2012年1月22日日曜日

キングサリ Laburnum (2/2) - 毒性・薬効(禁煙補助),Cytisine シチシン,品種ボッシー,ルース・レンデル 『悪意の傷跡』

1979年6月英国ケンブリッジ Queen Edith's Way
Laburnum anagyroides
The day is lingered out:
In slow wreaths folden / Around yon censer, sphered, golden,
Vague Vesper's fumes aspire;
And glimmering to eclipse / The long laburnum drips
Its honey of wild flame, its jocund spilth of fire.
— From “Sister Songs; an offering to two sisters” (1895) by Francis Thompson (1859 –1907)

ラバナムの材は弓としても使われ,また杭や植物性ナメシ剤の原料,また燃料に適している.心材は黒く堅いので,黒檀の代用品として細工物にも使われる.

一方,葉や根,種,特に未熟の種子には Cytisine というアルカロイドを多く含む.そのためウマやヤギが食し中毒して死にいたることがあるので,牧場の周辺に植えるのは避けるべきである.また,英国では子供がこの種子を豆と間違えて食べて中毒する事例が多く,左図のように入手しやすい形で注意が喚起されている.しかし,ウサギやシカはこれを摂食しても影響を受けず,そのため地方によってはこの植物はある種の魔力を持っていると信じられている.

植物性アルカロイドに対する感受性が動物種によって大きく異なることは,古くから知られており,ウサギやハトはベラドンナ(Atropa bella-donna)の葉を摂食すると,自身は殆ど影響を受けないが,アルカロイドを多量に身体に溜め込み,これを食した人間をアトロピン中毒にする.これをトリックにした推理小説としては,オースチン・フリーマン(1862 - 1943)著のソーンダイク博士得意の法医的知識に彩られた「バーナビイ事件 "Rex v. Burnaby” 」があり,これは『毒薬ミステリ傑作選(東京創元社,創元推理文庫, 1975)』に収められている.

Cytisine (右図)はニコチン性アセチルコリン受容体のアゴニストで,人間でも多量に摂取すると嘔吐・震え・昏睡し,死にいたる事もあるが,東欧では40年ほど前から,安価な経口禁煙補助薬の主成分として用いられていた(商品名:Tabex,製造: Sopharma AD-ブルガリア).2011年にロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの Robert West 教授らが,ポーランドで 740 人の禁煙希望の喫煙者での大規模なプラセボ(偽薬)対照二重盲検ランダム治験で,28 日間の投与を行い,その終了 12 ヶ月後の禁煙者の率でその効力を検証したところ,「偽薬投与者では 2.4% であったのに対して,実薬投与者では 8.4% が禁煙に成功し,これは世界初のニコチン受容体パーシャルアゴニスト Varenicline のプラセボに対する 2.3% より高かった.」と報告した.そして,「安価な Cytisine の効果が証明されたことで、低・中所得国における現実的な禁煙補助薬として期待されるだろう」とまとめている(New England Journal of Medicine, 365;13 1193-1200 (2011)) .Vareniclineは,先に日本でもファイザーから発売になった経口禁煙補助薬,商品名チャンピックスの成分である.

花樹としての美しさが買われて,数種の園芸品種もあるが,特に L. anagyroidesL. alpinum の交配種,L. × watereri は房の花の密度はL. anagyroides と同じように高く,一方花房の長さは L. alpinum と同じように長く,更に交配種らしく,種をあまりつけない優れた品種で,Voss's Laburnum(Vossy)という名で庭に多く植えられている.

日本で販売・栽培されている「キングサリ」は殆どこの品種と思われる.フジの花で有名なあしかがフラワーパークでは,これをアーチ型に仕立てて,フジが終わった後の呼び物としている(右図).
あしかがフラワーパークの HP より 引用すると (右画像も)
「日本に来たのが昭和40年代と言われるキングサリ属ボッシー、オーストリアとスイスに分布すると言われています。キングサリ属の中では最も大きな花と長い花房を兼ね備えた花。日本の別名「きばな藤」をとって当園では「きばな藤」と称しています。日本唯一の80mに渡って続くきばな藤のトンネル、5月から咲きふじのはな物語の最後の花。約200本の「きばな藤」は5月20日過ぎまでお楽しみいただけます。」との事.


ウェクスフォード警部シリーズの一冊,ルース・レンデル 吉野美恵子訳『悪意の傷跡』ハヤカワ・ミステリ <1724> 早川書房(2002年)には次のような一節がある.
ウェクスフォードは帰宅する途中で寄り道して、プラウマンズ・レーンで車を停めた。シルヴィア*とニールと子供たちがまぎれもないカントリーサイドへ引っ越す前に住んでいた家はウッドランド荘の三軒隣りである。どこの家もお隣りさんと五十ヤードは離れているような地区に、そういう言い方があてはまるならだが。その地区でいちばんこぢんまりした家のひとつ、アーツ・アンド・クラフツの切石積みの外壁に切妻をそなえたその家の、気取りがなくて親しみやすいたたずまいと、要所要所に樹木が配されているだけのシンプルな庭が彼は昔から好きだった。(中略)
その家にはキングサリ荘という名前がついていて、いまでもその名前は残っていた。名前の由来である木はまだつぼみを開いていないが、あと数日もすれば黄色い満開の花をつけそうだ。シルヴィア*が三つのとき、祖母の家の庭でこの種子を食べたあげく急遽病院に運ばれたことがあって、それ以来キングサリはどうも好きになれない。」
   *ウェクスフォードの長女

冒頭及び左の画像:撮影1979年6月英国ケンブリッジ Queen Edithway 近くの住宅地.左画像の遠景の赤い花はサンザシの花

キングサリ Laburnum (1/2) - オスカー・ワイルド,プリニウス,英国古本草

2012年1月16日月曜日

キングサリ Laburnum (1/2) - オスカー・ワイルド,テオフラストス,プリニウス,英国古本草

Laburnum anagyroidesFrom the corner of the divan of Persian saddle-bags on which he was lying, smoking, as was his custom, innumerable cigarettes, Lord Henry Wotton could just catch the gleam of the honey-sweet and honey-coloured blossoms of a laburnum, whose tremulous branches seemed hardly able to bear the burden of a beauty so flamelike as theirs; ----
From“The Picture of Dorian  Gray”  (1890) by Oscar Wilde (1854 - 1900)

いつものとおり、たてつづけにたばこを吸いながら、ねそべっているベルシア鞍袋の寝椅子の片隅から、へンリー・ウォットン卿は蜂蜜のように甘く蜂蜜のような色をしたきんぐさりの花のかすかな光をわずかにとらえることができたが、わななくようなその枝々はこの花の炎にも似た美の重荷に耐えかねるかの風情であった。
『ドリアン・グレエの絵姿』(オスカー・ワイルド全集Ⅰ,西村孝次訳,青土社 1988)

30数年前,英国ケンブリッジの住宅街で初めて見た時は,エニシダにしては高木だし,花の黄色いフジはないし,三小葉だし,と分からなかったが,Golden Chain, Golden Shower と聞いてなるほどと合点がいった(撮影:両者とも1979年6月,左図の草地の白い花はヒナギク).

スペインからバルカン半島の地中海沿岸の山地に自生するマメ科の樹木.

古代ギリシャの博物学者テオフラストス (Theophrastus, 371 B.C. 287 B.C.) は紀元前 300 年以上も前に著わした『植物原因論』(Historia Plantarum (Enquiry into Plants / Inquiry into Plants) 左図) に,この木の心材の堅牢性は黒檀と同等と記している.

“ENQUIRY INTO PLANTS, V. iii. 1, Of differences in the texture of different woods.

Box and ebony seem to have the closest and heaviest wood ; for their wood does not even float on water. This applies to the box-tree as a whole, and to the core of the ebony, which contains the black pigment. The nettle-tree also is very close and heavy, and so is the core of the oak, which is called 'heart of oak,' and to a still greater degree this is true of the core of laburnum ; for this seems to resemble the ebony.”
“Theophrastus: Enquiry into plants, and minor works on odours and weather signs, with an English translation” by Sir Arthur Hort (1864-1935), The Loeb Classical Library; London,G. P. Putnam's Sons,1916.

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第三章 材質の相違と材質に応じた用途
セイヨウツゲは最も緻密で重く、コクタン類も同様と思われる。事実、水に浮きもしない。とくにツゲ類は全体が、コクタン類では心材(メートラー)が最も緻密で重い。なお後者の心材は色も黒い。ちなみに、他の木のなかでは〔ナツメ属の「ロートス」も緻密で重い。「黒いオーク」と呼ばれているオーク類の心材も緻密で、キングサリの心材はそれ以上に緻密である。実際、これはコクタン類によく似ていると思われる。
『テオブラストス 植物誌 2』小川洋子訳 西洋古典叢書 京都大学学術出版会 (2015)



ローマ時代の博物学者のガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)の”Naturalis historia 『博物誌』” (77 A. D.)和訳:大槻真一郎編『プリニウス博物誌』「植物篇」(八坂書房 1994)には,
「水を嫌うのは、イトスギ、クルミ,クリ、キングサリである。このキングサリもアルプス特有の木で、一般には知られていない。その木材は堅くて白い色をしており、花は長さが一クビトウム(約四四センチ)もあるが、ミツバチは触れようともしない。」と,更に,「(ブドウのための)最良の添え木は、先に述べたもの(本巻・147(*クリ)・151(*アエスクルス-コナラ属)参照)、あるいはカシやオリーブから作った杭であるが、それがなければ、ネズ(おもにセイヨウネズ)やイトスギ、キングサリ(ロブルヌム属)、ニワトコなどから作った杭がよい。その他の種類の木から作った杭は、毎年切り直してやる。」とあり,材の堅く腐りにくいこと,アルプスにもあること(L. alpinum),また花の房が長いことが記述されている.

英国では,ジョン・ジェラード(John Gerard aka John Gerarde, 1545 – 1611 or 1612) が自分の庭で育て,彼の “The herbal, or, General Historie of plantes 『本草あるいは一般の植物誌』” (1597) に絵と共に,Anagyris, Laburnum 及び Bean Trefoil の名で「三つに分かれた薄緑色の葉を持ち,黄色い花が房状に咲く.花後,小さな平べったい莢が出来る.フランス南部とスペインの大部分に自生し,他の土地では街路樹として植えられている.(葉の)ジュースはワインの飲みすぎによる頭痛に効く.種を食べると嘔吐を催す」等と記した.

この木を覆うほどに咲く黄色い花は好まれ,また英国の気候にもあったと見え,30年後に著されたジョン・パーキンソン(John Parkinson, 1567-1650) の “Paradisi in Sole Paradisus Terrestris (Park-in-Sun's) 『日当たりの良い楽園・地上の楽園』” (1629)(左図)には,「ここ英国でも,またイタリアなどの原産地でも薬用として使われてはいないが,かなり強い吐き気を催させる」とあり,また” It growth in many gardens with us.” とこの時点では英国の庭園に広く普及していたことが分かる.

太陽の乏しい英国ではその明るさが好まれていたのであろうか,冒頭のオスカー・ワイルドはじめ,多くの文学者の作品に,晩春の点景として登場する.


キングサリ Laburnum (2/2) - 毒性・薬効(禁煙補助),Cytisine シスチン,ルース・レンデル 『悪意の傷跡』

2012年1月10日火曜日

フリティラリア・メレアグリス (2/2) - 英国古本草

Fritillaria meleagris (2/2)
Well! wind-dispersed and vain the words will be,
Yet, Thyrsis, let me give my grief its hourIn the old haunt, and find our tree-topp'd hill!
Who, if not I, for questing here hath power?
I know the wood which hides the daffodil,
I know the Fyfield tree,
I know what white, what purple fritillaries
The grassy harvest of the river-fields,
Above by Ensham, down by Sandford, yields,
And what sedged brooks are Thames's tributaries;
From “Thyrsis” (1865) by Matthew Arnold (1822-1888)

Fritillaria meleagris はイギリスに自生しているが,庭園の花としてはフランスからイギリスにもたらされた.フランスでは,ノエル・カペロン (Noel Capron) という薬種商がオルレアンの辺りで咲いているのを見つけたとされる.しかし,ユグノー教徒のカペロンは,その後間もなく 1572年8月24日にフランスのカトリックがプロテスタントを大量虐殺した「聖バーソロミューの虐殺」の際に殺された.
この花は 1578 年のライト Henry Lyte (1529? – 1607) の『本草書』の中の「チューリップ」と書かれている三つの植物のうちの第3番目の植物で,ラテン語で Flos Meleagris とされているものである(右図).おそらくフランスのユグノー教徒がイギリスへ避難した際,持ちこんだ花の一つであろう.

ジェラード John Gerard (1545-1612) は,庭でこの植物を育てており,その “The herbal, or, General Historie of plantes 『本草あるいは一般の植物誌』” (1597)(左図)では,市松模様のスイセン(The Checkered Daffodil)とかホロホロ鳥花(Ginniei Hen flower)とか最初の発見者カペロンにちなんで,カぺロンのスイセン(Narciss Caperonius)という名で記載して,「かなり変わった格子縞の模様があり,とにかく,自然,いや万物の創造主は,芸術に可能な最高に風変わりな絵画にも勝るすばらしい秩序を与えている」と述べている.

