2017年9月8日金曜日

ミゾカクシ-(2) 半邊蓮,本草綱目,頭註国訳本草綱目,農圃六書,現代中国名,薬効(日中)

Lobelia chinensis Lour.
ミゾカクシの漢名である「半邊蓮」は,李時珍『本草綱目』の第十六巻 草之五 隰草類下 に記されている薬草で,毒蛇に咬まれた時の特効薬とされている.また,『農圃六書』では「半枝蓮」の名でも記載されている.現代中国でも薬草として用いられている.


李時珍『本草綱目』の「半邊蓮」圖 
左より〇初版「金陵本」(1596),〇和刻寛永14年(1637)本,〇和刻寛永14年本の後刷(1653),〇『頭註国訳本草綱目』白井光太郎(監修)(1929) より部分引用

1714 稲生若水本
中国本草書の集大成とされる★李時珍『本草綱目』(明代,1596)「第十六巻 草之五 隰草類下七十五種」には
「半邊蓮(綱目)
[集解]時珍曰︰半邊蓮,小草也。生陰濕塍塹邊。就地細梗引蔓,節節而生細葉。秋 開小花,淡紅紫色,止有半邊,如蓮花狀,故名。又呼急解索。
[氣味]辛,平,無毒。
[主治]蛇虺傷,搗汁飲,以滓圍塗之。又治寒 氣喘,及瘧疾寒熱,同雄黃各二錢,搗泥,盌內覆之,待色青以飯丸梧子大,毎服九丸空心鹽湯下.時珍〇壽域方」(左図)

★白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳),牧野富太郎(植物考定)『頭註国訳本草綱目』(1929)春陽堂 では,以下のように翻訳・考定している.
「半邊蓮(一)(綱目)
和名 みぞかくし,あぜむしろ
學名* Lobelia radicans, Thunb.
科名 ききよう科(桔梗科)
[集解]時珍曰く,半邊蓮(はんへんれん)は小草であって,陰濕の塍塹の邊に地に就いて生える.細い梗が蔓を引き,節節から細葉が生え,秋小さい淡紅紫色の花を開く,それが蓮花の半片のやうな形だから名けたものだ.また,急解索(きゅうげさく)とも呼ぶ。
[氣味]【辛し,平にして毒なし】
「主治」【蛇虺傷(じゃきしやう)には,搗いてその汁を飲み,滓で傷處を塗り圍む。又治寒〓(鼻+勾)氣喘(かんこうきぜん),及び瘧疾寒熱を治するには,雄黃と各二錢を搗き,碗の內側に泥つて,その碗を覆せ,色の青くなるのをまって,飯で梧子大の丸にし,九丸づつを空心に鹽湯で服す】時珍 壽域方にある」

《頭注》(一)牧野曰フ,普通ニ野外田間デ見ラルル小草デ,其花冠一方ニ偏シ半邊蓮ノ名下シ得テ頗ル妙ナルヲ思ハシムル.此屬中ニハろべりあさう(L. Inflata, L.)ノ毒草ガアル,之レハ北米ノ原産デアルガ屬中ニ此ノ如キモノガアルヲ見レバ,或ハ此半邊蓮ニモ有毒成分ガアルカモ知レヌト思フ.

*學名:この学名はツンベルクが滞日中観察したミゾカクシに対して付けた名称だが,先取権の原則により,現在は L. chinensis のシノニムとされている(Blog-3参照).

前ブログ記事で述べた『本草綱目啓蒙』に引用されている★(明)周之璵纂, (明)浦巖校『農圃六書』(清初.劉子文題詞, 順治11 (1654) 年)の「巻一, 草本花部,七十四丁」には,
「半枝蓮 笑靨
小草也。生陰濕塍塹邉。就地引蔓,生細葉。秋開小花,淡紅紫
色,止有半邉,如蓮花狀,故名。又呼急解索。○笑靨.一名
御馬鞭.根旁發生.春間今栽.花細如豆.一條千花.望之若
堆雪.」(右図)
とある.前半の記述は『本草綱目』の「半邊蓮」と同一だが,○笑靨以下の記述は,「草本花部」や「小草也」とは矛盾していて,ユキヤナギかシジミバナに合うように思われる.
現代中国で「半枝莲」とは,青紫の花を着けるシソ科の Scutellaria barbata を示す.

★陳扶揺『秘伝花鏡』(原本 1688)「巻之五 花草類攷」には,
「笑靨花
笑靨.一名御馬鞭.叢生.一條千花.其細如豆茂者數
十條.望若堆雪.不結實.將原根劈作數墩旁發生.二月中旬
分種.易活.宜糞.」とあり,『農圃六書』の「半枝蓮」の項の○笑靨以下の記述と合致する.
★平賀源内-校正・訓点『重刻秘伝花鏡』(1773)には,「笑靨花」に「コヽメハナ」の和名訓がある.種子ができないこと,現在も中国で笑靨花の名を持つ事からすると,「シジミバナ(Spiraea prunifolia)」であろう.(左図)

★呉其濬 (1789-1847)『植物名實圖考』清末 (1848) の「隰草 巻之十四」には,
「半邊蓮
半邊蓮詳本草綱目 其花如馬蘭 只有半邊 俚醫亦用之」とあり,花は「馬蘭」に似ているが半分の辺しかなく,薬用としては民間薬としても用いられているとしている.当時の「馬蘭」とは,同書の「馬蘭」の図からすると,野菊の類である.(右図)

現代中国・台湾でも Lobelia chinensis の中華名は「半邊蓮」とされ,他に急解索,細米草,蛇舌草,半邊花,水仙花草,鐮麼仔草,拈力仔草,鐮歷仔草,半邊荷花,鐮刀草,鐮刀仔草,禾鐮草,蛇俐草(廣東),長蟲草(河南),蛇舌草(福建),瓜仁草の名がある.
全草に涼血解毒,利尿消腫,清熱解毒の薬効があり,黃疸,水腫,肝硬化腹水,晚期血吸虫病腹水,乳蛾,腸癰,毒蛇咬傷,跌打,痢疾,疔瘡に適用されるとある.

日本では,ミゾカクシの薬効としては「[民間療法]単独で慢性腎炎や肝炎の利尿薬とし、他の生薬と配合して喉頭癌の治療や予防に用いる。毒蛇に対して用いる。[有用・有毒成分]全草は、有毒のアルカロイドのロベリンを含む。」との記述が「奄美群島生物資源Webデータベース」にある.
同じロベリア属の「サワギキョウ」( Lobelia sessilifolia) は横溝正史の『悪魔の手毬唄』に登場する毒草「お庄屋殺し」として有名であり,また米国原産の Lobelia siphilitica は,一時梅毒薬として歐州で患者に投与試験が行われたので,何らかの生理活性を有していても不思議ではない.

挿図は『頭註国訳本草綱目』,『植物名實圖考』のは,Internet Archive より,他のは NDL の公開デジタル画像より,部分引用

2017年9月5日火曜日

ミゾカクシ-(1) 半邊蓮.本草綱目,多識編,和漢三才図会,稲生若水『本草綱目』,本草綱目啓蒙,本草綱目紀聞,武江産物誌,梅園草木花譜,本草図譜,薬品手引草,草木図説,本草要正,日本植物方言集成

