2014年11月24日月曜日

センニチコウ-3/6. リンネ.植物の属,クリフォード植物園誌,セイロン植物誌,ウプサラ植物園誌,植物の種, 属名の由来.プリニウス,ダレシャン,Gromphaena to Gomphrena

Gomphrena globosa
2010 年 7 月
日本には中国から天和から次の貞享のころ(1681-88年)に渡来したとされている(センニチコウ-1).

一方,欧州に渡来した明確な年を示した文献は見出せなかった.しかし,コスモスやヒャクニチソウより約一世紀早く17世紀末には,インドから来た植物としていくつかの植物誌・植物図譜に取り上げられている.このインドは,西インドの意味かもしれないが,学名をつけたリンネもインド産としている.

リンネ以前の植物のラテン名は,当時の命名法に従い,基本の類名の下にずらずらと,その植物の特長をラテン語でつけているので,センニチコウは,例えば,Amarantho affinis indiæ orientalis, floribus conglomeratis, ocymastri folioと長ったらしいが,ヒユの一種として認識されていた.

リンネは 1737 年の『植物の属』で,新たに “Amaranthaceae (ヒユ科)の下に “Gomphrena(センニチコウ属)を立て,更に1735 年の『植物の種』で,センニチコウの学名を現在でも有効な Gomphrena globosaとした(このゴムフレーナという名前の由来は後述).

カール・リンネ『植物の属 Genera plantarum (1737), No.198(左図,上)

カール・リンネ『クリフォード植物園誌 Hortus Cliffortianus (1737), p86 には,属名がプリニウス由来と記している. "Gomphrena nomen habetur apud Plinium."
リンネがオランダ滞在中に庇護を受けた東インド会社の総裁,ジョージ・クリフォード3 George Clifford III (1685-1760) の広大な庭に世界中から集められ栽培されていた植物を,リンネが解説し,その天与の才能で十八世紀中ごろのボタニカル・アートに支配的影響を及ぼした植物画家ゲオルク・ディオニソス・エイレット (1708-1770) が図版を描いた書.残念ながらこの書にセンニチコウの図はない.(左上図,下)

カール・リンネ『セイロン植物誌 Flora Zeylanica (1747), p115 (右図)
『セイロン植物誌』は、1670年にオランダ東インド会社の医師としてセイロンに行ったオランダ人パウル・ヘルマン (Paul Hermann, 1646-1695)の押し葉標本を材料にした著書.当時この標本はコペンハーゲンの薬種商のものとなっていたが、一時的にリンネが借り受けて調査した.その後この標本は英国のバンクス (Joseph Banks, 1743-1820) のものになり,その後,ロンドンの自然史博物館に保存されている.

カール・リンネ『ウプサラ植物園誌 Hortus Upsaliensis (1748), p57 (左下図,上) 
オランダから帰国後,ウプサラ大學の教授,大学付属の植物園長になったリンネは園内に住み,リンネの分類法に従って体系的に植物を展示した.条件の悪い低湿地にあったが,リンネの努力で世界各地の多くの植物研究家からから提供を受けた3000種もの植物が栽培された.リンネの死後荒廃したが,日本を来訪した弟子のツンベルク(Carl Peter Thunberg, 1743-1828)によって条件の良い丘の上に移転された.現在では,元の場所に復元され,リンネの住居も博物館として公開されている.

現在の命名法のスタートとなっているカール・リンネ『植物の種 Species plantarum (1735), Vol. 1, p224 には,
"GOMPHRENA.
* floribus terminalibus, caule erecto.
globosa.
1. Gomphrena caule erecto, foliis ovato-lanceolatis, capitulis solitariis, pedunculis diphyllis. Hort. cliff. 86. Hort. ups. 57. Fl. zeyl. 115. Vir. cliff. 22. Roy. lugdb. 418.
Amarantho affinis indiæ orientalis, floribus conglomeratis, ocymastri folio. Breyn. cent. 109. t. 51. Comm. hort. 1. p. 85. t. 45.
Habitat in India. ☉"(左図,下)とある.

この属名に関して,Alice M. Coats "Flowers and Their Histories", Adam & Charles Black, London (1956) には,“the Globe amaranth, --- given the singularly ugly name of Gomphrena”(センニチコウには - - - ゴムフレーナという奇妙な醜い名前を与えられている)と書かれているが,リンネ本人は,『クリフォード植物園誌 Hortus Cliffortianus』に,” Gomphrena nomen habetur apud Plinium.” 「ゴムフレーナと言う名は(古代ローマの博物学者)プリニウスに由来している」と書いている.

