2013年6月9日日曜日

ムラサキサギゴケ・サギゴケ・ハゼナ (1/3) 大和本草・地錦抄附録・本草綱目啓蒙・本草図譜・救荒並有毒植物集説・牧野富太郎

Mazus miquelii & M. miquelii f. albiflorus
ムラサキサギゴケ 2005年5月 宮城県 塩釜神社 参道
サギゴケと言う名は紫の花をつける種に対する名前としては,ふさわしくない.またその白花種をシロバナサギゴケというのは,「帽子を脱帽」と同じではないだろうか.なぜ,率直に白花種をサギゴケ,紫花種をムラサキサギゴケといわないのだろうか.そこで,江戸時代の本草・園芸書から近代・現代の図鑑までの名称の変遷を辿ってみた.

出典
紫花種
白花種 
備考
貝原益軒『大和本草』
1709
 
ハゼ菜
花白シ 葉似()芹 茎紫ナリ
根白シ 味甘 可()
四世伊藤伊兵衛『地錦抄附録』
1733
 
鷺苔(さぎこけ)
花形鳥の飛ぶ形にて色雪白花は地に敷て青くこけのごとく
小野蘭山『本草綱目啓蒙』
1803
通泉草*,カマツカナ ハゼナ(泉州) ホカケサウ ジロタラウバナ カハラケナ(倶ニ同上) サギゴケ(京) サギサウ(同上) アゼナ タハゼ(防州) チドリサウ(筑前) ムギメシバナ(江州) カミツカウ(同上) モチハゼ(越前) トノヽウマ(肥前) ミヽヅク(勢州) コジタ 
白花ノ者ハ大サ五六分。勢州ニテ、サギシバト呼。
*誤比定
岩崎灌園『本草図譜』
1830
通泉草* かまづかな はぜな(泉州) かまつかな(同上) むぎめしばな(江州) あぜな さきごけ(京) さきそう(江戸) 禿瘡(とくさう)花(物理小識) 長生(同上)
又紅花のもの白花黄点ある物あり
*誤比定
京都府『救荒並有毒植物集説』
1885
さきごけ さきそう(東京) さぎな(同) はぜばな かまつかな はぜな(泉州) たはぜ(防州) むぎめしはな(江州) もちはぜ(越前) 通泉草*(漢名) マーサス ルゴウスヽ(洋名)
花色は紫の濃淡或は紅白等の数品あり
*誤比定
牧野富太郎『植物学雑誌 』Vol. 16(1902) No. 186
1902
 Mazus miquelii Makino
 Sagi-goke, hazena(サギゴケ,ハゼナ)
M. miquelii f. albiflorus Makino
 Sagi-shiba(サギシバ)
 現在でも有効な学名
『内外植物原色大図鑑』
1933
さぎごけ,(異名)はぜな・はぜばな
しろばなさぎごけ,(異名)さぎすげ・さぎしば
 
村越三千男原著・牧野富太郎補筆改定『原色植物大図鑑』
1955
さぎごけ,(異名)むらさきさぎごけ
しろばなさぎごけ,(異名)さぎすげ・さぎしば
 
山渓『日本の野草』
1999
ムラサキサギゴケ
サギゴケ,別名:サギシバ
両者を区別しない考え方もある.
保育社『野草図鑑』⑤
1999
ムラサキサギゴケ
 
まれに白花のものがあって,サギゴケの名はそれから生まれた.
平凡社『日本の野生植物(草本)』
2000
サギゴケ
 
 
保育社『原色日本植物図鑑』
2002
ムラサキサギゴケ
花の白いものをサギシバと呼ぶ
 
アボック社『植物分類表』
2009
サギゴケ(ムラサキサギゴケ)
シロバナサギゴケ[「サギゴケ」]
ハエドクソウ科(←ゴマノハグサ科)サギゴケ属
BG Plants 和名−学名インデックス」(YList
2013
サギゴケ,別名:ムラサキサギゴケ
シロバナサギゴケ,別名:サギシバ、サギゴケ
 

江戸時代中期には,白花種を「ハゼ菜」もしくは「鷺苔(さぎこけ)」と呼んでいた.

大和本草より (NDL)
★貝原益軒『大和本草 巻十九 諸品図上 草類』(1709) には,「ハゼ菜,花白シ 葉似(レ)芹 茎紫ナリ 根白シ 味甘 可(レ)食」と食用とされているとの説明と図が記載されている(左図).

地錦抄附録より (NDL)
牧野博士の言に従えば「ハゼナ」は紫花種だが,「花白シ」とあるので,この場合は白花種のサギゴケと考えられる.ハゼとは,糯米を炒ってはじけさせたもので,きれいな白色のあられの様な粒で,名前からしても白い花をつけているはずである.