Lobelia chinensis Lour.
2005年6月 茨城県南部
ミゾカクシの漢名である「半邊蓮」は,李時珍『本草綱目』の第十六巻 草之五 隰草類下に記されていて,毒蛇に咬まれた時の特効薬とされている(ミゾカクシ-2).
日本では1612年の林羅山『多識編』では,「半邊蓮」には和称は記されず,また貝原益軒の『和刻本草綱目』(1672)でも和称は記されていなかった.一方,1714年刊の稲生若水の『本草綱目』では「からくさ」の和称が記されている.
故磯野慶大教授によるミゾカクシの初見は『本草綱目啓蒙』であり,その記事には「半邊蓮」の和名として「カラクサ ハタケムシロ アゼムシロ ミゾカクシ」など多くの和名・地方名が記録されている.その後は多くの本草書・植物書に「半邊蓮」はこれらの名前で収載されている.(挿図は何れも NDL の公開デジタル画像の部分引用)

★林羅山『多識編』(1612, 1649)の「巻之三」の「半邉蓮」に「ハンヘンレン」との読み仮名は振られているが,「(本草)綱-目」にあるというだけで,和称は記されていない.

★貝原益軒『本草綱目』(1672)の「半邉蓮」には和称はない.

★寺島良安『和漢三才図会』1713頃 の「巻第九十四の末,隰草類」には,
「半邊蓮
(はんぺんれん)(ハアン ペン レン)
急解索
本綱・半邊蓮は陰濕●(土+巻)塹の邊に生ずる小草なり.地に就き,細き梗,
蔓を引き節節にして細なる葉を生ず.淡き紅紫色なり.但だ半邊有り.
蓮の花の狀の如し.故に名づく.
気味(辛く平) 蛇傷を治す.汁に搗き飲み滓を以って囲み,之れを塗る.
△按ずるに,半辺蓮は和州,河州の堤辺に之れ有り.一莖叢生して蔓
の如く,葉は砕米薺に似て秋に淡紫の花を開く.刀豆の花の様の如く
にして小さく,半蓮に似たり.」とある(原文は漢文).
砕米薺:レンゲバナ(レンゲソウ,ゲンゲ Astragalus sinicus の別称)
図に描かれている植物は殆どゲンゲ.(左図).



★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) の「巻之十二 草之五 隰草類下」には,
「半邉蓮 カラクサ ハタケムシロ サンセウグサ 藝州 キクガラクサ レンゲヅル アゼムシロ ミゾカクシ カタイカリ 播州 ヂシバリ 加州同名アリ 〔一名〕半枝蓮 農圃六書
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ」ミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草(スズナ)ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲヒラク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象ヲウツセリト云.一種江州ノ産,葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ.」とある.(読みやすいように句読点を入れた)
漢名及び和名の由来及び地方名の記載があり,更に工芸品の唐草模様はこの草の形状を写したものだとして,「カラクサ」の名も記す.

★水谷豊文(1779-1833)『本草綱目紀聞』は,上記『本草綱目啓蒙』の増補改訂を試みた書であるが,その
「半邉蓮            半枝蓮 農圃六書
[集解]急解索
小草ナリ.圃側溝邉ニ地ニツキ蔓延シ,土モ見ヘザルニ至ル.故ニハタケムシロ及びミゾカクシノ名アリ.葉ハ雀舌草ノ葉ニ似テ,厚ク大ニシテ鋸歯アリ.互生ス.淡緑色.夏月,枝頂ゴトニ一花ヲ開ク.大サ三四分許,五辧,一方ニ偏生シテ菊花ノ半邉ノ如シ.故ニ半邉蓮ノ名アリ.其色淡紫,或純白ニシテ徴香アリ.今描畫(マキエ)ノ邉花(カラクサ)ハコノ草ノ象(カタチ)ヲウツセリト云.
一種江州産葉長寸許ナルアリ.花モ亦大ナリ」と,ほぼ蘭山の文と同一であるが,地方名を記していない.豊文のこの書では多くの植物に絵が添えられているが,この項には残念ながら見当たらない.

★岩崎灌園『武江産物誌』(1824)には,江戸上野近辺の産物として「半邊蓮 あぜむしろ 谷中」とあり,アゼムシロの名も一般的に使われていたと思われる.

このブログで度々引用している★毛利梅園(1798 – 1851)『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)の「夏之部三」には,「丙戌(1826年)夏五月二日」に「野新田」を望む場所で梅園が写生したとする「ミゾカクシ」と考えられる草本の美しい図が収められている.

左:梅園草木花譜:遠志(実はミゾカクシ)右:地錦抄附録:遠志


ただ,梅園はこれを『本草綱目』にある「遠志」の「小葉の種」としている.「遠志(おんじ)」とは,漢方では去痰作用がある生薬で,その起源は中国原産の「イトヒメハギ Polygala tenuifolia」とされ,日本では類縁の「イトハギ P. japonica」が「遠志」とされて使われていた.梅園が引用している『地錦抄附録』の「遠志」の圖の花には,「イトハギ」の特徴である下側の1個の花弁の先端が細裂する房状の付属体が描かれていることから,「イトハギ」である.
しかし,梅園に描かれた草本は,葉の先端が尖っていること,及び花の形状(付属体がなく,一方に花弁が偏ること)や色(紫色ではなく淡紫色)からして「イトハギ」ではなく,「ミゾカクシ」であることは疑いない.江戸時代に描かれた「ミゾカクシ」の図としては,最も美しい物であろう.

★岩崎灌園(1786-1842)『本草図譜』(刊行1828-1844) の「巻之二十 隰草類」には
「半邉蓮(はんへんれん)かたはくるま
又はたけむしろともいふ.田野水側に多し.小草なり.葉は水揚梅(はなひりぐさ)に似て尖り,苗地に搨す.長さ三四寸.夏月葉の間に花をひらく.五辧淡紅色.かた〓へよりて,車の半輪の如し.故に此名あり」とある.
「かたはくるま」と「はたけむしろ」の二つの和名を収録している.なお,通常「水揚梅」は「ダイコンソウ Geum japonicum」(バラ科)の漢名であるが,この草の葉はミゾカクシとは全く異なる.一方「はなひりぐさ」は「トキンソウ Centipeda minima」(キク科)の名の一つで,その地を這う性状や,葉の形状はミゾカクシと似ている.

★加地井高茂『薬品手引草 上』(1843)の「ハ」の部には,「半邊蓮(ハンヘンレン) はたけむしろ 唐艸也」とある.

★飯沼慾斎『草木図説前編(草部)』(成稿 1852年(嘉永5)ごろ,出版 1856年(安政3)から62年(文久2))の「巻之十七」には
「ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
庭際田野普ク生スル雑草.莖就地テ長ク延ヒ,節々絲根ヲ出シ深ク地中ニ入リ,片
根地ニアルモノヨク生殖ス.故ニ除之ニ尤難シ,擡頭四五寸葉互生形披針状ニシテ細
ク細鋸齒アリ夏莖梢葉腋ヨリ長梗ヲ出シ毎梗一花アリ.蕚圓長卽裸子室ニシテ上
ニ五尖葉アリ.花缺筒様ニシテ五裂一邊ニ並ヒ向ヒ,ソノ狀一花ヲ半裁シタルガ如
シ.故ニ半邊蓮ノ名アリ.色淡紫ニシテ,雄蘂五莖蕚ト弁爪トニ出テ,上ツテ缺邊ノ上
ニ見(アラハ)レ,葯ハ五箇連併シ,一柱長クソノ中間ヲ貫キ,頭葯外ニ出テ開哆ス.附子室
両蘂,廓大圖
第二十一種
Lobelia Erinus. (ロベリア エリヌス)羅              Langsteelige Lobelia. (ラングステーリハ ロベリア) 蘭」
とあり,「ミゾカクシ」が第一の和名となっているとともに,学名として Lobelia Erinus が採用されている.この名称はリンネによって米大陸産の「ルリミゾカクシ」につけられた学名で,ツンベルクの “Flora Japonica” で,「ミゾカクシ」に採用された学名でもある(後述).

