2015年11月26日木曜日

ハンカチノキ (2015-2) ,夏から秋, 果実の成長 ポリフェノール,勇敢な毛虫 紅葉

Davidia involucrate
2015年11月
庭のハンカチノキは,五月に 200 個程の花が咲き,観察に適した低い枝にも果実がついた.多数の果実が大きく成長し,大部分は台風の余波の強風で落果したが,現在でも初冬の空に丸い実を鈴のように掲げている.
ピックアップしてその成長過程を画像で追ってみる.これで,今年の新芽が付いてから(ハンカチノキ (2015-1), 新芽・蕾・開花・落花・展葉 ),実が落ちるまでの経過を追うことができた.


5月に受粉した両性花は苞が落ちる前に子房を成長させる①.苞が落ちた後も花柱と花糸はしばらく残る②.果托には,二つの果実がついてもよいように,偏って実がついているように見えるが,見た限りではひとつ以上の果実がついている様子はない.花糸が落ちた後,花柱の尖端から糸状の付属物が出ている果実がある③.

6月には,ある程度,実は大きくなるが,まだ全体に柔らかく,内部の種子もカッターで,簡単に切れ,青リンゴのような匂いがする④.放置すると,果肉が黒く変色する⑤.塩水中に入れておくとこの変色の進行が抑えられることから,リンゴと同様に,ポリフェノール酸化酵素が,果肉や果汁の中に含まれていたポリフェノールと空気中の酸素と反応を触媒し,重合物を作ると考えられる.実際に損傷を受けた実の傷口が真っ黒になっていた⑥.

越前町立福井総合植物園プラントピアの園長さんは実際に食べてみたそうだが,その感想は「果肉は若いナツメの果実のような爽やかな臭いがします。ガブッとやると…味はまじいです。すっぱ渋い、イタドリの茎の味に似てますが、もっと我慢できない刺激があります。『この味は…シュウ酸では?』」とのこと

10月には,種(核)は大きく硬くなり,果肉は薄くなる.硬くていかにもまずそうな果肉だが,園長さんのように勇敢な毛虫⑦がこの果肉をかじっていて,なかの種子(核)があらわになっていた⑧.このような損傷を受けた果実は少数で.ポリフェノールは十分にその防御の役目を果たしていたようだ.落ちた果実を集めると,大きな皿に山盛り一杯⑨.本当に食べる事ができればいいのに.

葉は,秋の終わりの強風で,殆んどは緑のうちに,少数が茶色になって落ちるが,ごく少数ながら紅色や黄色になって落ちる(左図).全数がこの色になれば見事だろうとは思うが.残念.


2015年11月22日日曜日

マルバアサガオ-5 種子は幻覚剤? Flowers and Their Histories,フランシスコ・エルナンデス,オロリウキ,ウルビナ,ホフマン,LSA含量=0.

Ipomaea purpurea
2015年11月 茨城県南部
アサガオ (Ipomaea nil) は日本へ中国から奈良時代に移入されたが,観賞用としてよりは,その種子の瀉下剤としての薬用の有用性が高く評価されたからであり,マルバアサガオにも同様の薬理活性があるとされている.(前記事

一方,マルバアサガオには,幻覚剤としての作用があるかもとの記述もある.★Alice M. Coats "Flowers and Their Histories" Adam & Charles Black, London (1956), p58 には,Convolvulus C. Major (syn. Ipomoea purprea). Morning Glory. - - -. In 1963, alarm and despondency were created by the news that American Drug-addicts were chewing the seeds of Morning-glory to produce hallucinations, and the sale of them in Britain was prohibited for a time while investigation were being made; but the seeds were eventually pronounced to be harmless.” 1963年には,アメリカの薬物濫用者たちがこのマルバアサガオの種を噛んで幻覚を楽しんでいるとの落胆すべき警報があり,英国では調査の期間中,一時種子の販売が禁止された.しかしその後,種子は無害であると公表された.私訳).とある.

これには,「種子は無害である」とされているが,実際にはそのような幻覚作用があるとの報告もある.
Wikipedia(E) Ipomoea purpureaの項には “The triangular seeds have some history of use as a psychedelic; they, like Ipomoea tricolor contain LSA. Effects are reported to be somewhat similar to those of LSD.“ とあり,種子は幻覚剤として使用されていた歴史があり,幻覚剤として有名な LSD (リゼルグ酸ジエチルアミド, d-lysergic acid diethylamide)と化学構造が類似している LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)が含まれているとの報告があると読める.

ヒルガオ科の種子に幻覚作用があることは,アメリカ中南部の先住民たち,アズテックやその近隣の部族には知られていて,サボテンのペヨーテ,テオナナカトルと呼ばれるキノコとともに,ヒルガオ科のオロリウークイ Oliliuhqui,” の種子が,主に宗教的な儀式で神官たちによって用いられていた.

最初にヨーロッパに,メキシコ地方でこのヒルガオ科の植物の種が幻覚剤として用いられていると報告したのは,スペイン王フィリップ二世のために,1570 1575年にメキシコの動植物探索を行ったスペイン人の医師フランシスコ・エルナンデス・デ・トレド (Francisco Hernández de Toledo, 1514 –1587) で,彼の死後 1651年にローマで出版された "Rerum medicarum Novae Hispaniae thesaurus, seu plantarum, animalium, mineralium mexicanorum historia" "De Oliliuhqui, seu planta orbicularium foliorum" の項目に,彼は簡単な図と共に,以下のように記述した(左図).

「オロリウキ Oliliuhqui coaxihuitl 或は ヘビの草snake-plantとも呼ばれ,薄い,緑色の心臓型の葉と,しなやかでやや先細の円柱形の莖を持つ蔓草で,長い白い花をつける.
種子はコリアンダーに非常によく似ていて丸いので,Nahuat 語で「丸いもの」と言う意味の ololiuqui が植物の名になった.根は繊維状で細い.その植物は第四度の Hot である(?).これは,梅毒を治し,寒さによる苦痛を和らげる.これはまた,鼓腸を癒し,腫瘍を取り除く.少量の樹脂と混ぜたものは,寒けを去り,著しい程度で脱臼・骨折・女性の骨盤の悩みを(和らげるのを)刺激し,救う.種子はある種の薬物として使われる.粉砕物や煎じ汁を摂取するか,ミルクとチリと共に湿布として頭や額に用いると,目の故障を治すといわれている.服用されると催淫薬として作用する.それは刺激的な味がしてHot である.
Turbina corymbosa
左:Edwards’s Botanical Register, vol. 29 t. 24 (1843) 
 右: ** R. Evans Schultes より
昔は神官が彼らの神たちと交信し,彼らからのメッセージを受けたいと願うときには,この植物を食して譫妄状態を引き起こす.無数の幻影と悪魔的な幻覚が現われる.
作用の様子から,この植物はディオスコリデスのSolanum maniacum* と匹敵する可能性がある.これは野原の暖かいところに生育する.」
*ベラドンナ(Atoropa beladona)か?
R. Evans Schultes “A Contribution to our Knowledge of Rivea corymbosa. The Narcotic Ololiuqui of the Aztecs”**(1941) の英訳よりの私訳)

この植物は 1897 年にメキシコの植物学者 Manuel Urbina y Altamirano (1843 – 1906) によって Rivea corymbosa (Ipomoea sidaefolia (HBK.) Choisy) (syn. Turbina corymbosa) と同定された.
引退したニューヨークの投資家で,斬新的な民俗学者でもあるワッソン(R. G. Wasson, 1898 - 1986)夫妻は,メキシコ南部,オアキサカのザポテック族の呪術者から,幻覚剤として用いられている茶色と黒,二種の種子を入手して, LSDの合成者であるアルバート・ホフマン (Albert Hofmann, 1906 - 2008) に提供した.
ホフマンは1959年に茶色の種子を Rivea corymbosa と同定し,幻覚誘起物質を単離し,LSD の類似物質 LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)と同定した.また,現地で “badoh negro” と呼ばれる黒い種子は,Ipomoea violancea (syn. Ipomoea tricolor) の種子としたが,それにも同じ幻覚誘起物質 LSA が含まれていることを見出した(The Discovery of LSD and Subsequent Investigations on Naturally Occurring Hallucinogens, The Psychedelic Library Homepage).
彼はIpomoea violancea(キバナハマヒルガオ)と I. tricolor (ソライロアサガオ)とを同一種としていたようだが,後に分かったように,後者のそれには Rivea corymbosa とほぼ同程度の LSA が含まれていることから,彼が分析したのはソライロアサガオの種子と考えられる.

