2017年8月27日日曜日

カタクリ (11)  ラテン名,学名.ドケーヌ,サバティエ,フランシェ,ミクェル,シーボルト,川原慶賀,牧野,中井猛之進

Erythronium japonicum
Dog Tooth Violet, セイヨウカタクリ
Curtis's Botanical Magazine, Plate 5, Volume 1 (1787)
欧州の植物図譜が渡来した初期には,カタクリは,イタリアやハンガリーに自生するセイヨウカタクリ(Erythronium dens canis)と同一だとされていて,そのラテン名が江戸時代末期の飯沼慾斎『草木図説前編』(成稿 1852年ごろ,出版 1856年から62年)にカタカナで「エレートニユム・デンスカニス 羅」と記載されていた.
現在も有効な Erythronium japonicum 1854年に命名したのは,ベルギー生まれのフランスの植物学者,ジョセフ・ドケーヌである.
この学名が発表されてからも,サバティエ,フランシェによって Erythronium dens canis が使われ,日本の植物学者達の論文,三好學「秩父諸峯及ビ筑波山植物採集略記 (圖入)」(植物学雑誌,Vol. 5 (1891) ),B. Hayata “A list of plants collected in Aizu”(植物学雑誌,Vol. 17 (1903)),H.Hara “Preliminary Report on the Flora of Southern Hidaka, Hokkaido (Yezo). XXXII. “B. M. T. 52- 461 (1938))にも用いられていた.
また,ミクエルによっては米国産の Erythronium grandiflorum と同定されていた.
前々ブログに紹介したように牧野富太郎は,ドケーヌの命名後50年たってから『改訂増補補草木圖説』巻一,441(1907〉に,偶々ドケーヌと同じ学名を発表した.日本薬局方でも Erythronium dens canis を初期には採用していたが,後には牧野を命名者とする Erythronium japonicum を採用した(カタクリ (10) 参照).
Erythronium japonicum が広く使われるようになったのは,1930年代以降と思われる.

ジョセフ・ドケーヌJoseph Decaisne, 1807 - 1882)は Rev. Hort. [Paris]. 1854, Ser. IV. iii. 284
 “Erythronium japonicum. Feuilles géminées, pétiolées, ovalesobtuses, tachées de noir-brun; hampe uniflore réfléchie; fleurs rose lilacées, à divisions ovales-aiguës marquées de blanc et d’un cercle violet foncé à l’ouverture de la gorge; filets des étamines jaunâtres; anthères pourpres. Cette espèce porte au Japon le nom de Kata Kouri.”
と,日本ではカタコユリと呼ばれている植物の学名を Erythronium japonicum とした.この仏文の記事が,現在標準とされている学名の原記載である.
後に,中井猛之進1882 - 1952)は,牧野も同じ学名をつけたことを念頭に
「かたくりガ日鮮両陸ニ産スル濁立ノ種デアリ學名ハ Erythronium japonicum デアル事ニ間違ハナイガ此學名ノ最初ノ名附親ノハ牧野氏改訂増補補草木圖説巻 1441(1907年版〉デナクテ J. DECAISNE in Revue horticole 4 ser. III 284 (1854) デアル。其記相文ハ簡単デハアルガカタクリヲ書イタ事ニ間違イハナイ。下ニ譯シテ見ルト。
Erythronium japonicum 葉ハ僅數、有柄、長卵形鈍頂、濃褐色ノ斑アリ。花梗ハ 1花ヲツケ下垂ス。花ハ薔薇色ガカレル淡桃色、裂片ハ卵形デトガリ口ノ所ニ白ト濃董色トノ斑點アリ。花糸ハ淡黄色、葯ハ赤紫色、本種ハ Kata Kouri ナル日本名ヲ有ス。
と『植物研究雑誌XIII, p. 55 (1937) に記した.

しかしドケーヌの学名はすぐには浸透しなかったと見えて,シーボルトの研究を受け継いで,残された標本などから日本の植物研究に多大の貢献をした★ミクェル (Miquel, Friedrich Anton Wilhelm, 1811-1871) は,『ライデン王立植物標本館紀要 (Annales Musei Botanici Lugduno-Batavi-B.)3: 158 (1867),に米国産の Erythronium grandiflorum (右下図)と同定して発表した.
文中には,シーボルトが残した標本には Streptopus* Kataguri” とあること,伊藤圭介から聞いた日本名として Kata ka bana, K. ko juri, Kata kuri  vel Fatsu juri”  (カタコバナ,カタコユリ,カタクリ,ハツユリ)の日本名も記録されている.
* Streptopus:ユリ科 タケシマラン属

ERYTHRONIUM LINN.
1. Erythronium grandiflorum PURSH Fl. North Am. I. p. 231. KUNTH l. c. p. 219 et 668.
Var. Smithii HOOK. (Et. revolutum SMITH in REES Cyclop.) Fl. bor. americ. II. p. 182. Streptopus*
Kataguri SIEB. herb.
Specimina americana ad castellum Colville in montibus scopulosis lecta cum nostris satis congruunt, sed flores
exsiccati flavescentes, in nostris sordide carnei; haec probabiliter ad varietatem laudatam referenda. — Folia
Addisonia, vol. 9
t. 300 (1924)
inter formam fere ellipticam et oblongo-lanceolatam variant. — In ins. Jeso legit bot. iaponicus, in montosis
borealibus ins. Nippon KEISKE. — Kata ka bana, K. ko juri, Kata kuri  vel Fatsu juri iap.
Adnot. In libro iaponico reperi iconem foliis huic similem, sed petalis paullo brevioribus minusque attenuatis
cum staminibus styloque pallide violascentibus, quae si eandem plantam spectat ac superior, nostra propriam referret
speciei varietatem, a var. Smithii diversam.

と,腊葉標本の米国産の花の色は黄色で,日本産のは紫の様,葉の形もやや異なっている.でもこれは変種の範囲内であろうとし,産地としては,北海道と北日本を挙げている.シーボルトはカタクリはユリ科 タケシマラン属と考えていたらしい.


シーボルトが日本で収集した腊葉の中にカタクリの標本もあり,その一部は日本に寄贈されて牧野標本館に保存されている.この標本には「加多九利 漢名未詳或云團慈姑不確道潅山産」とあり,江戸の道潅山で日本人によって採取された腊葉が滞在中のシーボルトに与えられたものと考えられる.この腊葉では,花が上を向いた状態で保存されている.
一方,シーボルトに西洋画描法の指導を受けた川原慶賀が描いたカタクリ(カタコユリ)の絵は,シーボルトが持ちかえり,現在ライデン国立民族学博物館に収蔵されていて,その画像が長崎歴史文化博物館で公開されている.(但しカタクリと題された絵はアマナを描いたもの).その絵では,長崎では自生していないカタクリを,標本と伝聞から描いたのであろう,上を向いて咲いている.

ルドゥーテ 百合図譜 1805
横須賀造船所の医師として1866年から1871年までと,1873年から1876年の二度にわたり滞日した★サバティエPaul Amédée Ludovic Savatier, 18301891),は,自ら横須賀や伊豆半島,日光などで採集・観察を行った他,日本の植物学者伊藤圭介や田中芳男などから標本を入手し,また,『本草図譜』や『草木図説』を持ち帰った.帰国後これらの資料を基に 1879年にフランシェ(Adrien René Franchet, 1834-1900) と共著で『日本植物目録(Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium, 1875-79) を出版した.

