2013年6月13日木曜日

サギゴケ,ムラサキサギゴケ(2/3) 古名ハゼ菜の語源,葩煎(はぜ),三才図会・守貞謾稿・東京風俗志

Mazus Miquelii & M. Miquelii f. albiflora
2005年5月 塩釜神社参道
前記事のように,サギゴケ,ムラサキサギゴケには,多くの地方名が存在した.大きくははぜ・米系・鳥系・その他と分けられよう.

出典
はぜ,米
鳥 
その他
貝原益軒『大和本草』
1709
 ハゼ菜


四世伊藤伊兵衛『地錦抄附録』
1733
 
鷺苔(さぎこけ)

小野蘭山『本草綱目啓蒙』
1803
ハゼナ(泉州),タハゼ(防州),ムギメシバナ(江州),モチハゼ(越前)
サギゴケ(京),サギサウ(同上),  チドリサウ(筑前),ミヽヅク(勢州), サギシバ(白花)
カマツカナ,ホカケサウ,ジロタラウバナ,カハラケナ,アゼナ, カミツカウ,トノヽウマ,コジタ 
岩崎灌園『本草図譜』
1830
はぜな(泉州),むぎめしばな(江州)
さきごけ(京) さきそう(江戸) 
かまづかな かまつかな, あぜな
京都府『救荒並有毒植物集説』
1885
はぜばな,はぜな(泉州),たはぜ(防州),むぎめしはな(江州),もちはぜ(越前)
さきごけ(京都),さきそう(東京),さぎな(同) 
かまつかな
牧野富太郎『植物学雑誌 』Vol. 16No. 186
1902
ハゼナ
サギゴケ,サギシバ
 
『内外植物原色大図鑑』
1933
はぜな・はぜばな
さぎごけ,しろばなさぎごけ,(異名)さぎすげ・さぎしば
 

鳥系では鷺のほかにチドリとミミズク,中でもミミズクは秀逸な見立てと言うべきで,正面からあの小さな花を見ると,上弁が二つに割れているのがいわゆる耳,下弁が広げた両翼と,ふっくらとして斑点のある腹部に見える(左図,ナンでも図鑑(無料)より).

一方,食物系は一面に広がった小さな花 -特に白色種の花― に,細かな黄色い斑点があるところを,麦飯や爆ぜ(はぜ)を拡げたところと見立てたのであろう.現在では「はぜ」はなじみが薄いが,古くはひろく親しまれていた食品であった.
和漢三才図会

寺島良安『和漢三才図会‐造醸類』(
1713頃)には,「●「米偏+彔の下に灬」〔音は(ロク)〕/粶〔同じ〕/俗に波世(はぜ)という/爆の字を書く〔波世留(はぜる)と訓む〕
△思うに、『字彙』に、火で米を爆(はぜ)させたものを●という、爆とは火で裂けることである、とある。摂州天王寺の民家では、河州の上糯米の穀(もみ)をほぼ湿らせて熬(い)る。爆脹(はぜふく)らせると稃(すりかす)は自然に脱け去って、雪の花のように潔白になる。大きさは三、四分で、軽虚で味も甘美である。小児が食べてもよく、またこれを魚の餌にしたりもする。」(右図)(現代語訳 島田・竹島・樋口,平凡社-東洋文庫)とあり,よく知られた糯米(もちごめ)の加工品であることが伺える.
守貞謾稿 NDL

また,江戸時代の衣食住や行事・遊びごとなどを図入りで詳しく記した喜田川守貞『守貞謾稿』(
1837 – 1853以降)の「巻之二十六(春時),元日、二日、三日」の項には「元日、昔は毎戸必ず粳(うるち)を買ひ、これを爆して、字婁(はぜ)とし、当年の吉凶を占へり。その後、はぜを売り巡るを買ひて、宅裡にこれを蒔く。近年は武家のみこれを行ひて、坊間廃(すた)る。(昔はぜを売り巡りしも、江戸のみか。京坂いまだこれを聞かず。)」とあり,同じ項に,「蓬莱(ほうらい) 『嘉多比佐志』に日く、喰積、初春の祝物のくひつみと云ふは、春の始めに食して、菜となるべき物のみ取り集めて、客も主も物語しながら、つまみとりて、くひしゆへに、食ひつみとは云へるなり。今は食はぬこととして、生米を積むれど、昔は葩煎(はぜ)と云ひて、糯(もちごめ)をいりて、孛婁(はぜ)させたるなり。天明中比(ごろ)までは、元日早朝より、江戸中、はぜうり、あまた歩行(ある)きしを、つきづきに絶へて、御丸の内のみ、あまたありきしが、それも寛政比より、やうやうすくなくなりて、今は稀にうり歩行くのみ。これ食積台に置くべき料なり。その食積台に小土器(こかわらけ)を添へおくは、食ふ人自から、いりやきて食ふためなり、云々。」(喜田川守貞著,宇佐美英機校訂『近世風俗志(守貞謾稿)4』岩波文庫 2001)とあり,年頭に,「はぜ」のはぜかたで一年の吉凶を占い,また,縁起のよい食品を飾っておく「食積台」に置く風習があったが,その時点では廃れてきたとある.
東京風俗志 中 (NDL)

しかし,この風習はひな祭りには継承されたようで,平出鏗二郎『東京風俗志 中』富山房
(1899-1902) には,「雛祭 三月三日の雛祭は,女児の為にするものにして,維新の後頓に衰へたりしも,近年歳を追うて漸く盛りとなり,(中略).供物は菱餅,葩煎(はぜ)熬豆(いりまめ)などを始め,榮螺(さざえ),文蛤(はまぐり)をも供える.親々しき人々を招きて,赤飯を炊(かし)ぎ,白酒を進めなとして振舞ふもあり.(後略)」とある.現在のひなあられの元であろうか.

この様に親しまれていた食品の「はぜ」がサギソウの古い名前「ハゼ菜」の語源であろう.
また,類縁の「トキワハゼ」の名は,花の時期がサギソウ-「ハゼ菜」より長いことに由来する 「トキワハゼ菜」→「トキワハゼ」と考えれば納得できる.
トキワハゼの語源として実が爆ぜて種が散布されるからだとの説もあるが,実の構造からしてそのような現象は起きにくいし,少なくとも私は見たことがない.

なお,お米由来の植物名として「ママコナ」があるが,花被の内側に盛り上がった明色の斑点があるのがハゼ菜と共通で,これが見立てに意味があるのかもしれない.


*『字彙』 十二集。明の梅膺祚(ばいようそ)選。初めて二一四部首を立て、各部ごとに筆画数順に配列した全三万一三七九字について、音切・訓詁を施した字書。
**「葩」音読み:ハ,訓読み:はな,対応する英語:flower, petal

サギゴケ,ムラサキサギゴケ (3/3) 『梅園画譜』,『本草図譜』,『草木図説』,牧野 Mazus japonicus

ムラサキサギゴケ・サギゴケ・ハゼナ (1/3) 大和本草・地錦抄附録・本草綱目啓蒙・本草図譜・救荒並有毒植物集説・牧野富太郎

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