2017年9月13日水曜日

ミゾカクシ-(3) 学名, ルーレイロ,ツンベルク,伊藤圭介,田中長三郎

Lobelia chinensis Lour.
2005年6月 茨城県南部
現在有効な学名 Lobelia chinensis は,ポルトガル出身で,イエスズ會の宣教師として,長期間コーチシナや中国で活動したルーレイロが,帰国後の 1790 年に,広東で観察した草本に命名し,発表した.

その六年前に,鎖国下の日本に出島医師として派遣されたツンベルクは,その著書『日本植物誌』“Flora Japonica” (1784) にミゾカクシをその漢名「半邊蓮」の日本読み(Fanpen Ran)と共に記載したが,リンネが “Species Plantarum” に収載した Lobelia erimus(ルリミゾカクシ)及び erinoideと同定してしまった.
この誤認に気づいたツンベルク1894年に★『リンネ学会誌(ロンドン)』で日本にいて見たミゾカクシに Lobelia radicans 及び L. campanuloidesの学名を与えたが,「学名の先取権」は発表年の早いルーレイロにあるため,このツンベルクの学名は現在 Synonym となっている.

ジョアン・デ・ルーレイロJoão de Loureiro (1717 –1791))は宣教師として,当時ポルトガル領のインドのゴアに三年間,後にマカオに4年間,その後 1742 年から35 年間コーチシナに滞在し,布教と共に数学者・自然科学者として活動し,その地方特産の多くの植物(特に薬用植物)の知識を蓄えた.1777年には広東に旅し.4年後にリスボンに戻った.1790年に★Fl. Cochinch. (Flora cochinchinensis: sistens plantas in regno Cochinchina nascentes. Quibus accedunt aliæ observatæ in Sinensi Imperio, Africa Orientali, Indiæque locis variis. Omnes dispositæ secundum systema sexuale Linnæanum.)” 全二巻を刊行したが,その第2巻,514 ページに広東で見たミゾカクシにLobelia chinensis の名を与えて発表した.

GENUS XLVIII. LOBELIA.
Char. Gener. Cal. 5-fidus. Cor. 1-petala, Irregularis, Caps. infera, 2,
3-loccularis. Lin. sy. pl. G. 1091


Sp. I. LOBELIA CHINENSIS. * Puôn fuén lién.
Differ, spec. Lob. foliis lanceolatis, integerrimis: floribus solitarris, terminalibus: caule repente.
Hab, & notae. Caulis erbaceous, filiformis, annuus, procumbens, repens : ramis erectis , 5-pollicaribus. Folia lanceolata , Integerrima glabra, alterna, seslilia. Flos dilute caeruleus, pedunculatus, folitarius, terminalis. Calyx 5-fidus, laciniis brevibus, subulatis, interruptis, patulis. Corolla tubus fissus : limbus 5-partitas, laciniis lanceolatis, inaequalibus. Filamenta 5, plana , longa, tubum antherarum sustinentia. Stigma 2-sidum , revolutum. Capsula 2-locularis, ovata , apice dehiscens : seminibus sub-rotundis , plurimis , minimis.
Habitat inculta prope Cantonem Sinarum.
Observ. Foliis integerrimis , & pedunculis florum terminalibus differt tam a Zeylanica , ( Lin. sp. 23. ) quam ab Erinoide, (Thunb. Jap. pag. 326.) quamvis utraque & solo natali , & habitu non yalde distet a Chinensi. 
(図は Internet Archive より)

この記事で彼は中国(広東)では Puôn fuen lien(半邊蓮か)と呼ばれている事を記し,ツンベルクの “Flora Japonica” L. erinoide とは異なるとしている.

鎖国中の日本に,出島医師として1775 – 1776年に滞日し,オランダ商館長の江戸参府にも参加したカール・ツンベルク (Carl Peter Thunberg, 1743-1828) は★『日本植物誌』(Flora Japonica, 1784)に,多くの日本に生息する植物を記載し,学名を与えた.
その 325-326 ページで,日本での呼び名が“Fanpen Ran”(半邊蓮)とあるミゾカクシを,リンネが「植物の種 (Species Plantarum)」(1753)に記載したLobelia erimus(ルリミゾカクシ)及び erinoideと同定したが,これは結果的に誤同定であった.
                         LOBELIA.
Erimus L. caule decumbente, follis lanceolatis serratis, pedunculis longissimis.
Lobelia Erinus. Linn. Syst. Nat. Tom. 2. p. 667
Mant. p. 483. Sp. Pl. p. 1321.
Japonice: Fanpen Ran, i. e. Flos floribus secundis.
Caulis decumbens, ramosus.

326 SYNGENESIA. Superflua.

Folia undulata, subdentata, sessilia, glabra.
Flores axillares pedunculis folio duplo longioribus.

erinoides. L. caulibus decumbentibus filiformibus, foliis petiolatis
oblongis dentatis.
Lobelia erinoides. Linn. syst. Nat. Tom. 2. p. 667,Mantiss. 291. spec, Pl. p. 1322.
Crescit in insula Nipon.
Floret Iunio. (図はInternet Archiveより)

ツンベルクの『日本植物誌』に所収された植物を学名のアルファベット順に配列し,その和名・漢名を記した★伊藤圭介訳述『泰西本草名疏1829 (文政12)には,
LOBELIA ERINOIDES. LINN                   ハタケムシロ 半邉蓮」とあり,ミゾカクシと考定しているが, “LOBELIA ERINUS. LINN.” については記事がない(右図,NDL).

その後,ツンベルクはこの誤同定に気が付いたのか,1794年の『ロンドン・リンネ協会会報』(Transactions of the Linnean Society of London.)に,この二種を Lobelia radicans, L. campanuloides と改めて報告した.

XXXIV. Botanical Observations on the Flora Japonica.  By Charles
Peter Thunberg, Knight of the Order of Wasa, Professor of Botany and
Medicine in the University of Upsal, F, M, L. S.

Lobelia radicans: foliis lanceolatis undulatis serratis, caule decumbente radicante.
  Lobelia Erinus. Flor. Japon. p. 325.
  Caulis herbaceus, decumbens, radicans, ramosus, filiformiangulatus, glaber.
  Rami rariores, erecti.
  Folia alterna, lanceolata, sessilia, decurrentia, undulata, subdentata, patula, glabra, unguicularia.
  Flores axillares, solitarii.
  Pedunculi uniflori, folio duplo fere longiores.
Lobelia campanuloides: foliis subpetiolatis lanceolato-oblongis dentatis,
caulibus decumbentibus, pedunculis elongatis.
  Lobelia erinoides. Flor. Japon. p. 326.
  Caulis decumbens, sub-simplex, elongatus, filiformis, striatus, glaber, pedalis et ultra.
  Folia alterna, subsessilia, lanceolata, acuta, obsolete serrata, glabra, patentia, sub-pollicaria.
  Flores terminales in ramis elongatis.

しかし,この学名 Lobelia radicansは,ルーレイロが中国産のミゾカクシに与えた学名に先取権を譲り,現在では Lobelia chinensis synonym とされている.

一方,Lobelia erinusL. campanuloides)は,ウプサラ大学に保存されていた,ツンベルクが採取した腊葉標本を検討する事によって,実はヒナギキョウであることが確認されている(田中長三郎, 九州帝國大學農學部學藝雜誌 (1925) 1(4), p191-209 『二三の THUNBERG 植物に就て』).
九大農学部の田中長三郎1885 - 1976)は,大正11年(1922)にウプサラ大学に赴き,ツンベルクの残した標本を詳しく検討した.その報告「田中長三郎, 九州帝國大學農學部學藝雜誌 (1925) 1(4), p191-209 『二三の THUNBERG 植物に就て』には,
「凡そ Thunberg 時代の植物記文は Linnaeus に比して甚しく増大したりとは云へ猶甚だ簡素たるを免れざるものあり.叉Thunberg の日本植物を採集したる時たるや鎖國時代の厳重なる監視の下に行われたるが故標本の不完全なる多きは止むを得ず.叉Thunberg 腊葉は僻遠の地に保存され容易に看査すべからずものあり.是等の理由は右の如き不明品を今日まで残存せしめし主たる理由にして,彼の Maximowicz 如き優秀なる日本植物研究家の Sweden 訪問を以ても猶不解決の問題を多く残せる所以なり.茲に於て著者は大正十一年九月多數の日本植物標本を携へて Upsala 大學を訪問し,多年願望せる Thunberg 植物腊葉を實査し,具に名實を對審査定する事を得たり.今茲に掲ぐる所は即當時の研究に基けるものなり.」

Lobelia erinoides LINN. ex THUNB. 326
 本種は後 Lobelia campanuloides Thub. In Tr. Linn. Soc. II (1794) : 330 と改偁せり,名鑑は之をミゾカクシに充つも標本はヒナギキヤウなり,而してヒナギキヤウは別に Campanula marginata THUMB. 89. として存す,今 Ind. Kew これをWahlenbergia gricillis SCHRA. Blunnenbachia (1827) 38 in oba. に充つるも,Thunberg の方遙かに antedate なる故 Wahlenbergia marginata (THUNB.) DC. Mon. Camp.: 143 を採用せざる可からず.」とある.

なお,シンガポール国立公園のHP (NParks Flora & Fauna Web) によれば,ミゾカクシは日本,韓国,中国,ネパール,バングラデシュ,インド,東南アジア,マレーシアに分布している.また,米国では庭の湿性地のグランドカバーとして用いられ,一部の州では帰化が確認されている.

2017年9月8日金曜日

ミゾカクシ-(2) 半邊蓮,本草綱目,頭註国訳本草綱目,農圃六書,現代中国名,薬効(日中)

Lobelia chinensis Lour.
ミゾカクシの漢名である「半邊蓮」は,李時珍『本草綱目』の第十六巻 草之五 隰草類下 に記されている薬草で,毒蛇に咬まれた時の特効薬とされている.また,『農圃六書』では「半枝蓮」の名でも記載されている.現代中国でも薬草として用いられている.


李時珍『本草綱目』の「半邊蓮」圖 
左より〇初版「金陵本」(1596),〇和刻寛永14(1637)本,〇和刻寛永14年本の後刷(1653)〇『頭註国訳本草綱目』白井光太郎(監修)(1929) より部分引用

1714 稲生若水本
中国本草書の集大成とされる★李時珍『本草綱目』(明代,1596)「第十六巻 草之五 隰草類下七十五種」には
半邊蓮(綱目)
[集解]時珍曰半邊蓮,小草也。生陰濕塍塹邊。就地細梗引蔓,節節而生細葉。秋 開小花,淡紅紫色,止有半邊,如蓮花狀,故名。又呼急解索。
[氣味]辛,平,無毒。
[主治]蛇虺傷,搗汁飲,以滓圍塗之。又治寒 氣喘,及瘧疾寒熱,同雄黃各二錢,搗泥,盌覆之,待色青以飯丸梧子大,毎服九丸空心鹽湯下.時珍〇壽域方」(左図)

★白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳),牧野富太郎(植物考定)『頭註国訳本草綱目』(1929)春陽堂 では,以下のように翻訳・考定している.
半邊蓮(一)(綱目)
和名 みぞかくし,あぜむしろ
學名* Lobelia radicans, Thunb.
科名 ききよう科(桔梗科)
[集解]時珍く,半邊蓮(はんへんれん)は小草であって,陰濕の塍塹の邊に地に就いて生える.細い梗が蔓を引き,節節から細葉が生え,秋小さい淡紅紫色の花を開く,それが蓮花の半片のやうな形だから名けたものだ.また,急解索(きゅうげさく)とも呼ぶ
[氣味]【辛し,平にして毒なし】
「主治」【蛇虺傷(じゃきしやう)には,搗いてその汁を飲み,滓で傷處を塗り圍む。又治寒〓(鼻+勾)氣喘(かんこうきぜん),及び瘧疾寒熱を治するには,雄黃と各二錢を搗き,碗の側に泥つて,その碗を覆せ,色の青くなるのをまって,飯で梧子大の丸にし,九丸づつを空心に鹽湯で服す】時珍 壽域方にある」

《頭注》(一)牧野曰フ,普通ニ野外田間デ見ラルル小草デ,其花冠一方ニ偏シ半邊蓮ノ名下シ得テ頗ル妙ナルヲ思ハシムル.此屬中ニハろべりあさう(L. Inflata, L.)ノ毒草ガアル,之レハ北米ノ原産デアルガ屬中ニ此ノ如キモノガアルヲ見レバ,或ハ此半邊蓮ニモ有毒成分ガアルカモ知レヌト思フ.

*學名:この学名はツンベルクが滞日中観察したミゾカクシに対して付けた名称だが,先取権の原則により,現在は L. chinensis のシノニムとされている(Blog-3参照)

前ブログ記事で述べた『本草綱目啓蒙』に引用されている★()周之璵纂, ()浦巖校『農圃六書』(清初.劉子文題詞, 順治11 (1654) 年)の「巻一, 草本花部,七十四丁」には,
半枝蓮 笑靨
小草也。生陰濕塍塹邉。就地引蔓,生細葉。秋開小花,淡紅紫
色,止有半邉,如蓮花狀,故名。又呼急解索。○笑靨.一名
御馬鞭.根旁發生.春間今栽.花細如豆.一條千花.望之若
堆雪.」(右図)
とある.前半の記述は『本草綱目』の「半邊蓮」と同一だが,○笑靨以下の記述は,「草本花部」や「小草也」とは矛盾していて,ユキヤナギかシジミバナに合うように思われる.
現代中国で「半枝」とは,青紫の花を着けるシソ科の Scutellaria barbata を示す.

★陳扶揺『秘伝花鏡』(原本 1688)「巻之五 花草類攷」には,
笑靨花
笑靨.一名御馬鞭.叢生.一條千花.其細如豆茂者數
十條.望若堆雪.不結實.將原根劈作數墩旁發生.二月中旬
分種.易活.宜糞.」とあり,『農圃六書』の「半枝蓮」の項の○笑靨以下の記述と合致する.
★平賀源内-校正・訓点『重刻秘伝花鏡』(1773)には,「笑靨花」に「コヽメハナ」の和名訓がある.種子ができないこと,現在も中国で笑靨花の名を持つ事からすると,「シジミバナ(Spiraea prunifolia)」であろう.(左図)

★呉其濬 (1789-1847)『植物名實圖考』清末 (1848) の「隰草 巻之十四」には,
半邊蓮
半邊蓮詳本草綱目 其花如馬蘭 只有半邊 俚醫亦用之」とあり,花は「馬蘭」に似ているが半分の辺しかなく,薬用としては民間薬としても用いられているとしている.当時の「馬蘭」とは,同書の「馬蘭」の図からすると,野菊の類である.(右図)

現代中国・台湾でも Lobelia chinensis の中華名は「半邊蓮」とされ,他に急解索,細米草,蛇舌草,半邊花,水仙花草,鐮麼仔草,拈力仔草,鐮歷仔草,半邊荷花,鐮刀草,鐮刀仔草,禾鐮草,蛇俐草(廣東),長蟲草(河南),蛇舌草(福建),瓜仁草の名がある.
全草に涼血解毒,利尿消腫,清熱解毒の薬効があり,黃疸,水腫,肝硬化腹水,晚期血吸虫病腹水,乳蛾,腸癰,毒蛇咬傷,跌打,痢疾,疔瘡に適用されるとある.

日本では,ミゾカクシの薬効としては「[民間療法]単独で慢性腎炎や肝炎の利尿薬とし、他の生薬と配合して喉頭癌の治療や予防に用いる。毒蛇に対して用いる。[有用・有毒成分]全草は、有毒のアルカロイドのロベリンを含む。」との記述が「奄美群島生物資源Webデータベースにある.
同じロベリア属の「サワギキョウ」( Lobelia sessilifolia) は横溝正史の『悪魔の手毬唄』に登場する毒草「お庄屋殺し」として有名であり,また米国原産の Lobelia siphilitica は,一時梅毒薬として歐州で患者に投与試験が行われたので,何らかの生理活性を有していても不思議ではない.

挿図は『頭註国訳本草綱目』,『植物名實圖考』のは,Internet Archive より,他のは NDL の公開デジタル画像より,部分引用

2017年9月5日火曜日

ミゾカクシ-(1) 半邊蓮.本草綱目,多識編,稲生若水『本草綱目』,本草綱目啓蒙,本草綱目紀聞,武江産物誌,梅園草木花譜,本草図譜,薬品手引草,草木図説,本草要正,日本植物方言集成

Lobelia chinensis Lour.
2005年6月 茨城県南部
ミゾカクシの漢名である「半邊蓮」は,李時珍『本草綱目』の第十六巻 草之五 隰草類下に記されていて,毒蛇に咬まれた時の特効薬とされている(ミゾカクシ-2).
日本では1612年の林羅山『多識編』では,「半邊蓮」には和称は記されず,また貝原益軒の『和刻本草綱目』(1672)でも和称は記されていなかった.一方,1714年刊の稲生若水の『本草綱目』では「からくさ」の和称が記されている.
故磯野慶大教授によるミゾカクシの初見は『本草綱目啓蒙』であり,その記事には「半邊蓮」の和名として「カラクサ ハタケムシロ アゼムシロ ミゾカクシ」など多くの和名・地方名が記録されている.その後は多くの本草書・植物書に「半邊蓮」はこれらの名前で収載されている.(挿図は何れも NDL の公開デジタル画像の部分引用

★林羅山『多識編』(1612, 1649)の「巻之三」の「半邉蓮」に「ハンヘンレン」との読み仮名は振られているが,「(本草)綱-目」にあるというだけで,和称は記されていない.

貝原益軒『本草綱目』1672)の「半邉蓮」には和称はない.

★小野蘭山『本草綱目啓蒙(1803-1806) の「巻之十二 草之五 隰草類下」には,
「半邉蓮 カラクサ ハタケムシロ サンセウグサ 藝州 キクガラクサ レンゲヅル アゼムシロ ミゾカクシ カタイカリ 播州 ヂシバリ 加州同名アリ 〔一名〕半枝蓮 農圃六書
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ」ミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草(スズナ)ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲヒラク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象ヲウツセリト云.一種江州ノ産,葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ.」とある.(読みやすいように句読点を入れた)
漢名及び和名の由来及び地方名の記載があり,更に工芸品の唐草模様はこの草の形状を写したものだとして,「カラクサ」の名も記す.

★水谷豊文(17791833)『本草綱目紀聞』は,上記『本草綱目啓蒙』の増補改訂を試みた書であるが,その
「半邉蓮            半枝蓮 農圃六書
[集解]急解索
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ及びミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲ開ク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象(カタチ)ヲウツセリト云.
一種江州産葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ」と,ほぼ蘭山の文と同一であるが,地方名を記していない.豊文のこの書では多くの植物に絵が添えられているが,この項には残念ながら見当たらない.

★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)には,江戸上野近辺の産物として「半邊蓮 あぜむしろ 谷中」とあり,アゼムシロの名も一般的に使われていたと思われる.

このブログで度々引用している★毛利梅園(1798 1851)『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)の「夏之部三」には,「丙戌(1826年)夏五月二日」に「野新田」を望む場所で梅園が写生したとする「ミゾカクシ」と考えられる草本の美しい図が収められている.

左:梅園草木花譜:遠志(実はミゾカクシ)右:地錦抄附録:遠志


ただ,梅園はこれを『本草綱目』にある「遠志」の「小葉の種」としている.「遠志(おんじ)」とは,漢方では去痰作用がある生薬で,その起源は中国原産の「イトヒメハギ Polygala tenuifolia」とされ,日本では類縁の「イトハギ P. japonica」が「遠志」とされて使われていた.梅園が引用している『地錦抄附録』の「遠志」の圖の花には,「イトハギ」の特徴である下側の1個の花弁の先端が細裂する房状の付属体が描かれていることから,「イトハギ」である.
しかし,梅園に描かれた草本は,葉の先端が尖っていること,及び花の形状(付属体がなく,一方に花弁が偏ること)や色(紫色ではなく淡紫色)からして「イトハギ」ではなく,「ミゾカクシ」であることは疑いない.江戸時代に描かれた「ミゾカクシ」の図としては,最も美しい物であろう.

★岩崎灌園(17861842)『本草図譜(刊行1828-1844) の「巻之二十 隰草類」には
「半邉蓮(はんへんれん)かたはくるま
又はたけむしろともいふ.田野水側に多し.小草なり.葉は水揚梅(はなひりぐさ)に似て尖り,苗地に搨す.長さ三四寸.夏月葉の間に花をひらく.五辧淡紅色.かた〓へよりて,車の半輪の如し.故に此名あり」とある.
「かたはくるま」と「はたけむしろ」の二つの和名を収録している.なお,通常「水揚梅」は「ダイコンソウ Geum japonicum」(バラ科)の漢名であるが,この草の葉はミゾカクシとは全く異なる.一方「はなひりぐさ」は「トキンソウ Centipeda minima」(キク科)の名の一つで,その地を這う性状や,葉の形状はミゾカクシと似ている.

★加地井高茂『薬品手引草 上』(1843)の「ハ」の部には,「半邊蓮(ハンヘンレン) はたけむしろ 唐艸也」とある.

★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))の「巻之十七」には
「ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
庭際田野普ク生スル雑草.莖就地テ長ク延ヒ,節々絲根ヲ出シ深ク地中ニ入リ,片
根地ニアルモノヨク生殖ス.故ニ除之ニ尤難シ,擡頭四五寸葉互生形披針状ニシテ細
ク細鋸齒アリ夏莖梢葉腋ヨリ長梗ヲ出シ毎梗一花アリ.蕚圓長卽裸子室ニシテ上
ニ五尖葉アリ.花缺筒様ニシテ五裂一邊ニ並ヒ向ヒ,ソノ狀一花ヲ半裁シタルガ如
シ.故ニ半邊蓮ノ名アリ.色淡紫ニシテ,雄蘂五莖蕚ト弁爪トニ出テ,上ツテ缺邊ノ上
ニ見(アラハ)レ,葯ハ五箇連併シ,一柱長クソノ中間ヲ貫キ,頭葯外ニ出テ開哆ス.附子室
両蘂,廓大圖
第二十一種
Lobelia Erinus. (ロベリア エリヌス)羅              Langsteelige Lobelia. (ラングステーリハ ロベリア) 蘭」
とあり,「ミゾカクシ」が第一の和名となっているとともに,学名として Lobelia Erinus が採用されている.この名称はリンネによって米大陸産の「ルリミゾカクシ」につけられた学名で,ツンベルクの “Flora Japonica” で,「ミゾカクシ」に採用された学名でもある(後述).

なお,後年刊行された★牧野富太郎校訂・増補『増訂草木図説』(1907-22)の「ミゾカクシ」においては,学名が『頭註国訳本草綱目』と同じく Lobelia radicans Thunb. となり,科名が追記され,蘭名が削除されている事を除いて,本文・挿絵は原著と全く同一である.
「〇第五十九圖版 Plate LIX
ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
Lobelia radicans Thunb.
キキヤウ科(山梗菜科) Campanulaceae.
(以下略)」

和名を発音表記とした和漢名辞典として知られる★泉本儀左衛門『本草要正』(1862)の
「巻之四 草類 安之部」には「アゼムシロ シャジクソウ                    半邉蓮」
「巻之五 草類 美之部」には「ミゾカクシ                                            半邉蓮」
とあり,ミゾカクシ,アゼムシロ以外に「シャジクソウ」と呼ばれていたことが分かる.岩崎灌園の『本草図譜』には「かたはくるま」の和名が「(花の形が)車の半輪の如し.」とあり,花が車輪を想起させていたようだ.

以上,ミゾカクシの漢名は半邉蓮とされ,和名・地方名として,カラクサ,ハタケムシロ,サンセウグサ,キクガラクサ,レンゲヅル,アゼムシロ,カタハクルマ,カタイカリ,ヂシバリ,シャジクソウが,江戸時代までの本草書や植物書に記録されている.

一方,★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)に収載されているミゾカクシの方言は,「あぜむしろ 和歌山(西牟婁),こごめぐさ 周防,こめぐさ 広島(比婆),さんしょ-ぐさ 芸州,じじのふんべつ 新潟(西蒲原),じしばり 加州,はいまり 和歌山(東牟婁),へびんした 熊本(球磨),やなぎじしばり 山形(東田川)」の9種であり,葉の形状や湿地に這い拡がる草状を示したものが多い.
また,★梅本信也氏『紀州里域植物方言集』(2002) には,「しがらみ,はいまり,みずかくし,よばいぐさ」が収載されている.