なお,後年刊行された★牧野富太郎校訂・増補『増訂草木図説』(1907-22)の「ミゾカクシ」においては,学名が『頭註国訳本草綱目』と同じく Lobelia radicans Thunb. となり,科名が追記され,蘭名が削除されている事を除いて,本文・挿絵は原著と全く同一である.
「〇第五十九圖版 Plate LIX
ミゾカクシ        アゼムシロ 半邊蓮
Lobelia radicans Thunb.
キキヤウ科(山梗菜科) Campanulaceae.
(以下略)」

和名を発音表記とした和漢名辞典として知られる★泉本儀左衛門『本草要正』(1862)の
「巻之四 草類 安之部」には「アゼムシロ シャジクソウ                    半邉蓮」
「巻之五 草類 美之部」には「ミゾカクシ                                            半邉蓮」
とあり,ミゾカクシ,アゼムシロ以外に「シャジクソウ」と呼ばれていたことが分かる.岩崎灌園の『本草図譜』には「かたはくるま」の和名が「(花の形が)車の半輪の如し.」とあり,花が車輪を想起させていたようだ.

以上,ミゾカクシの漢名は半邉蓮とされ,和名・地方名として,カラクサ,ハタケムシロ,サンセウグサ,キクガラクサ,レンゲヅル,アゼムシロ,カタハクルマ,カタイカリ,ヂシバリ,シャジクソウが,江戸時代までの本草書や植物書に記録されている.

一方,★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)に収載されているミゾカクシの方言は,「あぜむしろ 和歌山(西牟婁),こごめぐさ 周防,こめぐさ 広島(比婆),さんしょ-ぐさ 芸州,じじのふんべつ 新潟(西蒲原),じしばり 加州,はいまり 和歌山(東牟婁),へびんした 熊本(球磨),やなぎじしばり 山形(東田川)」の9種であり,葉の形状や湿地に這い拡がる草状を示したものが多い.
また,★梅本信也氏『紀州里域植物方言集』(2002) には,「しがらみ,はいまり,みずかくし,よばいぐさ」が収載されている.

2017年8月27日日曜日

カタクリ (11)  ラテン名,学名.ドケーヌ,サバティエ,フランシェ,ミクェル,シーボルト,川原慶賀,牧野,中井猛之進

Erythronium japonicum
Dog Tooth Violet, セイヨウカタクリ
Curtis's Botanical Magazine, Plate 5, Volume 1 (1787)
欧州の植物図譜が渡来した初期には,カタクリは,イタリアやハンガリーに自生するセイヨウカタクリ(Erythronium dens canis)と同一だとされていて,そのラテン名が江戸時代末期の飯沼慾斎『草木図説前編』(成稿 1852年ごろ,出版 1856年から62年)にカタカナで「エレートニユム・デンスカニス 羅」と記載されていた.
現在も有効な Erythronium japonicum と1854年に命名したのは,ベルギー生まれのフランスの植物学者,ジョセフ・ドケーヌである.
この学名が発表されてからも,サバティエ,フランシェによって Erythronium dens canis が使われ,日本の植物学者達の論文,三好學「秩父諸峯及ビ筑波山植物採集略記 (圖入)」(植物学雑誌,Vol. 5 (1891) ),B. Hayata “A list of plants collected in Aizu”(植物学雑誌,Vol. 17 (1903)),H.Hara “Preliminary Report on the Flora of Southern Hidaka, Hokkaido (Yezo). XXXII. “(B. M. T. 52- 461 (1938))にも用いられていた.
また,ミクエルによっては米国産の Erythronium grandiflorum と同定されていた.
前々ブログに紹介したように牧野富太郎は,ドケーヌの命名後50年たってから『改訂増補補草木圖説』巻一,441頁(1907〉に,偶々ドケーヌと同じ学名を発表した.日本薬局方でも Erythronium dens canis を初期には採用していたが,後には牧野を命名者とする Erythronium japonicum を採用した(カタクリ (10) 参照).
Erythronium japonicum が広く使われるようになったのは,1930年代以降と思われる.