この書の 525-526 ページにカタクリが記載されているが,彼らは花の色や花被の根元にある模様が似ていることから欧州産のセイヨウカタクリの学名 Erythronium dens canis L. (下左図)を当てている.但し,葉のサイズや形状が違う事は認識していて, “varie” と言っている.また,新潟には白い花のカタクリが産するとして,その学名には E. longifolium を当てている.
また,和名として,ミクェルの書から,「Kataka banaKata kuri」を,また持ち帰った飯沼慾斎の『草木図説』から「Katako yuri.」を収載している.

(1885). Erythronium dens canis L. sp. 437 (quoad specimina japonica a nobis visa), E. grandiflorum (non Pursh)

Tous les spécimens japonais que nous avons vus doivent étre rapportés à l’Er. dens canis, à cause de leur fleur violacée et des trois divisions intérieures du périanthe (pétales) qui portent à leur base, de chaque côté, une petite dent aiguë, et sur leur face interne, entre les dents, 4 écailles arrondies : la plante varie du reste au Japon absolument comme en Europe; les feuilles sont largement ovales, arrondies ou tronquées à la base, ou bien lancéolées, atténuées aux deux extrémités ; les divisions du périanthe, étroitement lancéolées, aigues, ont jusqu’à 6 cent, de longueur.
La plante de Niigata a les fleurs blanchâtres, plus petiles, les feuilles étroitcs, et appartient probablement à la variété β. albida Kunth, de l’Er. longifolium, qui n'est lui-méme qu’une forme de l’Er. dens canis. l’Er. albidum Nutt. a les trois divisions internes du périanthe depourvues de dénts.

INDEX NOMIMII JAPOMCOKRUM.
Kataka bana. – Erythronium dens canis L (Miq)
Katako yuri. – Erythronium dens canis L (S.M.)
Kata kuri. – Erythronium dens canis L (Miq)

INDEX OMNIUM JAPONICORUM
Abbrev. –   Miq. = Miquel
    S. M. = So mokou

2017年8月21日月曜日

カタクリ(10)日本薬局方・日本薬局方註釈・第三改正日本薬局方:標異便覧 「澱粉」

Erythronium japonicum
日本薬局方註釈 内務省衛生局 明23 澱粉 (NDL)
かたくり粉は品質が高く,比較的容易に得られるデンプン(Amylum, Starch)のソースとして,1886年制定の『第一版日本薬局方』から薬局方に収載された.この収載は『第四改正日本薬局方(1920) まで続いたが,『第五改正日本薬局方(1932) には収載されず,この時期には入手が難しくなったと考えられる.更にこの『第五改正』では「○Amylum Solani 馬鈴薯澱粉」の項に,「【五】單に澱粉と記載せる場合には本品を用ふべし」とあり,かたくり粉は局法の澱粉ではなくなった.
起源植物の名称も「Erythronium dens canis Linn. (山慈姑)」→「Erythronium dens canis Linn. (カタクリ)」→「カタクリ澱粉 Erythronium japonicum Makino.」と表記が変遷したが,現在有効な学名,Erythronium japonicum は記載されなかった.

試験法はほぼ『第一版』から『第四改正』まで,検鏡とヨウ素デンプン反応による確認,1%水及びエタノール溶液の官能試験,灰分などによる純度試験が課せられているが,『第一版』にのみ,「刺屈謨斯紙を變色す可からす」という試験が必要であるとされる.この,「刺屈謨斯」は,欧州原産の地衣類から得られる色素であることは分かったが,内容は調べきれなかった.『日本薬局方註釈』によれば,溶液の中性を担保する試験である.

なお,澱粉の薬学的・医学的利用法としては,『第三改正日本薬局方:標異便覧(1907) に「 澱粉  【効用】栄養料となすの外ヨード中毒に一五・〇を水一五〇.〇に和し與ふ,又腸加答兒に灌腸〓となす,撒布こなとして單味に或は収斂藥に和し擦傷・濕疹等に外敷す.」とある.

★『第一版日本薬局方(明治19-1886) 省令  内務省  10  日本藥局方創定
「澱粉
Amylum
(甲)  Erythronium dens canis Linn. (山慈姑)
本品は純白色無臭無味細微の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは多少扁平なる卵圓形の單一顆粒を爲し其狭端に近き處に核點を有し不同心性の層を現はす
(乙)  Pueraria Thunbergiana Beruth. (葛)
本品は白色細小不整の塊片にして之を粉砕すれは純白色無臭無味の粉末となる顯微鏡下に檢視すれは圓形の集合顆粒を爲し同心性の層を現はす間ゝ分離して單一の顆粒を爲すものあり

澱粉は冷水及酒精に溶解す可からす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは微に〓濁し異臭異味を有せさる希薄の粘漿と爲るへし此粘漿は刺屈謨斯紙を變色す可からす又沃度溶液を加ふれは暗藍色を呈すへし
本品を灰化するも百分に付き一分以下の固性物を残留す可からす」

★『日本薬局方註釈 内務省衛生局 明治23 (1890) の「澱粉試験法」には,冒頭の画像と共に,以下のような試験法が記されている.
「〈試檢〉葛及ヒ車前葉山慈姑澱粉ハ右ニ掲クル顕微鏡的ノ徴候ヲ以テ侘ノ澱粉ト互ニ比較鑒別スルノ外之ヲ百倍ノ水ニ和シテ煮沸スレハ稀薄ノ粘漿ヲ生シテ異味異臭ヲ有セス殊ニ鹽酸ヲ加フルモ異臭ヲ放タス(粗悪ノ蕃藷澱粉等ヲ雑ヘサルノ徴),叉其粘漿ニ刺屈謨斯紙ヲ没スモ全ク中性ノ反應ヲ微シ沃度丁幾丟児ヲ滴スレハ深藍色ヲ呈シ(實性反應及ヒ「アミロデキストリン」及ヒ之ヲ含有スル侘種ノ澱粉ヲ雑ヘサルノ徴)叉本品ヲ燒灼スルモ一「プロセント」以上ノ殘灰ヲ留ム可カラス(石膏等礦性物質ヲ混セサルノ徴)」

この書の冒頭には,「本書ハ本邦ニ於イテ初度發行セタレタル日本藥局方ノ理會(ママ)ヲ容易ナラシムルノ目的テ日本藥局方編纂委員中特別委員トシテ同方稿案撰定ノ任ニ當リタル元東京大學教師勲四等和蘭人ドクトル,ヨハン,フリードリヒ,エークマン Dr. Joh. Fried. Eykuman 氏(現職蘭國アムステルダム大學藥學部教授)ニ嘱託シテ編輯セシメタルモノナリ」とあり,『日本薬局方第一版』を使うにあたってその試験法の意味や意義を,初めて局法に接する医師や薬剤師に説いた書として大きな意味を持っている.
なお,『第十七改正日本薬局方』(2016)の「日本薬局方沿革略記」には「明治 23 年になって内務省衛生局は,エーキマンの起稿に係る第一版日本薬局方註釈を発行した.」とあり,現在の薬局方では「エーキマン」の表記となっている.

★『第二版日本薬局方』(明治24-1891)改正日本薬局方
「澱粉
Amylum
(甲)  Erythronium dens canis Linn. (カタクリ)
本品は純白色無臭無味細微の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒を爲し其狭端に近き處に小孔を有し不同心性の層を呈す
(乙)  Pueraria Thunbergiana Beruth. (葛)
本品は白色細小不整の塊片にして之を粉砕すれは純白色無臭無味の粉末となる顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる有角性の顆粒を呈す

澱粉は冷水及酒精に溶解す可からす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは異臭異味を有せさる中性希薄の粘漿となり此粘漿は沃度溶液を加ふれは暗藍色を呈す
本品を灰化するも百分に付き一分以下の固性物を残留す可からす」

★『第三改正日本薬局方(明治39-1906)
「○Amylum
澱粉
(甲)  カタクリ 
Erythronium dens canis L.
かたくりは本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無臭無味細微の粉末をなし顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒をなし著明ならさる紋理を現はし通例其狭端に近き處に小孔を有す
(乙)  葛 
Pueraria Thunbergiana Beruth.
葛は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無臭無味の粉末をなしる顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる有角性顆粒を呈す
(丙)  馬鈴薯澱粉 
Solanum tuburosum L.
馬鈴薯澱粉は微に光澤を帯ふる白色の粉末にして顯微鏡下に檢視すれは貝殻形或は卵圓形或は梨子形をなせる巨大の顆粒をなし著しく外心性の紋理を現はし通常其狭端に臍點を有す

澱粉は冷水竝酒精に溶解せす本品一分を水百分に攪和し煮沸して放冷するときは中性の粘漿となり其粘漿は「ヨード溶液に由て暗藍色を呈す
本品を灰化するに百分に付き一分以上の固性物を残留す可からす」

★『第三改正日本薬局方:標異便覧(明治40-1907)
「澱粉 【効用】栄養料となすの外ヨード中毒に一五・〇を水一五〇.〇に和し與ふ,又腸加答兒に灌腸〓となす,撒布こなとして單味に或は収斂藥に和し擦傷・濕疹等に外敷す.」

★『第四改正日本薬局方(大正9-1920)
「○Amylum
澱粉
(甲)  カタクリ澱粉 
Erythronium japonicum Makino.
かたくり澱粉は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢すれは大小不同多くは卵圓形の顆粒をなし直徑〇・〇〇七乃至〇・〇九二みりめーとる (0.007-0.092 mm) にして著明ならさる紋理を現はし通例其狭端に近き處に小孔を有す
(乙)  葛澱粉 
Pueraria hirsuta Matsum.
葛澱粉は本植物の根より得たる澱粉なり
本品は純白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢視すれは大小不同多くは數面より成れる顆粒をなし直徑〇・〇〇二乃至〇・〇一八みりめーとる (0.002-0.018 mm) なり
(丙)  馬鈴薯澱粉 
Solanum tuburosum L.
馬鈴薯澱粉は微に光澤を帯ふる白色無味の粉末にして殆と臭氣なく顯微鏡下に檢すれは貝殻形或は卵圓形をなし直徑〇・〇七乃至〇・〇九みりめーとる (0.07-0.09 mm) にして往々〇・一みりめーとる (0.1 mm) を超ゆる顆粒をなし顕著なる偏心性の紋理を現はし核は通常其狭端に存す.叉間々複合性顆粒を混有することあり

澱粉は冷水竝酒精に溶解せす百分の水に攪和し煮沸して放冷するときは中性の粘漿となり其粘漿は「ヨード溶液」に由て暗藍色を呈す
本品を灰化するに百分に付き一分以上の固性物を残留すへからす」

★『第五改正日本薬局方(昭和7-1932)
「○Amylum Oryzae
米澱粉
(以下略)
【一】米澱粉は米より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは多角形にして直徑 310μ 多くは46μの小顆粒より成り互いに集團して大顆粒をなる核及紋理を認めす
【四】本品をグリセリン及ヨード溶液各等分の混液を以て顯微鏡下に装し檢するに顆粒は暗藍色を呈す若し暗藍色を呈せさる植物砕片を混することあるも極めて少數に止まるへし
【五】本品を 100°に於て乾燥するに其重量を減失すること 15 に過くへからす叉本品を灰化するに 1%以上の固性物を残留すへからす
Amylum Puerariae
葛澱粉
【一】葛澱粉は Pueraria hirsuta Matsumura 米(クズ)の根より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは大小不同多くは數面より成れる顆粒をなし直徑218μ 多くは812μなり
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し
Amylum Solani
馬鈴薯澱粉
【一】馬鈴薯澱粉は馬鈴薯より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは貝殻形或は卵圓形をなし直徑7090μ にして往々 100μを超ゆる顆粒をなし顕著なる偏心性の紋理を現はし核は通常其狭端に存す叉間々複合性顆粒を混有することあり
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し
【五】單に澱粉と記載せる場合には本品を用ふべし
Amylum Tritici
小麥澱粉
【一】小麥澱粉は小麥より得たる澱粉なり
【二】本品は純白色無味無臭の粉末にして冷水竝アルコールに溶解せす五十分の水に攪和し煮沸して放冷すれは溷濁せる中性の糊液を生す
【三】本品を顯微鏡下に檢すれは大小不同球形或はレンズ形をなし直徑5060μ 多くは2535μの顆粒よりなり核及紋理は明瞭ならす
【四】本品の試験は米澱粉の條に掲くる所に同し」

これ以降カタクリ鱗茎由来の「澱粉」が薬局方に収載されることはなかった.

2017年8月16日水曜日

カタクリ(9)江戸晩期-3 草木図説前編,増訂草木図説,生写四十八鷹

Erythronium japonicum
2010年4月 筑波山
飯沼慾斎『草木図説前編』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))は,草部20巻(草類1250種),木部10巻(木類600種)の植物学的に正確な解説と写生図から成る.草部は1856(安政3)から62(文久2)にかけて出版された.
この書は,江戸末期の植物図譜としては,岩崎灌園の『本草図譜』九六巻と双璧をなす名著として評価が高い.『本草図譜』が蘭書を参考にしながらも,中国本草のシステムを脱し切れなかったのに対し,『草木図説』はリンネの分類体系を組み入れ,学名(ラテン名)を入れるなど,より近代の西洋植物学に範をとった.図も植物の特長をよく現し,また,芸術性も高い.図にも部分図のあるものが多く,このために慾斎はある場合は顧微鏡を用いた.灌園の図とくらべると,花部の描写は丁寧で正確である.リンネの分類体系のためには雄しべ雌しべを正確に数える必要があったことが,慾斎の図を正確にした.
★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(1852頃成稿)
巻之五
           カタクリ ハツユリ 車前葉山慈姑
啓蒙草狀ヲ説可見.花無萼六辧ニシテ.三辧ハ狭ク三辧ハ濶.各辧爪實礎ニアタル處
陥凹ニシテ蜜槽ヲナス.然トモ外位ノ三ハ.ソノ狀不著.故ニ林氏蜜槽三辧ノ語アリ
實礎三稜.本末豊.一柱頭三裂.雄蕋六莖.三者短三者長.葯暗紫色.根圓長横行大サ
小指ヨリ小ニシテ白色.質大サギサウノ根ノ如シテ.山慈姑ノ類ニアラズ. 附 一
蜜槽 二實礎并柱 三両蕋 共本分圖
エレートニユム・デンスカニス 羅 ケウーン・ホンヅタンド 蘭」
とあり,より植物学的に詳しい記述がなされ,ラテン語名(学名)は,セイヨウカタクリと同じく Erythronium dens-canis としている.また,漢名は「車前葉山慈姑」ではるが,「山慈姑ノ類ニアラズ」とアマナの類ではないと明言している.

