2013年7月28日日曜日

ヤブガラシ(2/3) 方言・ツンベルク『日本植物誌』・学名・伊藤圭介・アマチャヅル

Cayratiae japonica
花盤の蜜を吸っているキアシナガバチ,多くの昆虫が訪れる割には果実を見かけない
関東には3倍体が多いとの説あり. 左下は赤い若芽*
江戸時代の貝原益軒『大和本草』(1709) に,「五爪竜 ビンボウカツラ」と記されているように,ヤブガラシはビンボウカズラと呼ばれていた.これは,この蔓草が資金難のため手入れの行き届かない屋敷林や垣根を覆っているからだとの説がある.
この植物の方言として同様の「びんぼうぐさ(千葉 安房),びんぼーかずら(京都,三重 伊勢,和歌山 西牟婁,徳島)びんぼーずる(大阪 泉北)」があるが,他には,若芽が赤いこと*に基づく「あかかずら(三重)」,葉の形状に由来する「いつつば(長崎 壱岐島)」,旺盛な繁茂力に脱帽して,「かきどーし(河州),やぶあらし(千葉 山武),やぶたおし(山形 飽海,三重 伊勢),やぶだおし(三重 宇治山田市)」が記録され,他にも「いぬえびかずら(京都),うむしかざ(沖縄 石垣島),うむしふさ(沖縄 石垣島),おんは-えび(長州)」がある**.しかし薬草として使われたことをうかがわせる方言はない.

*明の李時珍選『本草綱目』(初版1596)「赤潑與赤葛」,小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806)「初出藤葉トモニ赤黒色」
**八坂書房編『日本植物方言集成』(初版 2001) 八坂書房

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一方,この植物に最初に学名をつけたのは,リンネの弟子で,江戸時代出島のオランダ商館に医師として滞在し,多くの日本の植物を研究したツンベルク(Thunberg, Carl Peter, 1743 – 1828)であった.
彼の『日本植物誌』(Flora Japonica, 1784)に,ブドウ科ブドウ属に属するとして Vitis japonica の名で記録された.残念ながら当時の日本名はないが,その記述は他の植物に比べても長く,葉の形状や花のつくりが詳細に記されている(左図).
たとえば花の部分には以下のようにある.
Peduncle(花柄): smooth, striate, longer than the follies.
Perianth(花被): green, small, obsolete 4-toothed, continuing.
Corolla(花冠): 4-petals, deciduous, petals, concave, ovate, apex under the arched sharp, viridian, visible, and a long line of semi.
Nectary(蜜腺); sertiforme, Branch eingens, 4-grooved corolla much shorter, the saffron
Filaments(花糸.); four, and external support nectary below endangered, subulate, corolla shorter, virescentia.
(ラテン語から英語への訳は Google translator を用いた)

NDL
伊藤圭介訳述『泰西本草名疏』(1829 文政12)(ツンベルク著『日本植物誌』に所収された植物を学名のアルファベット順に配列し,その和名・漢名を記したもの)には,Vitis japonica の和名は「ツルアマチャ 絞股藍」あるいは「ビンボウカズラ 烏蘞苺」とあり(右図),○と「和漢名原欠」とがあることから,原本に和漢名がなく,この和名は伊藤圭介がシーボルトの意見をいれて,ツンベルクの記述から比定したと分かる.○は,出版当時,国外退去させられていたシーボルトの名前を現すのを憚って,記号に代えたもの.

現在有効な学名は Cayratia japonica で,これは 1911 年に Gagnep. (Gagnepain, François, 1866-1952) がブドウ属からヤブガラシ属へ属の組み替え(引っ越し)を行ったからで,種小名はツンベルクの与えた japonica が残り,Vitis japonica は basionym (バシオニム 基礎異名) として残っている.

一時ヤブガラシはアマチャヅルと間違えられ,採取され,健康茶として飲まれた.
1977年日本生薬学会で徳島文理大学薬学部・竹本博士が「アマチャヅルには薬用人参と同じ有効成分がある。抽出された成分は50種以上のサポニンで、そのうちの4種類が薬用人参と同じ構造をもつジンセノサイドサポニンが含まれる」と発表して,アマチャヅルは民間薬として大ブームをまきおこした.ヤブガラシはアマチャヅルとは,まったく異なった植物ではあるが,同じように蔓性であり葉の形状がそっくりなことから誤認されてしまった.
ヤブガラシはアマチャヅルより古くから薬用として用いられていたとはいえ,その薬効は異なり,また全草に araban を含む粘液質と多量の硝酸カリウムやタンニンが知られるが,有効成分は明らかにされていない.

ヤブガラシ(1/3) 薬効 烏蘞苺 本草和名 本草綱目 大和本草 和漢三才図会 本草綱目啓蒙
ヤブガラシ(3/3) 泉鏡花,雀,ごんごんごま,唐独楽・鳴り独楽

2013年7月24日水曜日

ヤブガラシ(1/3) 薬効・烏蘞苺・本草和名・本草綱目・大和本草・和漢三才図会・本草綱目啓蒙

Cayratiae japonica

強い日差しを浴びて照り輝く深緑の葉と,虫たちが集まる変わった形の花は,道端の真夏の風物詩.この散房状集散花序は,淡緑色の小花を多数つける.赤色の花盤,4枚ある淡緑色の花弁,花弁などの落ちた橙色の子房が入りまじって,地味ながら良く見ると美しい.
「貧乏葛」や「藪枯」など,ネガティブな名前が多いが,薬用植物としても古くから知られている.中国では現代でも,民間薬的によく使われ,各種の化のう性疾患,肺結核,骨折の炎症,関節リウマチなどにも用いている.

NDL
「ヤブカラシ」としての磯野の初見は『諸国物産帳』(1735~38)だが,深江輔仁『本草和名』(ca.918)に「烏蘞苺(ウレンモ) 和名 比佐古都良」(左図,右)とあり,これがヤブガラシの初出と考えられ,また林羅山『多識編巻二』 (1612) (再版 1630、1631) には,「烏蘞苺 比佐古豆流(ル) 今案(ルニ)豆多」(左図,左)とあり,古くはヒサゴヅル,また単にツタと呼んでいた.

中国の本草書で日本の本草の範となった明の李時珍選『本草綱目』(初版1596)の『草之七 蔓草類』には
「烏蘞莓 【釋名】五葉莓(弘景)、蘢草(保升)、拔(《爾雅》)、蘢葛(同)、赤葛(《綱目》)、五爪龍(同)、赤潑藤。
時珍曰︰五葉如白蘞,故曰烏蘞,俗名五爪龍。江東呼龍尾,亦曰虎葛。曰龍、曰葛,並取蔓形。赤潑與赤葛及拔音相近。」と別名や名前の由来があり,その性状として「時珍曰︰塍塹間甚多。其藤柔而有棱,一枝一須,凡五葉。葉長而光,有疏齒,面青背淡。七、八月結苞成簇,青白色。花大如粟,黃色四出。結實大如龍葵子,生青熟紫,內有細子。其根白色,大者如指,長一、二尺,搗之多涎滑。」と詳しい.その薬効として「【主治】癰癤瘡腫蟲咬,搗根敷之(弘景)。風毒熱腫游丹,搗敷並飲汁(恭)。涼血解毒,利小便。根擂酒服,消癤腫」と主に解毒・抗炎症・利尿作用があると記されている.

これを受けて江戸時代の本草書,
貝原益軒『大和本草』(1709)『巻之八 草乃四 蔓草』には,
「五爪竜(ビンボウカツラ) 其葉ハカナムクラニ似タリ又シヲデニ似タリ處々ニ多シ蔓長ク墻ニハフ本草綱目蔓草ニ載(レ)之烏蘞苺共云ツルアマチャト云物コレニ似タリ葉茎ヲ陰乾ニシ疥癬ノ薬ニ加ヘ用ユ有(レ)効」(右図,NDL)とある.葉はカナムグラやシオデ,アマチャヅルに似ている.葉茎を陰乾にしたものは疥癬に効くとしている.(レ)は返り点.

また,寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)の『巻第九十六 蔓草類』には
「烏蘞苺 (つた,ウウレンモウ)
抜〔昔は(欠)〕,五葉苺(ばい),蘢草(ろうそう),蘢葛(ろうかつ),赤葛,五爪竜(ごそうりゅう),赤溌藤(せきはっとう)〔俗に豆太(つた)という〕
 『本草綱目』(草部蔓草類烏蘞苺〔集解〕)に次のようにいう。烏蘞(うれん,ブドウ科ヤブカラシ)は畔や塹(ほり)の間に多くある。藤(つる)は柔らかで稜(かど)がある。一枝一鬚(しゅ)で五葉である。葉は長くて光り、疎歯がある。表面は青く裏面は淡く白蘞(びゃくれん)の葉のようである〔それで烏蘞という〕。七、八月に苞を結ぶが、青白色でむらがり成る。花の大きさは粟ぐらいで、黄色の四弁。実は竜英子(湿草類イヌホオズキ)ぐらいの大きさで、生(わか)いのは青く、熟すると紫になる。内に細かい子(たね)がある。根は白色で、太いもので指ぐらい、長さは一、二尺である。搗(つ)くと涎滑(ぬめり)が多く出る。気味〔酸・苦、寒〕 癰癤(はれもの)や虫に咬まれたのを治す。根を搗いて患部に塗る。」と,『本草綱目』の記述をほぼそのままに記している.(現代語訳 島田勇雄,竹島淳夫,樋口元巳,平凡社-東洋文庫).ただ,「俗に豆太(つた)と言う」とあるのは,『多識編』の記述とともに興味深い.

さらに,小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) には,
「烏蘞苺   ヒサゴヅル(和名鈔) ビンボヅル ビンボウカヅラ フクゾル 五葉カヅラ カキドホシ(河州) ヤブカラシ
随地ミナ生ズ。春末宿根ヨリ苗ヲ生ズ。初出藤葉トモニ赤黒色、漸ク長ジテ淡緑色ニ変ズ。葉互生ス。葉ゴトニ鬚アリテ纏繞ス。ソノ葉一枝五葉、人参*葉ニ似テ鋸歯アリ。中ノ一葉尤ナガシ。夏ニ至リ藤蔓甚繁延ス。故ニ、ヤブカラシト云。六七月枝梢ゴトニ叉ヲ分チ花ヲヒラク。四弁緑色、大サ一分余、中心黄赤色、四蘂アリ。後円実ヲムスブ。大サ南天燭子ノゴトシ。生ハ緑色熟スレバ黒色、秋深テ苗カレ、根ハ枯ズ。長クシテ藤蔓ノゴトク褐色ナリ。寸断スルモ春ニ至テナホ苗ヲ生ズ。コノ草、和州南都、越後高田、越前鯖江、土州高知等ノ地ニハ生ゼズト云。」とある.
葉の形状(右図),若い蔓は赤いなど,よく観察していると感心する.
 *朝鮮人参

ヤブガラシ(2/3) 方言・ツンベルク『日本植物誌』・学名・伊藤圭介・アマチャヅル
ヤブガラシ(3/3) 泉鏡花,雀,ごんごんごま,唐独楽・鳴り独楽

2013年7月17日水曜日

トキワハゼ アキハゼ,物品識名拾遺,ツンベルク,牧野富太郎,二つの学名の不思議

Mazus japonicus, Mazus pumilus

古くはハゼナ(サギゴケ)の一種として認識されていて,花期が長く秋まで花が見られることから,アキハゼともトキワハゼとも呼ばれていた.

磯野の初見は1825年刊の『物品識名拾遺 乾』にある「トキワハゼ 通泉草(サギゴケ)一種」である(左図).
しかし,この名は一般的ではなかったようで「サギゴケ(3)」に記したように,牧野富太郎は,岩崎灌園(1786-1842)の著作『本草図譜』(巻5-10は文政13 (1830)刊)の「通泉草」の項に「一種 あきはぜ 形状なつはぜ(アゼナ)に似て小なり」,あるいは,小野蘭山『本草綱目啓蒙(1803-1806)』(巻之十六 草之九 石草類)の「通泉草」の項に「其秋ニ至テ花ヲ開ク者ヲ秋ハゼト云」とあるアキハゼが「(和名)ときははぜ(物品識名拾遺),Mazus rugosus Lour. (=Lindernia japonica Thunb.)」であると『植物学雑誌』(第百廿九号 (1897年))に記している.

この Lindernia japonica Thunb. とは,江戸時代出島に滞在していた医師ツンベルク(Thunberg, Carl Peter, 1743 - 1828) が『日本植物誌 Flora Japonica』(1784)のp253-4   に,Lindernia(ゴマノハグサ科アゼナ属)japonica と記した植物である.その記述は,右図の如くで,日本での名称はオカサギソウ,オカロ(ン)ギソウ,ハセであると記した.

