2017年10月3日火曜日

タラヨウ(2)  和文献 江戸末期-明治 草木図説後編,牧野富太郎『植物一家言』,塩竃神社,黒変の機作,貝多羅,

Ilex latifolia
2006年5月 塩竃神社
 光沢のある葉の柔らかい裏面に,尖った先で字を書けば,そこが黒く変わり字が浮きだす.この性質を,紙のない古い時代,インドや東南アジアで仏典を書写した椰子の葉-貝多羅(ばいたら)-と同一視し,或はこれになぞらえてこの木を多羅葉(たらよう)と呼んだ.
江戸時代には,この同一視には疑問が持たれていたが.現在の成書やNET 情報でも「タラヨウの葉に経文を書いていた」としているものもある.(例えば,酒井シヅ『病が語る日本史』講談社(2008)の「江戸時代の麻疹」の項に「多羅葉とはヤシ科の常緑高木の葉であるが、葉の裏に強く文字を書くと、そこが黒く色を変えて、文字が浮き上がってくる。昔は多羅葉を写経に使ったと伝えられる。はがきの語源でもあると聞いたことがある。」)

 タラヨウの葉に傷がつけられると黒変するのは,この葉にタンニン類が多いこと,ポリフェノール酸化酵素活性が強いためとされる.即ち,細胞が傷を受けると,液胞のフェノール類と,液胞以外の細胞分画にあるフェノールオキシターゼが接触できるようになり,フェノール類がこの酸素によってポリフェノール(タンニン)に酸化され,酸化物が重合して褐色物質となると考えられる.(みんなのひろば植物Q&A,タラヨウの酸化反応について:登録番号3215,タラヨウのタンニンについて:登録番号3207
フェノール類の一つとしてカテキンも含まれるため,茶(苦丁茶)としての効用もあるのであろう.

★飯沼慾斎『草木図説後編(木部)巻之九』出典はNDL所蔵の天保31832)年の写本

「タラヤウ 婆羅樹
人家往々栽之葉披針状ニシテ大長尺許鋸アリ
エ厚シ雌雄異幹ニシテ共ニ葉腋ニ数十花ヲ纂簇
ス弁卵円蕚又卵円ニシテ尖リ四片又五片ナル亦
アリ色淡黄微緑雌者梗至テ短ク雄者ハ稍長雌
者ハ弁内ニカヽヘ雄者ハ外ニ反スミナ厚硬子
室橢円ニシテ緑色帽頭淡緑軸柱頭僅ニ四起アツテ
淡黄雄蕊假蕊共ニ四茎々葯ミナ淡黄色ソノ五弁ナル
ニ在ツテハ蕊亦五花後実ヲ結フ南天燭ニ似テ小ニシテ赤
附 一雄花 二 雌花共郭大圖
Ilex lotifolia イレチス ロチホリア 春氏*按 ilex

*春氏:飯沼慾齋 著述,田中芳男・小野職愨 新訂,牧野富太郎 再訂増補『増訂草木圖説』草部 1913(大正2) 「巻末ノ言」牧野富太郎 「書中又、春氏ト云フ是レ「ツンベルグ」氏(Carl Peter Thunberg)ナリ」

★牧野富太郎『植物一家言』北隆館 (1956)
タラエフ
タラエフ(Ilex latifolia Thunberg)は、常緑喬木で大木と成るモチノキ属(Ilex)の中に在つて、最も立派な葉を持つた者で在る、陸前塩竃神社の庭に、日本一の大木が在る、これは正に天然記念物*に爲る値が大いに在ると私は思つてゐる、葉は互生大形、長楕円形、短鋭尖頭、鈍底、短かく葉柄頂に流下、革質、上面は緑色光沢、下面は淡緑無光沢、尖鋸歯縁、中脈は上面に隆起せず、下面に緑色隆起、支脈は無数、羽状、上面に稍明かに見るべく、下面は無光沢、葉脈は不明、葉柄は円柱形、前溝が在る。
 此葉を俗に貝多羅***と思つてゐるのだが、貝多羅葉は、実はヤシ科の Corypha umbraculifera で、俗に Talipot Palm と謂ひ、印度セイロン島の原産で在る。
 右日本のタラエフは、一にモンツキシバ(紋付柴)と呼ばれる、試みに之を火上で炒ぶり、そして火より遠ざけると、暗色の模様が現はれる特徴が在る、叉ノコギリシバの名が在る、葉縁の鋸歯が鋸の様なからである。
 一体モチノキ属(Ilex)諸種を炙ぶれば、タラエフの葉程では無いが、多少同様な紋が現はれる、即ちクロガネモチ、モチノキ、イヌツゲ、ナヽメモチの葉にも見られる、即ち、何に乎の成分が葉中に含まれてゐる爲であらう。
 タラエフは雄本と雌本とが在る、雄本には短かい花穂を成し葉腋に集まりて、淡緑色四辧、四雄蕋の花が咲き、雌花には一子房が在り、不発育の四雄蕋が在る、雌花は葉腋に集つて赤い実が生る、併かし塩竃の樹は雌乎、雄乎、若し雌樹なれば、赤い実が着いて、樹下から望み見ることができるのであらう。
 此樹は日本の中部以西の諸州では普通に見られる。
 此タラエフは、彼の南米のマテの樹**と同属で在る、若しも此タラエフの嫩葉が、マテの葉と同様発酵させ、お茶に爲て飲める者なれば、しめた者であるが、是れは試飲して見んと判らんので、今遽かに、どうかうと断言する事は出来無い、併かし物は試しだ、一度試験して見ると好い。
 タラエフの名は、彼のヤシ科の貝多羅から来た者ではあれど、其れとは全く縁の無い者で在る、但古人が不案内にも盲断でさう爲たので、遂にタラエフの名が出た者たるに過ぎ無い、故にタラエフを以て貝多羅と、同物視するのは、全く間違つてゐる。」として,タラヨウと貝多羅の混乱を嘆いている.

*:彼が言及した塩竃神社のタラヨウは,残念ながら国指定の天然記念物にはなっていないが,19701030日に宮城県指定天然記念物とされている.「本県(宮城県)は(タラヨウ生育の)太平洋側の北限地帯となっています。鹽竈神社のタラヨウは樹齢600700年と推定され、北限地帯にみられる老大木として貴重なものです。」巨樹データベースによるとこの木は「主幹の幹周:502cm,樹高:16m」(確認年:2000年)とのこと.

**:南米で賞用されている「マテ茶」は,彼が言うようにタラヨウと同属のモチノキ属のイェルバ・マテ (Yerba maté, Yerba mate, Erva mate, 学名:Ilex paraguariensis) の葉から製造した茶であるが,NETで読んだ限りでは,単なる乾燥で発酵はさせていない.
中国ではタラヨウの近縁種であるモチノキ科に属する Ilex kudingcha の葉を茶葉として加工したものを,苦丁茶として飲用している.
また,タラヨウの葉を水洗い後に刻んでから,日干したもの,1日量310gを適当量の水に入れ,一度沸騰させてから弱火でしばらくせんじ,1日に何回かに分けて服用すると,利尿作用があるので,常用すると腎疾患の予防に良い.(伊澤一男著:薬草カラー図鑑)とされる.

***:貝多羅(ばいたら)
サンスクリット語 pattraの音写.貝葉 (ばいよう) ともいう.一般にターラ樹 tālaの葉のことで,古代インドではそれを乾燥させ,横の極端に長い長方形に切り,経典などを書写する際に用いた.竹や鉄などの筆で葉面に書き刻み,のちに墨を刻面ににじませたともいう.書き終ったものは重ね,中央に2個の穴をあけ,それに紐を通して束ね,散逸しないようにして保存した.
(右図:安江明夫「ヤシの葉写本研究ノート」研究年報 57, 105-140, 2010 学習院大学 より引用)

ターラ樹:Corypha utan / グバンヤシ,ヤシ科 コリファ(コーリバヤシ)属 別和名 タラバヤシ 
(左図:Just how big the leaves are! Photograph by: Unknown, Image credit to Australian National Botanic Gardens)

東京国立博物館所蔵の重文「梵本心経並びに尊勝陀羅尼」(下図,リンク先は東京国立博物館)は,北インドで後グプタ*時代に作られた貝多羅経典で,法隆寺献納宝物であった.(心経) 4.9×27.9(陀羅尼) 4.9×27.9 cm

*グプタ朝:《Gupta》ガンジス川中流域のマガダ地方から興り,北インドを支配した王朝.320年,チャンドラグプタ1世がパータリプトラを都として建国.4世紀末ごろから最盛期を迎え,文学・哲学・宗教・美術が栄え,インド古典文化の黄金時代となった.5世紀末以降エフタルの侵入に苦しみ,6世紀の中ごろ滅亡した.

参考文献:三保忠夫「貝葉文書1典籍(Palm Leaf Manuscripts)について」書写素材史研究序説(島根大学教育学部紀要(人文・社会科学)第2721頁~11頁 平成63月)

0 件のコメント: