2014年1月29日水曜日

スノードロップ (1/10) テオフラストス,2月2日聖燭祭 (Candlemas) の花,英国での俗名,習俗

Galanthus nivalis
1978年2月 英国ケンブリッジ
英国に春の訪れと希望をもたらす野の花として,多くの伝説・習俗をまとい,数々の文学者に讃えられている純白の清楚な花スノードロップだが,原産地はイタリア・ギリシャ地方を中心とする地中海沿岸北部で,英国にはキリスト教伝来に伴いもたらされて,野生化した.

古代ギリシャの博物学者テオフラストス* (Theophrastus, 371 B.C. – 287 B.C.) は紀元前 300 年以上も前に、『植物原因論』(Historia Plantarum (Enquiry into Plants / Inquiry into Plants) 左図) に,この花を purse-tassel ** に似た球根性の植物として記している.

“Enquiry into plants, and minor works on odours and weather signs, with an English translation” by Sir Arthur Hort (1864-1935), The Loeb classical library; London,G. P. Putnam's Sons,1916.

BOOK VII, “Of Herbaceous Plants, other than Coronary Plants : Pot-herbs and similar Wild Herbs”, ‘Of herbs which have fleshy or bulbous roots’,

“Of purse-tassels it is plain that there are several kinds ; for they differ in size colour shape and taste. - - -
- - -
There are also several kinds of plants of the same class as purse-tassels* . . . . such as snowdrop starflower opilion kyx and to a certain extent Barbary nut***. These belong to this class only in having round roots ; for in colour they are white, and the bulbs are not formed of scales.”

古ギリシャ原文でこの植物は “λευκόίον (leucoion)” (leuco =White, ion=violet) とされていて,この leucoion という名は,プリニウスに引き継がれ,中世以降の欧州本草にもこの名で記述された.また,Alice M. Coats "Flowers and Their Histories"  Adam & Charles Black (1956) には,「この花はイミトス (Hymettus) の山に生えているとテオフラストスは書いている」とあるが,上記の英訳文では確認できなかった.

** 財布の飾りボンボン の意味で,形状からムスカリの花を言った.
***+  Moraea sisyrinchium, syn. Gynandriris sisyrinchium 地中海沿岸に自生するアヤメ科の植物,毛で覆われた球根状の根茎は食べられる.

Hans Holbein the Elder, 1500–01
原産地から英国にこの植物が持ち込まれたのには,キリスト教の聖日が関与している.
キリスト教では,レビ記の戒律に従って,聖母がヨセフと共に誕生後四十日のキリストを伴ない,エルサレムの神殿に参拝し,犠牲を捧げ,蝋燭を灯し,産後の汚れの潔めの式を行った日をグレゴリウス暦,二月二日として,これを祝う聖燭祭 ”Candlemas” をとりおこなった.この祝日は,エルサレムでは5世紀に,ローマでは7世紀に祝われるようになり,西方典礼では10世紀以来、「マリアの清めの祝日」(ラテン語: Purificatio Mariae, 英語: Purification of the Virgin)と称した.

この祭日を,この日に初めて咲いたという伝説があり,マリアの純潔を象徴する純白の花である Snowdrop で祝ったので,修道院や教会ではこの花を必要とし,英国に持ち込んだと考えられる.その祭典では,聖母の像を祭壇から下ろして,その像のあとへ,純潔(purity)の象徴たるこの花をまき散らしたという.

The snowdrop in purest white array,
                First rears her head on Candlemas Day,
                           -Old Adage; f Deas, 90.
(純白の装いを凝らしたスノードロップは/マリアのお清めの日に初めて頭を持ち上げる)

ここからこの花を Mary’s tapers(聖母マリアの小ロウソク),Purification flower(お清めの花),Candlemas bells(聖燭祭の鐘), February-fair-maids(二月のかわいい乙女) ともいい,ヘリフォードシアでは, Candlemas Dayにボウル一杯のスノードロップを家へ持ち帰って魔よけとした.この花が咲くころは1年じゅうでも最も寒く,みぞれや強風ばかりなので,その時期の天候を ‘snowdrop weather’  という。

一方この真っ白い花は死衣とも通じるので,一般に英国の田舎では「スノードロップは死衣を着ている」(‘Snowdrops wear shrouds)といってきらう.だから屋内に持ち込むのを忌み,今でも,特に1輪だけ持ち込めば,必ず家族に不幸があるという.春先に初めて見かけた Snowdrop だけを忌む地方もあり,ウェイルズ国境地帯では,この花は人だけでなく,家禽類にも縁起がわるく,メンドリが抱卵中に持ち帰れば,卵はすべてかえらないという.また死の象徴だから,異性に贈ることもしないそうだ.

スノードロップ (4/10) "Leucoium Bulbosium triphilla Mimus” 「三弁の球根性小型白スミレ」 16世紀フランドル ドドエンス,デ・ロベル,クルシウス,ベスラー ,ヴァインマン
スノードロップ(3/10) ディオスコリデス,プリニウス,ブルンフェルス,フックス,マッティオラ,ボック
スノードロップ (2/10) 伝説・神話,アンデルセン童話

*テオフラストス:紀元前 370 年頃、レスボン島のエレススで生まれたとされる。プラトンやアリストアレスとも親交があり、数多くの書物を著わした。『植物原因論』は初期の作品で、かつ現存するヨーロッパの植物書として最も古いものである。扱われている植物は地中海沿岸のものだけでなく、エジプト、ベルシア、インドのものにまで及ぶ。
A. M. コーツ「花の西洋史 <草花編>」白幡洋三郎・白幡節子訳,八坂書房(1989)より引用

2014年1月26日日曜日

カニクサ(3/3) 名の由来,多くの地方名,あせもぐさ,たたきぐさ,鹿児島の島々では神事にも

Lygodium japonicum
掘り起こしたカニクサ,黒い根と新芽 2014年1月 茨城県南部
カニクサの名の由来としては,「葉裏に蟹の味噌状のものが着く」「子供がこの蔓で蟹を釣って遊んだ」という二説が,木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』柏書房 (1991) に紹介されている.また,カニクサは日常の生活に,特に子供の遊び道具として親しまれていたからであろう,多くの地方名を持っている.

既にカニクサ(1/3)に記したように,江戸時代の本草書にも多くの地方名が記されており,
★貝原益軒『大和本草』 (1709)には「京都近辺ニテカニグサ又カンツルト称ス 江州ニテタヽキ草ト云又イトカヅラト云 西国ニテハナカヅラト云」
★伊藤伊兵衛『広益地錦抄』(1719) には,「 俗につるしのぶともかんつる共いふ」
★越谷吾山『物類称呼』 (1775)には,「うにくさ○京にて○かにくさ又かんつると云 近江及美濃或ハ上野にて○たたきぐさ又いとかづらと云 西国にて○はなかづら又さみせんかづらといふ.」
★松岡恕庵(1668-1746) 『用薬須知後編』(恕庵の没後遺稿を整理編集して1759年に刊行)後編巻之一 には「和俗スナクサ カニクサ サミセンクサ リンキヤウクサト云フ 江戸種樹家(ハナヤ)ニテハツルシノブト云」
★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) には,「カニグサ(大和本草ニ京師ノ名トス 然レドモ今ハコノ名呼ズ) カンヅル(同上) カニヅル カナヅル イトカヅラ(江州) タヽキグサ(同上) ハナカヅラ(西国) サミセンカヅラ(同上) ツルシノブ(江戸) サミセンヅル(和州) リンキヤウグサ(用薬須知後篇) カニコグサ(勢州)」とある.

このサミセンカヅラ(西国),サミセンヅル(和州)の三味線の由来として,小野蘭山は「其蔓ヲ採、外皮ヲ到リ去バ、中ニ堅キ心アリ。黄色ニシテ光アリ。三弦ノ線ノ如シ。小児戯ニ両端ヲ引テ弾ズレバ声アリ。故ニ、サミセンヅル云。」と,蔓(葉の主脈)を使った子供の遊びを名の由来としている.

★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)には,64種もの地方名が記載されているが,上記の江戸時代の地方名がそのまま残っているところを見ると,綿々と生活に密着していたのであろう.特に興味深い名としては「あせもぐさ 広島(比婆)」があり,胞子が天花粉同様,汗疹予防に用いられたことを伺わせる.また,「りんきょーぐさ 勢州,りんどーかずら 広島(豊田)」の名が淋病治癒に関連しているのかもしれない.これらが薬用を示唆する地方名で,胞子を得る為に叩くところからきた「たたきぐさ 上野 江州 近江 美濃」の名からすると,この地方では胞子を採集して売っていた可能性がある.

他は蟹,三味線(三味線の音 ぴんぴん,ぺんぺん),蔓(金蔓,蟹蔓?),糸,忍,などの遊び方や形状を示す語の組み合わせからなるのが大部分であるが,元結に使ったのか,「もといかずら 和歌山(新宮市・東牟婁)」という名もある.

一方,鹿児島の島々では,「うんじゃんかずら 与論島」,「まったぶくさ 奄美大島」,「みみじくさ 与論島」,「ゆずるはんだ 喜界島」など特異な地方名が多いが,この地方ではカニクサが神事に使われているそうなので,その関連かとも思われる.


★盛口満『シダの扉-めくるめく葉めくりの世界』八坂書房 (2012) には,西表島の節祭(節分)にこのカニクサを家の柱に巻きつける。魔除けだと信じられている。それだけでなく、八重山のウガシ(聖地)の柱もシダを巻く。雨乞いのときはカミンチュ(神人)がカニクサを手にもち、その代表にあたる「雨の主」(ツカサ)は体じゅうをシダだらけにする。加計呂麻島(かけろまじま)のノロ(神女)は冠カズラを付け、その側近がカニクサの冠を付ける。」とあり,更に,「奇祭として有名な古見(こみ)のアカマタは、干立の雨の主と似て、仮面以外はカニクサ類ですっぽりと覆われている。加計呂麻島では、ノロと呼ばれる神女は、キイカズラと呼ぶカニクサを輪型にして冠とし、頭にかぶる。奄美大島でノロが冠にするのはカネプと呼ばれるエビヅルのつるで、これで作られた冠がカプリカズラである。一方、ノロの側近はカニクサの冠をする。沖縄島・奥ではシヌグという行事のとき、チルマチカンダと呼ばれるカニクサを冠にする。マチリと呼ばれる与那国島最大の祭の際、ツカサ(神女)たちはンバと呼ばれるカニクサでクマという冠を作り着装する。」と多くのカニクサと神事の関わりを紹介し,「またカニクサは一般にはガラスィプクサ(ヘビの壷の草)と呼ばれている。カニクサのつるがヘビに化生すると信じている人は今でも少なくない。カニクサはヘビを通じて、水神とのかかわりがあるのかもしれない。シダは土地の日々にとって、何やら重大なヒミツをもっているようなのだ。」と,南の島々での,カニクサを初めとするシダ類と,神との密接な関係が伺える行事を紹介している.寒い地方でウラジロを正月の飾りに使うのも,この名残かもしれない.

カニクサ(2/3)ツンベルク,英国では観賞用,米国では世界最長の葉に成長,野生化して厄介者に

2014年1月21日火曜日

カニクサ(2/3)ツンベルク,英国では観賞用,米国では世界最長の葉に成長,野生化して厄介者に

Lygodium japonicum
 E. J. Lowe  “Ferns British And Exotic” (1857)

西欧にカニクサに学名をつけて紹介したのは,長崎出島のオランダ商館の医師として赴任し,多くの日本産の植物を紹介したカール・ツンベルク (Carl Peter Thunberg, 1743-1828,滞日1775 - 1776)で,彼の『日本植物誌』(Flora Japonica)(1784)にはハナヤスリ科ハナヤスリ属に属するとして Ophioglossum japonica と命名して記載した(左図).

しかし 1800年に Olof or Olavo (Peter) Swartz (1760-1818) がフサシダ科カニクサ属 Lygodium に転科転属し,現在有効な学名 Lygodium japonicum にした.

ツンベルクの『日本植物誌』には,生育地として長崎,越戸?,薩摩が挙げられ,日本名として,Kaikinsja, Siamisen Tsulu, Sasin Ito が記録されている.長崎地方の地方名でそれぞれ,海金砂,三味線蔓,三線(さんしん)糸と思われ,カニクサ(1/3)に記した江戸時代の本草書の地方名と比較すると興味深い.

江戸時代には,日本でカニクサは観賞用として栽培されていたが,英国・米国にも19-20 世紀に鑑賞用植物として導入された.

英国では遅くとも 1857 年には,美しいシダとの評価が確立していて,いくつもの庭園,植物園で栽培されていた.冒頭に掲げた E. J. Lowe の “Ferns British And Exotic” の説明文には Japanese climbing fern として “A very pretty climbing Fern. A stove species” 「大変可愛らしい蔓性のシダ,温室向き」とし “It may be procured of any Nurseryman” 「多くの育苗園から入手できよう」とある.ヤツデと同様,当時流行だった熱帯地方の植生をイメージさせる鉢植え,特に噴水や池の近くのパーゴラやトレリスにからませるために用いられたと考えられる.

米国には1900年代初めに観賞用 (ornamental plant) として,フロリダに導入された.しかし英国とは異なり暖かいこの地方では,逃げ出し野生化し,30㍍にも巨大化することもあるとのこと.これに胞子をつけて撒布し,子孫を増やしたカニクサは,厄介者と化した.以下のHPに繁茂の状況が詳しいが,まさにジャングル状況.(USDA, National Invasive Species Information Center, www.invasivespeciesinfo.gov/plants/japclimbfern.shtml).

スイカズラと同様に樹木に絡まりキャノピーをつくり,樹木や,その下に生える植物の光合成を阻害するだけではない.山火事の際には,樹冠まで火を誘導し,樹木を完全に燃やしてしまうが,自分自身は土中に茎や根があるため,火の影響をうけず,火事のあとはむしろ灰の栄養を受けてますます繁茂し,胞子で生息域を拡大する.

現在では南部を中心に 14 州への侵入が確認されていてますます分布域を広げる勢いだ.

カニクサ(3/3) 名の由来,多くの地方名,あせもぐさ,たたきぐさ,鹿児島の島々では神事にも

カニクサ(1/3) 日本で最大の葉 胞子は海金沙 本草綱目,大和本草,和漢三才図会,広益地錦抄,物類称呼,本草図譜,本草綱目啓蒙,物品識名,薬品手引草

2014年1月14日火曜日

カニクサ(1/3) 日本で最大の葉 胞子は海金沙 本草綱目,大和本草,和漢三才図会,広益地錦抄,用薬須知,物類称呼,本草図譜,本草綱目啓蒙,物品識名,薬品手引草

Lygodium japonicum
2014年12月 左:栄養葉, 右:胞子葉
シダ類では珍しく,他物に絡まるつる性で,長さ3メートル近く伸びるこの蔓が一枚の葉である.したがって日本では主軸方向の長さで最大の葉を持つ植物といえよう.茎は地下にあり横に這いその先端の地上部から葉(蔓)を伸ばし,左または右に巻く.すなわち一株で左右の巻き方が混在する.この葉の主軸(蔓)から,複数の小葉からなる羽片が左右に出る.

小葉には胞子のつくもの(胞子葉-上図右)とつかないもの(栄養葉-上図左)の分化が見られ,形状がことなり,栄養葉のほうが鑑賞的価値が高い.秋が深まると,胞子葉は縮れてまるまり,多くの褐色の胞子嚢がついて,胞子を放出する.

この黄色~赤褐色の胞子(左図)を集め乾かしたものを,漢方では「海金沙」と呼び,内服或いは煎じた液を飲むと「清利湿热,通淋止痛。用于热淋,砂淋,石淋,血淋,膏淋,尿道涩痛」と淋病や利尿に効があるとし,カニクサ自身も「海金沙」と呼ぶ.

「海金沙」は中国の古い本草書『神農本草経』,『新修本草』には見られず,掌禹錫『嘉祐本草』(1059成書) に初めて記載されたようである.
日本の本草学に大きな影響を与えた,明の李時珍『本草綱目』(1596) 草之五,隰草類下 には
「海金沙 (宋《嘉 》)
【釋名】竹園荽。
時珍曰︰其色黃如細沙也。謂之海者,神異之也。俗名竹園荽,象葉形也。
【集解】禹錫曰︰出黔中郡,湖南亦有。生作小株,高一、二尺。七月收其全科,於日中暴之,小乾,以紙襯承,以杖擊之,有細沙落紙上,且暴且擊,以盡為度。
時珍曰︰江浙、湖湘、川陝皆有之,生山林下。莖細如線,引於竹木上,高尺許。其葉細如園荽葉而甚薄,背面皆青,上多皺紋。皺處有沙子,狀如蒲黃粉,黃赤色。不開花,細根堅強。其沙及草皆可入藥。方士采其草取汁,煮砂、縮賀。
【氣味】甘,寒,無毒。
【主治】通利小腸。得梔子、馬牙硝、蓬沙,療傷寒熱狂。或丸或散(《嘉 》)。治濕熱腫滿,小便熱淋、膏淋、血淋、石淋莖痛,解熱毒瓦斯
【發明】時珍曰︰海金沙,小腸、膀胱血分藥也。熱在二經血分者宜之。」とある.

日本においては,『本草綱目』の最初の和刻本である寛永14年 (1637) 版では「海金沙」の和名をスナクサとしている.

磯野によれば「海金沙」を「カニクサ」と比定した文献の初出は★貝原益軒著『本草綱目品目』(右図中央,1680年頃?)で,「海金沙 イトカツラ タタキクサ カナヅル カニクサ」と記している(右図中央 NDL).
これは寛文12年(1762)初刊『校正本草綱目』和刻本の附録である.しかしこの版の『本草綱目』本文では,「海金沙」の和名は「スナクサ」とされている(右図右端 NDL).
この版は,本文も貝原益軒が訓点を付したとされるが,このように,同一漢名に対する和名が本文と附録で異なる場合も多く,また本文と附録の枠の大きさが違うので,本文の校訂に貝原益軒は関与していないようである.

一方,本草家の稲生若水が校正し,和刻本のなかで一番優れているといわれている「新校正本」,正徳4(1714)版では,本文中の「海金沙」の和名は「カニクサ」とされ,貝原益軒の比定が取り入れられている(右図左端 NDL).

これ以降は,「海金沙」=「カニクサ」が一般的に認められたようである.

★貝原益軒『大和本草』 (1709) 巻之八 草之四 には「海金沙 カニクサ 七月二日ニ乾シタヽクニ金砂アリ 唐ヨリ来ルニ性ヲトラス 京都近辺ニテカニグサ又カンツルト称ス 江州ニテタヽキ草ト云又イトカヅラト云 西国ニテハナカヅラト云 ツルアリ ヨウノ内岸ノ側ニ多シ」とある(左図左端 NDL).カニクサから秋に収穫された胞子の,海金沙としての薬効は「唐ヨリ来ルニ性ヲトラス」としている.さらに,いくつもの地方名を記されているところを見ると,広く民間に親しまれていたと思われるが,それは薬用としてではなく,その特異な形状やつるの用途に由来すると考えられる.

また同書の 巻之九  草之五には「カニトリ草 細草也蔓草ノ如シ 其葉両々相対セス 和礼ニ祝儀ニ用ユ シノフヲ用ルハアヤマリナリ 紋ニモ付ル」とあり,また「和礼ニ祝儀ニ用ユ」とあり,儀礼用或いは神事に用いたことが分かり興味深い(左図右端 NDL).

★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃) では,カニクサと海金沙とは別項を立てている.
巻第九十四の末 には
「海金沙(かいきんしゃ) 竹園荽
〔俗に須奈久佐(すなくさ)。また多多岐久佐(たたきぐさ)ともいう〕
『本草綱目』に次のようにいう。
海金沙は山林の下に生える。茎は線のように細く、竹木の上に引き張る。高さは一尺ばかり。葉は細くて園荽の葉のようで大へん薄い。表面も裏面も青く、上に皺文が多い。皺の処に細沙があり、子の状は蒲黄粉(ガマの花粉)のようで黄赤色である。花は開かず、細根は堅強である。沙も草もみな薬に入れる。七月にその全科(菜も根もすべて)を収め取り、日中に曝し、少し乾くと紙を下に敷いておいて、杖で撃くと、細抄が紙の上に落ちる。また曝し、また撃くという動作を細抄のなくなるまで続ける。
気味〔甘、寒〕  小腸・膀胱の血分の薬である〔熱がこの二経の血分にある場合はこれがよい〕。熱淋急病の場合には、粉末にし、生甘草粉に煎じて二銭を調えて服用する〔あるいは滑石(雑石類)を加える〕。妙験がある。
△思うに、海金紗は和漢ともに用いる。江州から出るものが良い。また江浦草(つくも)の子を海金抄と偽るものもある。そのようなときは撚ってみて粘らないものが本物、土を撚るようで粘るものは偽である。」とある(右図右端・現代語訳 島田・竹島・樋口,平凡社-東洋文庫).