L. foliis obovatis dentatis, infimis petiolatis (obovate toothed leaves, the lowest petiolate)
Japonice: Oka sangi So, et Oka Longi So, it. Hase
Crescit in Nipon hinc inde in rimis murorum (Growing in the cracks of the walls on either side Nipon)
Floret Martio, Aprili, Maio (Flowering in March, April and May)
Radix fibrillose, annua. (Root fiber, annual.)
Caulis herbaceus, ramosus, debilis: ramis alternis, patulis, erectiusculis, parum villosis, pollicaribus usque spithamaeis. (Stem Herbaceus, branched, weak; alternate branches, spreading, erectiusculis little villous pollicarbus up spithamaeis)
Folia radicalia plurima, petiolata; caulina pauca, sessilia; omnia obovata, obtusa, dentate, vix manufesta villosa, unguicularia. (Leaves radical many petiolate, stem few, sessile, all obovate, bluntly, toothed, scarcely show shaggy, unguicularia)
Petioli longitudine foliorum, sensim in folium abeuntes. (Petioles length of the leaves, gradually going into leaf)
Flores: in ramis terminals, racemosi, aphylly (Flowers: in the branches of the terminal, racemes clustering flowered, leafless)
Bractea sub pedunculis minutissima. (Bract under peduncles minute)
Corolla ringens labio inferiori maiori, rufescens. (Corolla: gaping lower lip more, reddish)
Capsula ovata, obtuse, didyma, bivalvis, I-locularis glabra. (Capsule ovate, bluntly , in pairs, 2 valves, glabrous 1-locularis)
(括弧内は Google 翻訳 http://translate.google.co.jp/#la/en/ でラテン語を英語に自動翻訳した文)

この『日本植物誌』に所収された植物を学名のアルファベット順に配列し,その和名・漢名を記した伊藤圭介訳述『泰西本草名疏 巻下』(1829)では,この Lindernia japonica は「○云詳カナラズ 「ヲカサギサウ」」とされ,この時点では和名は未詳であった.

一方,Kuntze (Carl Ernst Otto (1843-1907)) は 1891 年に,ツンベルクの Lindernia japonica の属はアゼナ属ではなく,サギゴケ属(Mazus属)であるとして,” Revisio Generum Plantarum” で学名を Mazus japonicus と改め,牧野はこれの和名は Tokiwa-haze(トキワハゼ)であるとした(Makino “Observation on the Flora of Japan”, B. M. T. 16: 170 (1902)).

現在,トキワハゼの学名としてMazus japonicus (Thunb.) Kuntze を採用している主な図鑑は以下の如くである.
沼田真・吉沢長人編『新版 日本原色雑草図鑑』 初版:1975年 全国農村教育協会
長田武正『原色野草観察検索図鑑』 初版:1981年 保育社
岡村はた他著『図解植物観察事典』 初版:1982年 地人書館
長田武正『検索入門 野草図鑑 (5) すみれの巻』 初版:1984年 保育社
牧野富太郎著 小野幹雄・大場秀章・西田誠改定・増補・編集『改定増補 牧野 新日本植物図鑑』初版:1989年 北隆館
林 弥栄ら編『日本の野草 (山渓カラー名鑑)』 初版:1999年 山と溪谷社
牧野富太郎著 邑田仁編集『CD-ROM 原色牧野植物大圖鑑』 北隆館/ニュー・サイエンス社

一方, Y-list で標準とされている学名は Mazus pumilus (Burm.f.) Steenis であり,Wikipedia でもこれを採用している.
インドに産するこの植物の原記載文献は Burman (Nicolaas Laurens (1734-1793)) の,1768 年刊行の “Nicolai Laurentii Burmanni Flora Indica : cui accedit series zoophytorum Indicorum, nec non prodromus florae Capensis.” で,そこではキキョウ科ミゾカクシ属の植物と分類され,“Lobelia pumila” と命名されたが,1958年に Steenis (Cornelis Gijsbert Gerrit Jan van (1901-1986)) によってニューギニア産のトキワハゼがこれに当たるとされた上,ゴマノハグサ科 Mazus 属に変更された.Burmanによる命名が 1768 年なので,これが先行し Mazus pumilus がトキワハゼの標準学名になったと考えられる.

