Cephalanthera falcata
2004年5月 茨城県南部 |
一方,伊藤圭介がシーボルトの指導を受けて,このツンベルクの『日本植物誌』の和産植物の学名をABC順に並べ,それに対応する和名を記した本文を含む『泰西本草名疏』(1829)では,”Serapias falcate” の和名は「カキラン・サハラン」であり,”Serapias erecta (ギンラン)” の和名が「キンラン・キサンラン」であるとした.この誤りはシーボルトによるものと思われる.
現在,キンランの学名は,属が変わったために Cephalanthera falcata に,ギンランのそれは,Cephalanthera erecta になっている(後述).
カール・ツンベルク (Carl Peter Thunberg, 1743-1828)
は1776年に,恒例となっていたオランダ商館長の将軍謁見の旅に同行し,”RESA UTI
EUROPA, AFRICA, ASIA, FÖRRÄTTAD ÅREN 1770 - 1779. Tredje Delen, INNEHÅLLANDE
RESAN TIL OCH UTI KEJSAREDÖMET JAPAN, ÅREN 1775 OCH 1776” (1791) に日本での見聞を記録した.また多くの日本の植物を観察・記録し,また採取・腊葉にして本国に持ち帰った.
の Serapias (セラピアス属)の部には,
“falcate. S. bulbis . . . ., foliis
ensiformibus convolutis falcatis,
floribus erectis.
Japonice; Kin Ran.
Crescit in Monte Fakona, florens Aprili.
Caulis foliis vaginantibus tectus,
spithamaeus.
Folia vaginantia, ensiformia, convoluta,
acuta, nervosa,
integra, glabra, falcata, digitalia,
circiter
quinque.
Flores terininales, spicati, erecti”
と,箱根山で四月に観察して,和名は「キンラン」であると,記されている(左図最下部).
また,幾つかの日本の植物の銅版画を納めた “Icones plantarum japonicarum” (1794) にもキンランのが図収載されている(右下図右,BHL).
彼が箱根山で採取したキンランの腊葉は,後に学長を務めたウプサラ大学に現在でも保存されている(右下図左).
Thunberg's Japanese Plants - an image database Specimen details, 21323. Serapias falcata Thunb, Thunberg “Icones plantarum japonicarum (1794)” tab.5 |
彼の旅行記の内,日本の部を和訳した ★C・P・ツユンベリー,高橋文訳『江戸参府随行記』東洋文庫583 平凡社 (1994) の「島田/富士山/箱根(1776年)」の記事には,
「島田で二昼夜休み、四月二三日、再び出発した。
(中略)
翌日、箱根(はこね)山と呼ぶ難儀で険しい山越えの旅が、我々を待っていた。午前中いっぱいかかって高所へ登り、へとへとに疲れてそこで休憩した。それからさらに午後いっぱいかかって、山の反対側の麓へ着いた。
今日私は、乗り物でゆられて行くようなことはほとんどせず、潅木や野生の木が生い茂っている丘をできるだけ徒歩で登るようにした。これらの丘は、長崎の町郊外やその港を除いて、私が歩き廻って調査することができた唯一のものであった。しかし、私は乗り物の運搬人の重荷を軽減したのと引き替えに、交替で私の後についてくる通詞ととりわけ下級役人の両者に、苦労の多い旅を強いたのである。私は道をはずれて遠くへ行くような許可を持っていなかった。しかしかつてアフリカの山々で、私はその岩壁を駈け登って鍛えていたので、時に私を悩ませ、そして息せき切ってついてくる随員よりも、しばしばかなりの距離を先んじていた。そのため、相当数の珍しい植物を採集する余裕があった。花が咲き始めたそれらの植物を、私は自分のハンカチに入れた。
(中略)
五月二七日、我々は箱根山を越えたが、そこで往路と同じような事柄に出会った。箱根村で昼食をとり、往路に注文しておいた品物を受け取って、その支払いをした。それから山の反対側にある三島で夜の宿を取った。」とあるので,ツンベルクは江戸への往路,
1776年の4月24日に,箱根の山でこのキンランを採取し,腊葉とし,スウェーデンに持ち帰ったと考えられる.
また,採集場所は不明ながら,Serapias (セラピアス属)の部には白い花の
“S. erecta” が記載され,和名は「クチナワイチゴ
“Kutjinawa Itsigo”」であると記されている.この和名は誤りで,「ギンラン」と同定されている.
SERAPIAS.
ercta. S. bulbis . . . . . , foliis ovatis
amplexicaulibus, floribus
erectis.
Japonice: Kutjinawa Itsigo.
Caulis erectus, subflexuosus, angulatus,
glaber, spi-.
thamaeus.
Folia circiter quinque, alterna,
amplexicaulia; duo
inferiora vaginiformia; duo intermedia
ovata, acu-
ta, integra, nervosa, glabra,
erecto-patula, pollica-
ria; supremum lanceolatum, nervosum.
Flores terminales, spicati, erecti, albi,
minuti
(左上図最下部)
(左上図最下部)
『日本植物誌』(Flora Japonica, 1784)には,もう一つ「クチナハイチゴ(Kutsnawa
Itsigo)」と読める植物が記録されている.
grandiflora P. foliis ternatis dentatis utrinque fubpilofis, caule de-
cumbente foliis
longiore.
Potentilla grandiflora. Linn. sp. Pl p.
715.
Japonice: Itsigo Gusa, Kawara Saika, Hebi Itsigo et
Kutsnawa Itsigo.
Kutsnawa Itsigo.
Kaempf. Am. ex. Fasc. V. p. 787.