調べたところ,16 世紀後半に活躍したフランスの博物学者ジャック・ダレシャンJacques Daléchamps または D'Aléchamps, 1513-158)の『一般植物誌 Historia generalis plantarum (1586) , Vol. 1, p540 “Symphonia Plinii” の節に,”HAnc stirpem Blito propter similitudinem subiunximus, quae Symphonia Plinio dicta,&: Gomphrena (aliqui Cremphenam scribunt, alij Symphonam,alij Comphenam,aut Symphenam) existimari potest, ab Hetruscis hodie Herba de la marauiglia, ideft, herba mirabilis, ob excellentem & admirandam coloris varietatem in foliis. (以下略)とあり,緑や薔薇色の葉をつけるハゲイトウ (Amaranthus Tricolor) が,プリニウスのゴムフレーナであるとしていて,ハゲイトウの図も載っている(右図).

更にこれを手がかりに調べたところ,プリニウスGaius Plinius Secundus, 22 / 2379)の『博物誌 Naturalis historia”』(77 -) Liber XXVI, CHAP. 23. GROMPHAENA の項があり,以下の記述があることが分かった.
“XXIII. Gromphaena, alternis viridibus roseisque per caulem foliis, in posca sanguinem reicientibus medetur.,”

Cambridge, Queens Collage, Gate 1979
ボストック (Bostock, John, 1773-1846.) の英訳版(London,H. G. Bohn,1855-57, vol. 5, 167)では,” THE GROMPHAENA. Gromphaena* is the name of a plant, the stem of which is covered with leaves of a green and rose colour, arranged alternately. The leaves of it are administered in oxycrate**, in cases of spitting of blood.
* Sprengel and Desfontaines identify it with the Amaranthus tricolor; Fee is strongly of opinion that it has not been correctly identified.”
と訳されており,Gromphaena をハゲイトウ (Amaranthus tricolor) と比定している人もいるとしている.(** A mixture of water and vinegar.

また,英訳本では最も権威あるとされている,ケンブリッジ大学クイーンズカレジのフェロー ,ラッカム (Rackham, Harris  (1868-1944) のロウブ版(W. Heinemann,1938-63, vol. 7, p293)では,”Book  XXIII. Gromphaena, which has its leaves alternately green and rose-colour along the stem, taken in vinegar and water cures spitting of blood.” と訳されているが,植物の比定はされていない.

また,ラテン語原典から翻訳した大槻真一郎編『プリニウス博物誌 植物薬剤篇』(八坂書房, 1994) p 375 では,VII-39 に「二三 吐血の薬草グロンファエナ.グロンファエナ(未詳)は,茎に沿って交互に緑の葉とバラ色の葉があり,この植物を酢水に入れたものは吐血を癒す.」
注として「グロンファエナ(gromphaena).同定不可能。Amaranthus tricolor* か.この名は、鳥の名前でも出てくる(「博物誌」第三〇巻・146).へシュキウス (後五世紀か)の著書では,その名前は年を取った雌ブタを指す.」とある. * ハゲイトウ

プリニウスの『博物誌』では,GROMPHAENA なのに,リンネは『植物の属』以降では GOMPHAENA Rを抜かしている.これは,リンネが,プリニウスの著作直接ではなく,ジャック・ダレシャンの『一般植物誌』を参照したからと考えられる.
即ち,プリニウス “GROMPHAENA” ダレシャン “Gomphrena” リンネ “GOMPHAENA” となったのであろう.現在の命名法では,たとえスペルミスに由来する命名と考えられても,“GOMPHAENA” がセンニチコウ属の名として有効である.

センニチコウ-2 絵本野山草,草木育種,ツンベルク「日本植物誌」,泰西本草名疏,梅園草木花譜,草木図説,方言・地方名

センニチコウ-4, 欧州の植物図譜 (1). ブレイニ,モニンクス,ルンフィウス

2014年11月18日火曜日

ハンカチノキ (2014), 果実,種子,種子繁殖法

Davidia involucrata 
2014年11月
2013 年は 20 個くらいしか咲かなかったハンカチノキの花が,今年5月には 100 個程度咲いた.新聞に投稿したら地方欄に掲載され,何人か見に来られたが,掲載されたのが遅く,花盛りは過ぎていた.是非来年の連休頃にまた見に来てくださいとご案内したが,来年はどのくらい咲くだろうか.

花が多かったため,実も多く着き20 個は確認できたが,風と共に落ちてきて,今は葉の落ちた梢に10個ほどがぶら下がっている(下図,右の六個,落ちた果実,長径 35 mm,短径 25 mm).

昨年落ちていた実を放置していたところ,果肉が落ちて核のみをあらわにした(核,長径 25 mm,短径 20 mm)(下図,左端).

