Amana edulis
2017年4月 トミーさんから頂いた鱗茎より |
アマナの一名はトウロウバナなので,山慈姑→金燈花→燈籠花→アマナの経路で,『本草綱目』に記述されている形態や生態に完全には一致しないにもかかわらず,アマナの漢名が山慈姑とされたように思われる.
1712脱稿の松岡恕庵著『用薬須知』には,「山慈姑 和名甘菜(アマナ)ト云モノ是ナリ」とあり,また1713年序の毘留舎那谷著『東莠南畝讖』では,「アマナ」の美しい写生図に「南京水仙 山茲孤」とある.1713頃頃の寺島良安『和漢三才図会』にも「山慈姑 さんじこ 俗云 阿末奈」とあり,さらに1714年の稲生若水校注『本草綱目(若水本)』で山慈姑は「アマナ(トウロウハナ)」と訓じられている.これで,和刻の本草綱目では,初めて山慈姑が日本に自生する「アマナ」と考定された.若水本は「和刻本のなかで一番優れている」と言われていて,その影響は大であったので,これ以降本草家の間で「山慈姑=アマナ」が定着したのであろう.
一方園芸家の間では,「山慈姑=アマナ」は共通認識ではなかったようで,「山慈姑」には「キツネノカミソリ」「ナツズイセン」らしき球根植物が充てられていた.
漢名
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黄精
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萎蕤・葳蕤
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山慈姑
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出典
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刊行年等
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ナルコユリ
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アマドコロ
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アマナ*
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貝原益軒
本草綱目
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1673
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ヲホヱミ
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エビクサ
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トウロウハナ
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和爾雅
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1694
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ナルコユリ
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カラスユリ
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トウロウバナ
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大和本草
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1709
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アマトコロ
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カラスユリ
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特定せず
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用薬須知
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1712脱稿
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ナルコユリ
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アマドコロ
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甘菜・アマナ
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東莠南畝讖
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1713序
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南京水仙(写生図)
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和漢三才図会
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1713頃
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(和名無)
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阿末奈
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燈籠花,愚和,阿末奈
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稲生若水
本草綱目
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1714
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ナルコユリ
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アマドコロ
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アマナ・
トウロウハナ
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和漢音釈書言字考節用集
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1717
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金燈花
(トウロウバナ)
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★貝原益軒『和刻本草綱目(貝原本)』(1673) では,黄精は「ヲホヱミ,俗称アウシ」,萎蕤は「ヱヒクサ」,麻黄は「カクマクレ,イヌドクサ」と訓じられ,一方山慈姑は依然として「トウロウハナ」と訓されている.
日本最古の園芸書で,中国やイギリスに並び,世界的に見ても早期のものである★水野元勝『花壇綱目 巻上 夏草之部』(1681跋刊)には,
「さんしこ ●花紫也咲比まへに同(まへ:鐵仙花 咲比五月之比)●養土は合土用て宜し●肥は右同(右:阿蘭陀撫子 肥は茶から干粉にして可レ用也)●分植は秋之比」とある.この「さんしこ」がアマナなら既に庭で育てられていた事となるが,花期や花色が合致しない.ナツズイセン(Lycoris squamigera)か?
益軒の養子★貝原好古の『和爾雅』(1694)は,江戸前期の辞書.8巻.中国の「爾雅」に倣って日本で用いられる漢語を意義によって24門に分類し,音訓を示し,漢文で注解を施したもの.その巻之七艸木門第二十二には,
「〇黄精(ナルコユリ ササユリ)(ワウセイ)黄芝.莬竹.鹿竹.救窮草.龍衘.垂珠並同」
「〇萎蕤(カラスユリ)葳蕤.女萎.玉竹.地節.」
「〇山慈姑(トウロウハナ)金-燈.鬼-燈-檠.鹿蹄草.並同」とある.