★ジョセフ・ドケーヌ(Joseph Decaisne, 1807 - 1882)は Rev. Hort. [Paris]. 1854, Ser. IV. iii. 284 に
 “Erythronium japonicum. Feuilles géminées, pétiolées, ovalesobtuses, tachées de noir-brun; hampe uniflore réfléchie; fleurs rose lilacées, à divisions ovales-aiguës marquées de blanc et d’un cercle violet foncé à l’ouverture de la gorge; filets des étamines jaunâtres; anthères pourpres. Cette espèce porte au Japon le nom de Kata Kouri.”
と,日本ではカタコユリと呼ばれている植物の学名を Erythronium japonicum とした.この仏文の記事が,現在標準とされている学名の原記載である.
後に,中井猛之進(1882 - 1952)は,牧野も同じ学名をつけたことを念頭に
「かたくりガ日鮮両陸ニ産スル濁立ノ種デアリ學名ハ Erythronium japonicum デアル事ニ間違ハナイガ此學名ノ最初ノ名附親ノハ牧野氏改訂増補補草木圖説巻 1,441頁(1907年版〉デナクテ J. DECAISNE氏 in Revue horticole 4 ser. III, 284 (1854) デアル。其記相文ハ簡単デハアルガカタクリヲ書イタ事ニ間違イハナイ。下ニ譯シテ見ルト。
Erythronium japonicum 葉ハ僅數、有柄、長卵形鈍頂、濃褐色ノ斑アリ。花梗ハ 1花ヲツケ下垂ス。花ハ薔薇色ガカレル淡桃色、裂片ハ卵形デトガリ口ノ所ニ白ト濃董色トノ斑點アリ。花糸ハ淡黄色、葯ハ赤紫色、本種ハ Kata Kouri ナル日本名ヲ有ス。」
と『植物研究雑誌』XIII, p. 55 (1937) に記した.

しかしドケーヌの学名はすぐには浸透しなかったと見えて,シーボルトの研究を受け継いで,残された標本などから日本の植物研究に多大の貢献をした★ミクェル (Miquel, Friedrich Anton Wilhelm, 1811-1871) は,『ライデン王立植物標本館紀要 (Annales Musei Botanici Lugduno-Batavi-B.)』3: 158 (1867),に米国産の Erythronium grandiflorum (右下図)と同定して発表した.
文中には,シーボルトが残した標本には “Streptopus* Kataguri” とあること,伊藤圭介から聞いた日本名として “Kata ka bana, K. ko juri, Kata kuri  vel Fatsu juri”  (カタコバナ,カタコユリ,カタクリ,ハツユリ)の日本名も記録されている.
* Streptopus:ユリ科 タケシマラン属

ERYTHRONIUM LINN.
1. Erythronium grandiflorum PURSH Fl. North Am. I. p. 231. KUNTH l. c. p. 219 et 668.
Var. Smithii HOOK. (Et. revolutum SMITH in REES Cyclop.) Fl. bor. americ. II. p. 182. Streptopus*
Kataguri SIEB. herb.
Specimina americana ad castellum Colville in montibus scopulosis lecta cum nostris satis congruunt, sed flores
exsiccati flavescentes, in nostris sordide carnei; haec probabiliter ad varietatem laudatam referenda. — Folia
Addisonia, vol. 9
t. 300 (1924)
inter formam fere ellipticam et oblongo-lanceolatam variant. — In ins. Jeso legit bot. iaponicus, in montosis
borealibus ins. Nippon KEISKE. — Kata ka bana, K. ko juri, Kata kuri  vel Fatsu juri iap.
Adnot. In libro iaponico reperi iconem foliis huic similem, sed petalis paullo brevioribus minusque attenuatis
cum staminibus styloque pallide violascentibus, quae si eandem plantam spectat ac superior, nostra propriam referret
speciei varietatem, a var. Smithii diversam.

