佐竹ら編『日本の野草 草本』(1982), 平凡社 にはこの植物の属するマンネングサ属,マンネングサ亜族には亜種・変種を含めて15種が日本に野生で見られると記載されている.
生育地も海岸から高山,乾燥地から渓流脇まで広い.冬でも枯れず,抜いてもなかなか枯れないので,「イツマデグサ」と呼ばれていた.
清少納言『枕草子 第六七段』の「草は」の項で
「あやふ草は岸の額に生ふらんも、實にたのもしげなくあはれなり。いつまで草は生ふる處いとはかなくあはれなり。岸の額よりもこれはくづれやすげなり。まことの石灰などには、えおひずやあらんと思ふぞわろき。」と記した.
この「いつまで草」は,摘んでも枯れないところから,マルバマンネングサではないかと 湯浅浩史 東京農業大学 短期大学部・環境緑地学科教授はいう.
これには異論もあって,橋本治『桃尻語訳 枕草子(上)』 1987 年 河出書房新社では,「危険草(あやうぐさ)は崖っぷちに生えてるっていうのもさ、なるほど、心配だわよね。いつまで草は、もうさァ、はかなくっていいのよねェ。(ガケっぷちよりもこっちのが崩れやすいんじゃないの? 「ホントの漆喰壁なんかには絶対生えてなんか来ないんだろうなァ」って思うとダサイけどさ)〔註‥〝いつまで草〞っていうのは壁に生えるっていうの〕」と訳し,挿絵では「いつまで草」は「キズタ」だとしている.
また,『大庭みな子の枕草子』 2001 年 講談社では「あやう草*は、岸の額ぎわに生えるとか、あやうい感じをそう名づけたものか。いつまで草*は岸の額よりあやうげな石灰の地に生えるとか、ほんとうの石灰の壁に生えるというわけでもなく、いつまでもつかと思われるはかなさ。」と訳し注で「あやう草、いつまで草、ことなし草は不詳。」としている.
では江戸時代はどう呼ばれていたのか,その時代の百科事典や園芸書を見てみよう.(続く)
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