岩手県八幡平 2008年7月 |
故磯野慶大教授の初見は,斎藤憲純(東溪)著『本草鏡』(1780頃)であるが,それ以前,島田充房・小野蘭山著『花彙』(1765)に「蚤休(サウキウ)ハナガササウ」の名で出ている.「蚤休」は『本草綱目 毒草類 草之六 毒草類』にある薬草で,その本体は日本には産しないツクバネソウ属の草本であるが,記述された形状との類似性から,キヌガサソウが,「蚤休」あるいは「蚤休の一種」とされたこともあった.
文献の添付画像は全て NDL のデジタル公開画像よりの部分引用.
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「蚤休(サウキウ) ハナガササウ
熊―野山―中ニ産ス其餘諸―州深―山陰―湿地ノ地ニ間(マヽ)亦是アリ
苗ノ高サ尺―余一―茎直―上葉心ニ當リ翠盖(ヒスイノハカサ)ノ形ノ如シ
一―枝十―葉夏ニ至テ中心葉上又茎ヲ起シ頭黄
紫-花ヲ開ク一花十辧上ニ金糸蕋アツテ下ニ垂ウ秋
ニ至テ子ヲ結フ色―紅根尺―二蜈蚣(ムカテ)ノ如クニシテ大サ
肥―紫菖―蒲ノ如シ此レ草中ノ絶―品ナリト謂フヘシ盆ニ
植愛―観スルニ足レリ」とあり,薬草というよりは,「此レ草中ノ絶―品ナリト謂フヘシ」とあるように,観賞用花卉としての評価が高い
★斎藤憲純(東溪)『本草鏡』(1780頃) 一七八〇 安永九 斎藤東溪 本艸講義七冊
「本草鏡」は斎藤憲純(東溪)の著作で「本草綱目」所収品について市販薬材の良否・産地・由来などを記す.文中の年記や引用文献から安永(1772-80)の頃の著作らしい.斎藤憲純は京都の人で憲純は名,号は東渓,生没年は未詳.著作には松岡玄達およびその門下の名を挙げることが多いので,玄達の弟子かも知れない.
その「巻之六 毒草類」の項には「蚤休
漢渡只偽物ナシ又蒼木或ハ甘松ノ中ニ雜リ來ヲ択出スモアリ肆中金線重楼
ト呼内科ニ用イルコト稀ナリ専外科ノ用ニ入和産木曽山中ニアリ郷名キヌガサグサ 又曰ヲヽカザグルマ
ト呼南星葉ニ似テ縦理多ク莖端ニ六七葉攅生シテ傘ノ形ニ似タリ中心ニアタツテ
一莖ヲ抽紫花ヲ開ク七葉一枝花ノ名ニ應ス根ハ大蜈蚣ニ似テ毛多ク漢渡ニ比ス
ルニ異ナルコトナシ其形状全テ紹興本草所圖ニ符合ス只未レ見二成レ層者一一種江州伊吹
及城洲大慈山等ニ産ス和名延齢草一名ミツバアフイ根形気味スヘテ木曽ノ産
ト豪モタガワズ根バカリニテハ分別シカタシ但莖端ニ二三葉攅生シテ中ヨリ細莖ヲ□
深紫色ノ花ヲ開キ円実ヲ結ブ七葉一枝ニアラズト云ヘドモ殊ト同物ナリ是土地ノ
異ニヨルト見ヘタリ〇蚤休人胞共ニ紫河車ト名ツク宜シク方書病門ニ因テ考ヘ
用ヘシ又群書拾唾ニ形ヲ錬テ仙トナル法ニ紫河車ト云フアリ不預
〔一名〕草紫河車 本経逢原 草躬身草 郷菜本草」
とあり,キヌガサソウと思われる木曽山中産の白い花をつける「郷名キヌガサグサ 又曰ヲヽカザグルマ」はその性状が本草綱目の「蚤休」と一致するので和産の蚤休であるとした.一方「深紫色ノ花ヲ開」く「江州伊吹及城洲大慈山等ニ産ス和名延齢草」も,生育地によって花の色が変わった同一物であるとした.
《本草綱目》に関する蘭山の講義を孫職孝(もとたか)が筆記整理したもの.《本草綱目》収録の天産物の考証に加えて,自らの観察に基づく知識,日本各地の方言などが国文で記されている.その「巻之十三 草之六 毒草類」には,
「蚤休 [一名〕胞衣草 時珍食物本草 血竭草 血見愁草 共ニ同上 金銭
草 事林廣記 草紫河草 本經逢原 草河車 本草彙言 紫河車草 万氏家抄
躬身草 郷藥本草
方書ニ紫河車トイフニ二アリ.下ニ幾具トアルハ胞衣(エナ)ナ
リ,下ニ幾兩トアルハ蚤休ナリ.蚤休ハ舶来ナシ.本邦薬
舗ニテ舶來ノ甘松アルヒハ蒼朮ノ中ヨリ擇イダシ,金仙
リ.世人醋ニテ磨,無名腫毒ニ傳テ効アリ.然レドモソノ根ハ
拳参ニシテ,蚤休ニアラズ.今加州白山,越州立山ニ,オホカ
ザダルマト呼クサアリ.種植家ニテ,キヌガササウトイフ.
春,舊根ヨリ一茎ヲ生ス.高サ一尺許,八九葉ソノ頂ニ圓ニ
布テ傘ヲヒラクガゴトシ.其葉ハ天南星葉ノゴトク,長サ
六七寸,潤サ一寸余,四月ニイタリソノ上ニ一花ヲヒラク.
大サ一寸餘,細辧九出,淡紫色ニシテ深紫色ノ斜紋アリ.又
白花ナルモアリ.皆花中ニ圓實アリテ,外ニ黄蕊,白鬚,各九
アリ.ソノ根ハ大サ一寸許,長サ五寸許,形蝦魁(イセエビ)ノゴトクシテ,
一頭曲レル内ノ方ニ髭根アリ.又根曲ラザルモノアリ.色
ハ泥昌(シヤウブ)根ノゴトシ.コレ蚤休ノ一種ニシテ眞物ニアラズ.
其葉タヾ一層ニシテ花ニ金線ナキ故ナリ.」
とあり,「蚤休」の一種で「加州白山、越州立山」で「オホカザダルマ」と呼び,園芸家が「キヌガササウ」という草があるが,これは真の「蚤休」ではないとしている.(原文にはない句読点を,読みやすいように適宜入れた)
★岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 跋) には,「キヌガサソウ」の説明として「キヌガササウ 蚤休一種」とある.
毒性のある植物百二十二種を選び,前後二編・附録の二巻の構成である.有毒植物に関するまとまった図説としては本邦初のものと言える.繊細な線画を特色とし,植物の形態を正確に写している.
この書の「前編」には水谷光文(落款印)の精密な図と共に
「きぬがささう 蚤休 本草綱目 一種
漢名未詳
毒あり山中の産なり春一根に一莖を生ず高さ一尺許莖頭に
八九葉生じて傘の如し夏心中に莖を生じ一花を開く十辧淡
紫色深紫色乃文理あり黄蕋を垂る蚤休和産いまだ詳(つまびらか)ならず」
とある.
実際に毒性を確認したのかは不明だが,ネットでは,キヌガサソウが有毒との情報は見出せなかった.
実際に毒性を確認したのかは不明だが,ネットでは,キヌガサソウが有毒との情報は見出せなかった.
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