ところが,Burman の ”Flora Indica” の該当部分(右図)を見ると,記述はともかく,図はまったくトキワハゼとは思えない.すなわち,花冠の上弁が細く三裂し,下弁は殆んど見えず,ミゾカクシ属の花の特長を示している.
従って,Steenis の “Lobelia pumila” のトキワハゼへの比定は,この図が正しいとすれば誤りとしか言いようがない.なお,種小名の Pumilus とは,「矮性の」と言う意味.

現在,トキワハゼの学名として Mazus pumilus を採用している主な図鑑や情報源は以下の如くである.
北村四郎,村田源『原色日本植物図鑑 草本編2』 初版:1961年 保育社
佐竹義輔ら編『日本の野生植物―草本』 初版:1985年 平凡社
大井次三郎著『エンロン自然シリーズ 植物Ⅰ』 初版:1995年 保育社
米倉浩司・梶田忠『BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)』 2005年より
http://ja.wikipedia.org/wiki/トキワハゼ

また,Google Chrome で検索のヒット数を見ると,Mazus japonicus は,約 40,500 件,地域:日本 約 2,070 件,Mazus pumilus は,約 32,200 件,地域:日本 約 1,440 件,と全世界・日本とも Mazus japonicus の方が優勢である.

個人的には,Mazus japonicus の方を標準的な学名として採用した方がすっきりすると思うが.

2013年7月3日水曜日

サギゴケ,ムラサキサギゴケ (3/3) 『梅園画譜』,『本草図譜』,『草木図説』,牧野 Mazus japonicus

Mazus Miquelii & M. Miquelii f. albiflora
2005年5月 塩釜神社参道
江戸時代の後期の植物図譜として,その正確さと芸術性とで評価の高い毛利元寿の『梅園画譜』(春之部巻一序文 1825)(描図 1820 – 1849)の「春之部」には,彼の庭に咲いたサギゴケを写生した美しい図が残る.
梅園草木花譜春之部 NDL
「草鷺草(クササキサウ) トビサキサウ サギゴケ(地錦抄)
通泉草トモ言
癸巳*三月十日 庭園真写」
*1833年(天保4年)

『梅園百花画譜』は、春4・夏8・秋4・冬1の計17帖から成り,約1,300品が記載されている.他人の絵の模写が多い江戸時代博物図譜のなかで,大半が実写であるのが特色.江戸時代の植物図譜のうち写生数がもっとも多いものの一つで,正確さでは一二を争い,江戸の動植物相を知る好資料でもある.当時の博物家との交流が少なかったのか,名が知られたのは明治以降.

また,岩崎灌園(1786-1842)の著作『本草図譜』(巻5-10は文政13 (1830)刊)にも,巧みな彩色図で,サギゴケ類が記載してあり,以下のように余白に名称・生態などについて説明を付している.

本草図譜 通泉草 NDL
「通泉草 附録 かまづかな はぜな(泉州) かまつかな(同上) むぎめしばな(江州) あぜな さきごけ(京) さきそう(江戸) 禿瘡(とくさう)花(物理小識) 長生(同上)

 平原湿地に多し 宿根より生し葉は菘(すずな・ナ)に似て小く対生し地に貼して生ず 節間ごとに根を生ず 春月短(き)茎を抽て花を開く 形丹参(クワガタサウ)に似て小く淡紫色なり 又紅花のもの白花黄点ある物又花大なる物等あり 物理小識云 葉似(二)地丁(一)中抽(レ)茎白花摘下経(レ)年不(レ)枯

一種 なつはぜ 夏月庭際にずる苗葉にして枝葉対生し花小さく淡紫色なり
一種 あきはぜ 形状なつはぜに似て小なり
一種 たちはぜ 葉細長くしえ湿姑草(イカノコケ)の如く叢生し色浅く光沢なく花ハ通泉草(サキコケ)に似て小く淡紫色なる物
一種 あぜはぜのちゃぼ 葉密に重なり深緑色光沢あり 花淡紫色なる物