元禄期に江戸の大名屋敷にも出入りしていた植木屋★伊藤伊兵衛の『花壇地錦抄』(1695) は,総合的園芸の実際書として,元禄の世を風靡した草花・植木約700種を収載した古典園芸書中の白眉であるが,その「花壇地錦抄四五, 草花夏の部, 従(より)レ是下の初中末の三字は夏三月断(ことわり)なり (中略)
「○白昌草(あやめ)のるい初
さんじこ末 花あかし、葉すいせんのごとく
花の時分は葉なし 秋に出る」とある.キツネノカミソリ(Lycoris sanguinea)であろうか.
★貝原益軒『大和本草』(1709) 巻之九雑草類 には,
「山慈姑 若水云 今多以二鐵色箭及石蒜一爲二山慈姑一倶非レ是」と,稲生若水が山慈姑は鐵色箭:ナツズイセン,石蒜:ヒガンバナでもないと言っているとのコメントのみで,考定はしていない.
「山慈姑,此モノ種類多シ,古人用ユル所ハ多ク石蒜*根(シビトハナ子)ナリ
獨リ時珍ニ至ッテ根顆辧解アルモノヲ以テ之充ツ,
和名甘菜(アマナ)ト云モノ是ナリ, 然レトモ臞-神-隠傳紫-金-錠ノ方下
ニ花紅ク花ト葉ト相ヒ見不故無義草ト名クルノ説ヲ見ルニ
石-蒜-根是ナルベシ,今漢ヨリ来ルモノハ真偽詳ナラズ」
獨リ時珍ニ至ッテ根顆辧解アルモノヲ以テ之充ツ,
和名甘菜(アマナ)ト云モノ是ナリ, 然レトモ臞-神-隠傳紫-金-錠ノ方下
ニ花紅ク花ト葉ト相ヒ見不故無義草ト名クルノ説ヲ見ルニ
石-蒜-根是ナルベシ,今漢ヨリ来ルモノハ真偽詳ナラズ」
とある.
見た限りでは,これが山慈姑を甘菜(アマナ)と考定した最古の文献である.更に,「山慈姑」は中国から輸入されていて,ヒガンバナの根の様であるが,その真偽は明らかではないとしている.
見た限りでは,これが山慈姑を甘菜(アマナ)と考定した最古の文献である.更に,「山慈姑」は中国から輸入されていて,ヒガンバナの根の様であるが,その真偽は明らかではないとしている.
*石蒜:ヒガンバナ,無義草がこれに当たるとした.
「南京水仙 山茲孤
長三四寸两葉相對而
出生花者似蘭又類
唐嶋百合三月上咲
根有玉」
とあり,アマナが南京水仙や山茲孤と呼ばれていたことが分かる.なお図中の「山慈姑」との朱筆は後年に小野蘭山が書き入れたもの.
★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)の「巻九十二之末 山草類」には
「山慈姑 さんじこ
金燈 鬼燈檠 朱姑 鹿蹄草 無義草
俗云 燈籠花,俗云 愚和,俗云 阿末奈
本綱,山慈姑ハ冬月ニ葉ヲ生ズ.水仙花ノ葉ノ如クシテ狭ク二月中ニ枯ル.一茎,箭幹(ヤカラ)ノ如ク,高サ尺許リ,茎ノ端ニ花ヲ開ク.白色,亦紅色,黄色ノ者モ有リ.上ニ黒点有リ.其ノ花乃チ衆花族リテ一朶ヲ為ス.糸ヲ紐ビ成スガ如ク,愛スベシ,三月ニ子ヲ結ブ.三稜有.四月ノ初メニ苗枯ルレバ,即チ其ノ根ヲ掘リ取ル.状ハ慈姑(クワイ)及ビ小蒜ノ如シ.遅キトキハ則チ苗腐リテ尋ネ難シ.根苗ハ老鴉蒜*ト極メテ相類ス.但シ老鴉ノ根ニハ毛無ク,此ノ根ニハ毛殻有リテ包裏(ツツ)ムヲ異ト為スノミ.之レヲ用ウルニ毛殻ヲ去ル.但シ其ノ花ト葉ト相見ズ.人之レヲ種ウルコトヲ悪ンデ,之レヲ無義草ト謂フ.根ヲ取リ藥ト為ス.