と,腊葉標本の米国産の花の色は黄色で,日本産のは紫の様,葉の形もやや異なっている.でもこれは変種の範囲内であろうとし,産地としては,北海道と北日本を挙げている.シーボルトはカタクリはユリ科 タケシマラン属と考えていたらしい.


シーボルトが日本で収集した腊葉の中にカタクリの標本もあり,その一部は日本に寄贈されて牧野標本館に保存されている.この標本には「加多九利 漢名未詳或云團慈姑不確道潅山産」とあり,江戸の道潅山で日本人によって採取された腊葉が滞在中のシーボルトに与えられたものと考えられる.この腊葉では,花が上を向いた状態で保存されている.
一方,シーボルトに西洋画描法の指導を受けた川原慶賀が描いたカタクリ(カタコユリ)の絵は,シーボルトが持ちかえり,現在ライデン国立民族学博物館に収蔵されていて,その画像が長崎歴史文化博物館で公開されている.(但しカタクリと題された絵はアマナを描いたもの).その絵では,長崎では自生していないカタクリを,標本と伝聞から描いたのであろう,上を向いて咲いている.

ルドゥーテ 百合図譜 1805
横須賀造船所の医師として1866年から1871年までと,1873年から1876年の二度にわたり滞日した★サバティエ(Paul Amédée Ludovic Savatier, 1830–1891),は,自ら横須賀や伊豆半島,日光などで採集・観察を行った他,日本の植物学者伊藤圭介や田中芳男などから標本を入手し,また,『本草図譜』や『草木図説』を持ち帰った.帰国後これらの資料を基に 1879年にフランシェ(Adrien René Franchet, 1834-1900) と共著で『日本植物目録』(Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium, 1875-79) を出版した.

この書の 525-526 ページにカタクリが記載されているが,彼らは花の色や花被の根元にある模様が似ていることから欧州産のセイヨウカタクリの学名 Erythronium dens canis L. (下左図)を当てている.但し,葉のサイズや形状が違う事は認識していて, “varie” と言っている.また,新潟には白い花のカタクリが産するとして,その学名には E. longifolium を当てている.
また,和名として,ミクェルの書から,「Kataka bana,Kata kuri」を,また持ち帰った飯沼慾斎の『草木図説』から「Katako yuri.」を収載している.

(1885). Erythronium dens canis L. sp. 437 (quoad specimina japonica a nobis visa), E. grandiflorum (non Pursh)

Tous les spécimens japonais que nous avons vus doivent étre rapportés à l’Er. dens canis, à cause de leur fleur violacée et des trois divisions intérieures du périanthe (pétales) qui portent à leur base, de chaque côté, une petite dent aiguë, et sur leur face interne, entre les dents, 4 écailles arrondies : la plante varie du reste au Japon absolument comme en Europe; les feuilles sont largement ovales, arrondies ou tronquées à la base, ou bien lancéolées, atténuées aux deux extrémités ; les divisions du périanthe, étroitement lancéolées, aigues, ont jusqu’à 6 cent, de longueur.
La plante de Niigata a les fleurs blanchâtres, plus petiles, les feuilles étroitcs, et appartient probablement à la variété β. albida Kunth, de l’Er. longifolium, qui n'est lui-méme qu’une forme de l’Er. dens canis. l’Er. albidum Nutt. a les trois divisions internes du périanthe depourvues de dénts.

INDEX NOMIMII JAPOMCOKRUM.
Kataka bana. – Erythronium dens canis L (Miq)
Katako yuri. – Erythronium dens canis L (S.M.)
Kata kuri. – Erythronium dens canis L (Miq)

INDEX OMNIUM JAPONICORUM
Abbrev. –   Miq. = Miquel
    S. M. = So mokou