2015年12月26日土曜日

アスパラガス-1 日本への移入,本草鏡,ツンベルク 江戸参府随行記 日本植物誌,梅園草木花譜,西洋蔬菜栽培法,舶来穀菜要覧,穀菜弁覧初篇,地方名・方言

Asparagus officinalis L.
2004年5月
地中海沿岸原産と考えられるアスパラガスは,古代ギリシャから若い芽が食材として利用され,ローマ時代には広く栽培されていた(次記事参照).
日本には中国経由で江戸中期に移入され,ツンベルクによれば出島のオランダ人向けの食材として長崎で栽培され,また江戸で栽培されていた.江戸での栽培は観賞用であったらしく,梅園の美しい図譜には食材としての記事は無い.
明治初期以降,食材として大規模に栽培するための栽培・調理法の文献が見られるが,その栽培法はローマ時代の大カトーの提唱した方法とオーバーラップする所が多く,ローマ時代にはこの植物の特性を把握した栽培法が確立していたことが窺える.

斎藤憲純『本草鏡』(1772)
「本草鏡」は斎藤憲純の著作で「本草綱目」所収品について市販薬材の良否・産地・由来などを記す.文中の年記や引用文献から安永(1772-80)の頃の著作らしい.「白井年表」は稲生若水の弟子とするが,年代的に合わない.著作には松岡玄達およびその門下の名を挙げることが多いので,玄達の弟子かも知れない.
「本草鏡 草之七 蔓草-百部 ---- 
漢渡アリ  一種茴香葉ノモノハ即今ノキジカクシナリ   庚寅ノ歳*初テ漢渡アリ形和ヨリ大ニシテ味苦シ」とある(右図,NDL).
*明和七年 (1770) ,この「漢渡のキジカクシ」がアスパラガスと考定されている(磯野,明治前園芸植物渡来年表).

出島のオランダ商館で医師として勤務し,館長の江戸参府に随行して,紀行文を残し,またリンネの弟子として日本の植物を研究した★カール・ツンベルクCarl Peter Thunberg, 1743 - 1828)の” Resa uti Europa, Africa, Asia, förrättad åren 1770-1779”『一七七〇年から一七七九年にわたるヨーロッパ、アフリカ、アジア旅行記』には,
”Dezima och Nagasaki 1776. (p.91)
Uti Tragardarne, belagne inom och, ntom Staden fan jag flere Europeiske Koks-vaxter odlade, och as hvilke jag redan set en del forde bade om bord pa Hollandska Skeppet och til Factoriet. Sadane voro Rodbetor (Beta vulgaris), hvars rot harstades var mera rod , an jag set den pa andre stallen utom Europa; Morottor (Daucus carota); Fenkol (Anethum foeniculum) och Dill (Anet. graveolens); Anis (Pimpinella anisum); Perselja (Apium petroselinum) , Sparris (Asparagus officinalis); flere sorter Lokar, som Purjo, Rodlok och flere (Allium fistulosum, Cepa) ; Rofvor (Brassica rapa); Rattikor (Raphanus); Sallad (Lactuca sativa); Cichori och Endivien (Cichorium intybus & Endivia); utom flere andre,”(左図上,Google Books)

「出島および長崎(1776年)
町の内外の菜園には、いくつかの洋風野菜が栽培されていた。野菜の一部は既にオランダ船の船内や商館でも食用に供されていた。それらは次のものである。アカカブ(Beta vulgaris) は、当地ではヨーロッパ以外の他の場所で見たものより一段と濃い赤色をしていた。ニンジン(Daucus carota)、ウイキョウ(Anethum foeniculum) 、イノンド(Anethum graveolens)、ダイウイキョウ (Pimpinella anisum)、パセリ(Apium petroselinum)アスパラガス(Asparagus officinalis)、ネギ、タマネギ等々の各種ネギ類 (Allium fistulosum Cepa)、カブラ(Brassica rapa) 、ダイコン(Raphanus)、サラダナ (Lactuca sativa)、チコリとキクジシャ(Cichorium intybus & Endivia)、その他いくつかの種類があった。」(『江戸参府随行記』東洋文庫)とある.