その後,バイモ属のいろいろな種や園芸種がスペイン,ポルトガル,イタリア,スウェーデンから多数導入され,パーキンソン John Parkinson (1567-1650) は彼の“Paradisi in Sole Paradisus Terrestris (Park-in-Sun's) 『日当たりの良い楽園・地上の楽園』” (1629) に 14 種を記述し,「点のような格子縞の模様がこの花にはあってすばらしく優雅であり,庭の装飾となる」と考えていた.そして薬用として何の効用もなく,庭の装飾になるだけだが「ほとんどの種類が華麗な美しきを備えており,おくゆかしい味わいがある」と述べている(下図).

そして十八世紀の中頃には,メレアグリス種は,希少とはいえ,イギリスにも自生していることが分かり,今では,オックスフォードの牧場や,冒頭に掲げたマシュー・アーノルドの詩との関連でよく知られている.フリティラリアの花はエリザベス朝やステユワート朝の時代には,珍しさの故に随分もてはやされ,野生種は乱獲され,現在では絶滅危惧種として,Oxford Preservation Trust 等により自生地で大切に見守られている.

2012年1月7日土曜日

フリティラリア・メレアグリス (1/2) - オスカー・ワイルド,名の由来

1978年英国ケンブリッジ,キングスカレジのフェローズガーデン
Fritillaria meleagris

The thrush’s heart beat, and the daisies grow,
And the wan snowdrop sighing for the sun 
On sunless days in winter, we shall know
By whom the silver gossamer is spun, 
Who paints the diapered fritillaries,
On what wide wings from shivering pine to pine the eagle flies.

from “Panthea” [1890] by Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde (1854 – 1900)

鵜(つぐみ)の心臓の鼓動や雛菊の生長や
冬の日光(ひのめ)のない頃を太陽に向うて
色青ざめた雪待草(ゆきのはな)の嗟嘆(なげ)くのをきくことがあるのだから。
銀いろの蜘蛛(くも)の綱(い)を紡(つむ)ぐものを
地紋ある貝母(ばいも)を彩るものを
広い翼で揺れてゐる松から松へと翔(と)ぶ鷲を知ってゐるから。

講談社文芸文庫『ワイルド全詩 現代日本の翻訳』 訳 日夏耿之介(1995)

渡英前から,佐藤達夫元人事院総裁の写真集などでその特異な色と模様に魅せられ,是非見てみたいと思っていた花.普段は入れないキングスカレジのフェローズガーデンの一般公開日に,その庭でただ一本のこの花に遭遇した(撮影 1978年4月).興奮しながら撮ったので,ぶれているのはそのため.乱獲のため,英国でも野生の花は殆ど見られないそうだ.庭園ではポピュラーとのことであったが,それ以降は見ることが出来なかった.

属名のフリティラリアはフリティルス(fritillus)というサイコロを入れる箱の形 and/or その模様に,種小名のメレアグリスはホロホロチョウ(Numida meleagris)の細かな斑入り模様に由来している.

特異な花の模様と咲き方で多くの名前で呼ばれているが,英国で一番親しまれている名前は Snake's Head(ヘビの頭)と Snake's head Fritillary(ヘビの頭のフリティラリ)で,その色が毒々しいこと,開花する前のつぼみの形がヘビの頭に似ていることからきたものであろう.
また,Checkered Daffodil (市松水仙), Chess Flower (チェス盤の花), Guinea-hen Flower (ホロホロチョウの花)という名はその花弁の模様から,またLazarus Bell (ラザロの鈴)とか Leopard's Lily (ヒョウのユリ)と言う名もあって,これらは Leper's Bell (レプラ患者の鈴)や Leper's Lily (レプラ患者のユリ)から派生した名前で,ハンセン氏病患者が持つ警告の鈴にかたちが似ていて,またその花弁の模様がこの病気を連想させるのだろう.
その他,形や頭を下げて咲く姿から Sullen Lady (不機嫌な夫人),Drooping Tulip (頭を下げたチューリップ),Deith Bell (死の鈴) ,Turkey eggs(トルコの卵),Madam Ugry(醜女),Widow Veil (未亡人のヴェール),Snake flower (ヘビの花),Toad's head (ヒキガエルの頭),Weeping Willow (シダレヤナギ)や,フリティラリアを短くしたFrits(フリッツ),Frorechaps(フローチヤップ),Frocups(フロカップ),Frog-cup(カエルのコップ)とも呼ばれる.