1994年7月 Heavenly-Blue
しかしこのようなアルカロイドが,高等植物の種子から発見されたのは初めてで,一方では,ムギに発生する麦角菌から麦角アルカロイドが発見されたように, Ololiuqui から得られた LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは種子に発生した菌もしくは汚染により付着した物質から得られたものではないかとの疑問がもたれた.Taber 等はこの疑点を解決するため,種子を胚,胚軸,子葉,皮の部分,皮下の樹脂状部分に分れそれぞれについてアルカロイドの抽出を試み.胚,胚軸,子葉にはアルカロイドが存在するが,皮や皮下には存在しないことを明らかにした.また同時に,種子についている菌52種を分離しこれらの菌にもアルカロイドが含まれていないことを確認したので,LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは確実に種子中に含まれているものであるとの結論に達した.(Phytochemistry 2, 99-101 (1963))

その後もいくつかのアサガオの仲間の種子中のリゼルグ酸関連アルカロイドの分析が行われた.
その結果,日本でもグリーンカーテンとして人気のあるヘブンリー・ブルーなど,「セイヨウアサガオ」の名で市販・栽培されているソライロアサガオの種子には,かなりの量の幻覚誘起アルカロイドが含まれているのに対し,アサガオ,マルバアサガオには,全くか殆んど含まれていないことが判明した.従って,冒頭の二記事のうち,Wikipedia の記事に従ってマルバアサガオの種を摂取しても,幻覚は体験できず,下痢になるだろうと思われる.









A: TLC
B: 発色法


Species
variety
Percent alkaloid
 on fresh wt. basis
Total alkaloids
(% of fresh weight)


Ololiuqui
Rivea corymbosa,
タービナ・コリボサ
 
0.056
0.045


Ipomoea tricolor
ソライロアサガオ
Pearly Gates
0.041
0.032


Wedding Bells
0.037
0.030


Flying Saucers
0.030
0.057


Heavenly Blue
0.029
0.025


Ipomoea purpurea
マルバアサガオ
Tall Mixed
0.000
-


Crimson Rambler
0.000
-


Ipomoea nil
アサガオ
Royal Marine
0.001
-


Scarlet O'Hara
0.001
-


Darling
0.001
-


Candy Pink
0.000
-


Double Rose Marie
0.000
-


Miyako no kokoro
-
0.001







A:  K Genest "A direct densitometric method on thin-layer plates for the determination of lysergic acid amide, isolysergic acid amide and clavine alkaloids in morning glory seeds", Journal of Chromatography A  19, 531-539(1965)
B:  丹羽口徹吉「LSD および Convolvulaceae (ひるがお科)植物に含まれるリゼルグ酸アルカロイドについて」 衛生化学 15(1) 1-8 (1969)

また,東野圭吾はリゼルグ酸アルカロイドの幻覚誘起作用(自白剤としての効果)と,幻の黄色い変化アサガオとを結びつけて,『夢幻花(むげんばな)』PHP研究所 (2013) という小説を上梓したが,アサガオ(Ipomoea nil)には,いくら黄色い花でもリゼルグ酸アルカロイドは含まれていないであろう.

一方,ソライロアサガオの種子のアルカロイドの濃度は高いので,幻覚誘起作用があっても不思議はない.
J-Wikipediaの「リゼルグ酸アミド」の項には,「ソライロアサガオにも含まれ、ヘブンリー・ブルー、パーリー・ゲート、フライング・ソーサーといった品種に含まれている。種子を粉末にして飲料に混ぜて飲むことでLSDと同様の体験が起こるが、副作用として吐き気や下痢を伴う.」とある.
ソライロアサガオの品種名に,天国,天国の門や UFO が使われているのは,幻覚をイメージしたのかと勘繰りたくなる.

2015年11月19日木曜日

マルバアサガオ-4 種子の薬理活性,瀉下剤,『原色日本薬用植物図鑑』,現代中国,アサガオと同等.『本草綱目』,『頭註国訳本草綱目』,「英国薬局方,印度薬局方,Kaladana」,日本薬局方

Ipomaea purpurea
2015年10月 茨城県南部
アサガオ (Ipomaea nil) は日本へ中国から奈良時代に移入されたが,観賞用としてよりは,その種子の瀉下剤としての薬用の有用性が高く評価されたからである.現在ではマルバアサガオにも同様の薬理活性があるとされている.

★木村康一,木村孟淳『原色日本薬用植物図鑑』保育社 (1981) 「アサガオ Pharbitis nil
種子を牽牛子(けんごし,Pharbitis Semen)と呼んで,瀉下薬とする。種皮の色によって白牽牛子と黒牽牛子に区別するが,薬効に差はない。瀉下作用はきわめて強く,102g03g(粉末)で緩下薬,0515gで峻下薬となり,それ以上用いる時は注意を要する。通常エタノールで抽出したエキスから水溶性物質を去った樹脂を牽牛子脂(けんごしし,Resina Pharbitidis)と呼んで使うことが多い。薬用植物としての産地は奈良,徳島,和歌山などの各県があげられる。有効成分は樹脂配糖体のpharbitinで,ほかに11%の樹脂油が見いだされている。
同属のアメリカアサガオ P. hederacea CHOISY,マルバアサガオP. purpurea VOIGT.なども種子が牽牛子として用いられている。」とあり,マルバアサガオもアサガオと同様,その種子は瀉下剤として用いられるとある.

現代中国においてもネット上の★『藥用植物圖像數據庫』(2015118日閲覧)で「牛(註 繁文では圓葉牽牛)
【中文名稱】        圓葉牽牛,牽牛花圓葉牽牛,牽牛花
【藥用部位】        以種子入藥。中藥名: 牽牛子。
藥理作用】           瀉下、利尿作用。
【性味功能】        苦、辛,寒,有毒。瀉水消腫,瀉下通便,殺蟲攻積。
【主治用法】        水腫,喘滿,痰飲,氣,蟲積食滯,大便秘結。: 入丸、散,1-3分;煎湯,1.5-3錢。」
と種子には下剤,利尿剤として,アサガオ種子(牽牛子)と同じとみなされ,遼寧では栽培されていることを記している.

アサガオの種子は牽牛子として知られ,★李時珍『本草綱目』(明代,1596)『本草綱目 草之七 蔓草類』の「牽牛子」の項には「【主治】下氣,療滿水腫,除風毒,利小便(《別》)。治癖氣塊,利大小便,除腫,落胎(甄權)。取腰痛,下冷膿,瀉蠱毒藥,竝一切氣壅滯(大明)。和山茱萸服,去水病(孟詵)。除氣分濕熱,三焦壅結(李杲).逐痰消飲,通大腸氣秘風秘,殺蟲(時珍)。」とある.

★『頭註国訳本草綱目 第六冊』白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳)(1931)の「第十六巻 蔓草類 牽牛子」の頭註には
頭註
「木村(康)*曰,あさがほノ種子ハ峻下剤トシテ有効ナレドモ,ソノ瀉下作用著シキヲ以テ注意ヲ要ス.用量ハ一―三瓦ヲ粉末トシテ内服シ,局方ヤラツパ根ニ代用スルヲ得ベシ.叉牽牛子ヲ細砕シ酒精ニテ温浸シ,浸液ヨリ酒精ヲ溜去シ,残渣ヲ水洗シタル後水浴上ニテ乾燥セシメテ製シタル物質ハヤラッパ脂ノ代用トスベク,一回用量ハ〇・五~〇・七瓦トス.尚英国局方ニ Kaladana (Pharbitis seeds) トシテキスルモノハまるばあさがほノ乾燥セル種子ニシテ,複方カラダナ散(Pulvis Kaladanae Compositus)カラダナ脂(Kaladana resin)カラダナ丁幾(Tincture Kaladana)等ノ製剤アリ.複方カラダナ散「カラダナ三,重酒石酸加里六,生姜一」ノ割合ニテ各ノ粉末ヲ混ジテ製シ,一日量〇・六五~四・〇瓦ヲ服用ス.生薬学,英局方,猪子吉人,東京医事新報,明,二四(六八一)五七一(六八二)六一八.」とある. *考定者の一人,木村康一

