2018年12月14日金曜日

ホトトギス (2),和文献-1.下学集,花壇綱目,花壇地錦抄,大和本草,大和本草諸品図,和漢三才図会,草木弄葩抄,画本野山草

Tricyrtis hirta
植栽 茨城県南部
日本固有種であり,花被に細かい紫色の斑点が目立つことから,ホトトギスやカッコウの胸の羽根の模様になぞらえて名がある.漢字名は「郭公花」,「鷄脚草」,「杜鵑草」,「時鳥草」などであり,一方よく使われている漢名「油點草」は誤用である.
この植物の記述が確認できたのは,『花壇綱目』(1681)で,その書での名は「郭公」,その後いくつかの本草書や百科事典,絵手本にホトトギスの名で記載されたが,漢名(本名)は未詳とされている.「油點草」の漢名が使われたのは,江戸後期(岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 ))以降と思われる.
また,何種かの「ホトトギス類」を認識して記したものもあった.

★木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』柏書房 (1991) には,「ホトトギス」は『下学集』(1444成立),および『立華正道集』(1684) に記載されているとある.しかし,前者の「杜鵑花」はヤマツツジの事であり,後者には記述が確認できなかった.

室町時代の日本の古辞書の一つ★『下学集』(1444成立)の著者は,序末に〈東麓破衲〉とあるのみで不明.京都東山建仁寺の住僧かといわれる.内容は〈天地〉〈時節〉以下18の門目を立てて,中世に行われた通俗の漢語の類を標出し,多くの場合それに注を加えてある.

その「巻之三,草木」には,「杜鵑花トケンクワ,即躑躅花也 杜--鳥血-啼(チナク)時-節此花盛(サカン)開(ヒラク)色如ソメタルカ 故杜鵑花也 又曰映山紅也」と,ホトトギスとも読める記述があるが,これはツツジの類の記述であり,ホトトギスに関してではない.「啼いて血を吐くホトトギス」の鳴く時期に,その血の色のように赤い花を満開にするので,ツツジをこのように言うと記す.

「油點草」の典拠ともなった唐の段成式(803 - 863)撰『酉陽雜俎』(860(咸通元)年頃成立)の「卷十六·廣動植之一」に,以下のような記述がある.
「杜鵑,始陽相催而鳴,先鳴者吐血死.嘗有人山行,見一群寂然,聊學其聲,即死.初鳴先聽其聲者,主離別.廁上聽其聲,不祥.厭之法,當為大聲應之.」
「六〇三 杜鵑は、始陽*にたがいにせかして鳴く。さきに鳴くものは、血を吐いて死ぬ。かつて、ある人が山道を行き、一群が静まりかえっているのを見て、いささか、その声をまねたところ、すぐさま死んでしまった。最初、鳴いたとき、さきにその声を聴いた者は、別離にかかわりがある。厠でその声を聴いた者は、不吉である。これを調伏する方法は、大声で応答することである。」(今村与志雄訳注『酉陽雜俎3』東洋文庫379 (1981)*始陽=春分の日)
「血を吐いて鳴く」と考えられたのは,ホトトギスの口の中が赤いため,鳴くときにその色が見えたためと言われている.

故磯野直秀慶大教授による『資料別・草木名初見リスト』による初見は,日本最古の園芸書★1681水野勝元『花壇綱目』(1681)で,明かに「ホトトギス」と判る記述が見られる.この書は中国やイギリスに並び世界的に見ても早期の園芸指南書である.

その「巻之中」に,「郭公…●花薄色に紫飛入咲比まへに同 ●養土は合土用て宜し ●肥は魚あらいしる根廻へ用也 ●分植は右同」とある.(右:あさみ…●花白紫なり咲比七月 ●養土は肥土にすなませ合用也 ●肥は雨のまへ小便少宛根廻へ用て宜し ●分植は秋の比)
江戸前期には,庭園に植えられ,培養されていた.鳥のカッコウ(郭公)もその胸の模様は羽に細かい斑点が入り,ホトトギスの花被に似ている.

この時代,この植物を「ホトトギス」と呼んだのか「カッコウ」と呼んだのかは分からないが,本書に別に「カッコウサウ」の項があり,また★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) 「巻之三十三 禽之三 林禽類」に「杜鵑 ホトヽギス (中略)古ヨリ郭公ヲホトヽギスト訓ズルハ非ナリ」とあるので,「ホトトギス」と読んだのであろう.

江戸染井(現在の豊島区駒込付近)の種樹家伊藤伊兵衛親子(三代,四代)によって書かれた総合園芸書,以降の園芸界に影響を与えた.伊藤家は代々伊兵衛を名乗り,江戸一番の植木屋と言われた.
★伊藤伊兵衛『花壇地錦抄』(1695)の「草花秋之部」に,
「郭公(ほとゝきす)中末
花さらさ成事ほととぎす羽(はね)のごとく
葉は笹のごとし.」
とあり,「草木植作様伊呂波分(いろはわけ)」の「(ほ)」の部には
「ほとゝぎす 植分秋春 墅土に合肥」
とあり,江戸前期には庭園で育てられていたことが分かる.

★貝原益軒『大和本草(1709) 「巻之七 草之三 花草類」には,
「和品 ホトヽキス 葉ハ紫萼(サギサウ)ノ葉ニ似テ短小ナリスヂ多
シ又篠(サヽ)ノ葉ニ似タリツボミハ筆ノ如シ花ハ秋開
六出アリ中ヨリ一蕊(ズイ)出テ又花ノ形ヲナセリ毎萼ニ
小紫點多シ杜鵑ノ羽根ニ似タリシホリ染ノ如シ
莖ノ高一二尺ニスキス漢名不知」

★『大和本草諸品図上(大和本草 巻十九)』
ホトヽギス
ホトヽギス
葉ハ如百合花モ亦相-似タ
リ内ニ小ナル心アリ是亦
百合小紫點アリ
杜鵑ノ羽根ノ如シ八月開
-花ニ-名未詳」
とあり,ホトトギスの名の由来,葉や花の形状を詳しく記し,特に蕾が筆のようだとは言い得て妙だが,『諸品図』の蕾には蕚が描かれていて実態と合わない.
一方,益軒はあまり良い花ではないともコメントした.彼は時々花の好き嫌いをこの書に記すが,可憐ですっきりした花が好みであったようだ.
また,図示したNDL所蔵『大和本草諸品図』のホトトギスのコラムには「油點菜 云々」という書き込みがあるが,これは後世の書き込みで,中村学園所蔵の書にはない.

絵入り百科の★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)の「巻第九十四の末 隰草類」には,
杜鵑草(ほととぎすさう)         本名未詳
△按ずるに,杜鵑草は高さ尺余,葉は百合の葉に似て六七月に茎を抽
き,葉の間に小なる黄花を開く,或は白く或は白に紫の莟子を入れ,
或は濃紫に白き莟子を入る.
一種白色にして浅紫の点有り.之れを山杜鵑と名づく.」
とあり,花被の地が黄色いのを「杜鵑草(ほととぎすさう)」とよび,地が白いのを「山杜鵑」と呼ぶと,何種かのホトトギスがあると記した.タマガワホトトギス等を認識していたのかも知れない.「山杜鵑」がホトトギスであろうか.

★菊池成胤『草木弄葩抄 上巻』(1735序)

知名度は低いが,先行する『花壇綱目』や『花壇地錦抄』より記載がはるかに詳しい園芸書で,草類だけを載せる.著者名は明記されていないが,序文の筆者菊池成胤(浪華の人)と思われる.現存本は上巻であり,これには図が一つも無い.凡例によれば図集を下巻として出版するとあるが,刊行された形跡は認められない.注目されるのは,斑入(ふいり)品が30ほど挙げられている点で,江戸時代園芸の大きな特徴である斑入嗜好がすでに始まっていたとわかる.「斑入」の用語も2カ所で初出する.次項の『絵本野山草』には全163項目が収められるが,うち半数の82項が本書の記文の全部あるいは一部の転写である.
ほとときす草 漢名 三白草(サンハクサフ)
花の形、桔梗の花びらのかゝりにてほそ手なり。
色数多し。白あり、柿紅有、又本黄、うす黄有。花びら
白く、内に黒紅色のほし入を、山ほとゝぎすといふ。葉、さゝ
葉にして、あつく、茎をまいて出る。葉の上に黒きほし
あり。又ほしなきも有。茎葉ともに、うすき毛草(ひげ)
あり。うぐひす草とよぶも、是よりわかちてよぶなり。」とある.園芸品種なのか,異なる種なのか分からないが.花色に多くの変化があると記されている.
「花びら白く、内に黒紅色のほし入」で「葉、さゝ葉にして、あつく、茎をまいて出る」「山ほとゝぎす」がホトトギスであろう.また,「葉の上に黒きほしあり。又ほしなきも有」とすべての個体に葉の斑点があるわけではないと指摘している.
なお漢名としている「三白草」はハンゲショウ(半夏生,半化粧,Saururus chinensis)であり,斑の入る前のハンゲショウの葉は,ホトトギスの葉に似ていなくもないが,明らかな誤考定.

★橘保国『画本野山草』(1755)は大坂の絵師橘保国(号,後素軒:171592)の描いた画業志望者用の絵手本の草木画集である.図の脇に「花朱 生エンシ クマ」などとあるのが,絵具の使用法である.もっとも,指示の無い品も多い.掲載品は全163品(品種を含めず)で,外来品も少なくない.その花期・花色・形状などは図とは別の頁に詳しく記されているが,記文の約半数は『草木弄葩抄』の文をそっくり,あるいは部分的に用いている.
その「巻之二」には,二個のホトトギスの記載がある.

「(やまほとゝぎす)時鳥草(ほとゝぎすさう)
花の形、つねのほとゝぎすにて,色は其鳥の羽のごとくなるささらあり.つねのほとゝぎすより葉も丸く,花もはやさきなり.七八月,花さく.漢名,三白草.」とあり,図には「山杜鵑(やまほととぎす)」とある(上図右側).
葉が丸みを帯びていて,花のつき方からすると,ヤマジノホトトギス (Tricyrtis affinis) と思われるが,早咲きなのはヤマホトトギスの特徴.しかし,葉が対生している様に描かれているのは,実物を見ていないからであろうか.

別項に
郭公草(ほとゝぎすさう)
花の形,桔梗の花びらのかゝりにて細手(ほそで)也.色数多し.白あり,柿紅有,又本黄,うす
黄有.花びら白く,内に黒紅色のほし入を,山ほとゝぎすといふ.葉,さゝばにして,
あつく,茎をまいて出る.葉の上に黒きほし有.又なきも有.茎葉ともに,うすき毛草(ひげ)
有.うぐひす草とよぶも,是よりわかちてよぶ也.九月,花咲.長二尺あまりなり.」とある(上図左側).
この別項は,ホトトギスの記述と思われるが,花期や草丈を除いて,前項の『草木弄葩抄』の剽窃である.

続く

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