更に彼の★『日本植物誌Flora Japonica1784)には,“ASPARAGUS.
officinalis            A. herbaceous, erectus foliis fetaceis, stipulis paribus.
                             Asparagus officinalis. Linn. Syst. Natt. Tom. 2. p. 274
                                           Sp. Pl. p. 448
                             Japonice: Kikak Kusi.
                             Crescit in Iedo cultus"
と江戸で栽培されているとの記事がある(左上図,下部).
彼が江戸で観察した植物が,当時園芸植物として栽培されていた*キジカクシ (A. schoberioides) や,クサスギカズラ (A. cochinchinensis(伊藤伊兵衛『花壇地錦抄』(1695である可能性はある.なお,Asparagus falcatus は,ヤナギバテンモンドウ.

★毛利梅園(1798 1851)『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)「夏之部七 天和十年(1839)六月二十二日寫生(右図)」には,写実的で美しいアスパラガスの図があり,「石刁柏 野天門冬 アスヘルチイ 蠻種 シカカクシ」と付記されている (NDL).「石刁柏」は漢語でアスパラガス,「アスヘルチイ」はオランダ語(asperge)由来と思われる.「シカカクシ」はキジより大きなシカが隠れるほど繁茂するとの意味か?

食用としてのアスパラガスが導入・栽培されるようになったのは明治時代で,「明治四年頃食用として輸入され,明治六年には勧業寮で試作して,各地に分配したのが食用として栽培の始とされている(佐藤清美『北海道地理学会会報』 No. 9.10, 19519月)」.「北海道のアスパラガスは1871(明治4)年、開拓使がアメリカより種子を導入し、札幌官園で栽培したのが始まりとある.【JAグループ北海道】北海道食材辞典」.1923年には北海道岩内町で,春先にアスパラガスに盛り土をして軟白させるホワイトアスパラガスが缶詰の原料用に栽培され(植物園だより 『シリーズ6・道産作物の主役たち』北大植物園(1996))」とある.

★開拓使蔵版『西洋蔬菜栽培法』明治六年(1873)には「ノテンモン 野天門 アスパングス」として記載され,種からの生育・栽培法が「畦幅二尺ニツクリ堆糞並牛馬ノ糞等ヲ埋メ肥トナシ三月二十日頃溝マキニナシ八九月頃マデ水糞ヲ両三回澆(そそ)キ十月中旬ニ至リ別畠ヲ畦幅五尺ニ作リ其正中ニ幅深サ共ニ二尺ノ溝ヲ掘リ其中ニ堆糞ヲ六七寸ノ厚サニ布キ土ヲ二寸許覆ヒテ一株ノ間一尺ツヽ隔テヽ移シ植ヘ土ヲ二寸許覆ヒ翌春暖氣ヲ得新芽ヲ生ズルニ随ヒ漸々両側(ダン/\リョウカワ)ヨリ土ヲ覆ヒ白幹(シロミキ)多カラシム又両側ヨリ土ヲ覆フニ時々食塩(シホ)ヲ些少(ワツカ)ツヽ撒布(フリチラシ)スヘシ宿根(子ノ??)シテ年々蕃茂(シケル)スル物ナレハ其心得ニテ培養ナスヘシ」と記され,「幹ノ軟若ナルヲトリ茹テ「ボートル」ヲカケ或ハ塩湯ニテ茹デ麺包?ニ「ボートル」等ヲ以テ製シタル汁ニ入レ用ユ其他割烹ノ法種々アリ」と調理法も欄外に書かれている.この「ボートル」はこの書中,他の西洋食用野菜の項にも調味料として頻出するが,調べ切れなかった.(札幌市中央図書館 デジタルライブラリー)

2016年5月13日 追記 朝井まかて★『先生のお庭番』徳間書店 (2012)
(出島の庭師としてシーボルトの日本植物の採集・育種・搬送に協力した熊吉が,鳴滝塾の宴会に出たときの文)
屋敷の中に入ると大変な人いきれで、長い方形の卓の上にはびいどろの瓶に入った葡萄酒が赤も白も用意されている。料理は葡萄酒で煮込んだ牛の肉に塩漬けにした家猪(ぶた)肉、殻つき海老の「そっぷ」という汁物、青物は阿蘭陀菜、それに「ぱん」と呼ばれる団子には牛の乳を固めて塩味を効かせた「ぼーとる」も添えられている。
通詞の吉岡正之進の姿が見える。客人らと盛んに喋りながら、西洋の小刀と三叉のような匙を器用に使って阿蘭陀の飯を食っている。奉行所の役人が蘭館の宴に招かれて料理のもてなしを受けた場合、塩漬けの肉とぼーとるは自らが口にせずに包んで持ち帰るのか常らしい。塩漬けの肉は滋養強壮の薬として、ぼーとるは丸剤にして肺病を病む者に服用させるのだ。
オランダ語でバターが boter

★竹中卓郎(編集)『舶来穀菜要覧』,大日本農會三田育苗場 明治十八年(1885)二月刊 には,「葉菜類 花?及び莖を食ふべきものも亦此類に収む」の項に
「〇石刁柏(おらんだきじかくし) 一名まつばうど Asparagus アスパラガス(英) Asperge アスペルジ(佛) Spargel スパルゲル(獨) 宿根草百合科
石刁柏はきじかくしの類にして甚だ大きく成長する者なり三月上旬畑に撤播きし九月別の床に移植す原肥には堆糞を用い其後は塵芥及び鹽莚を以て根株に培かふ毎段播種の寮は二合とし種子は貯へて二年或は三年を經るも尚発生力を有てり三年の後より春月嫩芽を採収し瀹きて柔軟ならしめ焙りたる麺包と溶かしたる乳油に調へて食し又羹料(すらぶのみ?)となし或は鹽に調へまた乳油にて煠め食用に供す味甘く微し苦味を帯べ一種の佳味あり
第一号 コノバース,ココツサル (Conover’s Colossal.)
米國種なり周囲二寸五部乃至四寸五分の太き淡紫色を帯びたる嫩芽を生し甚だ柔らかにして味佳なり収量至て多し
第二号 ラージ,グリイン (Large Green.)
米國種なり太き嫩芽を生ずる良種なり芽先き緑色を帯ぶ通常の栽培に宜し
第三号 アチーフ,ア,アルジエンチユウル (Hartif a Argenteuil.)
佛國種なり嫩芽甚だ太く淡紅色を帯ぶ早生の良種なり

石刁柏 第一号 コノバース,ココツサル
石刁柏 第三号 アチーフ,ア,アルジエンチユウル」とモノクロ線描図ながら,おいしそうな図が載る(NDL).

★竹中卓郎『穀菜弁覧初篇』東京三田育種場 明治二十二年(1889)刊 には,「米国産 おらんだきじかくし 石刁柏
堆肥三月上旬堆肥を原肥にして畑に撤蒔し九月別の畑に植出す其後は塵芥或は鹽俵の細切を以て根邉に埋め三年の後より春月嫩芽採り瀹き鹽を付て食し又油煠にして食すべし.」とある(NDL).

明治時代には「アスパラガス」より,「石刁柏」や,「おらんだきじかくし,まつばうど」が通名であったようだ.
多くの普及の試みにも関わらず,一般に食材として受け入れられたのは,昭和以降であった.



アスパラガス-4 江戸時代の植物図譜 質問本草,本草図譜,草木図説前編

以下2016年1月23日 追記
八坂書房編★『日本植物方言集成』八坂書房(2001)「アスパラガス」によれば,比較的遅く導入され普及した野菜にしては,方言がおおく,若芽を食することから,山菜のウドシオデと関連付けた地方名が目につく.また,海外由来を示す西洋・アメリカ・オランダ・朝鮮を,あるいは葉の特徴からの松葉や粟を冠する名もある.
あめりかうど」:群馬*,「あわばうど」:青森(三戸),「せ-よ一うど」:北海道*,青森*,岩手*,宮城*,秋田*,山形(酒田市・飽海),福島*,茨城*,栃木*,詳馬*,埼玉*,神奈川*,新潟*,石川*,富山*,福井*,山梨 長野 静岡*,愛知*,三重*,滋賀*,京都*,奈良*,鳥取*,島根 岡山 広島*,愛媛*,高知*,福岡*,長崎*,熊本*,大分*,宮崎*,「ちよ-せんうど」:山梨*,「まつばうど」:青森(三戸),岩手*,宮城*,秋田*,山形*,栃木*,埼玉*,新潟*,富山*,福井*,山梨*,長野*,岐阜*,静岡*,三重*,京都*,島根*,広島*,香川*,福岡*,宮崎*,「おらんだ」:埼玉*
しおで」:山形*,「くだりそで」:青森*,「そでこ」:青森*,「せ-よ-そで」:青森,「せ-よ-ぞて」:青森(津軽),「せ一よ-そでこ」:青森*,岩手*,秋田*(青森方言で,シオデを「そでこ」と呼ぶ)
「いびりばっこ」:青森*,「うどん」:青森*,「えびりこ」:青森(三戸),「きじかくし」:埼玉*,「せ一よ-たけのこ」:佐賀*,「ほたるぐさ」:山形

特に青森県での地方名が多いのが目立つが,この地方ではシオデが良く食されていた山菜であったからであろうか.なお,*印は記載した県の一部での地方名であることを示す.

アスパラガス-2 古代ギリシャ テオフラストス,共和政ローマ ウァロ

2015年12月20日日曜日

マルバアサガオ-6 蔓の巻き方.太陽の運行方向,グッドイヤー,パーキンソン,トーマス・ジョンソン,ダーウィン,方以智「蔓艸皆左旋」,貝原益軒「蔓草ハ皆左旋ス」

Ipomoea purpurea
2015年10月千葉県北部 マルバアサガオ園芸種
マルバアサガオ Blog-1 に述べたように,新大陸から移入されたこの植物の支持物への巻きつき方は,歐州で親しまれていた蔓植物ホップと逆になるためか,注目されたようで, 英国の園芸家,★ジョーン・グッドイヤーは,1621年の日記で,Convolvulus coeruleus(マルバアサガオ)が windinge wrappinge and turninge them selves against the sunne, round sticks or poles”,と,またジョン・パーキンソン『太陽の園,地上の園』 (1629) Convolvulus caeruleus major rotundifolius,    it climbeth and windeth upon any poles, herbes, or trees, that stand neare it within a great compasse, alwaies winding it selfe contrary to the course of the Sunneと記した.更に,★トーマス・ジョンソンは,ジェラードの『本草あるいは一般の植物誌』の増補改訂版(1663)に,” windings, wrapping it selfe against the Sun, contrary to all other things whatsoever,” と記し(ジェラードの『本草あるいは一般の植物誌』の初版には,この記述はない),いずれもマルバアサガオの蔓の巻き方を against the sunと,(北半球の)太陽の運行(東→南→西)とは逆の方向としている.

また,進化論で有名な★チャールズ・ダーウィン 1865 年(第1版)と,1876年(改訂版)の “On the movements and habits of climbing plants.” (左図),多くの巻きつき植物の旋回運動と巻きつき運動を観察・実験し(旋回運動と巻きつく向きは同じ),” Convolvulus major* (Convolvulaceæ), Ipomoea purpurea (Convolvulaceae) moves against the sun.” と記述し(データより同一植物),一方ホップはこの逆の運動をするとした.(*1版での名稱)
Chap. I. TWINING PLANTS.
 (DICOTYLEDONS.)
Ipomœa purpurea (Convolvulaceæ) moves against the sun. Plant placed in room with lateral light. (改訂版)
1st circle was made in 2 hrs. 42 m.
Semicircle, from the light in 1 hr. 14 m., to the light 1 hr. 28 m.: difference 14 m.
2nd circle was made in 2 hrs. 47 m.
Semicircle, from the light in 1 hr. 17 m., to the light 1 hr. 30 m.: difference 13 m
彼は,この旋回し,巻く方向には光は関係していないが,蔓が上方向に伸びるには重力が関係していると推測した.

この様に,英国では,マルバアサガオの蔓の巻き方は,「太陽の運動方向と逆方向」と観察されていた.但し,太陽の運行方向を基準とすると,南半球では北半球とは逆になり,絶対的な巻き方の定義とはならない

巻きつき植物の蔓の巻き方を右巻きとするか,左巻きとするかは,成長方向の根元から見るか(見上げるか),先から見るか(見下ろすか)で,逆になる.現在ではこの「太陽の運行方向と逆方向」の巻き方は,「右巻き dextrorse」と記述するのが適切と考えられる(日本植物学会「学術用語集植物学編」(1956).なお,左巻きはsinistrorse).したがって,アサガオ類の蔓の巻き方は,右巻きである.

