Pulsatilla cernua (Syn. Anemone cernua)
2004年6月 筑波実験植物園 |
新井白石が『東雅』で考察したように,オキナグサという名前は,「ニコグサ」が中国の本草書の「白頭翁(白髪頭のオキナ)」に比定されて,薬草として使われるようになってから一般的になったと考えられる.
明の李時珍選『本草綱目』(初版1596)草之一 山草類 には,以下のように「白頭翁」の性状や,根に止血や下痢止め,痛み止めの薬効があると記されている.
白頭翁(《本經》下品)
【釋名】野丈人(《本經》)、胡王使者(《本經)》)、奈何草(《別錄》)。
弘景曰︰處處有之。近根處有白茸,狀似白頭老翁,故以為名。
時珍曰︰丈人、胡使、奈何,皆狀老翁之意。
【集解】《別錄》曰︰白頭翁,生高山山谷及田野。四月採。
恭曰︰其葉似芍藥而大,抽一莖。莖頭一花,紫色,似木槿花。實大者如雞子,白毛寸餘,皆披下,似纛頭,正似白頭老翁,故名焉。陶言近根有白茸,似不識也。太常所貯蔓生者,乃是女葳。其白頭翁根,似續斷而扁。
保升曰︰所在有之。有細毛,不滑澤,花蕊黃。二月採花,四月採實,八月採根,皆曬乾。
頌曰︰處處有之。正月生苗,作叢生,狀似白薇而柔細稍長。葉生莖頭,如杏葉,上有細白毛而不滑澤。近根有白茸。根紫色,深如蔓菁。其苗有風則靜,無風而搖,與赤箭、獨活同也。陶注未述莖葉,蘇注言葉似芍藥,實如雞子,白毛寸餘者,皆誤矣。
機曰︰寇宗 以蘇恭為是,蘇頌以陶說為是。大抵此物用根,命名取象,當準蘇頌《圖經》,而恭說恐別是一物也。
根
【氣味】苦,溫,無毒。《別錄》曰︰有毒。吳綬曰︰苦、辛,寒。權曰︰甘、苦,有小毒。豚實為之使。大明曰︰得酒良。花、子、莖、葉同。
【主治】溫瘧狂 ,寒熱,症瘕積聚癭氣,逐血,止痛,療金瘡(《本經》)。鼻衄(《別錄》)。止毒痢(弘景)。赤痢腹痛,齒痛,百骨節痛,項下瘤
。(甄權)。一切風氣,暖腰膝,明目消贅(大明)。
この「白頭翁」の原植物は中国原産のヒロハオキナグサ(Pulsatilla chinensis)であるが,その性状から日本に広く生育するオキナグサ(Pulsatilla cernua)と比定され,根の薬効も変わりはないとされて,古くから使われた.
★出雲国風土記 (733)の飯石郡及び仁多郡の項の「凡て、諸の山野に在る所の草木は」には多くの有用植物とともに「白頭公=オキナグサ」の名が挙がる.草本の殆んど全てが薬草で,「白頭公」は後述の「諸國進年料雜藥」として,宮廷に献上されたので.薬草として認識されていたのであろう.
飯石郡 「凡諸山野所在草木 卑解 升麻 当帰 独活 大薊 黄精 前胡 薯蕷 白朮 女委 細辛 白頭公 白芨 赤箭 桔梗 葛根 秦皮 杜仲 石斛 藤 李 椙 赤桐 椎 楠 杜梅 槻 柘 楡 松 榧 蘗 楮」
仁多郡 「凡諸山野所在草木 白頭公 藍漆 藁本 玄参 百合 王不留行 薺泥 百部根 瞿麦 升麻 抜葜 黄精 地楡 附子 狼牙 離留 石斛 貫衆 続断 女委 藤 李 檜 椙 樫 松 柏 栗 柘 槻 蘗 楮」
★延喜式
(927編纂開始)卷第卅七 典藥寮 には,「白頭公」が宮中でいくつかの部署に支給され,また,渤海の使節には製剤・生薬の一つとして返礼として使わされたとある.また,関東から四国まで多くの地方から貢物として献上すべき生薬の一つとして,白頭公が指定されていた.
中宮臘月御藥。 白頭公一兩二分
雜給料 白頭公四兩二分
諸司年料雜藥。
齋宮寮,五十三種。 白頭公三兩一分
遣諸蕃使。渤海使,十七種。素女丸半劑,五香丸三兩など, 草藥,八十種。 白頭公、一斤など
•諸國進年料雜藥。
相摸國:卅二種の内,白頭公一斤.安房國:十八種の内,白頭公三斤.上總國:廿種の内,白頭公三斤.下總國:卅六種の内,白頭公九斤.常陸國:廿五種の内,白頭公一斤.美濃國:六十二種の内,白頭公四斤.出雲國:五十三種の内,白頭公二斤三兩.備前國:卌種の内,白頭公二斤.備中國:卌二種の内,白頭公三斤.備後國:廿八種の内,白頭公五斤.安藝國:卅二種の内,白頭公三斤.讚岐國:卌七種の内,白頭公六斤
本草和名 NDL |
★深根輔仁撰『本草和名』延喜年間(901年 - 923年)編纂
「白頭公 陶景注云近根処有白茸似人白頭故似為名 一名 野丈人 一名 胡王使者 一名奈何草 一名 羗胡使者 出雑要史 和名 於歧奈久佐 一名 奈何久佐」
諸薬ノ和名 第十 第十一巻 草ノ下ノ下 六十七種
「白頭 和名於歧奈久佐 又奈加久佐
(白頭公 和名オキナクサ。又、ナカクサ。)」
★源順『和名類聚抄』(931 - 938),那波道円 [校](1617).巻之第二十 草木部第三十二 草類二百四十二
「白頭公 陶隠居本草注云白頭公 和名 於木奈久佐 一云 奈何久佐 近根處有白茸似人白頭故似名之」
「白頭公 ヲキナクサ」 初めて仮名で表記した.
★林羅山『多識編』(1612) (再版 1630、1631)
新刊多識編巻之二 古今本草並異名 羅浮子道春諺解 山草部第一
「白頭翁 於歧奈(ナ)久佐 異名 野丈人(ヤシャウニン)本経」
江戸中後期に入ると,全く別種の植物も「オキナグサ」あるいは「オキナソウ」と呼ばれる.
* 磯野直秀 資料別・草木名初見リスト
オキナグサ (1/5) 万葉集,ニコグサ,ネッコグサ,地方名・方言,ハコネシダ?
* 磯野直秀 資料別・草木名初見リスト
オキナグサ (1/5) 万葉集,ニコグサ,ネッコグサ,地方名・方言,ハコネシダ?
オキナグサ (3/5) もう一つのオキナグサ. 花壇地錦抄,広益地錦抄,大和本草,和漢三才図会,東雅,用薬須知,東莠南畝讖,絵本野山草,物類品隲,物類称呼,本草綱目啓蒙,物品識名,梅園草木花譜,増補古方薬品考,薬品手引草,本草図譜,八翁草,草木図説,原色日本薬用植物図鑑