この,「英国薬局方」に「まるばあさがほノ乾燥セル種子Kaladana (Pharbitis seeds) 」より得られた「複方カラダナ散(Pulvis Kaladanae Compositus)カラダナ脂(Kaladana resin)カラダナ丁幾(Tincture Kaladana)等ノ製剤」が,記載されているか,調べたが,実際には主に熱帯英植民地の民俗自然薬物を記載した局方追補(当局承認) THE BRITISH PHARMACOPOEIA 1898, INDIAN AND COLONIAL ADDENDUM” (1900) 「英国局方 印度及び植民地追補」には記載されていた.但し起源植物はアサガオ或はアメリカアサガオとされ,マルバアサガオとは,されていない.
該書の31ページには “KALADANA. Kaladana. Synonym.—Pharbitis Nil. The dried seeds of Ipomoea hederacea, Jacq.” とあり,以下規格及び試験法が記載されているが,効用についての言及はない.
I. nil c. v. hinomaru

遡ると,1868年の PHARMACOPEIA OF INDIA 印度薬局方に,” PHARBITIS NIL, Choisy. KALADANA” の項があり,薬理については “Active principle, a resin, Pharbitisin (infra)., Properties and Uses. " Safe and effectual cathartic, closely resembling in properties and uses officinal jalap, for which it forms an excellent substitute, though not quite so active in operation.” とそのレジン(脂)はヤラッパ程ではないものの,十分その代替物となる,安全な下剤であるとしていて,インドではアサガオを古くから下剤として用いていたことが分かる.
 
現在の『日本薬局方JP 16)』の「医薬品各条 - 生薬等」には,アサガオの種子が「ケンゴシ Pharbitis seed, PHARBITIS SEMEN, 牽牛子 本品はアサガオ Pharbitis nil. Chosy (Convolvulaceae) の種子である.(以下性状,灰分,貯法)」として収載されている.

一方,マルバアサガオの種子には,幻覚剤としての作用があると考えられていたとの記述もある.次記事

以上の記事で,学名は該図書文献文書の記載に準じた.

2015年11月7日土曜日

マルバアサガオ-3 日本渡来時期,馬場大助『遠西舶上画譜』,米田芳秋教授による曜白アサガオの開発

Ipomoea purpurea
2015年10月 茨城県南部, 葉はカラスウリ
マルバアサガオも熱帯アメリカ原産である.英名 Common morning glory の名からもわかるように欧米でアサガオ (morning glory) といえばこの種をさす.花径は5~6センチで,アサガオ(Ipomoea nil)よりやや小輪であるが,園芸化が進んでおり様々な花色,模様のものが存在する.開花時期はアサガオより遅く,秋深くまで咲き続ける.

日本に渡来した時期については,「江戸時代宝永年間(1704-1711)に渡来」(長田武正『原色日本帰化植物図鑑』保育社 1976),「江戸時代に渡来した」(林弥栄ら編『日本の野草 (山渓カラー名鑑)』山と溪谷社 1983),「宝永(寛永の誤りか?)7年 (1630) ごろ九州福岡地方で「八房」と称したものである (最新園芸大辞典 1987 第9巻 p77 誠文堂新光社),「明治中期に渡来」(木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』柏書房 1991),「1705年前後に観賞用花卉として渡来し,暖地を中心に野生化した.」(清水矩宏ら『日本帰化植物写真図鑑』全国農村教育協会 2008  とあるが,この分野の第一人者の米田芳秋教授に拠れば,「日本への渡来は寛永7年 (1630) ごろに福岡地方で「八房」と称したもの (最新園芸大辞典 1969 第4巻 p.2104 誠文堂新光社) とされているが,条斑点絞り系統は明治中頃に輸入されたようだ(永沼小一郎 (1903) まるばあさがほ図解 朝顔の研究 第1巻11 p.9)「アサガオの近縁種と種間雑種」」とある.


『遠西舶上画譜』(1825)
江戸後期の本草・園芸家★馬場大助の『遠西舶上画譜』(1825)には,英名の「モー子ンガ・ガロウヒー」として,海外より渡来したアサガオの図が描かれているが,葉の形状や花の配色からマルバアサガオと思われる(右図,東京国立博物館).
馬場大助(1785-1868)は江戸後期の旗本・本草家.富山藩主前田利保が江戸で主宰した本草同好会「赭鞭会」の有力会員であった.麻布飯倉の自邸内に多数の舶来植物を植え,それらを実物から彩色写生し,形状や渡来年などを注記した本画譜は,袋綴の間紙に用いた薄墨色の紙が,淡彩の画に微妙な効果を与えているが,注記が読みにくい欠点がある.

一方,磯野慶大教授は,天保3年(1832)718日に毛利梅園が『梅園草木花譜・秋之部四』に,マルバアサガオを描いているとしている(磯野直秀『明治前園芸植物渡来年表』慶應義塾大学日吉紀要 No.42, 27-58 2007)が,これは「ハリアサガオ」で,マルバアサガオではない.

マルバアサガオ,アサガオ,ハリアサガオの種子
マルバアサガオの蔓の伸び方はアサガオより旺盛で,蔓の絡まる性質もつよいので,垣根栽培に向いているが,今日では帰化し野外に自生するもののほうが多く,とくに本州中央部に普通.アサガオ(Ipomoea nil)と異なり,受粉後果実が下を向き,種子(左図),子葉ともアサガオと比べてかなり小型である.

 米田芳秋教授による曜白アサガオの開発

マルバアサガオは欧米で長年に渡り品種改良され豊富な変異をもっているので,新種開発を目指して.これと日本種のアサガオとの交配を今井喜孝氏,萩原時雄氏らが試みたが成功しなかった.
2006年8月

米田芳秋教授は,古里和夫氏によって1956年アフリカのギニアで採集されたアフリカ系(性質は強健であるが,非常に遅咲きで9月下旬以降にしか咲かない.葉は切れ込みが浅くやや波打つ.花は他のアサガオの野生型に比べて淡く,空色.分子系統学的解析からも他のアサガオ系統よりもアメリカアサガオやマルバアサガオに近い)のうち,空色無地丸咲のアフリカ系アサガオを雌親とし,白地青紫色条斑点絞り花のマルバアサガオを交配し,交配成功率は2~3%であったが,初めて雑種を得た.F1では淡青地条斑点絞りが咲いたが,稔性は低かった.

2006年 8月
米田教授は1976年以来,このアフリカ系アサガオ×マルバアサガオの後代を橋渡しとして,種々のアサガオを大量に交配した.特に覆輪種との交配により,雑種の花の「曜」に沿って覆輪が花筒方向に伸び始め,最終的に花筒まで到達した「羽根車」という系統を開発した.この形質により雑種性アサガオの花は色鮮やかな印象を与えるようになり,この新しい形質を1979年に曜白と命名した.

その後繰り返し日本系アサガオと交配し,架け橋・舞姿・紗矢佳・千秋・矢車などの品種名の新種アサガオを固定化し「曜白アサガオ」として「種のサカタ」より発売した.これまでにない変わった花の模様を持ち,花のしおれも遅いことから最近では広く栽培されている.曜白アサガオには,マルバアサガオの遺伝質は 16分の1 でしかないが,多花性や秋遅くまで咲き続け,花持ちがよく,よく蔓を伸ばすなど,マルバアサガオの長所を発揮している.

教授の著書『アサガオ 江戸の贈りもの-夢から科学へ-』(95年,裳華房)にそのご苦労や喜びが詳しい.