果実からの繁殖は発芽率は低いうえに時間がかかる(発芽に 12年,開花まで更に20年くらい)ので,英国に最初に導入された時もだいぶん苦労したとのこと.

その具体的な方法が東京大学大学院理学系研究科附属植物園 社会教育企画専門委員会編『ハンカチノキ』(2000) に記載されていたので,一部を引用する.これを読むと素人には取り木繁殖が種子繁殖に比べて時間が短く(といっても苗を得られてから十数年),手軽のように思われる.

「繁殖方法
一般的に種子繁殖、取り木繁殖、接ぎ木繁殖が行われている。
1.種子繁殖
果実はクルミ大の核果で長い果柄を持ち、鈴を吊すように着果する。熟期は 1112月。果実を入手したら果肉を取り除き、核の部分をタワシなどでよく水洗いして保存する。播種期はその年の秋または翌春。5号の駄温鉢と赤玉土の小粒と大粒を用意する。最初、鉢底に赤玉土の大粒を敷き、その上に赤玉土の小粒を入れて核を34個播種する。覆土は赤玉土の小粒を核の大きさの 倍ぐらい入れて、たっぷりと濯水する。
播種鉢は、無加湿のガラス室や軒下などの雨水のかからない場所に置き、時々潅水して鉢土を乾かさないように管理すると12年後の春に発芽してくる。発芽率はあまりよくないが、1個の核から 3本ぐらい次々と発芽が見られる変わった植物である。
移植は発芽から 1年後に1本づつにして植え替え、木の大きさに合わせて大きな鉢にすると若苗が得られる。(下園 文雄)」

今年は下園さんのインストラクションに従って蒔いてみようと計画しているが.芽がでるかしら.
昨年の経験では果肉を取るのが難しい.

ハンカチノキ (2015-2) ,夏から秋,果実の成長 ポリフェノール,勇敢な毛虫 紅葉

2014年11月4日火曜日

センニチコウ-2/6 絵本野山草,草木育種,ツンベルク「日本植物誌」,泰西本草名疏,梅園草木花譜,草木図説,方言・地方名

Gomphrena globosa 
2013年 9月
『絵本野山草』には,よく特長を捉えた絵と共に,茎が紫色を帯びること,また白い花を付ける品種があることが記されている.
★橘保国 (1715-1792) 絵本野山草』(1755
「千日紅(せんにちこう)六月,花有葉あつく、茎、むらさきのうつり有。葉の末に、花一りんづゝさく。かたち丸く、いろ、紅紫。至極見事也。日をかさね、花のいろかはらず・千日紅の名有。白花有。花葉、共に同し。」(左図,NDL)

出島の医師として1775 – 1776 に滞日した,リンネの弟子の★カール・ツンベルク (Carl Peter Thunberg, 1743-1828) の『日本植物誌』(Flora Japonica, 1784)の p114 には,
”GOMPHRENA, globosa. G. caule erecto, foliis ovato-lanceolatis, cpitulis folitariis, pedunculis diphyllis. Gomphrena globosa. Linn. sp. Pl. p326.
Japonice: Sennitsko. Crescit hinc inde, saepe culta in ollis. Floret Septembri, Octobri.”
と,簡単な形状とリンネの「植物の種」の該当ページ.日本では「センニチコウ」と呼ばれ,あちらこちらに生えているが,時折鉢植えにされている.花期は9月から10月である.と記されていて,この時代長崎近辺では広く生育していたものと考えられる(右図,MOBOT).


この,ツンベルク著『日本植物誌』に所収された植物を学名のアルファベット順に配列し,その和名・漢名を記した★伊藤圭介訳述『泰西本草名疏 下』1829 (文政12) には,「GOMPHRENA GLOBOSA. LINN. センニンソウ 千日紅」とある.

本草家として知られる,岩崎灌園は,『草木育種』(1818年)の美花の項にとりあげて,紅だけではなく,白い品種があることも述べている.
★岩崎灌園(17861842)『草木育種(そうもくそだてぐさ)巻之下』(初版文化15 (1818),後刷天保4年(1833))
「千日紅(せんにちさう) 花鏡 天和貞享年中に本邦へ初て渡と云。今甚多し 真土赤土ともによし.二三月種を●まき秋花あり。紅(あか)。白。二種あり。魚洗汁人屎等澆(そそぎ)てよし」(左図,NDL)

幕府の要職にありながら,博物学に興味をもち,多くの本草家の指導をうけて,質の高い図譜を残した毛利梅園は,紫と白の花をつけたセンニチコウの美しい絵とともに,ラテン名を記し,ラテン語の名称の意義を大槻玄沢の『六物新志』より引用している.
このラテン名の由来を調べたが,不明.アマランサス(ケイトウ類)としているので,リンネ命名法以前のラテン名に由来すると思われる.江戸時代末期に入って多くの本草家の参考にされたヨハン・ウエインマン (1683-1741)の『花譜 or薬用植物図譜』(Phytanthoza iconographia(1737-1745) に記載のラテン名とは異なる*.更に,紫・白だけではなく,絞りや更紗などの花を付ける品種があると言っている.(*次記事参照)

★毛利梅園(17981851)『梅園草木花譜 夏之部四』(1825 序,図 1820 – 1849
「大和本草曰
千日紅 予曰 或此曰 千日草・千日坊 出所不詳
和漢通名 千日草 アマランモユス コロモシユス リユエル 羅甸」(右図左,NDL)

梅園草木花譜 夏之部七』(1825 序,図 1820 – 1849
「アマランモユス コロモシユス 羅甸方言
アルコス 千日紅ノ白花ノ者別種ニ非ラス蜀古ヨリ舶來シテ年々種ヲ植ユ亦近來實生ヨリ變(カハリ)絞(シボリ)更紗(サラサ)色々アリ自園ニモ在也
丁未六月廿五日 於自園寫」(上図右,NDL

本図左上の「六物新志曰 羅甸語 云々」という文章は,大槻玄沢の『六物新志』(1786)からの引用.「六物」とは,一角(ウニコウル),夫藍(サフラン),肉豆蒄(ニクズク),木乃伊(ミイラ),噎浦里哥(エブリコ),人魚の6種の薬物のことで,これらについて天明61786)年,大槻玄沢が蘭書に基づいて考証したのが「六物新志」である. その上巻の凡例十三則の二に梅園の引用文が載る.大意は「羅甸語は欧州の諸国に通用する言語である.各国はそれぞれの言語を持っているが,物事を記すのに羅甸語を用いると通じ易い.羅甸は古い国の名前で今は既に滅びて今はない.」とラテン語の学名を記す意味を述べている.

★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)巻之四』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))には,味のある精密な全体図と共に一つの花の解剖図も載せられている.ラテン名は,リンネの名づけた二名式学名(Gomphrena globrosa L.)と思われる.
「センニチサウ 千日紅
人家多ク栽テ花ヲシ花ニ紅白淡紅ノ種又並頭ノ品アルコト等世ノ可通知故ニ略之.前花ニ総萼ナク.多ノ完筒子花ノ聚簇ニ成リ.一殊態アルコト以郭大三圖詳之
(中略)
ゴムプレナ.ゴロポサ.羅 ヤールレークセ・ロンドブルーム,蘭」(左図,NDL)

センニチコウは五代将軍綱吉の時代には移入され,繁殖も容易なことから各地に拡がり,方言(地方名)も多い.

可愛らしい丸い花の形状から,だるまそー:新潟,だんごばな:和歌山(西牟婁)山形(村山)新潟 ,てまりのはな:島根(鹿足市),てまりばな:福井(大飯),てまるこのはな:島根(美濃・益田),花の形を僧侶の頭に例えての,ぼ-すはな:三重(伊賀),ぼ-ずばな:山形(鶴岡市・庄内)静岡(小笠)愛知(渥美)鹿児島(薩摩・奄美大島),ぼしぼな:鹿児島(日置),ぼすぼな:宮崎(東諸県)鹿児島,ぼずばな:鹿児島,ぼっばな:鹿児島(鹿児島市),ぼんさんばな:奈良(高市),ぼんぼんさん:鹿児島(肝属),お盆の供花として重宝したのか,おぼんばな:滋賀(甲賀),ぼんばな:山形(鶴岡市・西田川)鹿児島(鹿児島市・肝属・薩摩),ぼんぼこばな:山形(飽海),長期間咲いてかさかさのドライフラワーとしても鑑賞できるから,うらしまそ-:高知,かりかりばな:山形(鶴岡市・飽海)などがある.

他には,由来が良く分からない,まつばぼたん:栃木,と-だえばな:鹿児島(奄美大島),やんぼす:鹿児島(鹿屋市),はもじ:和歌山(新宮),はもじき:和歌山(新宮),うしのはもじき:和歌山(新宮市),ふっ:和歌山(日高),ふっくさ:和歌山(海草)がある.(八坂書房[編]『日本植物方言集成』八坂書房(2001) より抽出)

センニチコウ-3 リンネ.植物の属,クリフォード植物園誌,セイロン植物誌,ウブサラ植物園誌,植物の種,属名の由来.プリニウス,ダレシャン,Gromphaena to Gomphrena

センニチコウ-1 秘伝花鏡,植物名實圖考,中国異名,松平大和守日記,花壇綱目,花譜,大和本草,諸品図,草花絵前集,地錦抄附録,和漢三才図会