一方,中国や日本では巻きつき植物の巻きかたには,あまり注意は払われなかったようで,本草綱目,和漢三才図会,本草綱目啓蒙での「蔓草」のジャンルの各植物にはそのような記述は見つけられなかった.(最下段 追記参照)

しかし,★貝原益軒『大和本草』巻之一(1709)に「論物理」(もののことわりを論ず)の章があり(右図,WUL),以下のように書かれている.(最下段 追記参照)

蔓草ハ皆左旋(サセン,左ニメクル)ス 天ノ左旋ニ順フ也 左旋トハ左ヨリ上リ右ニ落ルヲ云  天道ハ左旋ス 日月星皆同シ 人ハ北ヲ背(ウシロ)ニシ南ニ向ヘハ左ハ東 右ハ西ナリ 日月天行皆東ニノホリ西ニヲツ 是レ左旋ナリ順ナリ  茶臼ノメクルモ蔓艸ノ物ニマトフモ皆左旋ナリ 右ヨリ上リ左ニ落ルハ右旋ナリ 逆ナリ 或ハ茶臼ノ旋ルモ蔓草ノ物ニマトフモ皆右旋ト云人アリ 非ナリ ヨク思フヘシ 人力ヲ以テセスノ天氣ト茶臼ト蔓草トノメクリヲ以テ考フヘシ」
大和本草 第一巻 目録 蔓艸
(つる草は皆左旋する.天の左旋にしたがう.左旋とは左より上り右に落ちることである.天道は左旋する. 日月星皆同じ,人は北を背にして南に向かえば左は東,右は西になる.日月の天行は皆東に登り西に落ちる,これが左旋であり,順方向である. 茶臼(ちゃうす)を回すのもつる草が物にまといつくのも皆左旋である.右より上り左に落ちるのは右旋である.逆方向である. 茶臼を回すのもつる草が物にまといつくのも皆右旋という人があるが,間違いである. よく考えてみよ,人力の及ばない天気と茶臼とつる草のまといつきかたで考えるべきである.)

益軒はアサガオに限らず,すべての巻きつき植物が左巻きであると断じている.その左巻きの定義として日月の天行の向き(東→南→西)を挙げているのが,英国での観察と同じように,太陽の動きと関連付けているのは興味深い.「左旋」は「左へ向う」ではなく,「左から」動くのであるのだが,結果的に現在の「左巻き」と同一である.

貝原益軒『大和本草』巻之八 草之四 蔓艸 には,37種の蔓草とされる植物が記載されている(上左図,WUL)が,そのうち巻きつき植物は15種と考えられ,現在確認されているそれぞれの巻き方は表の右端に示した.「蔓草ハ皆左旋ス」と益軒は言っているが,実際は「右旋」の方が多い.

『大和本草』巻之八 草之四 蔓草 のうち,巻きつき植物と確認された植物の巻き方
大和本草 蔓艸 巻きつき植物と巻き方
わが国の植物学の草分けとして名高い貝原益軒でさえ,こと蔓の巻き方に関しては,教条的に「太陽の動き,臼の回り方と同じ」と,実際の巻き方を見ないで,左巻きと断定している.
物理小識

我が国の植物図鑑における,右巻き・左巻きの定義は,時代により,また著者により一定していない.参考サイト 2. に詳しい.

参考サイト
1. アサガオの茎の旋回運動と巻きつき行動の微速度撮影動画.
morning glory tendrils showing thigmotropism (https://www.youtube.com/watch?v=m2xKjA69jNM),
 Twining motion of vines (https://www.youtube.com/watch?v=dTljaIVseTc)
2. 図鑑の推理 〔左右巻定義における、図鑑記載での混乱理由・牧野式定義の原点、などを推理する〕 (homepage2.nifty.com/syokubutu-kensaku/topic22.htm)
3. 広島の植物ノート特集-Ⅰ つる植物の右巻きと左巻き (forests.world.coocan.jp/flora/issue/issue-1b.html)

マルバアサガオ-5 種子は幻覚剤? Flowers and Their Histories,フランシスコ・エルナンデス,オロリウキ,ウルビナ,ホフマン,LSA含量=0.
マルバアサガオ-7 条斑点絞咲き,トランスポゾン,曜斑点咲き(ミルキー・ウェイ),花色の変化

以下は2016年1月19日の追記

一方,中国明時代の哲学者★方以智 (16111671) の『物理小識』(画像は康煕三 (1664) 年序刊本,NDL)の「卷九 草木類 草木通理」には「藤刺之用○蔓艸皆左旋 盖體天左旋也 陰而承陽也 藤能入筋 象筋也 有刺者辛而走竅 夜合楊梅刺 其葉夜合 辛而属陰 其性破血」とあり,蔓草は皆左旋し,これは天体の動きと同じだとあり,幾つかの例が挙げられている(ようだ).