★四世伊藤伊兵衛『地錦抄附録 第一巻』(1733)には,「鷺苔(さぎこけ) 花形鳥の飛ぶ形にて色雪白花は地に敷て青くこけのごとく一面に形儀(ぎやうぎ)よくのびしげり花数多く段々つぼみ出て三月初めごろより咲だしさかり久しくながめよし秋の頃も花咲なり」との文と図(右図)が載っていて,明らかに白花種が鷺苔であるといっている.一方,「秋の頃も花咲なり」といわれているのはトキワハゼ(の白花種?)の可能性もある.

物品識名
より, NDL
19世紀になると,中国の『本草綱目』に記載されている「通泉草」に比定された.

★岡林清達・水谷豊文『物品識名 坤』(1809 跋) には,「サギゴケ カマツカナ 通泉草 石長生附録」とあり(左図),『本草綱目』の草之九,石草類の「石長生」の附録にある,「時珍曰︰案《庚辛玉冊》云︰通泉草一名長生草,多生古道丘壟荒蕪之地。葉似地丁,中心抽一莖,開黃白花如雪,又似麥飯,摘下經年不槁。根入地至泉,故名通泉。俗呼禿瘡花。此草有長生之名,不知與石長生及紅茂草亦一類否○故並附之。」とある,通泉草にあたるとしている.

『本草綱目』には,通泉草は雪のように白い花をつけるとされているので,この場合は白花種と考えられる.なお,この比定は誤りとされていて,現代中国では「通泉草」はトキワハゼ(白花種?)とされている.

紫花種をサギゴケとしたのは,江戸後期の本草学者,小野蘭山で,京都でサギゴケと呼ばれている通泉草の花の色は「淡紫色、或ハ淡紫碧色」であり,「白花ノ者」が伊勢で「サギシバ」と呼ばれているとしている.つまり,紫型が「サギゴケ」で白型が「サギシバ」であるとした.

★小野蘭山『本草綱目啓蒙 巻之十六 草之九 石草類』(1803-1806)
「石長生 ハコネグサ (中略)
〔附録〕紅茂草 詳ナラズ。通泉草ハ、カマツカナ ハゼナ(泉州) ホカケサウ ジロタラウバナ カハラケナ(倶ニ同上) サギゴケ(京) サギサウ(同上) アゼナ タハゼ(防州) チドリサウ(筑前) ムギメシバナ(江州) カミツカウ(同上) モチハゼ(越前) トノヽウマ(肥前) ミヽヅク(勢州) コジタ 
随地皆アリ。葉ハ薺葉二似テ、短小春ニ至リ、茎ノ高サ一二寸ニシテ花ヲ開ク。大サ三四分、淡紫色、或ハ淡紫碧色、内ニ黄蘂アリ。外二青萼アリテ、コレヲウク。日ヲ逐テ花ヲ開キ漸ク穂長クナル。白花ノ者ハ大サ五六分。勢州ニテ、サギシバト呼。供ニ夏月、根ヨリ蔓ヲ延、葉対生シ節ゴトニ根ヲ生ジ、窠ヲナシ甚繁茂ス。一種夏月花ヲ開ク者ヲ夏ノサギサウト*呼。一名ナツハゼ。花葉共二小ナリ。其秋ニ至テ花ヲ開ク者ヲ秋ハゼ*ト云。更ニ小ナリ。一種黄花ノサギサウハ深山渓二●(氵+閒)ニ生ズ。花下ニ長実アリ。一名ミヅホウヅキ** 形状少異ナレドモ通泉草ノ一種。」(*トキワハゼ, Mazus pumilus であろう. **ミゾホオズキ, Mimulas inflatus であろうと思われる.)

蘭山の,紫花種を「サギゴケ」として,白花種をその「一種」とする考え方は,岩崎灌園『本草図譜』(1830),京都府『救荒並有毒植物集説』(1885)にも受け継がれ,これを,牧野富太郎が踏襲したのであろう.

牧野富太郎が,1902年に『植物学雑誌』に現在でも有効な学名を発表したとき,紫花種を基本種とし,Mazus Miquelii の学名をつけ,その和名は「Sagi-goke, hazena(サギゴケ,ハゼナ)」であるとし,白花種は基本種の品種 forma としてM. Miquelii f. albifloraの学名をつけ,その和名は「Sagi-shiba(サギシバ)」であると記した.

それ以降現在まで,紫花種を「サギゴケ」とする図鑑は多数あり,Yリスト*でもこの名を紫花種の「標準」として,また白花種の標準は「シロバナサギゴケ」であるとしている.

*米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList

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