2017年5月25日木曜日

アマナ-(5)仮 日本文献-2山慈姑 金燈花 和刻本草綱目(貝原本)花壇綱目 和爾雅 花壇地錦抄 大和本草 用薬須知 東莠南畝讖 和漢三才図会 和刻本草綱目(稲生本) 和漢音釈書言字考節用集 広益地錦

Amana edulis
アマナ-(4)に記したように,近代までアマナの漢名として用いられた「山慈姑」が薬草の名として認識されたのは,『本草綱目』が本草書の標準となった江戸初期以降であるが,その時点では山慈姑は「アマナ」とは考定されず,別名の金燈花からの類推で和名は「燈籠花(トウロウバナ)」とされていた.
アマナの一名はトウロウバナなので,山慈姑→金燈花→燈籠花→アマナの経路で,『本草綱目』に記述されている形態や生態に完全には一致しないにもかかわらず,アマナの漢名が山慈姑とされたように思われる.

1712脱稿の松岡恕庵著『用薬須知』には,「山慈姑 和名甘菜(アマナ)ト云モノ是ナリ」とあり,また1713年序の毘留舎那谷著『東莠南畝讖』では,「アマナ」の美しい写生図に「南京水仙 山茲孤」とある.1713頃頃の寺島良安『和漢三才図会』にも「山慈姑 さんじこ 俗云 阿末奈」とあり,さらに1714年の稲生若水校注『本草綱目(若水本)』で山慈姑は「アマナ(トウロウハナ)」と訓じられている.これで,和刻の本草綱目では,初めて山慈姑が日本に自生する「アマナ」と考定された.若水本は「和刻本のなかで一番優れている」と言われていて,その影響は大であったので,これ以降本草家の間で「山慈姑=アマナ」が定着したのであろう.

一方園芸家の間では,「山慈姑=アマナ」は共通認識ではなかったようで,「山慈姑」には「キツネノカミソリ」「ナツズイセン」らしき球根植物が充てられていた.


漢名
黄精
萎蕤・葳蕤
山慈姑
出典
刊行年等
ナルコユリ
アマドコロ
アマナ*
貝原益軒
本草綱目
1673
ヲホヱミ
エビクサ
トウロウハナ
和爾雅
1694
ナルコユリ
カラスユリ
トウロウバナ
大和本草
1709
アマトコロ
カラスユリ
特定せず
用薬須知
1712脱稿
ナルコユリ
アマドコロ
甘菜・アマナ
東莠南畝讖
1713


南京水仙(写生図)
和漢三才図会
1713
(和名無)
阿末奈
燈籠花,愚和,阿末奈
稲生若水
本草綱目
1714
ナルコユリ
アマドコロ
アマナ・
トウロウハナ
和漢音釈書言字考節用集
1717


金燈花
(トウロウバナ)

★貝原益軒『和刻本草綱目(貝原本)(1673) では,黄精は「ヲホヱミ,俗称アウシ」,萎蕤は「ヱヒクサ」,麻黄は「カクマクレ,イヌドクサ」と訓じられ,一方山慈姑は依然として「トウロウハナ」と訓されている.

日本最古の園芸書で,中国やイギリスに並び,世界的に見ても早期のものである★水野元勝『花壇綱目 巻上 夏草之部』(1681跋刊)には,
さんしこ ●花紫也咲比まへに同(まへ:鐵仙花 咲比五月之比)●養土は合土用て宜し●肥は右同(右:阿蘭陀撫子 肥は茶から干粉にして可用也)●分植は秋之比」とある.この「さんしこ」がアマナなら既に庭で育てられていた事となるが,花期や花色が合致しない.ナツズイセン(Lycoris squamigera)か?

益軒の養子★貝原好古の『和爾雅』(1694)は,江戸前期の辞書.8巻.中国の「爾雅」に倣って日本で用いられる漢語を意義によって24門に分類し,音訓を示し,漢文で注解を施したもの.その巻之七艸木門第二十二には,
「〇黄精(ナルコユリ ササユリ)(ワウセイ)黄芝.莬竹.鹿竹.救窮草.龍衘.垂珠並同」
「〇萎蕤(カラスユリ)葳蕤.女萎.玉竹.地節.」
「〇山慈姑トウロウハナ)金-燈.鬼--檠.鹿蹄草.並同」とある.

元禄期に江戸の大名屋敷にも出入りしていた植木屋★伊藤伊兵衛の『花壇地錦抄(1695) は,総合的園芸の実際書として,元禄の世を風靡した草花・植木約700種を収載した古典園芸書中の白眉であるが,その「花壇地錦抄四五, 草花夏の部, 従(より)是下の初中末の三字は夏三月断(ことわり)なり (中略)
「○白昌草(あやめ)のるい
さんじこ 花あかし、葉すいせんのごとく
花の時分は葉なし 秋に出る」とある.キツネノカミソリ(Lycoris sanguinea)であろうか.

★貝原益軒『大和本草(1709)  巻之九雑草類 には,
山慈姑 若水云 今多以鐵色箭及石蒜山慈姑倶非是」と,稲生若水が山慈姑は鐵色箭:ナツズイセン,石蒜:ヒガンバナでもないと言っているとのコメントのみで,考定はしていない.

★松岡恕庵『用薬須知』(1712脱稿,1726刊行)巻一草部 には
山慈姑,此モノ種類多シ,古
人用ユル所ハ多ク石蒜*根(シビトハナ子)ナリ,獨リ時珍ニ至ッテ
根顆辧解アルモノヲ以テ之充ツ,和名甘菜(アマナ)ト云
モノ是ナリ, 然レトモ臞--隠傳紫--
錠ノ方下ニ花紅ク花ト葉ト相ヒ見不故無義草ト名クル
ノ説ヲ見ルニ石--根是ナルベシ,今漢ヨリ来
ルモノハ真偽詳ナラズ」
とある.見た限りでは,これが山慈姑を甘菜(アマナ)と考定した最古の文献である.更に,山慈姑」は中国から輸入されているが,ヒガンバナの根の様であるが,その真偽は明らかではないとしている.
*石蒜:ヒガンバナ,無義草がこれに当たるとした.

★毘留舎那谷(西美濃養老の真泉寺住職玄香(?-1749)?)『東莠南畝讖(1713) には,正確なアマナの図
「南京水仙 山茲孤
長三四寸两葉相對而
出生花者似蘭又類
唐嶋百合三月上咲
根有玉」
とあり,アマナが南京水仙や山茲孤と呼ばれていたことが分かる.なお図中の「山慈姑」との朱筆は後年に小野蘭山が書き入れたもの.

★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)の「巻九十二之末 山草類」には
山慈姑 さんじこ
金燈 鬼燈檠 朱姑 鹿蹄草 無義草
俗云 燈籠花,俗云 愚和,俗云 阿末奈