上記の★貝原益軒『大和本草』巻之一(1709)の「論物理」(もののことわりを論ず)の章は,これを参考にした可能性がある.

2015年11月26日木曜日

ハンカチノキ (2015-2) ,夏から秋, 果実の成長 ポリフェノール,勇敢な毛虫 紅葉

Davidia involucrate
2015年11月
庭のハンカチノキは,五月に 200 個程の花が咲き,観察に適した低い枝にも果実がついた.多数の果実が大きく成長し,大部分は台風の余波の強風で落果したが,現在でも初冬の空に丸い実を鈴のように掲げている.
ピックアップしてその成長過程を画像で追ってみる.これで,今年の新芽が付いてから(ハンカチノキ (2015-1), 新芽・蕾・開花・落花・展葉 ),実が落ちるまでの経過を追うことができた.


5月に受粉した両性花は苞が落ちる前に子房を成長させる①.苞が落ちた後も花柱と花糸はしばらく残る②.果托には,二つの果実がついてもよいように,偏って実がついているように見えるが,見た限りではひとつ以上の果実がついている様子はない.花糸が落ちた後,花柱の尖端から糸状の付属物が出ている果実がある③.

6月には,ある程度,実は大きくなるが,まだ全体に柔らかく,内部の種子もカッターで,簡単に切れ,青リンゴのような匂いがする④.放置すると,果肉が黒く変色する⑤.塩水中に入れておくとこの変色の進行が抑えられることから,リンゴと同様に,ポリフェノール酸化酵素が,果肉や果汁の中に含まれていたポリフェノールと空気中の酸素と反応を触媒し,重合物を作ると考えられる.実際に損傷を受けた実の傷口が真っ黒になっていた⑥.

越前町立福井総合植物園プラントピアの園長さんは実際に食べてみたそうだが,その感想は「果肉は若いナツメの果実のような爽やかな臭いがします。ガブッとやると…味はまじいです。すっぱ渋い、イタドリの茎の味に似てますが、もっと我慢できない刺激があります。『この味は…シュウ酸では?』」とのこと

10月には,種(核)は大きく硬くなり,果肉は薄くなる.硬くていかにもまずそうな果肉だが,園長さんのように勇敢な毛虫⑦がこの果肉をかじっていて,なかの種子(核)があらわになっていた⑧.このような損傷を受けた果実は少数で.ポリフェノールは十分にその防御の役目を果たしていたようだ.落ちた果実を集めると,大きな皿に山盛り一杯⑨.本当に食べる事ができればいいのに.

葉は,秋の終わりの強風で,殆んどは緑のうちに,少数が茶色になって落ちるが,ごく少数ながら紅色や黄色になって落ちる(左図).全数がこの色になれば見事だろうとは思うが.残念.


2015年11月22日日曜日

マルバアサガオ-5 種子は幻覚剤? Flowers and Their Histories,フランシスコ・エルナンデス,オロリウキ,ウルビナ,ホフマン,LSA含量=0.

Ipomaea purpurea
2015年11月 茨城県南部
アサガオ (Ipomaea nil) は日本へ中国から奈良時代に移入されたが,観賞用としてよりは,その種子の瀉下剤としての薬用の有用性が高く評価されたからであり,マルバアサガオにも同様の薬理活性があるとされている.(前記事

一方,マルバアサガオには,幻覚剤としての作用があるかもとの記述もある.★Alice M. Coats "Flowers and Their Histories" Adam & Charles Black, London (1956), p58 には,Convolvulus C. Major (syn. Ipomoea purprea). Morning Glory. - - -. In 1963, alarm and despondency were created by the news that American Drug-addicts were chewing the seeds of Morning-glory to produce hallucinations, and the sale of them in Britain was prohibited for a time while investigation were being made; but the seeds were eventually pronounced to be harmless.” 1963年には,アメリカの薬物濫用者たちがこのマルバアサガオの種を噛んで幻覚を楽しんでいるとの落胆すべき警報があり,英国では調査の期間中,一時種子の販売が禁止された.しかしその後,種子は無害であると公表された.私訳).とある.