一種 円慈姑有リ.根ハ小サキ蒜ノ如シ.
気味(甘ク微辛,小毒有リ) 能ク粉滓(ソバカス),面黔(ニキビ)ヲ治ス.(根ヲ用ヰ,夜塗リ且タ洗フ)癰疔,悪瘡ヲ療シ諸毒ヲ解ス.故ニ紫金錠方中ニ入レ用ウ.
△按ズルニ,草木花詩譜ニ云ク,金燈花ニ二種花有リ.一簇五朶ヲ開キ,金燈ハ色紅ナリ.銀燈ハ色白シ.皆蒲生ジテ分種(ワケウユル).
藝州及ビ四國ヨリ出ヅ.葉根共ニ本草ノ説ノ如シ.(石蒜*(シビトハナ)ノ根ハ皮有リテ毛無シ.此ノ根ハ畧小サクシテ毛多シ) 四月ニ花ヲ開ク.形ハ梅花ニ似テ尖リ,長キ鬚有リ.黄ト白トノ二種有リ.本草ニ絲ヲ紐ビ成スガ如キヲ謂フ形ノ如クナラザル耳(ノミ).(畿内ニハ石蒜多ク有リテ,山慈姑ハ甚ダ希レ也)」
*老鴉蒜,石蒜:ヒガンバナ
故 磯野直秀 慶大教授 の「資料別草木名初見リスト」ではこれが「アマナ」の初見とされている.
★稲生若水『和刻本草綱目(若水本)』(1714) では,黄精は「ナルコユリ」,萎蕤は「アマドコロ」,麻黄は「カワラトクサ」と訓され,一方山慈姑は「アマナ(トウロウハナ)」と訓じられている.
和刻の本草綱目では,初めて山慈姑が日本に自生する「アマナ」と考定された.若水本は「和刻本のなかで一番優れている」*と言われていて,その影響は大であったので,これ以降本草家の間で「山慈姑=アマナ」が定着したのであろう.
*「和刻本のなかで一番優れている」:国立国会図書館 電子展示会「描かれた動物・植物
江戸時代の博物誌」(ndl.go.jp/nature/index.html)
★槙島昭武(駒谷散人槙郁)『和漢音釈書言字考節用集』(1717) は,近世節用集の一で,漢字を見出しとし,片仮名で傍訓を付す.配列は,語を「乾坤」「人倫」「支體」「數量」などに分類し,さらに語頭の一文字をいろは順にする.近世語の研究に有益.この書の「第六巻 生植」の門の
「土(ト)」の章に「金燈花(トウロウバナ) 山慈姑ノ花也 〇出レ左幾」
「左(サ)」の章に:「山慈姑(サンジコ)叉作二山茨菰一,時珍云,葉如二水仙一而狭,根如二水慈姑一,花如二燈籠一而朱色
〇出二土幾一」
「幾(キ)」の章に:「金燈草(キントウサウ)叉云,無義草
〇出レ土」
とあり,山慈姑=金燈花=トウロウバナと定義されていたことが分かる.
なお「第六巻 生植」の門の「安(ア)」の章には「アマナ,甘菜」はない.
「山慈子(さんしこ) 初春の此葉を出ス水仙の葉のごとく
初夏の此葉ハ枯て六月はなを出ス一坙に四五
りんツゝ丹の色成ルうす紅なり根は水仙のごと
く玉也時珍か所々に有冬に葉を生二月に
枯一坙箭簳(ヤガラ)の如ク花は白有り紅有り根ハ諸毒
を解(ケス)萬病解毒丸に此根を第一に入ると本草綱
目にあり」
「金燈草(きんとうさう) さんしこと同断の物にて葉大きくひ
ろく春出夏枯ル花ハ六月にさく花の色うす白
くさくらいろなり是時珍が日ク花に白紅有り
と云白花のるひなり草花に唐さんしこ共いふ
俗夏水仙といふ」
図には葉と花が描かれているが,前者はキツネノカミソリ,後者はナツズイセンの様に見える.
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