたものだったことがわかる。カトーが指示しているところによると、湿地または粘土質の土地を耕し、そこに、踏みつけないように半ペス(約一五センチ)の間隔で種子を播くが、さらに、一直線上に杭で穴をあけ二、三粒ずつ入れて播くとよい-その当時は種子だけから栽培していたことが明らかにわかる-。
He recommends doing this after the vernal
equinox, using plenty of dung, frequently cleaning with the hoe, taking care
not to pull up the asparagus with the weeds, in the first year protecting the
plants against winter with straw, uncovering them in spring and hoeing and
stubbing the ground ; and setting fire to the plants in the third spring.
The earlier asparagus is burnt off, the
better it thrives, and consequently it is specially suitable for growing in
reed-beds, which burn speedily. He also advises not hoeing the beds before the
asparagus springs up, for fear of disturbing the roots in the process of hoeing
; next plucking off the asparagus heads close to the root, because if they are
broken off, the plant runs to stalk and dies off ; going on plucking them till
they run to seed (which begins to mature towards spring-time) and burning them
off, and when the asparagus plants have appeared, hoeing them over again and
manuring them.
Nine years later, he says, when the plants
are now old, they must be separated and the ground worked over and manured, and
then they must be replanted with the tufts spaced out a foot apart. Moreover he
expressly specifies using sheeps' dung, as other manure produces weeds.
148 種播きは春分の直後に行ない、肥料をたっぷりとやり、頻繁に手入れを行なうとよい。その際、雑草と一緒にアスパラガスを引き抜かないように注意する。最初の年には藁で冬の寒さから守り、春に覆いの藁を取りはらい、土を鋤き返し、除草し、三年目の春に火をかける。早めに燃やしたほうが、アスパラガスはよく生える。したがって、燃えやすいアシの茂みが非常に適している。またカトーは、土を鋤くときにアスパラガスの根が傷む恐れがあるので、ちゃんと生えるまで鋤を入れてはならないと指示している。
149 その後、アスパラガスを根だけを残して引き抜く。なぜなら、もし途中で茎が折れると、芽を出して枯れてしまうからである。種子をつける頃まで収穫し―春になると種子が熟す-、火をかけ、またアスパラガスが生えたときには再び鋤を入れ、肥料を施す。そして九年後、すっかり古くなってしまったら、土を耕して肥料を施してから株分けする。それから、その根を一ぺスの間隔で植える。そのうえさらに、カトーは、とくにヒツジの糞を使うよう指示した。というのは、他の動物の糞では雑草が生えるからである。
No method of cultivation tried later has
proved to be more useful, except that they now sow about February 13 by digging
in the seed in heaps in little trenches, usually preparing the seed by soaking
it in dung ; as a result of this process the roots twine together and form
tufts, which they plant out at spaces of a foot apart after the autumn equinox,
the plants going on bearing for ten years. There is no soil that asparagus
likes better than that of the kitchen-gardens at Ravenna, as we have pointed
out.
I find it stated that corruda (which I take
to be a wild asparagus, called by the Greeks horminos or myacanihos as well as
by other name) will also come up if pounded rams' horns are dug in as manure.
150 さて、その後、試みられた方法はどれも、カトーの指示より有効ではないことがわかった。ただし例外的に次のような方法が行なわれている。すなわち、二月一三日頃、肥料に十分浸しておいた種子を、小さな穴に密集して埋めて播き、次に、根が互いに絡み合ってできたアスパラガスの苗根を、秋分の後、一ペスの間隔で植える。そうすると、一〇年間種子を実らせつづける。
151 先にも紹介したように(本巻・54参照)、アスパラガスにとって、ラウェンナの菜園の土より適した土はない。コルダ
― ギリシア人がホルミノスとかミュアカントスとか、その他の名で呼んでいるこの植物は、やはり野生のアスパラガスだと私は思う―
は、雄ヒツジの角を砕いて埋めておいたときに生える(と書かれている)のを私は知っている。
アスパラガス類は食用としてだけではなく,その根はギリシャ・ローマ時代から,近世に至るまで,薬用に用いられた(次記事).
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