これには,「種子は無害である」とされているが,実際にはそのような幻覚作用があるとの報告もある.
Wikipedia(E) Ipomoea purpureaの項には “The triangular seeds have some history of use as a psychedelic; they, like Ipomoea tricolor contain LSA. Effects are reported to be somewhat similar to those of LSD.“ とあり,種子は幻覚剤として使用されていた歴史があり,幻覚剤として有名な LSD (リゼルグ酸ジエチルアミド, d-lysergic acid diethylamide)と化学構造が類似している LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)が含まれているとの報告があると読める.

ヒルガオ科の種子に幻覚作用があることは,アメリカ中南部の先住民たち,アズテックやその近隣の部族には知られていて,サボテンのペヨーテ,テオナナカトルと呼ばれるキノコとともに,ヒルガオ科のオロリウークイ Oliliuhqui,” の種子が,主に宗教的な儀式で神官たちによって用いられていた.

最初にヨーロッパに,メキシコ地方でこのヒルガオ科の植物の種が幻覚剤として用いられていると報告したのは,スペイン王フィリップ二世のために,1570 1575年にメキシコの動植物探索を行ったスペイン人の医師フランシスコ・エルナンデス・デ・トレド (Francisco Hernández de Toledo, 1514 –1587) で,彼の死後 1651年にローマで出版された "Rerum medicarum Novae Hispaniae thesaurus, seu plantarum, animalium, mineralium mexicanorum historia" "De Oliliuhqui, seu planta orbicularium foliorum" の項目に,彼は簡単な図と共に,以下のように記述した(左図).

「オロリウキ Oliliuhqui coaxihuitl 或は ヘビの草snake-plantとも呼ばれ,薄い,緑色の心臓型の葉と,しなやかでやや先細の円柱形の莖を持つ蔓草で,長い白い花をつける.
種子はコリアンダーに非常によく似ていて丸いので,Nahuat 語で「丸いもの」と言う意味の ololiuqui が植物の名になった.根は繊維状で細い.その植物は第四度の Hot である(?).これは,梅毒を治し,寒さによる苦痛を和らげる.これはまた,鼓腸を癒し,腫瘍を取り除く.少量の樹脂と混ぜたものは,寒けを去り,著しい程度で脱臼・骨折・女性の骨盤の悩みを(和らげるのを)刺激し,救う.種子はある種の薬物として使われる.粉砕物や煎じ汁を摂取するか,ミルクとチリと共に湿布として頭や額に用いると,目の故障を治すといわれている.服用されると催淫薬として作用する.それは刺激的な味がしてHot である.
Turbina corymbosa
左:Edwards’s Botanical Register, vol. 29 t. 24 (1843) 
 右: ** R. Evans Schultes より
昔は神官が彼らの神たちと交信し,彼らからのメッセージを受けたいと願うときには,この植物を食して譫妄状態を引き起こす.無数の幻影と悪魔的な幻覚が現われる.
作用の様子から,この植物はディオスコリデスのSolanum maniacum* と匹敵する可能性がある.これは野原の暖かいところに生育する.」
*ベラドンナ(Atoropa beladona)か?
R. Evans Schultes “A Contribution to our Knowledge of Rivea corymbosa. The Narcotic Ololiuqui of the Aztecs”**(1941) の英訳よりの私訳)

この植物は 1897 年にメキシコの植物学者 Manuel Urbina y Altamirano (1843 – 1906) によって Rivea corymbosa (Ipomoea sidaefolia (HBK.) Choisy) (syn. Turbina corymbosa) と同定された.
引退したニューヨークの投資家で,斬新的な民俗学者でもあるワッソン(R. G. Wasson, 1898 - 1986)夫妻は,メキシコ南部,オアキサカのザポテック族の呪術者から,幻覚剤として用いられている茶色と黒,二種の種子を入手して, LSDの合成者であるアルバート・ホフマン (Albert Hofmann, 1906 - 2008) に提供した.
ホフマンは1959年に茶色の種子を Rivea corymbosa と同定し,幻覚誘起物質を単離し,LSD の類似物質 LSA (リゼルグ酸アミド, d-lysergic acid amide)と同定した.また,現地で “badoh negro” と呼ばれる黒い種子は,Ipomoea violancea (syn. Ipomoea tricolor) の種子としたが,それにも同じ幻覚誘起物質 LSA が含まれていることを見出した(The Discovery of LSD and Subsequent Investigations on Naturally Occurring Hallucinogens, The Psychedelic Library Homepage).
彼はIpomoea violancea(キバナハマヒルガオ)と I. tricolor (ソライロアサガオ)とを同一種としていたようだが,後に分かったように,後者のそれには Rivea corymbosa とほぼ同程度の LSA が含まれていることから,彼が分析したのはソライロアサガオの種子と考えられる.