一方,巻第九十八 には「蟹草 俗称 △思うに、蟹草は山谷の石の割れ目に生えている。人家の手水鉢の際に栽える。高さー尺ぐらい。茎は細く硬く、葉は細長く扁(ひらた)くて、韮の葉の様に似ている。叉がある。葉は表裏とも蒼く、四時(いちねんじゅう)凋まない。花・実はない。」(上図左端・現代語訳 島田・竹島・樋口,平凡社-東洋文庫) とあり,人家で鑑賞用として植えられていた事が分かるが,それほどの暖地ではないのに,常緑性とも言っているのが不審である.

★伊藤伊兵衛『広益地錦抄』(1719) 巻之七 薬草四十五種 には,垣根にからませた図と共に,「海金沙(かいきんしゃ)葉形しのぶににたり 細長に切込あり 蔓ほそく竹木にからみ付テしげる 花はなし 葉をながめとせる 俗につるしのぶともかんつる共いふ」とあり,観葉植物として庭植えしていたことが分かる(左図,NDL).

★松岡恕庵(1668-1746) 『用薬須知後編』(恕庵の没後遺稿を整理編集して1759年に刊行) 後編巻之一 には「和用ユヘシ 和俗スナクサ カニクサ サミセンクサ リンキヤウクサト云フ 江戸種樹家(ハナヤ)ニテハツルシノブト云 葉ノ背ニ黄点アリ 即チ花也 葉ヲ陰干シテ紙上ニ撃(タタ)ケハ黄点落ツ 是ヲ用ユ 庸医誤リテ海底ノ沙ヲ用ユ 笑フヘシ 補骨脂ヲ誤リテ紙ト謂ヘルカコトシ」と和品で十分薬効を期待できること,また,名前につられて海底の砂を用いる医師がいることを笑い話として記している.

江戸時代の文物の方言資料として名高い,★越谷吾山 編輯『物類称呼』 (1775)  巻之三 には,「海金沙 うにくさ○京にて○かにくさ又かんつると云 近江及美濃或ハ上野にて○たたきぐさ又いとかづらと云 西国にて○はなかづら又さみせんかづらといふ」とある(下図左端). 

いずれも NDL
★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) 巻之十二 草之五 湿草類下 には,「海金沙 スナグサ カニグサ(大和本草ニ京師ノ名トス 然レドモ今ハコノ名呼ズ) カンヅル(同上) カニヅル カナヅル イトカヅラ(江州) タヽキグサ(同上) ハナカヅラ(西国) サミセンカヅラ(同上) ツルシノブ(江戸) サミセンヅル(和州) リンキヤウグサ(用薬須知後篇) カニコグサ(勢州)」と多くの地方名とともに,「原野ニ極テ多シ。蔓草ナリ。三月宿根ヨリ苗ヲ生ズ。一二尺マデハ直立シテ草本(クサダチ)ノゴトシ。
故ニ禹錫ノ説ニ、初生作小株高一二尺ト云。今ノ本ニ初ノ字ヲ脱ス。宜ク補べシ。苗長ジテ藤蔓細ク堅シ。長ク草木上ニ纏フ。其蔓ヲ採、外皮ヲ到リ去バ、中ニ堅キ心アリ。黄色ニシテ光アリ。三弦ノ線ノ如シ。小児戯ニ両端ヲ引テ弾ズレバ声アリ。故ニ、サミセンヅル云。葉ハ井口辺草(トリノアシクサ)ノ葉ニ似テ、深緑色。夏己後蔓ノ末ニ生ズル葉ハ、甚細ニシテ海州骨砕補葉(シノブ)ニ似テ、脚葉ノ形卜異ナリ。秋ニ至テ葉背ゴトニ皆辺ニソヒテ高ク皺ミ、巻カへツタル状ノゴトク見、其中ニ金砂ヲ含ム。脚葉ニハ沙ナシ。其梢葉ヲ採、紙ヲ襯(ハダ)キ、日乾スレバ細沙自ラ落テ紙上ニアリ。収貯ヘ、薬用ニ入。本経逢原ニ、市舗毎以秒土知入、須淘浄取浮者曝乾、撚之不粘指者ト云。」と生育地・形状,さらには栄養葉・胞子葉の細かい形状の違い,「金砂」の収穫法,市販品中の真の「金砂」の見分け方が記されている.

★岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 跋)  乾五十 には「カニグサ ツルシノブ江戸 海金沙」とある(上図中央).

★岩崎灌園『本草図譜』(1828-1844)巻之二十 には「海金沙(かいきんしゃ)かにくさ 山中の樹下に生□春月宿根より生え蔓草なり 茎細くして黄絲如くして硬く竹木を絡ふ 葉ハ仙人掌草□に似て花叉多く互生し蔓長さ二三尺 梢葉ハ小雉尾草(がん志のぶ)に似て葉の背に黄色の細点阿り 是実□乾して振い落こと砂のごとし」とある.(左図,□は判読不能文字)

★加地井高茂 [編]『薬品手引草』(1843)上 には「海金沙(カイキンシャ)竹園荽(チクヱンスイ)すなくさ かにくさ つるしのぶ 和」とある(上図右端).

カニクサ(2/3)ツンベルク,英国では観賞用,米国では世界最長の葉に成長,野生化して厄介者に

2014年1月11日土曜日

アルメリア(1/1) ディオスコリデス,プリニウス,ドドエンス,ノット花壇,ジェラード,パーキンソン, 3ペンス硬貨

Armeria martima
1978年5月 スコットランド 中央部海岸
欧州北部の海岸近くに分布する多年生常緑草本で,塩分・乾燥に耐えるためか,細い葉がびっしりと茂り,クッション状となる.英名はThrift,株の形状からLadie’s Cushion,また生育地,根生葉の形状と花から Sea-Pink 海のセキチクという英名も持つ.
学名をつけたのは,ドイツの植物学者 Willdenow, Carl Ludwig (1765-1812) で,属名のアルメルアはケルト語の「海に近い」という意味で生育地に由来する.

地中海沿岸にはよく似たやや大型の植物があり,これについては,ペダニウス・ディオスコリデス(Dioscorides Pedanius , 40年頃-90年) が『薬物誌 De Materia Medica』に “Leimonion” と言う名で,この植物は10あるいはそれ以上の beet に似た葉をもっているが,その葉はbeetよりは薄くて小さい.ユリに似た,細い直立した茎をもち,それは赤い種がたくさんつき,その味は酸っぱい.この種子を細かく砕いて,ブドウ酒とともに1 acetabulum〔約66mg〕ぐらいの量を服用すると,血性下痢や痛痛に卓効があり,婦人の赤帯下を止める.この植物は野原〔湿原〕に生えていて,neuroides, potamogeton, lonchitis また raproniumなど多くの名で呼ばれている.と記録している.

1978年5月 スコットランド ベン・ネビス山
一方プリニウス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)は ”Naturalis historia 『博物誌』” (77 A. D.) に “Startice” と言う名前で,”Achillea too checks looseness of the bowels. Statice also has the same properties, a plant that bears seven heads, like the heads of a rose, upon seven stems. (アキレア(アキレオス)も下痢を抑える.スタティケも同様な効果を示す.これは,七本の茎でバラのような花を支えている.) と記している(プリニウス博物誌, BOOK XXVI).

この “Startice” の名は後に別の植物 -スターチス(リモニア)- に転用された. Staticeの語源はギリシャ語で「静止の」を意味するΣτατικός(ラテン文字転写:statikos)であり,海岸の砂の移動を抑えるから,あるいは下痢や月経の血を止めるからとも考えられる.

欧州北部には,この“Leimonion” “Startice” は自生していないので,中世の本草書では,生育地や形状の類似性から,アメリアがこれに比定されたと考えられる.

レムベルト・ドドエンス(1517-1585)の”Crŭÿde boeck『本草書』”(1563)には,大小二種のアルメリアが “Gramen polyanthemum maius” (1616版), “Van Grass met veele bloemen” (1644版) の項に収載されている.1644年版には図が添えられており,小さいほうが,Ameria martima と分かる(右図).
またヘンリ・ライトの英訳本では,古代ギリシャの伝説の薬草 Moly (モリュー)のもどき (Moly bastard, Pseudomoly) と考えての薬効が記載されていると思われたが,解読できなかった.

英国ではチューダー朝時代(1485年 - 1603年)に流行したノット花壇の縁取りのために,英国自生の植物として庭に導入された最初の植物とされている.

ジョン・ジェラード(John Gerard aka John Gerarde, 1545 – 1611 or 1612)の “The herbal, or, General Historie of plantes 『本草あるいは一般の植物誌』” (1597) に,「Thrift(スリフト)はドドエンスが草(Grass)として分類したセキチク(Gillofloure*)の一種で,草(Grass)よりも小さく細く短い葉を厚く密生する.その葉の間から小さくしなやかで,葉をつけない裸の9インチほどの茎を伸ばす.その頂に,紫がかった白い小さい花を放射状の穂につける.根は長い.見られる場所は英国の塩分の多い沼地と,花壇やbanke の境界に適しているとして使われている庭である.ラテン語では多くの花が咲くことから,” Gramen Polyanthemum”,或いは ” Gramen marinum”, “Caryophyllus* Marinus” と呼ばれ,英語では ” Thrift” ,“ Sea-grasse, また,”our Ladies Cushion” の名がある.薬効はまだ知られていない.観賞用としてしか用途は無いと思われる.」(*= Carnation) と,古い本草書に記されている薬効はないことを認識している.(左上図)

ジョン・パーキンソン(John Parkinson, 1567-1650) の “Paradisi in Sole Paradisus Terrestris (Park-in-Sun's) 『日当たりの良い楽園・地上の楽園』” (1629) には,「この多年生の常緑草本は,花壇の縁取りに使われ,ノット(整形花壇の)と tryales (道の縁取り)に輝きを与えた.
なぜなら,はさみで上手に適切な時期に剪定されるなら,隙間無く茂って生育し,その上夏の終わりには,可愛い花をつける数多くの短い茎を抽し,他の草花の間に抜きん出る.
しかし不都合もあって,成長がよすぎるために繁茂して形がくずれる.また,冬季の霜や雪,あるいは夏の水不足で枯れるので,空所ができてしまうので,せっかくの形がくずれてしまう.そこで,年毎に新たに植えなおす必要がある.更にあまりに密生して繁るためにカタツムリや他の害虫の住処となるので,花壇の中に植えてあるカーネーションや他の美しい草花を害さないために,これらを駆除する日ごろの注意と対処が必要となる.」(右図)と細かい栽培法の注意をしているが,それだけ,この植物が当時の英国の庭園ポピュラーであったことを覗わせる.

これらの欠点があるにせよ,アルメリアは縁取用あるいはロックガーデン用草花として,特にドイツや英国でいまだに人気を博している.

英国で発行されていた3ペンスの硬貨(threepenny bit)のうち,1943年から1952年に鋳造された12角形のものには,三本の花茎のアルメリアが印されていたが,なぜこの花が選ばれたかはよく分からないとの事(左図,1942鋳造).
ノット花壇 ザルツブルグ 市庁舎 1979年7月
当時の英国通貨は12進法であったので,3ペンスは1シリングの1/4として便利だった.

日本でもハマカンザシの名で,花壇に植えられるが,夏の暑さと湿度のためか,あまりポピュラーではない.
また,中国名は英俗名の Sea-pink をそのまま訳したのか,「海石竹」である.

ノット花壇は西洋式庭園の様式の一つではあるが,現在英国ではあまり見られず,自然を模倣したイングリッシュ・ガーデンやコッテージ・ガーデンが主である.

フランスやオーストリアでは多く見られる.その場合の縁取りはツゲやベゴニアが採用されている.