2018年12月11日火曜日

ホトトギス (1) 地方名,漢名「油點草」『酉陽雑俎』誤考定

Tricyrtis hirta
植栽 茨城県南部
毛利梅園『梅園禽譜』 (1839 序)  杜鵑 雄雌
日本の固有種であり,花被に細かい紫色の斑点が目立つことから,ホトヽギスの胸の羽根の模様になぞらえて名がある.漢字名は「郭公花」,「鷄脚草」,「杜鵑草」,「時鳥草」などである.

よく使われている漢名「油點草」は,中国唐時代の段成式(803 - 863年)撰『酉陽雑俎』に現われる草の名称で,ホトトギスの葉に油を垂らしたような模様がみえることから,この草と考定されたが,中国にはホトトギスは分布しないので,誤用である.
日本の植物誌で「油點草」の名が用いられたのは,確認できた限りでは,岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 ) が最初で,それ以前にこの漢名を用いた文献は見いだせなかった.

★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)に収載された地方名は「こまゆり(富山)」「しびっとばな 和歌山(海草)」「そ-しきばな 和歌山(海草)」「そーれんばな 和歌山(海草)」「やまぎゅ-り 鹿児島(垂水市)」と数は多くなく,和歌山(海草)には縁起の悪い名が残る.

日本では鳥の羽の模様に例えるが,英名は花被の斑点をヒキガエルの背中のぶつぶつに例えて “Toad Lily” (ヒキガエル百合),頂けない.

現在では無効になっているが,最初に学名をつけたのはツンベルクで,彼の『日本植物誌 Flora Japonica』(1784)に,日本には自生しないウブラリア属に属するとして Uvularia hirta として発表したが,1863 年に Tricyrtis 属に移され,現在の正名となった.
Uvularia 属とは花のつき方が全く異なるが,ツンベルクが入手した標本は花のない個体だったので,葉の形状や葉序の類似性からこの属に入れたようだ.(後述)

★『酉陽雑俎』(ゆうようざっそ)は,中国の唐代に荒唐無稽な怪異記事を集録した書物である.段成式(803 - 863)撰,20巻・続集10巻.860年(咸通元年)頃の成立である.内容は,神仙や仏菩薩,人鬼より,怪奇な事件や事物,風俗,さらには動植物に及ぶ諸事万般にわたって,異事を記しており,中国の小説あるいは随筆中においてその広範さは一,二を争う.魯迅の愛読書であり,南方熊楠が,プリニウスの『博物誌』と名を比した書としても知られる.

その「廣動植類四,巻之十九 草篇帳八」に
油點草,葉似莙薘,每葉上有黑點相對とある.(図は《崇文書局叢書》清崇文書局輯,光緒三 (1877)より)

今村与志雄訳注『酉陽雜俎3』東洋文庫379 (1981) には
「八〇九 油点草(一)
葉は、莙(きん)達(二)〔甜(てん)菜〕に似ている。葉ごとに黒い点が向いあわせになっている。
一 油点草 植物名。百合科。多年生草本。学名 Tricyrtis hirta.日本名、ホトトギス。観賞用になる。
二 莙達 莙薘ともかく。菜の別名。は甜に通ずる。甜菜。蓼科の植物で、葉は食用になり、根は製糖の原料になる。また、観賞用の品種がある。学名は Beta vulgaris.日本名、トウヂサ、フダンソウ。いわゆるサトウダイコンも菜の一種だが、薬のきざみが深くで、根が肉質で、紡錘形を呈している。」
とあるが,冒頭に述べたように分布から「油點草=ホトヽギス」は誤考定.葉も全く異なる.

★中村惕斎『訓蒙圖彙(キンモウズイ)』(1666) 第十二冊/巻之十七「菜蔬」の部に「莙薘(くんたつ) ふつくさ 今按俗云 たうぢさ(とうじさ) 菜(てんさい) 甜菜(てんさい) 並同 」とあり(右図,NDL),いかにも菜っ葉らしい株が描かれていて,これはホトトギスの草姿とは全く異なる.此事からも油點草=ホトヽギスは否定される.

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