Crescit iuxta margines viarum et alibi vulgaris.
Floret Martio, Aprili.
と記されている(左図,BDL).
この植物の和名の一つが「ヘビイチゴ(Hebi Itsigo)」とされていることから,こちらが本来のクチナハイチゴと思われる.
現在のヘビイチゴの標準的な学名は,Potentilla hebiichigo Yonek. et H.Ohashiである.
伊藤圭介(1803 - 1901)の,このツンベルクの『日本植物誌』に記載された植物の学名をABC順に並べ,それに対応する和名を記したリストを含む★『泰西本草名疏』(1829)においては,具体的な植物の同定に関してシーボルトの意見が取り入れられている.
この書に於いて,”Serapias falcate” の和名は「カキラン・サハラン」とされ,一方 ”Serapias erecta (ギンラン)” の和名が「キンラン・キサンラン」であるとされた(下図,NDL).この誤りはシーボルトによるものと思われる.
この書に於いて,”Serapias falcate” の和名は「カキラン・サハラン」とされ,一方 ”Serapias erecta (ギンラン)” の和名が「キンラン・キサンラン」であるとされた(下図,NDL).この誤りはシーボルトによるものと思われる.
SERAPIAS
|
ERECTA. TH.
|
キンラン
|
〇蛇苺クチナハイチゴハ上十四丁ニ出ツ
|
キサンラン
|
クチナワイチゴ
|
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---------------
|
LONGIFOLIA. LINN.
|
〇云詳カナラズ
|
|
シキヤウラン シウラン
|
|||
---------------
|
FALCATA. TH
|
スヾラン
|
〇
|
サハラン
|
キンラン
|
和名の項に〇があるのは,この同定にシーボルトが関与していることを示す.また,各植物の和名の脇の長方形の部分には,ツンベルクの
“Japonice” から推定された和名を記した.
この書の「凡例」に「和名ノ下ノ○符ヲ載スルモノ多シ是本ト稚(ワカ)膽(井)八郎ノ説ナリ.ソノ説間春(マチェン)氏ノ説ト同ジカラザルモノアリ今併テ是ヲ擧載シ傍ニ□ヲ作リテ春(チェン)氏ノ舊ヲ存ス」とある.「春氏」とは,「春別爾孤(チユンベルク)」即ち,ツンベルクの事である.
『泰西本草名疏』(1829)が出版された時期は,シーボルトが所謂「シーボルト事件」を起こした時期で,伊藤圭介は直接この事件とはかかわりなかったものの,シーボルトの名前を書くことを憚ったらしく,「稚(ワカ)膽(井)八郎」の仮名を使い,なお,「稚膽八郎ハ伊豆ノ産.今死スト云」と記して,シーボルトの関与を隠した.なお,「稚」は「椎(シイ)」+「ノ」,「膽八」は「膽八樹(ホルトノキ)」由来で,「稚膽八郎」には「シーホルト」が隠されている.
国会図書館には,圭介の『泰西本草名疏 自筆草稿』が所蔵されているが,その表紙裏に旧所蔵者伊藤篤太郎は次のように記している.「此本ハ余ガ王父錦窠伊藤圭介先生ノ著書泰西本草名疏ノ原稿ニシテ実ニ先生ノ自筆ニ係ル。書中記入ノ朱書ハ先生ノ親友賀来佐一郎氏ノ筆ナリ。佐一郎氏ハ先生ト共ニ小石川植物図説ヲ著作セル賀来飛霞氏ノ兄ナリ。又ペンニテ記入セル欧字ハ有名ナルシーボルト氏(Dr, Ph. von Siebold)ノ自筆ナリトス。実ニ本邦博物学ノ進歩ニ関スル貴重ノ珍宝也。」
この草稿のSerapias erecta,Serapias falcate の項には,それぞれ括弧内にツンベルクの “Japonice”
に依った和名が書かれているが,線で消してある.更に付箋には,「蛇苺(クチナハイチゴ)frangaras ニ出ツ 且キンラン等ノ類ニ非ス」とある(上図,NDL).
一方,『泰西本草名疏』及び『泰西本草名疏 自筆草稿』における,「クチナワイチゴ」に関しては次のような記述がある.
『泰西本草名疏』 には
FRAGARIA
STERILIS. LINN. クチナハイチゴ
|
蛇苺〇蓬虆下ノ十七丁ニ出ツ
|
||
クワンソイチゴ
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|||
POTENTILLA GRANDIFLORA. LINN. キジムシロ
|
雞腿兒一種〇
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||
カワラサイコ
|
|||
『泰西本草名疏 自筆草稿』には
FRAGARIA STERILIS. LINN. クチナハイチゴ
|
蛇苺〇(丸の中に「シ」)
|
||
クワサウイチゴ
|
|||
POTENTILLA GRANDIFLORA.
LINN. キヂムシロ
|
雞腿兒一種〇(丸の中に「シ」)
|
||
タイヤウンカワラサイコ
|
|||
カワラサイコ クチナワイチゴ
|
とある.丸の中に「シ」は,前出の如くシーボルトのコメント・同定で,ツンベルクの和名を変更しているが,学名は欧州産の植物なので,正確に言うと誤同定.
キジムシロの現在の標準的な学名は,Potentilla fragarioides L.,カワラサイコのそれは,Potentilla chinensis Ser. である.「雞腿兒」及び「タイヤウンカワラサイコ」は不明.
キンラン (1) 2018年歌会始 天皇陛下のお歌,皇居二の丸庭園,花壇綱目,花壇地錦抄,大和本草諸品図,和漢三才図会,花形簿
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