慾斎の『草木図説』を半世紀後に牧野富太郎が増補改訂した『増訂草木図説』(1907-22)は四巻本として出版された。文には「補」として牧野の記事が加わり、学名の変更も多いが、牧野による部分図も多く加えられていることは注目すべきである。
★牧野富太郎校訂『増訂草木図説』(1907-22)には,
「〇第八十四圖版 Plate XXXIV
カタクリ カタコユリ 車前葉山慈姑
Erythronium japonicum Makino.
ユリ科(百合科) Liliaceae
啓蒙草狀ヲ説可見.花無萼六辧ニシテ.三辧ハ狭ク三辧ハ濶.各辧爪實礎ニアタル處陥
凹ニシテ蜜槽ヲナス.然トモ外位ノ三ハ.ソノ狀不著.故ニ林氏蜜槽三辧ノ語アリ.實礎
三稜.本末豊.一柱頭三裂.雄蘂六莖.三者短三者長.葯暗紫色.根圓長横行大サ小指ヨリ
小ニシテ白色.質大サギサウノ根ノ如シテ.山慈姑ノ類ニアラズ. 附 (一)蜜槽 (二)實礎
并柱 (三)両蘂,共本分圖 (四)萼片ノ一(補) (五)花辧ノ一(補) (六)長短ノ雄蘂,廓大圖(補) 
(七)子房,廓大圖(補) (八)鱗茎(補)

エレートニユム・デンスカニス  ゲウーン・ホンヅタンド

補〕
多年生草本ニシテ通常樹陰ノ地ニ生ズ.襲重鱗莖ハ狭イ長肥厚ニシ卵狀圓柱
形ヲ成シ直立シテ凡二寸内外ノ長アリ基部ニハ前年ノ舊莖ヲ遺存シ數個相連
テ彎曲セリ.葉ハ一株二片アリテ葉柄ヲ有シ卵狀長橢圓形或ハ長橢圓ニシテ
鋭尖頭ヲ有シ表面ニ濁紫斑アリ.葶ハ単一ニシテ頂端一花ヲ著ケ點頭ス,花蓋片ノ
基部ニ暗紫色ノ采アリテ分明ニ三叉狀ニ見ハス是 Erythronium dens-caniis L. ト異
ナル主標ナリ,花辧ノ基部ニ前面ニ斗出セル二耳アリテ三花辧ノモノ三方ヨリ子
房ヲ圍ミテソノ周邉ヲ塞ゲリ,子房ハ倒卵狀橢圓形ヲ成シ緑色ニシテ三鈍稜アリ花
柱ハ子房ノ凡四倍長アリテ柱頭ハ三裂ス(牧野)」
と多くの追補がされていて,本文中のラテン語名は慾斎の記述のままセイヨウカタクリと同じとしているが,首記の学名は Erythronium japonicum Makino と,牧野が新たに命名したとある.セイヨウカタクリとは「花蓋片ノ基部ニ暗紫色ノ采アリテ分明ニ三叉狀ニ見ハス」と濃色の蜜標の有無が違いの主標であるとしている.

偶々,この牧野が付けた学名は,既に,ベルギー出身のフランスの植物学者であるジョセフ・ドケーヌJoseph Decaisne1807 – 1882)が 1854 年に “Rev. Hort. [Paris]. Ser. IV. iii. 284” に初記載したカタクリの学名と合致した.現在の標準的な学名は Erythronium japonicum Decne. とドケーヌが命名者ではあるが, IPNI Erythronium japonicum の項には,ドケーヌの原記載の記録と共に,Makino in Iinuma, Somoku-Dzusetsu, ed. 3, fasc. i. 441, vol. v. t. 84 (1907), japonica.” と,上記『増訂草木図説』の記載にも言及されている.

★嵩岳堂落款『生写四十八鷹』(1859, 安政6)の「冬の部 啄木鳥 かたくり」には,渓流の岸に咲くシロバナカタクリとコゲラが描かれている.『生写四十八鷹』には,各季節それぞれ十二種の花と鳥類が描かれていて,木版画の限界はあるものの,何れの描写力も優れている.
嵩岳堂については,以下のような情報がある.

【作画期】安政 中山氏、名は浪江、嵩岳堂と号し、浅草伝法院地内に住す。安政六年版の錦絵「生写四十八鷹」は、彼の落款を用ゐたれども、実は田崎草雲(1815 - 1898)の筆なる由、『浮世絵志』第十一・第十二両号に、遠堂主人の考証あり 田崎草雲門人

挿図三点は NDL デジタル公開画像より部分引用.