これらのサギゴケ類について,大正5-10年に刊行された『本草図説 岩崎常正 著』(本草図譜刊行会)の「本草図譜名疏 和名考訂 白井光太郎 学名考訂 大沼宏平」では,以下の学名や和名が対応するとしている.
「通泉草
〔和名〕通泉草*,カマツカナ ハゼナ ホカケサウ ジロタラウバナ カハラケナ サギゴケ サギサウ アゼナ タハゼ チドリサウ ムギメシバナ カミツカウ モチハゼ トノヽウマ ミヽヅク コジタ (以上本草啓蒙)
〔学名〕Mazus Miquelli Mak. (玄参科)
一種 白花の者 〔和名〕さぎしば。(勢州,本草啓蒙)  (同上)
  〔学名〕Mazus Miquelli Mak. f albiflora Mak.
一種 紅花の者 〔和名〕べにさぎごけ。
  〔学名〕Mazus Miquelli Mak. f. rosea K. Ohnuma.  (同上)
一種 なつはぜ 一名 うりくさ。(以上二名草木図説)一名 なつのさぎさう。(本草啓蒙)
  〔学名〕Torenia crustacea Chm. et. Schl.  (同上)
一種 あきはぜ 一名 ときははぜ。(本草名寄) 一名 もちはぜ。(食物伝信纂)
  〔学名〕Mazus japonicus O. Kze.  (同上)
一種 たちはぜ 一名 あぜたうがらし。(本草要正)
  〔学名〕Lindernia angustifolia Wettst.  (同上)
一種 あせばせ 一名 あぜな。一名 うりくさ。(帯化品)
  〔学名〕Lindernia pyxidaria All. forma  (同上)」

草木図説 前編 巻十一 NDL
飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(成稿 1852年 (嘉永5) ごろ,出版 1856年 (安政3) から62年 (文久2))には,草類1250種,木類600種の植物学的に正確な解説と写生図が記されている.草部20巻,木部10巻からなる本書は,日本最初のリンネの24綱分類による植物図鑑として知られている.本草を脱却した西欧の植物分類によるところに意義があり,江戸時代末期の西欧植物学に基いた研究の成果をここに見ることができる.

その第十一巻に

「サギゴケ ハゼ 通泉草
普ク田野ニ生ス.茎初メ塌地漸台頭三四寸.葉匕(さじ)様ニシテ粗鋸歯アツテ略菊葉ノ如クシテ小.互生或対生.春梢上分又数花ヲ放ク.萼鐘状五尖.花双唇様ニシテ.帽短シテ尖.唇長ノ三裂.色淡青紫或白色.又弁尖裂.又夏ニ至テ盛開ナル等種々アリ.ミナ子室円シテ一柱長シテ頭ニ粒アリテ頗ル葯形ノ如ク.雄蕊短長四茎

其族未詳」とある(左図).

明治三十年,牧野富太郎博士は『植物学雑誌 第百廿九号,p389- 』に,これら本草書に記されたサギゴケ類の和名と学名について以下のように述べている.
「○うりくさ,あぜな,はつはぜ,ときははぜ及ビさぎごけ等の名実考

本草図説巻之十一第六十八葉裏うりくさアリ 云々
今上述ノ諸品ヲ捕テ之レニ学名ヲ配スルコト左ノ如シテときははぜヲ之レニ副フ

○Vandellia Pyxidaria Maxim.
(和名)うりくさ(本草図説)〔Lindernia crustacean  (L.) F.Muell.〕
○Torenia crustacea Chmam. et. Schllecht.
(和名)なつはぜ(本草綱目啓蒙・本草図譜),あぜな(本草図説)〔Lindernia procumbens (Krock.) Borbás〕
○Mazus rugosus Lour. (=Lindernia japonica Thunb.)
(和名)ときははぜ(物品識名拾遺),(?)あきはぜ(本草綱目啓蒙・本草図譜)〔Mazus pumilus (Burm.f.) Steenis, Mazus japonicus (Thunb.) Kuntze (Syn)〕
○Mazus japonicus (Miq.) Makino
(和名)さぎごけ さぎさう はぜな あぜな等(本草綱目啓蒙)〔Mazus miquelii Makino〕」

Mazus japonicus という牧野富太郎博士のサギゴケの学名は,トキワハゼの学名の一つとバッティングしていたためであろうか,現在有効なサギゴケの学名は Mazus Miquelii で,トキワハゼの学名は Mazus pumilus となり,Mazus japonicus はトキワハゼのシノニムとされているが,欧米では現在でもトキワハゼの学名として Mazus japonicus  が多く使われている.

サギゴケ,ムラサキサギゴケ(2/3) 古名ハゼ菜の語源,葩煎(はぜ),三才図会・守貞謾稿・東京風俗志
ムラサキサギゴケ・サギゴケ・ハゼナ (1/3) 大和本草・地錦抄附録・本草綱目啓蒙・本草図譜・救荒並有毒植物集説・牧野富太郎