Lycoris x albiflora Koidz.
白いヒガンバナの記述は,古くから漢文献や和文献にもみられる.ヒガンバナの本草書での名称は,薬用とされる根茎「石蒜」で呼ぶのが一般的だが,漢園芸書では「金燈花」が使われていて,その白色種は「銀燈(花)」と記されている.
(文献画像は NDL, 中国哲学書電子化計劃,Internet archives の公開デジタル画像の部分引用)
平賀源内『重修秘伝花鏡』には多くの場合和名が追記されているが「金燈花」にはそれがない.この書に注釈を加えた小野職博(述)『秘伝花鏡会識』では,「金燈花」は「シビト花 即 石蒜」と考定し,更に「銀燈ハ石蒜ノ白花ヲ云和産ナシ」と日本には白いヒガンバナはないとした.小野蘭山『本草綱目啓蒙』及び岩崎灌園の『本草図譜』では『秘伝花鏡』を参照して白花のものがあり,銀燈花というと記したが,実見したのかは不明.飯沼慾斎の『草木図説前編』の「マンジュシヤケ」の項には,「一種白花ノモノアリ」とし,更に「花色を除いた他の性状は赤花のものと同じ」とあるので,実際に飯沼慾斎は白花のヒガンバナを見た可能性は考えられる.
「金-燈-花
金燈 一名ハ山慈菰。冬-月生ス。葉似二車-前-草ニ一。三-月-中枯。根
即慈-菰。深-秋獨-莖直ニ上ル。末分ツ二數-枝ヲ一。一簇-五-朶。正-紅-色
光-焰如二金-燈一。叉有二黄-金-燈(一)。粉-紅紫-碧五-色ノ者。銀-燈色
白。禿-莖透-出シテ即花サク俗ニ呼テ爲二忽-地-笑ト一。花ノ後發スレ葉似二水-仙一。
皆蒲-生ス。須ク二分種一。性喜ム二陰-肥ヲ一。即栽ユ下於屋-脚墻-根。無キ二風-露一
處ニ上亦活ス。」とある.
小野蘭山(職博,1729 – 1810)の講義を中村宗栄が筆写した『秘伝花鏡会識』(1827)は,『秘傳花鏡』に注釈を加えた書だが,その「花草類」の章の「金燈花」には
「金燈花 シビト花即石蒜一名山慈姑ト云根即慈菰ト云
倶ニ謬リ溷ス山慈姑石蒜別物之石蒜ハ秋生シ山慈菰
ハ春生ストウロウ花ト名ク○銀燈ハ石蒜ノ白花ヲ云
和産ナシ○花後発葉似水仙皆蒲生云云蒲生ハ葉ノ長ク
生スルコト蒲ノ如ヲ云」と金燈花=石蒜=ヒガンバナと考定し,更に「銀燈ハ石蒜ノ白花ヲ云和産ナシ」と日本には白いヒガンバナはないとした.
小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803 - 1806)の「巻之九 草之二 山草類下」の「石蒜」の項では
「石蒜 (中略)
一根數葉、葉ハ水仙ヨリ狭
ク、長サ一尺許、緑色ニシテ黒ヲ帯、厚ク固クシテ光
アリ。夏中即枯、七八月忽圓莖ヲ出ス。高サ一尺餘、
其端ニ數花聚リ開ク。深紅色六瓣ニシテ細ク反巻
ス。内ニ長鬚アリ、花後圓實ヲ結ブ。實熟シテ莖腐シ、
新葉ヲ生ズ。冬ヲ經テ枯ス。根ノ形水仙ノ如ク、
大サ一寸許、外ハ薄キ茶色ノ皮ニテ包ム。内ハ白
色、コレヲ破ハ重重皆薄皮ナリ。一種白花ノモ
ノアリ。此ヲ銀燈花ト云。祕傳花鏡ニ見エタリ。
(後略)」とある.一般に三倍体のヒガンバナは実を結ばないとされるが,実際に結実し,その種子が発芽する場合があるとされる(Facebook 日本ヒガンバナ学会 #ヒガンバナの種子 #実生ヒガンバナ実験 https://www.facebook.com/groups/317413309122960/).
牧野富太郎は,飯沼慾斎の『草木図説』を増補改訂した『増訂草木図説』(1907)のマンジュシヤケの項で,「予ハ未ダ本種ノ結實セシモノヲ見タルコトナシ」と記している(下項).また,別の文献では「蘭山は花後に尚存する緑色の略円き子房を見て其れを実が熟したと誤解している」と断じたそうだ(栗田子郎『雑学の世界・補考』(出典未確認)).
岩崎灌園『本草図譜』(1828-1844)の「第七巻 山草之類五」にはヒガンバナの美し正確な図と共に
「石蒜 ひがんばな
秋月葉を生す.水仙に似て瘠て硬く
深緑色.夏に至て枯.秋にいたりて花
のみ生じ六瓣赤色の花あつまりて
傘状をなす.根は水仙の如く皮黒し.
白花の者を銀燈花
秘伝花鏡 といふ」とあり,『秘伝花鏡』を参照して白花のものがあり,銀燈花というと記したが,実見したのかは不明.
飯沼慾斎『草木図説前編』(1852)の「巻之五」には,
「マンジュシヤケ 石蒜
啓蒙形狀ヲ載セ衆亦通知ス故略之一種白花ノモノアリタヾ花色ノ異アリテ生殖部ニ在ツテハ同シ共ニ根形葉狀下条種ト同クシテ只葉稍狭長ナルノミ故ニ別ニ不圖
第八種
アマレールリス・サルニクシス 羅 ヤッパンセ・レリー ナルシス 蘭」とある.「一種白花ノモノアリ」とし,更に「花色ノ異アリテ生殖部ニ在ツテハ同シ」とあるので,慾斎は実際に白花のリコリスを見た可能性は考えられる.
また,ヒガンバナの羅甸名として,伊藤圭介(1803-1901)がツンベルクの
“Flora Japonica” (1784) 記載の羅甸名をシーボルトの指導を受けて,和名と対照させた『泰西本草名疏』(1829)から,”Amalyris sarniensis” とし,和蘭名としては「日本百合水仙」の意味の “Japanse lelienarcis” と記した(A. sarniensis は Nerine sarniensis ガーンジー・リリーの旧名.この「ガーンジー・リリー」=ヒガンバナの誤解は,南方熊楠をも惑わせた.後の記事参照)
牧野富太郎は,この『本草図譜』を増補改訂した『増訂本草図譜』(1907)の
「草部 巻五」に於て,現在の標準的な学名を採用した.
「○第五十六圖版 Plate LVI.
マンジュシヤケ シタマガリ 石蒜
Lycoris
radiata Herb.
ヒガンバナ科(石蒜科) Amaryllidaceae
啓蒙形狀ヲ載セ衆亦通知ス,故略之一種白花ノモノアリ,タヾ花色ノ異アリテ生殖部
ニ在テハ同ジ共ニ根形葉狀下條種ト同クシテ只葉稍狭長ナルノミ故ニ別ニ不圖.
附(一)花ノ縦裁(補) (二)雄蘂,廓大圖(補) (三)柱頭部,廓大圖(補) (四)葉ヲ有セル襲重鱗莖(補)
第八種
アマレールリス,サルニクシス
羅 ヤッパンセ,レリーナルシス
蘭
〔補〕叉ヒガンバナト云フ其他諸州ノ方言多シ,多年生草本ニシテ襲重鱗莖ハ球形
ヲ成シ外面ハ黒色ナリ,葉ハ線形ニシテ深緑色ヲ呈シ鈍頭ヲ有ス,花終テ深秋始メ
テ葉ヲ出シ翌年四月ノ候ニ枯稿ス,花ハ九月ニ開キ直立セル葶上ニ繖形ヲ成シ苞
アリ.花蓋ハ鮮赤色ニシテ裂片反曲シ下ハ短筒ヲ成ス,六雄蘂長ク花外ニ超出シ側
ニ向フ,花柱亦長ク子房ハ短小ニシテ淡緑色ヲ呈シ下位ヲ成ス,予ハ未ダ本種ノ結
實セシモノヲ見タルコトナシ,叉支那ニ産ス(牧野)」と,新しい学名と共に,「私は未だに種子をつけたヒガンバナを見たことはない」とも記した.
この知見は,それまでの漢文献・和文献に記載されていなかった(『雑学の世界・補考』「ヒガンバナに種子ができないことの不思議を最初に指摘したのは牧野富太郎だった。」http://widetown.cocotte.jp/japan_den/japan_den157.htm#top)と記されている.
『本草綱目』の「水仙」の項に「按段成式『酉陽雜俎』云,㮏(木偏に柰)祗,出拂林國,根大如雞卵,苗長三四尺,葉似蒜葉,中心抽條,莖端開花,六出紅白色,花心黃赤,不結子,冬生夏死。(中略)據此形狀,與水仙仿佛,豈外國名謂不同耶」とはあるが,これをリコリスと考定するのはためらわれる.