1994年7月 Heavenly-Blue
しかしこのようなアルカロイドが,高等植物の種子から発見されたのは初めてで,一方では,ムギに発生する麦角菌から麦角アルカロイドが発見されたように, Ololiuqui から得られた LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは種子に発生した菌もしくは汚染により付着した物質から得られたものではないかとの疑問がもたれた.Taber 等はこの疑点を解決するため,種子を胚,胚軸,子葉,皮の部分,皮下の樹脂状部分に分れそれぞれについてアルカロイドの抽出を試み.胚,胚軸,子葉にはアルカロイドが存在するが,皮や皮下には存在しないことを明らかにした.また同時に,種子についている菌52種を分離しこれらの菌にもアルカロイドが含まれていないことを確認したので,LSA およびその他のリゼルグ酸アルカロイドは確実に種子中に含まれているものであるとの結論に達した.(Phytochemistry 2, 99-101 (1963))

その後もいくつかのアサガオの仲間の種子中のリゼルグ酸関連アルカロイドの分析が行われた.
その結果,日本でもグリーンカーテンとして人気のあるヘブンリー・ブルーなど,「セイヨウアサガオ」の名で市販・栽培されているソライロアサガオの種子には,かなりの量の幻覚誘起アルカロイドが含まれているのに対し,アサガオ,マルバアサガオには,全くか殆んど含まれていないことが判明した.従って,冒頭の二記事のうち,Wikipedia の記事に従ってマルバアサガオの種を摂取しても,幻覚は体験できず,下痢になるだろうと思われる.









A: TLC
B: 発色法


Species
variety
Percent alkaloid
 on fresh wt. basis
Total alkaloids
(% of fresh weight)


Ololiuqui
Rivea corymbosa,
タービナ・コリボサ
 
0.056
0.045


Ipomoea tricolor
ソライロアサガオ
Pearly Gates
0.041
0.032


Wedding Bells
0.037
0.030


Flying Saucers
0.030
0.057


Heavenly Blue
0.029
0.025


Ipomoea purpurea
マルバアサガオ
Tall Mixed
0.000
-


Crimson Rambler
0.000
-


Ipomoea nil
アサガオ
Royal Marine
0.001
-


Scarlet O'Hara
0.001
-


Darling
0.001
-


Candy Pink
0.000
-


Double Rose Marie
0.000
-


Miyako no kokoro
-
0.001







A:  K Genest "A direct densitometric method on thin-layer plates for the determination of lysergic acid amide, isolysergic acid amide and clavine alkaloids in morning glory seeds", Journal of Chromatography A  19, 531-539(1965)
B:  丹羽口徹吉「LSD および Convolvulaceae (ひるがお科)植物に含まれるリゼルグ酸アルカロイドについて」 衛生化学 15(1) 1-8 (1969)

また,東野圭吾はリゼルグ酸アルカロイドの幻覚誘起作用(自白剤としての効果)と,幻の黄色い変化アサガオとを結びつけて,『夢幻花(むげんばな)』PHP研究所 (2013) という小説を上梓したが,アサガオ(Ipomoea nil)には,いくら黄色い花でもリゼルグ酸アルカロイドは含まれていないであろう.

一方,ソライロアサガオの種子のアルカロイドの濃度は高いので,幻覚誘起作用があっても不思議はない.
J-Wikipediaの「リゼルグ酸アミド」の項には,「ソライロアサガオにも含まれ、ヘブンリー・ブルー、パーリー・ゲート、フライング・ソーサーといった品種に含まれている。種子を粉末にして飲料に混ぜて飲むことでLSDと同様の体験が起こるが、副作用として吐き気や下痢を伴う.」とある.
ソライロアサガオの品種名に,天国,天国の門や UFO が使われているのは,幻覚をイメージしたのかと勘繰りたくなる.