本綱,山慈姑ハ冬月ニ葉ヲ生ズ.水仙花ノ葉ノ如クシテ狭ク二月中ニ枯ル.一茎,箭幹(ヤカラ)ノ如ク,高サ尺許リ,茎ノ端ニ花ヲ開ク.白色,亦紅色,黄色ノ者モ有リ.上ニ黒点有リ.其ノ花乃チ衆花族リテ一朶ヲ為ス.糸ヲ紐ビ成スガ如ク,愛スベシ,三月ニ子ヲ結ブ.三稜有.四月ノ初メニ苗枯ルレバ,即チ其ノ根ヲ掘リ取ル.状ハ慈姑(クワイ)及ビ小蒜ノ如シ.遅キトキハ則チ苗腐リテ尋ネ難シ.根苗ハ老鴉蒜*ト極メテ相類ス.但シ老鴉ノ根ニハ毛無ク,此ノ根ニハ毛殻有リテ包裏(ツツ)ムヲ異ト為スノミ.之レヲ用ウルニ毛殻ヲ去ル.但シ其ノ花ト葉ト相見ズ.人之レヲ種ウルコトヲ悪ンデ,之レヲ無義草ト謂フ.根ヲ取リ藥ト為ス.
一種 円慈姑有リ.根ハ小サキ蒜ノ如シ.
気味(甘ク微辛,小毒有リ) 能ク粉滓(ソバカス),面黔(ニキビ)ヲ治ス.(根ヲ用ヰ,夜塗リ且タ洗フ)癰疔,悪瘡ヲ療シ諸毒ヲ解ス.故ニ紫金錠方中ニ入レ用ウ.
△按ズルニ,草木花詩譜ニ云ク,金燈花ニ二種花有リ.一簇五朶ヲ開キ,金燈ハ色紅ナリ.銀燈ハ色白シ.皆蒲生ジテ分種(ワケウユル).
藝州及ビ四國ヨリ出ヅ.葉根共ニ本草ノ説ノ如シ.(石蒜*(シビトハナ)ノ根ハ皮有リテ毛無シ.此ノ根ハ畧小サクシテ毛多シ) 四月ニ花ヲ開ク.形ハ梅花ニ似テ尖リ,長キ鬚有リ.黄ト白トノ二種有リ.本草ニ絲ヲ紐ビ成スガ如キヲ謂フ形ノ如クナラザル耳(ノミ).(畿内ニハ石蒜多ク有リテ,山慈姑ハ甚ダ希レ也)」
*老鴉蒜,石蒜:ヒガンバナ
磯野直秀 慶大教授 の「資料別草木名初見リスト」ではこれが「アマナ」の初見とされている.

★稲生若水『和刻本草綱目(若水本)(1714) では,黄精は「ナルコユリ」,萎蕤は「アマドコロ」,麻黄は「カワラトクサ」と訓され,一方山慈姑は「アマナ(トウロウハナ)」と訓じられている.
和刻の本草綱目では,初めて山慈姑が日本に自生する「アマナ」と考定された.若水本は「和刻本のなかで一番優れている」*と言われていて,その影響は大であったので,これ以降本草家の間で「山慈姑アマナ」が定着したのであろう.
*「和刻本のなかで一番優れている」:国立国会図書館 電子展示会「描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌」(ndl.go.jp/nature/index.html)

★槙島昭武(駒谷散人槙郁)『和漢音釈書言字考節用集(1717) は,近世節用集の一で,漢字を見出しとし,片仮名で傍訓を付す.配列は,語を「乾坤」「人倫」「支體」「數量」などに分類し,さらに語頭の一文字をいろは順にする.近世語の研究に有益.この書の「第六巻 生植」の門の
「土(ト)」の章に「金燈花(トウロウバナ) 山慈姑ノ花也 〇出左幾」
「左(サ)」の章に:「山慈姑(サンジコ)叉作山茨菰,時珍云,葉如水仙而狭,根如水慈姑,花如燈籠而朱色 〇出土幾
「幾(キ)」の章に:「金燈草(キントウサウ)叉云,無義草 〇出土」
とあり,山慈姑=金燈花=トウロウバナと定義されていたことが分かる.
なお「第六巻 生植」の門の「安(ア)」の章には「アマナ,甘菜」はない.

★伊藤伊兵衛『広益地錦抄(1719) 「巻之五 藥草五十七種」には
山慈子(さんしこ) 初春の此葉を出ス水仙の葉のごとく
初夏の此葉ハ枯て六月はなを出ス一坙に四五
りんツゝ丹の色成ルうす紅なり根は水仙のごと
く玉也時珍か所々に有冬に葉を生二月に
枯一坙箭簳(ヤガラ)の如ク花は白有り紅有り根ハ諸毒
を解(ケス)萬病解毒丸に此根を第一に入ると本草綱
目にあり」
金燈草(きんとうさう) さんしこと同断の物にて葉大きくひ
ろく春出夏枯ル花ハ六月にさく花の色うす白
くさくらいろなり是時珍が日ク花に白紅有り
と云白花のるひなり草花に唐さんしこ共いふ
俗夏水仙といふ」
図には葉と花が描かれているが,前者はキツネノカミソリ,後者はナツズイセンの様に見える.

