2012年12月19日水曜日

セイヨウヤドリギ(2/6) クリスマス,kissing under the mistletoe,北欧神話,サートゥルナーリア祭

Viscum album
Dec. 1978, Market Square. Cambridge U.K. 
屋台の日よけには,セイヨウヤドリギの枝が吊り下げられ,25p で売られていた
クリスマスの時期,天井から吊り下げたりやツリーに飾ったヤドリギの下では,遠慮なく女性にキスすることが許されるという風習は,英語圏では今でも一般的である.

スペインからサンディエゴに戻ってきたケイトさん(英国人)に,ヤドリギの下でキスされたことある?と訊いてみたら,”It is custom that dates back from pagan times, and continues today. There are many songs about it, because of its romantic associations. When I was growing up, I remember that the adults in my ‘extended’ family would make a lot of fun about kissing under mistletoe, but it was always so innocent. My father would tease my 80-some year old aunt about catching her under the mistletoe!
I think that it has happened to me, but as you can tell, it was so unmemorable that I have no recollection. I am sure that I would have remembered if there had been romantic interest, but alas, that has never been the case!” とのこと.

老婦人に敬意を表するために,ヤドリギの下でキスをするのは,古くからの習慣らしく,チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812 - 70)の『ピクウィック・クラブ “Pickwick papers” (1836 - 1837)』第28章には,
"From the centre of the ceiling of this kitchen, old Wardle had just suspended with his own hands a huge branch of mistletoe, and this same branch of mistletoe instantaneously gave rise to a scene of general and most delightful struggling and confusion; in the midst of which, Mr. Pickwick, with a gallantry that would have done honour to a descendant of Lady Tollimglower herself, took the old lady by the hand, led her beneath the mystic branch, and saluted her in all courtesy and decorum.
この台所の天井の中心のところから、老ウォードル氏は自分自身の手でやどり木の大きな枝をたったいま吊るし終わったところ、そして、その同じやどり木の大きな枝が、みなの楽しいおし合いへし合いと混乱をひきおこしていた。その最中にあって、ピクウィック氏は、トリムグラウア夫人自身の子孫にも名誉となるほどの慇懃さで、老夫人の手をとり、彼女を神秘的なやどり木の下につれてゆき、すべての礼儀正しさと丁重さをこめて、彼女にキスをした。(北川悌二訳,ちくま文庫)" と,ピクウィックさんが老トリムグラウア夫人手を取ってヤドリギの下に導き,キスする情景が記されている(右図).

勿論,好きな少女にキスするためにこの機会を狙う若者もいて,米国のロック カントリー曲 “Hangin' 'Round the Mistletoe, ヤドリギの下をうろうろ” と言う歌では,” Well, I've waited all year long and nore the year is almost gone, Hangin' 'round the mistletoe, hangin' 'round the mistletoe” と一年間この機会を待っていた純情な青年の心情が歌われている (The Whites - "Hangin' Around the Mistletoe" Live at The Grand Ole Opry )

この風習の起源に関しては,いろいろな説があるが,北欧神話のバルドルの死と復活とヤドリギの挿話がオリジンというのが,一般的らしい.
光の神バルドルは,主神オーディンとのフリッグの息子で,母フリッグの寵(ちょう)愛を一身に受けていた美しい神であった。フリッグはバルドルに危害を加えないようにあらゆる被造物から誓約を取り,バルドルは不死身の子として,ほかの神々からも愛されていた.ところがフリッグが一見無力なヤドリギを見くびって,これから誓約を取ることを怠ったために,厄神ロキはこの事を探り出しヤドリギから矢を作った.
「そしてそこで、大地にも水にも根づいていず、一本のカシの木の幹から生えているもの、この(ずる賢い者-ロキ)が探しにきたものを見つけたのでした - ヤドリギの小枝です。その実は、淡い瞳が集まったかのようにほのかに輝いていました。葉は緑や黄緑で、その茎と小さな枝々や細い若枝は緑色でした。白昼の光の中では、それは静止していてこの世ならぬものに見えましたが、薄明かりの中では、いっそう奇妙でした。*」.
ロキは,バルドルの盲の異母弟ヘズにこの矢を与え,甘言をもってバルバドルに向かって投げさせたので(右図),バルドルは殺されてしまった。バルドルは葬儀の時に,悲しみのあまり死んだ妻のナンナと共に,船-リングホルン-の上で火葬にふされた.この後,神々と巨人族との間に起こる,終末の究極的な戦いラグナレク(「神々の黄昏」)を迎え,オーディンをはじめとして多くの神が死に,オーディンの神話の世界は滅ぶ。しかし,やがて新しい大地が浮かんでくると,バルドルはヘズと共によみがえってくる。

また,前記事に述べたドルイド僧の異教慣習の影響とも,冬至の後の太陽の復活を祝う古代ローマの農事の神,サートゥルヌス神を祝したサートゥルナーリア祭の遺習だとも云う.

いずれにせよ,この風習はキリスト教からすると「異教 pagan」起源であることは間違いない.キリスト教は土着宗教の信者を改宗させるために,土着宗教の祭日や慣習やシンボルを積極的に取り込んだことはよく知られている.クリスマスという祭日自身が,キリストの誕生日ではなく,冬至-太陽の復活-を祝う祭典の時期に重なっているのは,偶然ではない.

したがって,宗教的迫害を逃れて北米大陸に移住した清教徒(Puritan)は初期にはクリスマスを祝わなかったし,今でも教会で mistletoe の飾りつけを禁じている教区が多いとのこと.
一方,カソリックでは,そのような禁忌はないようで,米国で最も大きいカソリック系の大学,ワシントンD.C.にある The Catholic University of America では,毎年「ヤドリギ舞踏会,Mistletoe Ball」を開催している(左図).
日本でも七五三のお祝いをしているキリスト教会がカトリック系には多いそうだ.

*キーヴイン・クロスリイーホランド『北欧神話物語』山室静,米原まり子訳,(青土社,1994)

セイヨウヤドリギ(3/6) "Aurei rami", The Golden Bough, 金枝

セイヨウヤドリギ (1/6) プリニウス,ケルトのドルイド僧,鳥による種子散布,ターナー,ジェラード

0 件のコメント: