2019年1月6日日曜日

ホトトギス (6) 和文献-5 飯沼慾斎 草木図説前編,牧野富太郎 増訂草木図説

Tricyrtis hirta

日本固有種であり,花被の細かい紫色の斑点が目立つことから,ホトヽギスの胸の羽根の模様になぞらえて名がある.江戸中期から庭園で栽培されたとの記録が残り,茶花としても用いられた.
飯沼慾斎はそのラテン名をツンベルクに従い,Uvularia hirta としたが,牧野富太郎は Tricyrtis hirta と訂正した.(画像は NDL の公開デジタル画像より部分引用)

★飯沼慾斎(1782-1865)『草木図説前編(草部)』は草類1250種の植物学的に正確な解説と写生図から成る. 1852年(嘉永5)ごろ成稿,56年(安政3)から62年(文久2)にかけて出版された.
『草木図説』はラテン語の学名や時にオランダ語を加えている.リンネの分類に従い,『本草綱目』による配列より近代化されている.リンネの分類体系のためには雄しべ雌しべを正確に数える必要があったことは、慾斎の花部の描写を丁寧で正確にし,図を立派にした.
慾斎に大きな影響を与えたのは宇田川榕菴の『植学啓原』と伊藤圭介(1803-1901)の『泰西本草名疏』で,後者はシーボルトに指導のもとツンベルクの『Flora Japonica 日本植物誌』のラテン名をアルファベット順に並べ,これに和名をあてたものである.

その『草木図説前編(草部)』の「巻之七」に,
ホトヽギス 油點草
山間溪側陰地ニ生ス。茎高二尺餘。微毛アリ。葉披針状ニシテ末尖リ本闊シテ茎ヲ抱テ
互生ス。近道所産ノモノハ。多ハ葉面油ヲ點シタル如キ斑アリ。人家愛玩培養ノ品
ハ。ソノ點ナキヲ貴ブ。秋梢葉腋毎ニ一或ハ二ノ無萼ノ有梗花ヲツク。花六辧披針
状ニシテ正開セズ。外位ノ三辧ノ本膨起シ蜜槽ヲナス。子室長ニシテ三稜。一柱ニシテ頭三
裂。毎片又叉裂シテ反シ。六雄蕋圍之。亦柱尖ニ從テ反シ。葯十字様。全體色曇白ニシテ
紫點アルヲ常トス。ソノ他花ノ形色種々叉矮生黄花又葉色ニ帯白帯黒ナル等ア
リ今一々セズ」とあり,油點草の名にそぐわない,葉に斑点のない個体が鑑賞用として珍重されたとある.またラテン名として
Uvularia (ユフェラリア)hirta. (ヒルタ) 春氏」とあるが,このラテン名は伊藤圭介の『泰西本草名疏』(1829)に記載されたツンベルクに依るものと考えられる(次記事).
泰西本草名疏』の「下 二十四丁」には,
「十五 UVULARIA HIRTA. TH.                 ホトヽギス 油點草」
とあり,「凡例」に
「一 編中舉ル所ノ西名ソノ鍳定ノ人ハ林娜斯春別爾孤(リンネウス・ベルグ)最トモ多シ其佗稚氏*引用スルモノ諸家鍳定ノ名亦一ナラズ通編各名ノ下左ニ列スル符號ヲ標ス
(中略)
TH. 加禄兒百篤爾別爾孤(カロルペルト チュンベルク)」
とある.
*稚氏:この書出版当時国外追放処分を受けていたシーボルトを憚った彼の暗号名.

また,『草木図説前編(草部)』の次項には
玉川ホトヽギス
北地深山ニ生ス.茎常種ヨリ小.葉短クシテ帯黄色.夏花アリ.辧稍小ニシテ子室反テ大
ニ.色黄ニシテ紅褐色細點アリ.兩蕋ノ形常種ト一般.花戸此種ヲ玉ガハト称ス.ホトヽ
ギス中ニ在リテ一殊態アリ故ニ之ヲ掲ク吾郷多良山中ニハ此一種白花ノモノアリ」
とある.
文章中の「吾郷多良山」とは慾斎の出身地,現在の岐阜県大垣市上石津町上多良の山と思われる.


牧野博士が『草木図説前編(草部)』を増補・考定した★牧野富太郎『増訂草木図説』(1907 - 22)の「第二輯」には,現在と同じ学名が用いられ,追補として花の解剖図とともに,慾斎が言及したホトトギス類がそれぞれ考定されている.

Plate XXII
ホトトギス 油點草
Tricyrtis hirta Hook
ユリ科(百合科)Liliaceæ 

山間溪側陰地ニ生ズ、莖高二尺餘、微毛アリ、葉披針狀ニシテ末尖リ本闊シテ莖ヲ抱テ
互生ス、近道所産ノモノハ、多ハ葉面油ヲ點シタル如キ斑アリ、人家愛玩培養ノ品ハ、ソ
ノ點ナキヲ貴ブ、秋梢葉腋毎ニ一或ハ二ノ無萼ノ有梗花ヲツク、花六辧披針狀ニシテ
正開セズ、外位ノ三辧ノ本膨起シ蜜槽ヲナス、子室長シテ三稜、一柱ニシテ頭三裂、毎片
又叉裂シテ反シ、六雄蘂圍之、亦柱尖ニ從テ反シ、葯十字様、全體色曇白ニシテ紫點アル
ヲ常トス、ソノ他花ノ形種々叉矮生黄花叉葉色ニ帯白帯黒ナル等アリ今一々セズ、
附(一)雄蘂 (二)雌蘂 (三)同、廓大圖(補) (四)雄蘂廓大圖(補) (五)果實(補)
Uvularia(ユフュラリア)hirta.(ヒルタ) 春氏

此ニ圖セル者ハ其葉著シク鋭尖ニシテ毛多シ、相模箱根山竝ニ諸州ニ見ル、葉
上ニ點ナシ、而シテ其花ヲ出スノ狀此ト同ジクシテ諸州普通ニ山地ニ見ル者アリ
其脚葉ニ斑ヲ見ルベシ葉ハ前者ヨリ短クシテ葉末鋭尖ノ度之ヨリ少シ.是レ蓋シ
ホトトギスノ正品ナルベキ乎、學名ヲ Tricytis affinis Makino ト云ヒ今ヤマヂノホト
トギスト稱ス、本文中「矮生黄花」トキスルモノハチヤボホトトギスニシテ我邦西南
暖地ノ深山中ニ生ジ黄花ヲ開ク、是レキバナノホトトギスノ一變種ニシテ其學名
T. flava Maxim. var. nana Makino (= T. nana Yatabe.) ト云フ(牧野)」
とある.また,

「○第二十三圖版 Plate XXIII
タマガハホトトギス 油點草一種
Tricyrtis latifolia Maxim.
ユリ科(百合科)Liliaceæ 

北地深山ニ生ず.莖常種ヨリ小.葉短クシテ帯黄色.夏花アリ.辧稍小ニシテ子室反テ大
ニ.色黄ニシテ紅褐色細點アリ.兩蘂ノ形常種ト一般.花戸此種ヲ玉ガハト称ス.ホトヽ
ギス中ニ在リテ一殊態アリ故ニ之ヲ掲ク吾郷多良山中ニハ此一種白花ノモノアリ 附(一)雄蘂(補) (二)雌蘂,共郭大圖(補) (三)果實(補)

 高山ニ生ズ,葉ニ毛ナク花ハ黄色ニシテ花蓋正開セズ内面ニ多数ノ細點ヲ滿
  布スルヲ以テ他ト相分ツ可シ,而シテ其花ヲ出スノ狀ハヤマホトトギス即チ Trycyrtis
  macropoda Miq. ト相同ジ(牧野)」
とある.

本記事及び前記事に挙げられたホトトギスの類の現在の標準的な学名と,その原記載文献は以下の通り (I.P.N.I. に準拠)
ホトトギス                         Tricyrtis hirta (Thunb.) Hook.     Curtis's Botanical Magazine: t. 5355 (1863)
タマガワホトトギス           Tricyrtis latifolia Maxim.                 Bull. Acad. Imp. Sci. Saint-Pétersbourg xi. 435 (1867)
ヤマホトトギス                  Tricyrtis macropoda Miq.                Verslagen Meded. Afd. Natuurk. Kon. Akad. Wetensch. ser. 2, 2: 86 (1868)
キバナノホトトギス           Tricyrtis flava Maxim.                    Bull. Acad. Imp. Sci. Saint-Pétersbourg xi. 434 (1867)
ヤマジノホトトギス           Tricyrtis affinis Makino                   Botanical Magazine (Tokyo). 17: 70 (1903)
チャボホトトギス             Tricyrtis nana Yatabe                      Botanical Magazine. (Tokyo). 7: 39, t. 3 (1893)

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