日本固有種であり,花被に細かい紫色の斑点が目立つことから,ホトヽギスの胸の羽根の模様になぞらえて名がある.江戸中期から庭園で栽培されたが,茶花としても用いられた.
よく用いられている漢名「油點草」は誤用である.「油點草」が使われたのが確認できたのは,江戸後期の岡林清達・水谷豊文『物品識名』で,それ以降多くの植物誌で使われている.
また,ヤマホトトギスを認識して,ホトトギスは「サワホトヽギス」として区別し記したものもある.(図はいずれも NDL のデジタル公開画像より部分引用)
★岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 跋)
品名を和名のイロハ順とし,ついで水・火・金・土・石・草・木・虫・魚・介・禽・獣に分け,各項にその漢名・和の異名・形状などを記した辞典.序によれば,『物品識名』は,初め水谷豊文(1779-1833)の友人岡林清達が着手したが眼病で中絶し,豊文が継続,完成させた.後編『物品識名拾遺』(特1-2504)は豊文の単独執筆である.イロハ順といっても,江戸時代の場合は第2字目以下はイロハ順ではないが,本書は「キリシマ・キリ・キリンケツ」のように,第2字目も同じ名を連続する工夫をしているので,一般的なイロハ引より使いやすい.本書は和名中心の動植鉱物辞典の嚆矢だったので,大歓迎された.
その「乾」の巻の「ほ」の部に
「ホトヽギス 油點草 酉陽雜俎」
と出典も併記して「油點草」の名が現れる.「油點草」はホトトギス類の葉-特に下部の葉-に黒色の斑点が生ずる(梅園草木花譜,左側,ヤマホトトギス,下葉三枚)ので,『酉陽雜俎, 卷十九 廣動植類之四』の「油點草,葉似莙薘,每葉上有黑點相對」の記事を基に考定したと思われる.が誤用であるのは前々記事に述べた.
渋い色合いが好まれたのか,茶花として用いられた.
★佳氣園著.岩崎常正画,芳亭野人編『茶席挿花集』(1824) は茶の席で用いられる花材を絵と簡単な説明で示した小冊子で,その「凡例」には,
「 一、四季の花を十二の月に分けしといへども年の寒暖地の陰陽にて一棟ならずまづ其時の花を尋ね給はば其月と前の月後の月とを一讀あるべし 此三月のうちよりいけてよき花を得る也 これ時候によりて花に遅速あれば当月ばかりにてはつくさざるゆえ也
(中略)
一、此書佳氣園翁の集められしを予又岩崎灌園先生に請て漢名を正し 剛定補入す然れども翁の開所をも残せるもの多し 且つ草木異名あまた也 ここには只つねにいわ所の名を記す
(後略)」
と,示した花期は目安で,気候や地方で異なる可能性があること,植物の同定は当時一番の本草学者岩崎灌園に依頼したとある.
その「七月」の部に
「ほとゝとぎす 油點草 葉笹のごとし
▲さハほとゝきす 花紫
▲山ほとゝきす 春よりさく 葉に丸みあり」
と二種のホトトギスが記載され,前者がホトトギスが,後者がヤマホトトギス」と思われる.「油點草」が一般的に使われていたことが分かる.
★岩崎灌園『武江産物誌』(1824序)は江戸とその周辺の動植物誌で,それぞれの品に漢名を記し,和名を振仮名で付け、多くは主要産地を挙げる.合計で植物約 520品、動物約 230品を記録し,薬草類の採集地別では,道灌山の119品が群を抜いて多い.
その「藥草類」「道灌山の産」の項に「油點草(ほとゝぎす) 落合モ」とある.薬草類とはあるが,『本草綱目』には「油點草」はない.また,薬効も伝わっていない.
★毛利梅園『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)
江戸後期の博物家梅園は江戸築地に旗本の子として生まれ,長じて,御書院番を勤めた.20歳代から博物学に関心を抱き,『梅園草木花譜』『梅園禽譜』『梅園魚譜』『梅園介譜』『梅園虫譜』などに正確で美麗なスケッチを数多く残した.他人の絵の模写が多い江戸時代博物図譜のなかで,大半が実写であるのが特色.観察地,採集地の記載も多く,江戸の動植物相を知る好資料でもある.当時の博物家との交流が少なかったのか,名が知られたのは明治以降.
その『秋之部三』には二種のホトトギスが記載されている.
一つ目の図には
「和漢三才圖会隰草類ニ曰
杜鵑草(ホトヽギス) 俗偁 本名不詳
武江産物志ニ曰
油點草(ホトヽギス)
大和本草[花草]類ニ載
丙戌南呂初五日 望道灌山折莖 一寫
環按杜鵑草有二二種一花
白色ニシテ有二浅紫点一者山杜
鵑ト云地錦抄ノ之圖上ヲ?考ルニレ以テ
是寫者山杜鵑也唯称スル二
杜鵑トスル一者ハ畧異ナル然トモ不二別
種ナラ一?」
とあり,1826年陰暦8月5日に道灌山近くで折り取った物を描いている.
もう一つの図には
「和漢三才圖會及
大和本草ニ曰
杜鵑草(ホトヽキス)
サハホトヽキス
前條ニ寫之者
即山郭公草(ヤマホトヽキス)
此ハタヽ杜鵑草(ホトヽキス)ト云
其種類尤多
丙戌南呂未有十日 寫」とあり,1826年陰暦8月30日に写生したとある.
いずれも正確・精密で美しい植物画であり,前者がヤマホトトギス (Tricyrtis macropoda),後者がホトトギスと容易に同定できる特徴が描かれている.また,『茶席挿花集』にもあるように,ホトトギスが「サハホトヽキス」も呼ばれ,他のホトトギス類と区別されていたことが分かる.
続く.
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