2017年5月22日月曜日

アマナ-(4-2)中国文献-2 金燈花 三才圖會,花史左編,秘伝花鏡,植物名實圖考

 Amana edulis

前記事に示したように,陳藏器(681757) 撰『本草拾遺』(739)の「山慈菰」,及び李時珍『本草綱目』(1590) の「山慈姑」で,「金燈花」が別名とされている.この「金燈花」の記述が 『三才圖會』には絵入りで,『秘伝花鏡』には添付図とやや詳しい栽培法が,『植物名實圖考』には,図と短い記述が載っている.これらの三図ではそれぞれ異なる植物であり,到底「アマナ」とは思えない.

★明王圻 (1592-1612) 纂集『三才圖會 全百六卷』萬暦371609)序刊
中国,明代の図解百科事典。王圻(おうき)の著。1607(万暦35)の序をもつ。王圻の子王思義の続集とあわせ106巻。天地人の三才,つまりこの世界の事物を,天文,地理,人物,時令,宮室,器用,身体,衣服,人事,儀制,珍宝,文史,鳥獣,草木の14門に分け,図絵を添えて簡略に説明する.中国では低く評価されがちだが,日本では寺島良安の『和漢三才図会』の手本となった.

三才圖會 第百六巻 草木十二
金燈花
金燈花 一名忽地笑 有二種 花開一簇五朶 金燈色 紅銀燈色 白」(左図 NDL)

明の★王路『花史左編』(1617完成) 花の形状・変異・栽培法・病害虫・月別の園芸作業・園芸用具などについて記すと共に,花にまつわる故事や名園・名勝を収録する.文学色が濃く,一般の園芸書とは趣を異にする.ヒマワリが丈菊の名で記載されている(ヒマワリ (2/4) 丈菊 天蓋花 迎陽花 日向葵 日廻り.花史左編,花壇綱目,訓蒙図彙,花壇地錦抄,草花絵前集,大和本草,廻国奇観,花木真写,滑稽雑談,絵本野山草)

この花史左編巻之四 には「金燈花
花關一簇五朶金燈色紅銀燈色白皆蒲生分種開
時無葉花完發葉如水仙」とある.

★陳淏子 (1612 - ?) 著『秘伝花鏡』(1688
淏子は浙江省杭州の人,字は扶揺,号は西湖花隠翁.経歴は知られていない.晩年杭州の西湖の湖畔に住み多くの花草果木を育てた.1688年,77歳の時に『花鏡』を著した.『花鏡』は花譜,園芸技術の解説書である.魚や亀,ヒキガエルの飼育法も含まれている.日本に伝わり,平賀源内が校正し1773年に『重刻秘伝花鏡』を刊行した.
参考図はNDLの源内版より.

秘伝花鏡 巻之五 花草類攷
金燈花
金燈一名山慈菰 冬月生葉似車前草 三月中枯
卽慈菰 深秋獨莖直上 末分數枝 一簇五朶 正紅色
光焔如金燈 叉有黄金燈 粉紅紫碧五色者 銀燈色
●(禾の下に几)莖透出卽花俗呼爲惣地笑 花後發葉似水仙
皆蒲生 須分種 性喜隂肥 卽栽於屋脚墻根 無風露
處亦活」とあり,『花史左編』の記述と重なる.
図だけから見るとヒガンバナの類かと思われるが不明.源内は『重刻秘伝花鏡』で,多くの植物に和名を付記しているが,この項は無記で,源内も考定できなかったと思われる.

さらに前記事で引用した★呉其濬 (1789-1847)『植物名實圖考』の「第二十六巻羣芳類」に,「金燈」の項があり,
金燈
金燈 
 細莖●嫩葉如萬壽菊而細開五小辧黄花圓扁頭有
小缺如三葉酸葉」

と葉がマリーゴールドの様に細裂し,細い茎の先に,黄色でその先がカタバミの葉のように凹んだ五つの篇圓の花弁が着く植物が金燈だとし,上記の二種とも「アマナ」とも異なる植物が記録されている.(圖は Internet Archive より引用)

結局「金燈花」が何なのか,中国でも統一した認識はなかったようだ.

アマナ-(4-1) 中国文献 山慈姑, 老鴉辧 本草拾遺,本草綱目,頭註国訳本草綱目,植物名實圖考